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三年の冷遇、離婚の夜に夫は狂う
三年の冷遇、離婚の夜に夫は狂う
Author: 閑雲

第1話

Author: 閑雲
海市、ある冬の夜。

「陽咲なんて、俺には不釣り合いだ。彼女との結婚は単なる責任感からに過ぎない。

でも安心して、悠里。三年という契約期間が終われば、俺から離婚を切り出す。そうしたら君を妻に迎えるよ。いいだろう?

信じられないのか?」安部怜央(あべ れお)は小さく笑った。「俺が愛しているのは、一生君だけだ。疑うなら、俺の心臓を抉り出して見せてやってもいい」

書斎の中から漏れ聞こえる甘い睦言が、清水陽咲(しみず ひなた)の耳を刺した。

結婚して二年、怜央が自分に対してこれほどまでに情熱的で優しい言葉をかけたことは一度もない。

ドアの外に立つ陽咲は全身が凍りついたようになり、手に持っていたペアのカップを指が白くなるほど強く握りしめた。

夫である怜央が、陰で自分のことをそんな風に言っていたなんて信じられなかった。

五、六日もかけて丹精込めて焼き上げた陶器のカップに涙がこぼれ落ちる。その情熱が、今はひどく滑稽で皮肉に思えた。

陽咲は顔を上げて涙を拭い、自嘲気味に微笑んだ。

怜央が言ったことの中で、一つだけ正しいことがある。彼女は確かに田舎者だった。

生まれた際、看護師のミスで取り違えられ、男尊女卑の激しい女の元へ送られた。

その女は赤ん坊が女の子だと知るや否や、夫と相談して自分の義父に押し付けた。

神様の助けか、陽咲が清水正雄(しみず まさお)に引き取られた三日後、その夫婦は交通事故で亡くなり、それ以来、彼女は正雄と二人きり、肩を寄せ合うようにして生きてきた。

二十二歳の時、正雄が他界し、望月家の人々が彼女を見つけ出した。彼女こそが長年行方不明だった望月家の真の令嬢だという。

しかし、戻った陽咲を待っていたのは血のつながった両親の冷淡な態度だった。実の兄も彼女を歓迎せず、望月悠里(もちづき ゆうり)への愛情が奪われることを恐れていた。

だが、陽咲はそんなものを奪おうなどと考えたことはなかった。彼女はただ、温かい家が欲しかっただけなのだ。

家族への渇望を見透かした実の両親は、彼女に安部家との婚約を履行するよう命じた。それは数十年前、双方の祖父の間で交わされた約束だった。

当時の安部家は激しいお家騒動の最中にあった。二十年以上も手塩にかけて育てた悠里をそんな苦境に嫁がせたくない両親は、陽咲を身代わりに差し出した。

結婚前、怜央とは契約を交わした。結婚から三年が経過した後、性格の不一致を理由に離婚するという内容だった。

二人の結婚生活は、波風一つ立たない穏やかで節度あるものだった。

陽咲はその心地よいまやかしにいつしか絆され、怜央に対して底なしの愛を抱くようになっていた。

だが、二年間も睦み合ってきた夫が愛していたのは、名義上の妹であり、望月家の偽物の令嬢だったとは思いも寄らなかった。

部屋の中では、怜央の電話が続き、次第にその呼吸が荒くなっていった。

電話越しに女性の艶めかしい喘ぎ声が聞こえ、やがて卑猥な響きが書斎を満たす。

陽咲は涙に濡れた顔で口を抑え、絶望に突き動かされるように一歩後退した。

「悠里、いつになったら俺たちは一緒になれるんだ……」

部屋の中から、欲望を隠しきれない怜央の熱を帯びた、荒い吐息が漏れてくる。

彼はそれほどまでに悠里を深く愛していたのか。自らを慰めるその最中でさえ、うわ言のように彼女の名を呼び続けていたなんて。

受け入れがたい現実に陽咲の頭が真っ白になり、手から滑り落ちた陶器が床に激突して砕け散った。静まり返った深夜に、耳を刺すような音が響き渡る。

数分後、情欲の残滓を瞳に宿したまま、怜央がドアを開けた。そこにいたのは、慌てふためいて床に這いつくばり、破片を拾い集める陽咲の姿だった。

「どうしたんだ、陽咲?」

彼女の姿を視界に捉えた刹那、怜央の顔から蕩けたような熱が引き、その眼底には射貫くような冷徹さが走った。

怜央はしゃがみ込むと溜息をつき、破片で傷ついた陽咲の手を握った。「痛むか?海田先生を呼んで手当てをさせよう」

陽咲は顔を上げ、彼の漆黒の瞳を見つめた。

心配そうな眼差し。けれど、その奥に潜む疎外感が、陽咲の心を深く突き刺した。

胸を掻きむしるような苦痛を抑え込み、彼女はそっと手を引き抜いた。「大したことないわ。海田陽斗 (かいだ はると)先生を呼ぶほどじゃない。自分で絆創膏を貼るから大丈夫」

