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9:胸に沈む小石

مؤلف: けもこ
last update تاريخ النشر: 2026-07-14 20:06:22

「あ、綾香。こっちに異動してから、全然会ってなかったね」

営業部の菱本祐ひしもとたすくが藤堂課長とともに部屋に入って来た。

菱本は、綾香と同期で、次の営業部エースと噂されている。きさくでコミュニケーション力が高く、入社以来、朱莉と同様に仲良くしている。

「菱本くん、久しぶり。藤堂課長、申し訳ありません。水無瀬専務は、今、アメリカ支社とのオンライン会議が少し伸びていまして。もう少しお待ちくださいね」

「高辻さん。茉莉花まりかのことで色々迷惑をかけてすまないね。茉莉花が、後任が高辻さんで良かったってずっと言ってるんだ。ありがとう」

藤堂課長が、申し訳なさそうな表情を向けた。

「課長は、今日の御園さんの病院に一緒に行きたかったんですよね。もうちょっと俺が役に立つようになれば、どうぞ任せてくださいって言えるんですけど。さすがに専務に企画を見てもらう初日に、一人は無理で。ホントすいません、課長」

「いや、ホントだよ、菱本。次からは俺も必ず茉莉花に付き添う予定だから今後は頼むな」

「ふふ、菱本くん、頑張って。営業部のエースだもんね」

「任せとけよ、綾香。俺がチーム藤堂をさらに盛り上げるからな」

三人で笑い合っていると、専務室の扉が開き廉が出てきた。廉の表情が少し厳しい。アメリカ支社との話で何か不都合があったのだろうか。

「やぁ、すまない、藤堂さん。お待たせしました。どうぞ」

藤堂課長たちが、部屋に入って行ってしばらくすると、今度は、最上エリカがやって来た。

「ごめんなさい。予定よりかなり早いのはわかっているのだけど、同行のコーディネーターが先に広報の担当者と話をしたいらしくて、そっちに行ってしまったの。少しここで待たせていただいてもいいかしら」

先日、会った時と変わらず隙の無いスーツ姿で、洗練されたメイクは非の打ちどころがない。

天はどうして人に二物も三物も与えてしまうのか。

「もちろんです。どうぞ、こちらのソファでお待ちください」

ソファに腰かけると、エリカは、綾香の方を見てそわそわとしている。どうやら話がしたいようだ。

目が合うと、嬉し気に口火を切った。

「この間はご自宅に急にお邪魔して、大変失礼しました。とても楽しかったわ」

「はい、私も兄のアメリカ時代の話が聞けてとても楽しかったです」

「ね、これからもプライベートでお会いする機会が増えると思うの。もし、あなたが嫌でなかったら、綾香と呼んでいいかしら。私のこともエリカって呼んでくれると嬉しいわ」

プライベートで会う機会が増えるのは、廉の‥‥彼女だからだろうか。ふっと沸いたその感情に笑顔が引き攣る。

「どうぞ、私のことは綾香と呼んでください。私もエリカさんと呼ばせていただきますね」

自然な感じではなかったかもしれないが、なんとか頑張って笑顔は作れたように思う。ただ、エリカの表情を見ると、それほど上手くはできていなかったのかもしれない。

「私、ドイツ生まれで、ドイツ人の父の仕事の関係でいろいろな国を転々としていたの。日本の国籍はあるけど、日本での生活にはまだあまり慣れていなくて。良かったら、綾香に色々教えてもらえると嬉しいわ」

少しためらいがちなエリカの様子に、自分の表情が堅くて気を遣わせたのだとわかった。慌てて殊更に明るい表情で返す。

「もちろんです。私でお役に立てるなら。エリカさんは国際法に強いって伺いましたが、なんで日本の法律事務所で働こうと思われたんですか? 水無瀬専務と同じ大学出身でしたら、アメリカにもいい条件の事務所がたくさんありそうに思うのですが」

花が咲くような笑顔とは、こういうことを言うのだろうか、と綾香は思った。

「アメリカの事務所で3年働いたんだけど、どうしても愛する人の元へ来たくて」

白く美しい肌がうっすらと桃色に染まり、凛々しく美しい顔が一瞬で愛しい人を思う表情に変わる。

そういうことか。綾香の心がさらに冷たく重く沈む。

しばらくして、専務室の扉が開き、営業部の二人とともに廉が出てきた。

「藤堂さん、その内容をもう少し詰めて、必ず来週の金曜までに他の取締役が納得のいくエビデンスをまとめておいて欲しい。菱本くんは、その内容をしっかり説明できるようにしておいてくれ」

廉にそう声を掛けられながら、営業の二人はソファに座っているエリカの姿に視線が釘付けになっていた。

「あぁ、藤堂さん、菱本くん、今回のプランの件でも世話になるから紹介しておこう。今期からうちの国際部門の顧問弁護士をしてくれる、LGK総合法律事務所の最上エリカさんだ。エリカ、うちの営業部の藤堂と菱本だ。例の台南のリゾート開発の件で動いてくれているのは彼らなんだ」

互いに挨拶が始まったので、綾香はカウンターの向こうに静かに控えた。

エリカの輝くような美しさに、菱本が惚けたようになっているのを見て、思わず眉間に皺が寄る。

皆、美人が好きだよね。まぁ、私も好きだよ美人は。

自分の周りに美人で優秀な人が多いだけに、綾香は、常々劣等感を刺激されている。

綾香自身も育ちからくる品の良さがあり、それなりに整った顔立ちではあるのだが、周りが凄すぎて、自己肯定感が少しも上げられないまま大人になってしまった。

エリカに同行してきたコーディネーターが到着して、さらにフロアで挨拶があり、その後、彼らは打ち合わせのために専務室に入っていった。

「すごい美人だね。びっくりした」

菱本が専務室の扉を眺めて、声を漏らす。

「これから一緒に仕事できるとか、楽しみでしかないわ。眼福、眼福」

エレベーターホールから藤堂に、早く来るようにせかされ、菱本は慌ててそちらへ向かった。

綾香は、エリカの『―どうしても愛する人の元へ来たくて』という言葉とその時の表情を思い出しながら、専務室の扉を眺めていた。

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  • 上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~   39:変わるのは自分から②

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