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序章 第6話 神に魅入られるということ

Auteur: 輪廻
last update Date de publication: 2026-01-06 21:04:52

私が···から横笛を貰ったこと、立ち入り禁止の··に立ち入ったことは、直ちに清さんの知るところとなりました。

巫女の仕事を終え、··の手入れをしに来た清さんが、魂が半ば抜けたような状態で横笛を手にし、その場にぼうっと佇んでいる私を発見したからです。

清さんから何度か声を掛けられ、私は程なくして正気を取り戻しました。同時に、自分が取り返しのつかぬことをしてしまったということも……思い出しました。

清さんに叱られること、失望されることに怯え、私は身を震わせながら何度も謝罪を繰り返しました。しかし意外にも清さんは私を責めようとはせず、寧ろ何処か諦めたような調子でポツリと、こう呟いたのでした。

──そう。魅入られてしまったのね。あの子に。

そして私をそっと抱き締めると、耳元に顔を寄せ、鈴の鳴るような声で私を宥めてくれました。

「……このことは一切、他言無用。お兄さまにも、伯父上にも……それから御門家の当主代理たちや薫さんたちにも、絶対に口外はしません。私と、奏ちゃんだけの秘密。だから、そんなに怖がらないで? 大丈夫です……私は何時だって、奏ちゃんの味方ですから」

清さんに手を引かれ、··を後にした私……それ以降は特に何もなく平穏無事にリフレッシュ休暇を終え、教育プログラムを受けるため再び御堂本家の屋敷へと舞い戻りました。

しかし──清治さんの目は、誤魔化せませんでした。

「──お前。見たところどうやら、命《ミコト》に気に入られたみたいだな?」

ヘリから荷物を持って降りてきた私を見るや否や、清治さんはそう言ってすっと翡翠色の目を細めました。開口一番とは、正しくこのことを言うのでしょう。

「ふむ、ふむ……成程、成程……これは、流石に予想外だったな。まさか、清の他にも··と容易に心通わせることが出来る者が現れようとは──」

そう言えば、清治さんが相手の記憶を平気で読み取れることを忘れていました。私が··に入った時の記憶は全て、彼に容易く読み取られてしまったようです。

「清は他言無用と言ってくれたか。良かったな、見つかったのがお前の大好きな清で。若しこれが他の奴だったら、お前は叱られるだけじゃ済まなかったぞ?」

ニヤァ……と、底意地の悪い笑みを浮かべながら、清治さんは無言で私に着いてくるよう指示を出します。ヘリポートで立ち話に興じては、【彼岸】の皆様の邪魔になりますし、まだ小さな私の身体に障るとの判断でしょう。

そのまま洋風の応接室に案内されると、私は来客用のソファーに座るよう促されました。対面のソファーに座す清治さんは楽しそうにこちらを見つめてきます。まるで、獲物を前にした捕食者のようです。

「……あ、あの……」

「うん、何か? ああ、何もそんなに怯えることはない。別に、取って食うつもりは毛頭ない。··に立ち入った件もまぁ、不問としよう。··へと誘ったのは向こうの方で、お前は呼ばれただけだからな」

だが──そこで一旦言葉を区切ると、清治さんの纏う空気が少し変わりました。

「……お前には、口酸っぱく言っておかねばならんことが出来てしまったのでな」

やはり軽々しく、··へと足を踏み入れてしまったのが良くなかったのでしょうか。ですが、続けて清治さんが発した言葉の内容は、そんな私の予想とは斜め上のものでした。

「──神に気に入られやすい体質。残念ながら、お前はそのような特異体質の持ち主だ。我が一族に迎え入れる前から、お前が·······と心通わせてきたことは知っていたが……よもや、ミコトに気に入られる程のたらしっぷりとは驚いた」

「……み、こと……?」

恐る恐る私が尋ねると、清治さんは使用人が運んできた珈琲を口に含みつつ、それでも翡翠色の両目だけは私を捉えたままの状態で、

「お前が接触した·の仮称。要は、あのアルビノの少女の名前だ。水を司り、ありとあらゆる罪穢れを祓い浄める力を持つ名のある神。その気になれば、日本国如き小国一つ、容易く消滅させられる程の強大な国津神《くにつかみ》だ。だが、本来の名で呼ぶことは固く禁じられている。呼ぶならミコト……その一択だ」

「は、はい……」

清治さんはそう言うと、私に麦茶を勧めます。私が遠慮がちに、カランと氷を鳴らしながら麦茶を口に含むと、彼は再び言葉を紡ぎ始めました。

「勘違いしないで欲しいんだが、ミコトに気に入られること自体は別に、悪いことでも何でもない。寧ろ、清以外の者がミコトに気に入られた例など、これまで一度もなかったから、お前が気に入られたのは本来、とても喜ばしいことなんだが──」

