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第二章 第17話 其は神話に非ず、其は史実なり

Author: 輪廻
last update publish date: 2026-02-02 19:06:12

「──では、粗方《あらかた》自己紹介も終わったことですし……今一度、調査対象である鳴神山地について概要や仔細を共有しましょうか。ねぇ……奏さま?」

金剛さんの一声で、和やかな雰囲気だった車内は一瞬にしてしん、と静まり返りました。車窓から望む景色も、目的地である鳴神山地が近付くにつれて、心做しかじわじわと薄暗くなってきているような……そんな気がします。

「そう、ですね……では、何から話しましょう?」

「……ふむ。我々には生憎、·······を認識する術がありませんので……そうですな、歴史的視点と神話的視点から、鳴神山地がどのような場所なのか。それを、奏さまの口からお話頂ければと。鈴木二曹は兎も角、貴方をサンドイッチしている二人は、彼の地が如何に忌々しい場所なのか……それをまだ、理解していないようなので」

「分かりました。では、そのようにしましょう」

私はすうっと大きく深呼吸を一つすると、皆さんが聞き取りやすいように、努めてはきはきと喋ることを心掛けながら口を開きます。

「鳴神山地は嘗て、大和朝廷と蝦夷《えみし》とが相争う最前線に位置していました。蝦夷は大和朝廷に屈服しなかった現地民のことで、言語や文化も大和朝廷とは異なっていたと考えられています。中央集権を目指す大和朝廷にとっては正しく、自らに従わぬ異民族、言葉の通じぬ蛮族と言っても過言ではなかったでしょう」

「あー、聞いたことある。以前ドラマの主人公に抜擢されていたアテルイだっけ。あれも確か、蝦夷よね?」

和さんが食いつくのを見て、周防さんが人の説明を遮るなと聞こえよがしに彼女に苦言を呈します。ですが、興味を持って頂ける方が、話半分で聞き流されるよりもずっとずっと有り難いことです。

和さんの問いに対し、私は笑顔で頷きながら、

「はい。彼もまた、蝦夷の中の一部族を率いる長で、近年までは歴史上の悪役として有名でした。今は、アテルイ復権運動などで再評価が進んでいますが、反対に大和朝廷を悪逆非道な侵略者とする見方が生じてきたのは、少々行き過ぎているような気もします」

「ん、一部族? 蝦夷って、一つの民族じゃないの?」

「はい、難しいところですね……あくまで、大和朝廷側が敵対する現地民を蝦夷と呼称していただけですから。蝦夷側が統一されたアイデンティティや独自の民族意識を持っていたかどうかについては、まだまだ不明な部分が多いというのが現状で……」

尚も私が、和さんからの質問に律儀に答えていると、運転手の金剛さんが苦笑しながら、和さんと私……それぞれをやんわりと注意しました。

「和、質問攻めはそこまでだ。何事も疑問に思うのは大いに結構なことだが……今、我々が知るべきは鳴神山地の仔細であって、蝦夷についてではない。そう言うのは暇な時にでも、奏さまからマンツーマンで教えて貰うと良い」

「……はぁい」

「奏さまも──律儀に全部、一から十まで質問に答えようとしなくて良いですから」

「す、すみません……でも、話半分に聞き流されるよりは、和さんみたいに興味を持って貰えた方が、此方としては有り難かったもので……」

「お気持ちは分かります。ですがそれで、話の本筋から逸れたら本末転倒でしょうに。違いますか?」

金剛さんの言うことは至極尤もです。返す言葉もありませんでした。

「さて……では、続きをどうぞ」

金剛さんに促され、私は恐縮しながらも説明を再開します。

「……兎にも角にも、そんな蝦夷と大和朝廷とが激しくぶつかり合っていた最前線が、鳴神山地とその周辺なんです。大和朝廷は幾つかの砦を築いて、長きに渡り蝦夷と攻防を繰り広げ……そして、最終的には蝦夷を屈服させました」

「あれ、歴史的視点だと意外とあっさり……?」

話を聞き終え、周防さんが不思議そうに首を傾げます。彼の示した反応は、ごくごく当たり前のように思います。歴史的視点で見れば、何故"日ノ本の裏御三家"が鳴神山地を危険視しているのか……全く理解出来ませんから。

「はい。歴史的視点から見ると、ただ大和朝廷と蝦夷とが激しくぶつかり合った最前線の地。それ以上でも以下でもありません。ただ……これが神話的視点となると、話がかなり変わってきまして」

そう──ここからが、話の本番です。

「鳴神山地周辺は古くから、星神信仰が盛んです。日本神話に登場する星の神さまと言うと……皆さんは、何を想像されますか?」

私が質問を投げ掛けると、鈴木さんが軽く手を挙げながら答えました。

「ゲームとかで良いなら──やはり、甕星《ミカボシ》じゃないですかね。悪役とかに抜擢されているの、時折見掛けますよ」

「はい──正解です、鈴木さん」

嬉しそうな表情の鈴木さん。それとは対照的に、和さんと周防さんは聞き慣れぬ単語に首を傾げたままです。

星を司る神──名を"天津甕星《アマツミカボシ》"。日本書紀にその名が記されし邪神・悪神。常陸国《ひたちのくに》……今の茨城県辺りで建御雷《タケミカヅチ》、経津主《フツヌシ》の二神率いる大軍勢と激突し、彼らと互角以上に渡り合った……名実ともに最強の······です。

天津神《アマツカミ》の中でも屈指の武闘派たる雷神の建御雷、剣神の経津主を以てしても天津甕星を討つことは出来ず、真正面からの攻略が困難と悟った天照大御神《アマテラスオオミカミ》を筆頭とする天津神側は、建葉槌《タケハヅチ》という機織りを司る女神を天津甕星の軍勢の中へと送り込み、内部からの攻略を目論みました。

天津甕星を討つことが出来なければ、葦原中国《あしはらのなかつくに》平定──即ち日本の統一は出来ません。しかし武力では天津甕星には敵わなかった。ならばと天津神側は方針を転換したのです。

建葉槌は策を巡らせて見事、天津甕星を屈服させた──それにより葦原中国の平定は成った。日本書紀には、そう記されています。

「……と、神話では簡潔に語られるのみなのですが。先に語った歴史的視点と照らし合わせてみると、皆さん何か共通点があることに気付いたのではないでしょうか」

「歴史的視点から見た鳴神山地……そして、鳴神山地周辺で信仰されている星を司る神・天津甕星の伝説……二つにある共通点……」

考える周防さんたちをミラー越しに見つめ、金剛さんは意地の悪そうな笑みを零します。彼は既に、歴史と神話……二つに共通する··に気付いている様子でした。

その時、はっと周防さんが何かに気付いたように顔を上げました。

「……そうか。似ているんだ……」

「──周防さん。お気付きに、なられたみたいですね?」

「えぇ、まぁ……大和朝廷を建御雷や経津主ら天津神に、蝦夷を·······に置き換えてみても、全く違和感がない。そして、鳴神山地は·······の中でも最強と謳われる星神・天津甕星を古くから信仰しており、実際に大和朝廷と蝦夷が激しくぶつかり合った最前線の地。まさか、神話が史実と殆ど同じだなんて……」

成程、裏御三家が危険視する理由はそれか。周防さんは納得したようで、独り感嘆の溜め息を漏らします。

「天津甕星は蝦夷の信仰対象であり、蝦夷そのものでもあった訳ですね……これは中々に興味深い……」

「はい──尤も、鳴神山地に眠る·······の上位神格が、天津甕星その方であるという確固たる証拠はまだ見つかってないのですが……」

「あれ? そうなんですか? お話を聞いている限りでは十中八九、天津甕星が眠っているものとばかり……」

「はい……口惜しいことに、鳴神山地に眠る神が天津甕星であるという、確固たる証拠は見つかっていません。というのも過去に何度も、裏御三家は鳴神山地に実力も経験もある巫女を派遣しました。しかし……鳴神山地に赴いた巫女さんたちは皆、調査の過程で殉職してしまいました。遺髪は疎か遺品すら、回収出来ていません」

実力も経験もある巫女が、全員殉職した……遺髪も遺品も回収出来なかったという事実は、護衛も尽く全滅していることを如実に物語っており、金剛さんを除く他の皆さんは、その事実に戦慄しているようでした。

「……そんな忌まわしい場所に行きたいと思う方は、きっとこの場には居ないでしょう。私とて、そんな血塗られた場所に行きたくはありません。死ぬ可能性が、常に付き纏いますから。でも、どうか……日本の明日のために、皆さんのお力添えを頂きたいのです。若し仮に、鳴神山地に眠っている神が天津甕星その方だったとしたら……」

目覚めたが最後、未曾有の大災害に日本国が見舞われるであろうことは、想像に難くありません。嘗て鳴神山地が旧帝国陸海軍の推し進めた"高天原計画"、その中でも特に重要な役割を担っていた場所であることを踏まえても、天津甕星またはそれに準ずる危険度の上位神格が眠っていることはまず間違いないでしょうから。

「……ですから、私たちに与えられた役割というのは極めて重要です。殉職した巫女さんたちの分まで、鳴神山地に眠る·······について調査を進め、特務機関【敷島】が推し進めているであろう"高天原計画"……それについても、全力で阻止しなければなりません」

思えば、何とも無謀な話です。巫女一人と護衛四人。たった五人で、【敷島】の推し進める"高天原計画"を頓挫させ、同時に·······の調査も完遂せよと言うのですから。死んで来いと言われたも同然の、何とも惨い命令です。

その巫山戯た内容は、御門本家の当主代理が本気で私を殺そうとしていることの証左と言えましょう。

それでも、やるしかありません。誰かがやらねば、日本国に生きる無辜な人々……その人たちが迎える筈の··が、無惨にも消え去ってしまうのですから。

「────」

先刻までとは真逆の、重苦しい空気が立ち込める車内……沈黙を破るように、険しい表情の金剛さんが前方を指差しながら私たちに告げました。

「──見えましたよ。あれが、鳴神山地……我々がこれより命を賭して、·······に関する調査を進める呪われた場所です」

徐々に近付いてくる、木々生い茂る薄暗い山々……まだ日の入り前だというのに、山々の上空には巨大な暗雲が渦を巻いており、雲の隙間から雷と思しき青白い光が断続的に漏れ出ています。

──鳴神山地。血塗られし場所。呪われし場所。

まるで、全てを拒絶するかのようなその光景は──私たちに本能的に·を連想させました。

雷鳴が轟く中、平坂さんの運転する白いクラウンの先導の元、五人乗りのワゴンは疾走します。鳴神山地──その東端に位置する星降山の麓にある目的地、海と山に面した此岸町を目指して。

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