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8:想いの行く先

Author: けもこ
last update publish date: 2026-07-14 19:37:00

週明けの出社が、これほど気が重いことは。

胸の奥のモヤモヤを、どうしたらいいのかわからないまま月曜の朝がきてしまいため息が出る。

PCを立ち上げていると、専務室からシャツの首元をあけた姿の廉が出てきた。

「おはよう、綾香。今日も早いな」

「れ、廉の方がよっぽど早いんじゃない? 何時に来てるの?」

「近くのジムで汗を流してから来てるから、7時くらいかな。朝のこの時間だとはかどる仕事もあるしね」

「私に、仕事時間外で仕事しちゃダメって言っておいて、矛盾してない?」

自分は早く来て仕事をしているくせに、部下にはプライベートを大事にという廉に、ついつい笑いながら突っ込んでしまう。

綾香の笑いに、廉が相好そうごうを崩して、頭をポンポンと叩いた。

「週末に横浜に帰った時に、なんか様子がおかしかったから気になってた。良かった、いつもの綾香だな」

この笑顔はずるい。

無防備な雰囲気で微笑まれるとカッコよすぎてドキドキしてしまう。目を反らしてうつむく。

「コーヒー淹れましょうか? あ、ご自分で淹れる派でしたね‥‥」

廉の指が、綾香の顎に触れて視線を上げさせる。

「綾香、また、敬語。別に自分で淹れる派なわけじゃないよ。もし、良かったら淹れて欲しいな」

「私、あまり器用じゃないから敬語を使い分けられなくて失礼をしそうなのよ。あまり厳しく言わないで」

赤らんだ頬がばれないように、頬のあたりで髪の毛をいじりながら返事をした。

脇を通って専務室に入るときに、廉のシャツからフッとボディソープの匂いがして、体のどこかがキュッとしぼられるような感覚に陥る。

エスプレッソマシンをセットして、カップにコーヒーを注ぐ。

「綾香はいらないの? ラテは? 苦いのはまだ嫌いか?」

「別に苦いのは苦手じゃないわよ‥‥でも、じゃぁ、ラテを淹れようかな」

廉にカップを渡してもう一度マシンに向き直り、ラテを淹れていると、いつの間にか背後の廉がかなり近づいている。体温のわかりそうな距離で、向き直ったら胸が当たりそうになった。

「この間、横浜の家で会った時もすごく距離を感じたけど、綾香、俺に緊張してるの? なんで? 上司になったから?」

距離を詰めて顔を寄せて問い詰められる。

「き、緊張してるわけじゃないけど‥‥さっきも言ったけど、私、器用じゃないから、仕事中に普段の話し方が出ちゃいそうで」

「ふぅん。別に仕事中も普段通りでいいのに」

「いい訳ないでしょ。誰かに聞かれたら色々誤解されると思うし、廉の立場もあるじゃない」

「誤解ってどんな誤解?」

「え? えっと、秘書と上司が馴れ馴れしいのは良くないでしょ?」

なんだか、廉がどんどん前のめりに近づいている気がするのは、自分が廉の顔を見つめすぎている視覚効果のせいだろうか。

ふいに廉の親指が綾香の唇を撫でた。そっと触れた優しい指に唇がふわりと軽く開く。

「ラテの泡、ついてた」

ぼうっと惚けた顔で見つめていると、廉がククッと笑ってぬぐった親指をぺろりと舐めた。

さらに頬を赤くして腕で唇を隠すと、カウンターにカップを置いて廉が唇に当てた綾香の腕をそっと外して顔を近づける。

「おはようごさいます」

扉の向こうで出勤してきた御園さんの声がした。

はっと我に返り、慌てて廉の横をすり抜けて専務室の扉に向かう。

「あ、あの、ラテありがとうございました」

専務室の扉を閉めて、秘書カウンターにカップを置いたら、思わず大きなため息が出た。

「どうしたの高辻さん。顔真っ赤だよ? 体調悪いの?」

心配そうな御園さんの声に、ごまかすように笑って「今日、インナーを2枚重ねにしたら熱くって」と適当に返事をした。

その後のスケジュール確認の時も、とてもじゃないが廉の顔を直視できなかった。

午後になって御園さんが、通院の為に早退するというので、後の仕事の引継ぎを受ける。

廉のスケジュールは、秒刻みで打ち合わせがびっしりだった。

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