彼女は立ち上がり、どこか惨めな背中を見せながら、逃げるようにその場を去った。

遠ざかる彼女の後ろ姿を見つめ、怜央の表情に複雑な色が浮かんだ。

陽咲が悠里との会話を聞いていたのかどうか、確信が持てなかった。

聞いていないのならそれでいい。もし聞いていたのだとしても、どう説明すべきか分からなかった。なにしろ、結婚して二年の間、彼女は完璧な伴侶だったからだ。

もし彼女がこのまま分をわきまえて過ごすなら、情けをかけて契約をあと三年更新してやってもいいと、怜央は考えていた。

陽咲は彼の胸中を知る由もなく、身の回りを整えてベッドに横たわり、重い溜息を吐き出した。

そこへ怜央が部屋に入ってきて、彼女を抱きしめた。甘く低い声が耳元で響く。「どうして急に、陶器のカップなんて作ろうと思ったんだ?」

触れるような熱い吐息を受け流すべく、陽咲はわずかに身を乗り出した。そして、穏やかな声で言葉を返した。「……今日は、あなたの誕生日でしょう。ペアのカップを贈りたくて焼いたの。でも、手が滑って割ってしまったわ」

怜央は安堵し、喉元までせり上がってきた蔑みを必死に抑え込んだ。「構わないよ。陶器が割れることより、君が怪我をする方が問題だ」

その上辺だけの優しい言葉を前にして、陽咲は初めて心が凪いでいくのを感じた。

彼の声に含まれた微かな蔑みを、今の彼女ははっきりと聞き取っていた。

「本当は、わざわざ陶器なんて作る必要はないんだよ。欲しいものがあれば使用人に命じればいい。そんな大層な真似はしなくていいんだ」

怜央の口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

安部家の人々は、陽咲の田舎育ちという出自を常に見下しており、彼女に陶芸の技術があるなどとは微塵も信じていなかった。

彼らの目には、陽咲が持ってきた陶器など、どこかで高値で買い付けてきた品を「自分で作った」と嘘をついているようにしか映っていないのだ。

「……あなたが、ペアのカップが欲しいって言ったから」陽咲は背を向けたまま、静かに呟いた。

その言葉に、怜央の顔に驚愕の色が走った。

それは少し前に彼がこぼした寝言だった。あの時、悠里が「ペアのカップを使いたい」とねだったのだが、怜央は仕事が忙しく、また陽咲に怪しまれるのを恐れて断った。

悠里がへそを曲げ、機嫌を取るのにひどく苦労した。

まさか、陽咲がそれを本気にし、俺が彼女と使いたがっていると誤解していたとは。

月光が陽咲の細い背中を照らし、その姿はひどく寂しげに見えた。

怜央の喉仏が、何事かを堪えるように上下に揺れた。

彼が何かを言いかける前に、陽咲はベッドに横たわったまま「おやすみなさい」とだけ告げ、目を閉じた。

眠りにつけるはずもなかった。脳裏には先ほどの怜央と悠里が睦み合う声がこびりつき、心臓が鉛のように重く、鈍く疼いている。

わずかに首を振り、忌々しい情景を無理やり意識の外へ追い出した。ようやく微睡みの淵に沈みかけた、その時だった。

背後から強靭な腕が伸び、抗いようのない力で彼女の腰を抱き寄せた。すぐ耳元で、怜央の熱を帯びた、荒い鼻息が響く。

「陽咲……」

掠れた、艶めかしい声。

彼が何を求めているのか、陽咲には痛いほど分かった。

胸の内に、猛烈な嫌悪感がこみ上げる。

陶芸をする際、彼女は土にわずかな不純物が混じることさえ許さなかった。

人に対しても、物に対しても、それは同じだ。

彼女は自分を這い回るその手を、力強く振り払った。

「触らないで」

――反吐が出る。その言葉を、彼女は必死で飲み込んだ。

突き放すような、あまりに余裕のない響き。その鋭さに虚を突かれたのか、怜央は一瞬動きを止めた。だが次の瞬間、彼は弾かれたようにベッドの上に身を起こし、陽咲の背中を射抜くように見つめ、問いかけた。

「……君、今のを聞いていたのか?」

その声は、確信に満ちていた。

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