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7:美しい人

Auteur: けもこ
last update Date de publication: 2026-07-14 19:36:52

週末、母から連絡があり、久しぶりに兄が実家に帰っているというので、帰省した。

「綾香。おかえりなさい。あ、表の門扉しめてくれた? 昨日、メッセージも送ったけど自動開閉が壊れちゃって」

「ただいま、内側からロックかけといた。もう、直さなくていいんじゃない? 手動にすれば?」

「そういう訳にもいかないわよ。あの扉重たいから、宮島さんには大変なの。明後日には業者が来て具合を見てくれるから」

母の後ろから、真っ白な髪をしたエプロン姿の女性が笑顔をのぞかせる。

「お嬢様、おかえりなさいませ」

「ただいま、宮島さん。ご無沙汰しています。腰の具合はどう? この間送った温熱器具は少しは役に立った?」

「えぇ、えぇ、本当にありがとうございました。おかげさまで、ほらこの通り、アイタタ‥‥」

我が家に古くから住み込みで働いてくれている宮島さんは、もう80を過ぎている。

我が家では、一番の年長者である。

自分も兄も宮島さんを本当の祖母のようにして育った。

先日、腰を痛めて床から起き上がれなくなった、と母からの連絡にあったので、コリに効くという温熱器具を送ったのだった。

「お嬢様、お久しぶりですね」

「あ、紫衣しえさん。ご無沙汰しています」

すらりとした長身の女性が、宮島さんの奥からさらに顔を覗かせる。

「宮島さんのお手伝いと思って、久しぶりにこちらに寄せていただきました。お会いできてよかった」

廉の母である水無瀬紫衣みなせしえがエプロン姿でダイニングから出て来た。

「紫衣さん、私が宮島さんのことをお伝えしたら、すぐに来てくださって。なんだか、私が甘えてしまっているみたいで本当に申し訳ないわ」

どうやら、宮島さんの穴を埋めようと家事をしてくれているようだ。

「私も、久しぶりにこちらへ寄りたかったんです。最近はメッセージばかりのやり取りで不義理をしておりましたし」

「綾香、紫衣さんのお料理教室、すごいのよ。もう、今なんて大人気でなかなか入れないの」

彼女は、この家で働いている間に、調理師と栄養士の資格を取り、料理教室を開いたのだった。

最初の教室は、綾香の母の教室の空き時間に間借りをしていた。それが今は大人気の教室になり、自立した生活ができている。

「お母さんも習いに行けばいいのに。そしたら宮島さんがお休みの日にご飯作れるじゃない?」

「‥‥お母さんは、食べるの専門なのよ」

昔から料理が苦手な母が、苦しい言い訳をする。

「よぉ、綾香、おかえり」

「あ、孝たかくん、ただい…ま。何、その変な髭‥‥」

久しぶりに会う、兄の孝也たかやはもみあげから続く髭が、鼻の下と顎に続いていて、陽気な若いサンタクロースのようになっていた。

「変ってなんだよ。ゾンビ映画に出てる俳優、知らない? アメリカの。あれだよ、あれ」

なんとなくイメージした俳優の顔は浮かぶが、正直そんな姿とはほど遠い。兄は童顔なので、余計に、お菓子の缶に描いているサンタクロース感が否めない。

「うーん。まぁ、孝くんがそれでいいなら」

孝也は、廉から刺激を受けて、廉と同じ中学高校へと進み、その後系列大学の医学部へと進んで今はその大学で医者をしている。

「孝也もこの間の夏までアメリカだったし、久しぶりの家族団欒ね。しかも、紫衣さんの手料理が食べられるなんて、お母さんすごく嬉しいわ。遅くなるけど、お父さんも帰ってくるって言ってたし、一緒に廉くんも来るって。宮島さんも紫衣さんも一緒にテーブルについてね」

ウキウキと母が手を叩いてはしゃぐ。母は本当に強気で陽気で明るい。

生粋のお嬢様とはこういうものなのだろうか。綾香もそれなりにお嬢様育ちではあるが、母には到底かなわない。

「あ、新しく顧問に入る弁護士の人も一緒に連れて来るって言ってたから」

なぜか、兄が先に情報を知っている。兄はアメリカに行っていた3年間、かなり頻繁に廉と連絡を取り会っていたらしい。

「そうそう、聞いてるわ。国際法にすごく長けてる方で、大学時代に廉くんと一緒に住んでた人ね」

その話を聞きながら、階段を上がり自分の部屋に荷物を置いた。

呼ばれてリビングへ降りると、ちょうど玄関の扉が開いて父が帰って来た。

「お父さん、おかえりなさい。あ、廉‥‥くんも」

そして、廉の後ろから会社の前で見かけた、とんでもない美人が顔を出した。

「あぁ、綾香、ただいま。廉くんも連れて帰って来たよ」

「綾香、ただいま。あ、こちらは最上もがみエリカさん。今度、うちの会社の国際部門の担当弁護士をしてくれるんだ。俺の大学の時の後輩」

さっき、話題に出ていた新しい顧問弁護士さん‥‥廉と一緒に住んでたっていう。てっきり男性だと思っていた。

一瞬言葉を失う。

「こんにちは、綾香さん。お噂は、廉からたくさん伺っています。今後、会社でもお会いすることが増えるかと思って厚かましくも寄せていただきました。よろしくお願いします」

質の良いスーツを身に纏まとい、にっこりと微笑むその表情はとても品が良い。自分の周りには優秀で美しい人が多すぎる。

綾香の劣等感がチクチクと痛む。

「初めまして。よろしくお願いします」

「おいおい。この家のルールは、『家に仕事を持ち込まないこ』だ。うちのホテルの信条も『日常を忘れる空間を』だろう?頼むよ、皆。俺は仕事が嫌いなんだからな。綾香、エリカさんみたいなお姉さんがいたら嬉しいだろう?そう思って仲良くしてくれ」

父が嬉しそうに笑う。

「嫌ですわ、社長。お姉さんだなんて。でも、私も綾香さんみたいな妹がいたらすごく嬉しいかも」

別に自分は、それほど妹キャラでもないと思うのだが‥‥と心の中で拗すねながら、小さく、どうぞ、と言って先にリビングへ向かった。

廉と一緒に住んでいたというエリカさんは、兄のことも良く知っていて、リビングに入るなり、タカ!、エリィ!と呼んでハグしていた。

アメリカかぶれすぎる、とさらに拗すねた心で綾香は胸の中で呟いた。

夕食のテーブルは、にぎやかに和やかに進んだ。

そう、綾香の心中以外は。

廉とエリカさんが一緒に住んでいた、という言葉がどうしても頭から消えず、にぎやかな会話に入れない。

「綾香、どうした? まだ、セロリ食べられないのか?」

隣に座る廉が綾香の浮かない顔を見て、声をかけた。

目の前にはセロリの入ったコンソメゼリーと白身のソテーが美しく盛り付けられている。

「セロリは、食べられます‥‥」

子ども扱いされているように感じて、憮然とした表情で愛想無く答え、コンソメのゼリーをスプーンで掬って食べた。

「そうか? 無理しなくてもいいんだぞ」

二口めを口に入れようと掬ったスプーンを、手首をつかんで廉がパクっと口に入れる。

「あ、もう」

スプーンをなめ上げるその表情に、なぜか照れて頬が赤くなる。

「なんだ、綾香、まだ、セロリ食えねーのかよ。紫衣さんが作ったやつだったら食えるんじゃなかったのか?」

向かいの席から、兄の孝也がからかうように笑う。

廉は、掴んだ手首をまだ離さない。

「廉からもタカからも、綾香さんの話はいっぱい聞いていたの。初めて会うとは思えないわ」

エリカが、嬉しそうに綾香に微笑みかける。

非の打ちどころのないまぶしいほど美しい笑顔。

そして、会話から彼女の性格の良さも滲み出ている。社交的であっという間に我が家の家族と馴染んでしまった。

食事は美味しかったが、綾香は、胸の奥におもりが沈んだような息苦しさを感じて、心から楽しめない。

食後、廉がエリカとともに都内へと帰ると聞いて、ますますその気持ちはどんよりとした。

「ねぇ、エリカさん、今度はぜひ、我が家に泊まってね。離れもあるし、気兼ねなく」

母がにこやかにそう声をかけると、ぜひ!と手を握ってエリカも喜んだ。

廉は、何かを嬉し気に話す彼女と肩を寄せ合って、エントランスを出て行く。

そんな二人の後姿に、皆が楽し気に手を振る中、綾香は一人、素直に見送ることができなかった。

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