「は、はい……」

「──力も名もある神が、お前のことを酷く気に入った。これの意味するところはつまり、お前は遍く神々に魅入られやすいということだ。これは利点であり武器であり、そして同時に弱点でもある」

清治さんは続けて言います。人類に対し敵対的な·······が私を気に入った場合、あの手この手で私を手中に収めようとするだろう、と。最悪の場合、顕現するための依代とされる可能性も高い。

·······の上位神格は──云わば、明確な意思を持った、未曾有の大災害のようなもの。

ただでさえ、天災レベルで危険な·······の上位神格が、巫女という名の依代を得て顕現したら……日本列島は疎か、周辺諸国も消滅しかねない程に強大化するだろう。それは、想像し得る中で最悪のシナリオだ。

そう……私が何らかの理由で、·······の上位神格に取り込まれることを、清治さんは何よりも危惧していました。

「……日本を護る筈のお前が、日本を滅ぼすトリガーになってしまったら本末転倒だろ? だから、お前には常日頃から自覚しておいて貰わないと困るんだよ。自分がこの日本に息づく八百万の神々……彼らに魅入られやすい、実に面倒極まりない体質だってことを……な」

「わ、分かりました……肝に、銘じておきます……」

「……本当に理解しているのかね? 言っておくが、裏御三家の血筋の者でも、神々と意思の疎通が出来るやつなんて滅多にいない。それこそ夢見鳥の転生体か、突然変異で優秀な能力を持って生まれてきた奴くらいだ。殆どは精々、神やその眷属が見えて、声が聞こえる程度。お前が思っている以上にその能力は優秀で……同時に恐ろしいぞ?」

清治さんの話は、そこで終わりました。さっさと自分の部屋へと行くように言われた私は、御陵本家から持ってきた荷物を手に、応接室を後にしました。

◇◆◇◆◇

時の流れというものは早いもので──気が付けば、私は十五歳になっていました。身長も清さんを追い抜き、155cm程度に成長しました。清さんのような華奢な体躯に憧れていたので、体重面はお世辞にも健康的・理想的とは呼べず、医者からはもっと太るよう言われていますが、特に気にはしていません。

御陵本家に迎え入れて貰ってから十年……思えばあっという間だったような気もします。特に、清治さんの下で巫女としての教育を受けていた期間が、それなりに長いにも関わらず体感では怒涛の勢いでしたので、余計にそう思えるのかもしれません。

あの後、私の特異体質を受けて清治さんは、それまでの教育方針に加えて精神面の錬成も課しました。自ら·······の調査任務を受け、その際に私を必ず帯同させたのです。

清治さんが受けた調査任務の数だけ、私は·······に魅入られました。精神を侵食され、廃人寸前になったのは果たして何回ほどだったでしょう。皮肉にもそれが、私の精神面の成長促進と、特異体質への戒めとを兼ねていました。

更に、リフレッシュ休暇中は日中··でミコトと触れ合うよう命じられ、私は··でミコトに見守られながら、夢見の習得に向けた自己の心身の鍛錬に励みました。

裏御三家の血を引いていない私を··に入れることには、御門本家の方々が猛反発し、宗一さんもミコトの逆鱗に触れないかと難色を示しましたが、清治さんの一声で強引に押し通され、私は晴れてミコトと交流出来る存在となりました。清さん以外でミコトと交流出来る初の存在とのことで、何やら御門家の方々が目を血走らせて悔しそうにしていたのをよく覚えています。

三ヶ月間、清治さんの下でスパルタ教育を受け、一ヶ月間、御陵本家でリフレッシュ休暇を取りつつミコトと交流を深め、自己鍛錬に励む。これを八年もの間ずっと繰り返し続けたことで、良くも悪くも心身共に大きく成長することが出来ました。

因みに、教育課程で何度も私を殺しかけておきながら、主任教官である清治さんから与えられた最終評価は甲・乙・丙・丁の四段階中、上から二番目の乙でした。尤も、切磋琢磨した傑物・八雲ちゃんも乙評価でしたし、清治さんはそもそも甲の評価を一度も下したことはないとのことでしたので、余り気にはなりませんでした。

兎にも角にも、合格ではありましたので、一族に奉仕する巫女として正式に認可された私が大喜びしたのは、言うまでもないでしょう。八年間の苦労が水の泡……なんてことにならなかったのは、本当に良かったと思います。

教育プログラムが全て終わり、御陵本家に戻った私は、日中は清さんたちと一緒に巫女として神社で奉仕しつつ、仕事終わりにそのまま清さんと仲良く手を繋いで··へと赴き、··の掃除や手入れを清さんと一緒にしながらミコトと交流を深めるという穏やかな日々を二ヶ月程過ごしました。

私に裏御三家に奉仕する巫女としての、初の調査任務が与えられたのは──そんな、ある日のことでした。

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