ここ数年、贅沢な暮らしをしていて彼らはふくよかな体になっていた。少し動いただけでもすぐ息切れしてしまう。内海唯花は空手もやっているし、この夫婦と喧嘩するような力は実際ないのだ。当時も佐々木唯月がどのように妹を育てていたのかさっぱりわからなかった。まさか内海唯花に武術を習得させていたとは。幸い、彼らは先見の明があって、内海家の三番目の弟が亡くなった時にもらった事故による賠償金はきちんと保管していた。そうでなければ、唯月姉妹がその金を使いきってしまっていたかもしれない。「唯花、あんまり人に酷い扱いをするもんじゃないよ。忠告しておくよ、さっさと陸を留置所から出さないと、もしあの子に何かありでもしたら、地獄の底まであんたに付き纏ってやるからな。夫がいるからっていきがってんじゃないよ!」おばは唯花を指差して怒鳴りつけた。結城理仁は手を洗い終わり、顔を唯花のおばのほうに向け、氷のように冷たい目で彼女を一瞥した。それで怒鳴り声は瞬時に腑抜けた声に変わった。彼女は、この冷たく口数の少ない男をとても恐れていた。「唯花」内海民雄は口を開いた。「どうであれ、手を出すのはよくない。お前の旦那に謝るよう言ってくれ、私たちは年長者だからお前らとやりあうことはしないから」「おじさんも手を出す行為はよくないってわかってるのね。陸は夜中に不良たちを引き連れて鉄の棒を持って私の車を妨害し脅迫してきたわ。あの時、私はとても怖かったのよ。車を降りたら、彼から先に手を出してきた。もし私の反応が速くなかったら、私はその鉄の棒で殴られていたでしょうね。おじさん、そうなっていたら私は今頃どうなっていたかしら?」結城理仁は内海唯花が、あの時怖かったなどとでたらめを言うのを聞いて、口元を引き攣らせ呆れたが、それでも目は笑っていた。内海唯花は続けて言った。「彼のほうが悪いのよ。私はただ正当防衛をしただけなのに、何か間違ってる?あなた達もこんな夜遅くに大勢で押し寄せて来て、私を責めて侮辱して、あんた達のほうが道理にかなってるとでも?」内海民雄はかすれ声になり、ぐうの音も出ず、暫くしてから口を開いた。「唯花、私たちも陸が間違っていたとわかっている。だけど、お前は怪我とかしてないだろう?お前は空手ができるから陸たちはお前には敵わない。お前は怪我一つせずぴんぴんしている。従姉弟同
「おばさん、早く私に感謝してちょうだい。何かお礼の品でも買ってきてくれるのが一番なんじゃないかしら。あなたの息子を助けてあげたんだから、しっかりお礼してもらわないとね」内海唯花のこの言葉に内海家の年長者たちは口を引き攣らせた。唯花のおばは両目を大きく見開き、青筋まで立たせて鬼の形相だった。しかし、それでも手を出せなかった。結城理仁がこの場にいるので、内海唯花が何かせずとも親戚たちは反論する勇気もなかった。それを見て理仁はニヤリと笑っていた。この娘、よくやるじゃないか!「唯花」ここに一緒に来ていた内海唯花のもう一人のおばは耐えきれず口を開いた。「あたしらは別にあんたが間違ってるなんて言ってない。間違ってたのは陸のほうさ。ただあんたらは従姉弟同士で、血の繋がりも濃い同じ一族の人間なんだよ。今回の件は、あの子を家に謹慎処分する程度で十分だったんだ。あんたがあたしらに言ってくれれば、陸を叱ってやったんだ。警察送りにするなんて本当に必要のないことなんだよ。あたしらはあの子を留置所から出してあげようとしたけど、断られた。陸が出られないなんて、もしかして、あんたが頼りにしている人間の仕業なんじゃないか?唯花、昔のことはよく覚えているよ、あんた達姉妹があたしら内海家の人間を恨んでるってのはよくわかってるさ。だけどね、さっきから言ってるが同じ一族なんだよ、どちらも『内海』という苗字だろう。他所の無関係な人間に頼んで内海家に干渉しないようにしてくれ」つまり彼女は内海唯花に後ろ盾に頼るなと言いたいのだ。彼女を助けている影の人物に内海一族の邪魔をされたくないのだ。内海唯花はさっき結城理仁が直接手を出したのは正しいと思った。このようなクズ人間たちに理屈を論じても意味がないのだ。彼らはひたすら彼女と内海陸が従姉弟同士の親戚だから、陸が過ちを犯したとしても警察に通報してはいけないと言う。彼女は冷たく言った。「毎度毎度あんた達は血縁関係がある家族なんだって強調してくるけど、本当に笑っちゃうわよ。あんた達が悠々自適に暮らしていけるのも納得がいくわ。図々しく、恥知らずのクズ人間、世界最強のクズ集団よ。厚かましさでは、あんたらに敵う奴なんかいないわね。私があんた達を恨んでるっていうのを知っていながら、私の前に現れて、年上だからと偉そうに私に教育しようって?恥ず
彼女、内海唯花はきちんと道理をわきまえているし、年上を敬う人間だ。もちろん、その年長者が年長者たる品格を備えている場合においてだが。「内海さん、さっきの人たちは君の親戚?あいつらはまたあなたに何か言いに来たの?もしかして、まだあなたのおばあさんの医療費を出せとか言ってる?本当に恥知らずもいいところねえ。自家用車も持っていて、一軒家に住み、何千万もの貯金があるんでしょう。自分の母親が病気になってるっていうのに、両親を失った姪っ子にその金を出させようとするなんて」「今まで恥を知らない人間には会ったことがあるけど、彼らほど酷い奴らは生まれてはじめてだよ。本当にこの世の中どんな人間がいるかわかったもんじゃないな」「本当、本当。確か内海さんの両親が事故で亡くなって、その賠償金もあいつらが山分けして奪っていったんだろ。一億二千万なんて、大金だよ。やつらが今のような贅沢な暮らしができるのは、内海さんの両親のそのお金のおかげなのに、他人の不幸を利益にしたうえにあなたを侮辱するなんて」「内海さん、あなたはあんな恥知らずな奴らに優しすぎるんじゃないか。彼らが来たらすぐに箒で追い出してしまえばいいんだ。何も話をする必要なんかないよ。ああいう人たちは自分が犯した罪も認めず、自分たちのほうが正しく、他人が間違っていると言い張るんだから」「内海さん、あいつらがまたあなたにおばあさんの医療費を出せと圧力をかけてきたら、私に言ってちょうだい。私たちが一緒に、あの義理人情のないやつらを追い出してあげるからね」店のご近所たちは内海唯花と彼女の親戚が対立していることを知っている。さっきのように内海唯花が箒をもって年配者たちを追いかけ回したのを目撃しても、彼女が間違っているとは思っておらず、内海唯花は善良な人間だと思っていた。ご近所さんたちはドーベルマンを数匹飼っている。あのクズ野郎どもが再び現れようものなら、犬にあいつらを咬ませて二度と来られないように脅してやろう。無駄話でさえもあのようなクズ野郎どもとする時間がもったいない。内海唯花は渋い顔をして言った。「でもあの人たちも結局は私の父の兄妹姉妹たちです。私がかなり怒ったからやっと追い出すことができたんです」「追い出して当然よ。あの人たちはお父様の兄弟たちなのでしょうけど、薄情すぎるのよ。普通の人なら、彼らのような
内海唯花は恥ずかしそうに笑った。「今度私にはどうしようもない時、ぜひあなたにお願いするわね」彼女自身で解決できることは、彼が出る必要はない。わざわざ彼に借りを作る必要はないから。結城理仁は彼女に言った。「君にはどうしようもできないことって、例えば?」内海唯花はケラケラ笑った。「たっくさんあるよ。そうね、今は思いつかないんだけど。結城さん、お仕事に戻ってね」しばらく彼女を見つめた後、結城理仁は淡々と言った。「会社に戻って残業してくる。君は何時に店を閉める?後で迎えに来るから一緒に家に帰ろう。帰り道にまたあのクズたちが来るかもしれないし」「必要ないわ。内海陸はまだまだ若くてお子様だからあんなことやっただけだし。結局損したのはあっちのほうだから、二度とあんなことはしてこないはずよ。あのクズたち見た目はすごそうだけど、実際は臆病者なのよ。さ、仕事に戻って、私のことは気にしないで。夜遅くに店を閉めるし、それからたぶんお姉ちゃんの家に寄ると思うから」つまり、内海唯花は結城理仁と一緒に帰りたくないのだ。「お姉さんの仕事の件はどうなった?」結城理仁は佐々木俊介が不倫しているということはすぐには妻に教えなかった。彼は九条悟に調査させていて、今のところ彼からはその調査結果をもらっていない。不倫しているとはっきりしていない段階では、やはり言わないほうがいい。もしそれが真実でなかったら、佐々木俊介と唯月の結婚を壊した悪人になってしまうのだから。姉の就職活動の話になり、内海唯花の顔に陰りが見られた。「お姉ちゃんは毎日仕事探しに行ってるけど、まだ見つかってないの。仕事を見つけるってこんなに大変なことだなんてはじめて知ったわ」彼女の姉は結婚前、所謂ホワイトカラーだったが、たった三年仕事をしなかっただけで、また仕事に復帰しようとするのが、まさかこんなに難しいとは思っていなかった。結城理仁は慰めの言葉をかけた。「焦らず探したらいいよ。今は確かに仕事を見つけるのは厳しいから」「もしお姉ちゃんに仕事が見つからなかったら、お金を貸してあげるから何かのお店を開くとか、起業したらいいと思ってるんだけどね。陽ちゃんのお世話もしながら、少しくらいお金が稼げるでしょう」「それもいい方法だと思う」結城理仁も義姉は自分で何か事業を起こしたほうが良いと思って
脂肪肝が悪化すると肝硬変になる可能性がある。彼女はそのようにはなりたくなかった。マンションを出て、佐々木唯月は子供を乗せたベビーカーを押しながら歩いて粉ミルクを買いに行った。以前はいつも妹が粉ミルクを買ってきてくれていたのだ。歩いて行くのは少し遠いが、散歩のつもりでぶらぶらするのも良い。「パパ」佐々木陽が突然パパと呼んだ。佐々木唯月は慌てて周りを見渡したが、佐々木俊介の姿はなかった。彼女は息子に「陽、パパを見かけたの?」と尋ねた。佐々木陽は道の端に止まっている一台の車を指差して、パパと呼んだ。その車はパパの車だという意味だ。佐々木唯月が息子が指差したその車を見てみると、確かに夫の車と同じ車種だった。しかし、車のナンバーからその車が佐々木俊介のものではないことがわかった。彼女は笑って言った。「陽ちゃん、あれはパパの車じゃないわよ。パパのと同じ車だけどね、車についている番号が違うの。だから、あれはパパが運転している車じゃないのよ」息子は父親とのふれあいは少なかったが、父親の車ははっきりと覚えていた。佐々木唯月は、息子が父親を恋しく思っているのだと思い尋ねた。「陽ちゃん、もしかしてパパに会いたいの?ママがパパに電話するから、パパとお話する?」佐々木俊介が家に戻ってきてからも、やはり以前と同じように朝早く仕事に行き、夜遅くに帰って来る生活なのだ。佐々木唯月も彼にいちいち構いたくなかった。家庭内暴力の件から夫婦二人には大きな溝ができてしまっていた。佐々木唯月は自分が間違っているとは思っていなかった。佐々木俊介のほうも、もちろん自分が間違っていると認めることなどない。だから彼から唯月に頭を下げて間違いを認めるということはありえない。どのみち夫婦は一緒に住んでいても全くの他人のように暮らしている。しかし、夫婦の関係がどうであれ、佐々木俊介が陽の父親であることには変わりない。「うん」佐々木陽はお利口にそう返事をした。佐々木唯月はベビーカーに下げていたバッグの中から携帯を取り出した。毎回出かける時、便利だから携帯をそのバッグに入れる習慣があるのだ。呼び出し音が暫く流れてから、ようやく佐々木俊介は電話に出た。「また何の用だよ?」佐々木俊介のその口調はあまり耳聞こえの良いものではなかった。
佐々木唯月は携帯を耳元にあて、佐々木俊介が電話で彼女を怒鳴る声を聞いた。「お前、普段どんなふうに陽の教育してんだよ?陽は今、自分より年上の兄さんに対して失礼なこと言ってるぞ。家族仲良くすることを全く学んでないじゃないか。自分におもちゃを買って、従兄のお兄ちