動物園の入り口で、恭弥を助けに行ったボディーガード二人が恭弥を抱きかかえて出てくるのにちょうど鉢合わせた。「若奥様」彼らは「ママ、ママ」と叫び続ける恭弥を抱きかかえたまま唯花の前までやって来て、恭弥を下におろし、頭を悩ませたように言った。「若奥様、彼の家族に電話をして迎えに来るように伝えたのですが、うるさく泣き続けられてしまって」「唯花おばちゃん」恭弥はあまりの恐怖で驚き泣いていた。彼は結城家のボディーガードに会ったことがない。最初に知らない人に連れ回されて、その後助けられたと思ったら、それもまた知らない人間だった。彼が普段いくら態度の大きな子だとしても、やはり四歳の小さな子にすぎない。これに驚いて泣き叫ぶのは当たり前のことだろう。唯花は恭弥の知っている人だから、彼女を見るとすぐに唯花の足にきつくしがみついて、抱っこしてくれとせがんだ。「大丈夫よ」唯花はこの子供を嫌っていたが、泣き続けるこの子を慰めるしかなかった。そして彼女は俊介に電話をかけ、彼が電話に出ると言った。「恭弥は助けたわよ。今動物園のゲートのところにいるから、急いで出てきて」佐々木家は恭弥が連れ去られ、大泣きしながら叫び続けていた。佐々木母は一度気を失ってしまい、頬を軽く叩かれて目を覚ますと、娘の英子と一緒にまた大泣きし始めた。俊介と英子の夫はあちこちを探しまわったが、恭弥を連れ去った男が一体どこに行ったのか全く探し出すことができなかった。そして唯花の電話を受け取ると、彼は大喜びして、何度も何度もお礼を言い、すぐに姉夫婦に連絡した。理仁と玲凰が同時にボディーガードの軍団を引き連れて動物園に到着した時、佐々木家も中から出てきたところだった。「恭弥」英子は連れ去られた息子が再び自分の元に帰ってきたのを見て、我も忘れて慌てて駆け寄って来ると、息子を抱きしめて大泣きし始めた。英子の夫である輝夫は無事な息子を見ると、ホッと胸をなでおろした。佐々木母と娘は一緒に恭弥を抱きしめてひたすら泣いていた。そして暫く経って、英子はくるりと振り返り、ドサッと音を立てて唯花の前に跪いた。そして唯花のほうへ額を地面にこすりつける姿勢で、あまりに感激して礼の言葉を述べた。「唯花さん、ありがとう。恭弥を助け出してもらって、本当に感謝してます」もし唯花がボデ
もし、唯月が少しでも力を緩めてしまっていたら、息子はあの騒動に乗じた誘拐犯にさらわれていたことだろう。姫華の車に乗り込んでも、唯月は息子をきつく抱きしめていて、少しも手の力を緩めようとせず、顔色を真っ青にさせていた。唯花も、この時恐怖で震えていた。姫華は兄に電話をかけて、兄がそれに出るとすぐにこう言った。「お兄ちゃん、うちの全てのボディーガードたちを星城アニマルパークまで寄越して私たちを迎えに来てちょうだい。誘拐事件が起こったのよ、陽ちゃんももう少しで誘拐されてしまいそうだったんだから。自分で運転して帰るのも怖いわ。途中で車を妨害されて誘拐されたら、たまったもんじゃないもの」姫華はこの日初めてこのような騒動を目撃し、こんなに危険な目に遭ったのだ。彼女は普段とても自信たっぷりで、何も恐れるものなどないといった様子ではいるが、さっき陽が危うく誘拐されそうになって、彼女もあまりの恐怖で全身の力が抜けてしまっていた。もし陽が連れ去られていたら、当時は混乱して人も多かったので、あの誘拐犯を捕まえるのは難しかっただろう。そうなれば陽は……姫華はそれを考えると、顔色を真っ青にさせて、手足を震わせていた。暫くは冷静になることができず、この時彼女も車を運転することができなかった。何か起こるのではないかと心配だったのだ。「なんだって?陽君は大丈夫なのか?俺がすぐボディーガードを連れて現場に向かおう」玲凰は陽が危うく誘拐されるところだったと聞いて、かなり驚いていた。後で重要な会議があることなど構っていられず、オフィスを出ると、ボディーガードに連絡し、全ての者は動物園に向かうようにと指示を出した。裏で唯花の警護に当たっている二人のボディーガードには早々に理仁に連絡していた。唯花は落ち着きを取り戻してすぐに理仁に電話をかけた。玲凰がボディーガードの一団を引き連れ、急いで向かっている時には、理仁もボディーガードの一団を引き連れて車で動物園へと急いでいた。「陽ちゃん」唯花は陽の背中をさすりながら、姉を落ち着かせようと慰めていた。「お姉ちゃん、大丈夫。もう大丈夫だからね」彼女はあと少しで、うっかり甥を危険に晒してしまうところだったのだ。「力いっぱい抱きしめてなかったら、陽は今頃連れ去られていたわ。あいつもすごい力だったの」唯月
この騒動の中、唯月はしっかりと息子を抱きかかえていた。莉奈は陽が唯月にしっかりと抱きかかえられ、結城家のボディーガードが彼女たちを守りながら海洋館を後にしていく姿を見て、計画は失敗に終わったと悟った。「恭弥、恭弥!」この時、英子の叫び声が突然響き渡った。莉奈が我に返ると、大男がなんと恭弥を抱きかかえて去っていっていたのだ。彼女は呆然としてしまった。あいつら、人を間違えたのか?「あなた、俊介、早く追って。あいつが恭弥を連れ去ったわ!」英子は他所の喧嘩など気にする余裕もなく、恭弥を連れ去った男を追いかけようとしながら、自分の夫と弟に向かって大声で叫んだ。佐々木家は恭弥が誰かに連れ去られたのに気づくと、懸命にその後を追った。しかし、ここにはかなりの人がごった返していて、彼らはすぐには追いつくことができなかった。「子供がさらわれた。誰かがうちの子を誘拐したんだ!あの背の高い男だよ。あいつだ、あいつがうちの子供を抱きかかえて連れて行った!」英子はこの時相当焦っていて、顔を蒼白にさせていた。彼女は人ゴミの中をかき分けても抜け出せず、かなり焦った様子で大声で叫んでいた。この騒動に乗じて子供がさらわれたという言葉を聞いた子供連れの家族は、急いで自分の子供を抱きしめて、懸命に海洋館の外に逃れようとした。そうするとその場はさらにカオス状態となった。中には優しい人が英子の子供を助けようとしてくれていた。その男は恭弥を抱きかかえてかなりのスピードで走り去っていき、わざと彼に道を開けてしまう人間もいたようだった。それで彼は迅速に海洋館の外に出ることができたのだった。「唯花、唯花さん、あいつが恭弥を連れ去ったわ。早く恭弥を助けてちょうだい」英子は人ごみにもみくちゃにされながら、唯花たちが視界に入り、喉が裂けるほど大きな声で唯花たち姉妹を呼んでいた。以前どれだけわだかまりがあったとしても、このような緊急事態では、唯花は恭弥が誘拐されるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。しかし、彼女は自ら恭弥を助けに行くことはせず、二人のボディーガードに恭弥を取り戻すため、あの男を追いかけさせたのだった。それが、ボディーガード二人が恭弥を抱きかかえてものすごい勢いで走り去る男を追いかけに行った瞬間、陽を抱きかかえていた唯月は突然大
相手は低い声で「すまない」とひとこと言った後、素早く彼女の手にあるメモの紙を握らせた。莉奈はそのメモをぎゅっと力を込めて握りしめた。多くの人がいる中でそれを開けて確認する勇気はなかった。彼女は周りを見まわして、近くにあるトイレの表示に気づき、その方向へ歩いて探し、その中に入って、急いでさっきのメモ紙を広げて見た。そこに書かれていたのは『海洋館でのショーが行われる時間にちょっとした騒動を起こし、その隙にあのガキを連れ去る。お前の任務は彼らを海洋館に連れて行くこと』莉奈はそれを見終わると、メモをちぎってトイレに流してしまった。莉奈は、あんなに多くの人と一緒にいて、唯花も二人のボディーガードを連れているから、彼らは手を出さないと思っていた。それがまさかこの状況でも諦めず、海洋館でのショーを利用して、その隙に行動に移すつもりらしい。成功するだろうか?この時、彼女は佐々木家とも別行動していて、唯花姉妹とは完全に離れているのは言うまでもない。莉奈はトイレから出てくると、俊介に電話をかけた。俊介は自分がいる位置を彼女に伝えた。莉奈は怒りを抑えて佐々木家と合流したのだった。そして俊介に頼んで唯月にどこにいるのか尋ねさせた。そして唯月は彼らのまだ後方にいることを知り、昼ご飯を済ませてから莉奈はレストランの近くで唯月たちが来るのをどうしても待とうと言って粘っていた。一緒に海洋館へショーを見に行こうと言ってだ。動物園に遊びに来る人は、ほとんどが海洋館のショーを見に行く。唯花たち一行も陽を連れて海洋館へとやって来た。「ひなた」恭弥もこの日は非常に楽しそうにしていた。「きょうや兄ちゃん」陽は礼儀正しく恭弥の名前を呼んだ。恭弥は近づいて来ると陽と一緒に座ると言って、ひたすらどんな動物を見たのかしゃべり続けていた。大人たちは、もうこの二人の子供を一緒に座らせておくことにした。恭弥が昔から陽をいじめてきたことを鑑み、唯花はわざわざ陽の隣に陣取り、唯月は陽の後ろの席に座った。結城家のボディーガード二名も、そう遠くないところに座っていた。彼らはショーなど見ずに、つねに周りを警戒するように見張っていた。莉奈もショーなど集中して見るような余裕はなく、とても緊張して常に陽のほうへ目を向けていた。あいつらは成功するのだろう
唯花は仕方なく引き続き甥っ子を追いかけるしかなかった。動物園の中は人でごった返していた。陽のように小さな子供がたくさん遊びに来ていたのだ。唯花は動物園を楽しむ余裕などなく、陽を追いかけ回して走り続けたので、疲れてしまった。陽は毎日母親と一緒に店にいて、仕事が終わると母親は彼を連れて帰って休むだけだ。だから彼を外へ連れて遊びに行く時間が一切なかった。それでこの日は遊びに出てこられて、遊びが大好きな子供の天性を大いに爆発させていた。唯花は以前空手をやっていたから、体力にしろ走り回る距離にしろ、どうにかなった。唯月は長期的にジョギングを続けてダイエットしていたので、体力もなかなかついてきていた。ただ、神崎家のお嬢様に関しては、このように走り回ることはないので、長く歩いていると、足の裏が痛くなってきたようだ。それから佐々木家については、今やどこに行ってしまったのか行方はわからない。陽はあまりに楽しくて、子供用のお遊戯場で汗まみれになるまで遊んでいた。彼の年齢で遊べる乗り物には全部何度も乗ってしまい、叔母に抱かれて動物たちを見に行くことになった。動物園はとても広かった。鳥類のいるブロックを見回ると、お昼の時間になった。一行はあるレストランに入って食事をした。「パパは?」陽はこの時ようやく父親がいないことに気がついた。唯月はそれに笑って言った。「あなたが走るのがとっても早いから、あっという間にパパを振り切ってしまったわよ」陽は周りを見まわしてみたが、本当に父親の姿が見あたらなかった。そして彼は「ママ、パパにでんわしてみてよ」と言った。唯月は電話をかけるふりをして、実際は俊介には電話をしなかった。そして息子をなだめるようにこう言った。「パパとおじいちゃんたちは他のところでご飯を食べてるって。後で会えるわよ」陽は母親のその言葉をそのまま受け取った。佐々木家のメンバーはこの時すでに唯花たちの前の方へ行っていた。彼らは恭弥にあの子供用の遊戯場で遊ばせるのは金が惜しくて行かせなかったから、時間をロスしていなかったのだ。莉奈は俊介と喧嘩していて、不愉快になり佐々木家を避けて、自分だけで回っていた。俊介は珍しいことに、彼女をなだめなかった。それで莉奈は俊介は釣った魚に餌はやらない奴なのだと思っていた。
姫華は唯月のほうを見て、佐々木家が本当に彼女たち親子を連れて遊びに出かけるつもりだということを確認すると、ようやく強張っていた顔を笑顔に変えた。しかしその笑顔は陽に向けたものであって、決して佐々木家に向けたものではない。彼女は佐々木家の誰を見ても、ただただ嫌悪感しか持たなかった。「陽ちゃんが動物園に遊びに行きたいって言うのなら、もちろん私も一緒に行くわよ」姫華は快く陽の誘いを受けた。陽はこの時まだ両親が離婚したことについては何も理解していない。唯月も善良な人間で、元夫側の家族にいくら不満を持っていたとしても、決して陽の前では俊介の悪口など言わなかった。俊介は陽の実の父親だからだ。陽に自分の父親を憎ませるようなことは、陽にとっても良いことではない。そんなことをすると陽の成長に暗い影を落としてしまうからだ。そして三十分後。唯花姉妹は陽と一緒に姫華の車に乗って動物園へと向かった。理仁が手配した唯花付きの二人のボディーガードももちろん専用車に乗って、黙ってその後に続いた。佐々木家は二手に分かれて車に乗り、ボディーガードの車の後ろからやって来た。莉奈はその途中ずっとぶつくさと俊介に愚痴をこぼしていた。「私たちが陽ちゃんと仲良くするために来たのに、あなたの母親は義姉一家まで呼んでくるし、陽ちゃんもたくさん呼んできてさ。私たちが陽ちゃんと仲良くできる機会なんてあると思う?」内海姉妹が一緒にいれば、陽は自然と母親と叔母のほうと一緒にいることだろう。莉奈は横に立っているしかない。しかも、かなり遠く遠くのほうにいなければならない。佐々木母は後部座席で莉奈の愚痴を聞いていて口を開いた。「英子一家を呼んできたって、別にあんたの金を使ったわけじゃないでしょうが。嫌いなら近づかないように距離を保っておけばいいでしょ。ずっとグチグチとうるさいねぇ」莉奈は振り向いて言った。「お義母さん、その言葉をしっかりと覚えていてくださいね。だったらあの一家には俊介のお金は使わせないでください。あの人たち、今は俊介よりもお金を持っているんだから」「俊介の金だって、別にあんたの金を使っているわけじゃないでしょ。あんたが今使ってるのは私の息子が稼いだ金じゃないか」佐々木母が不満に思っていることは、息子が家計の全てを莉奈に任せていることだった。「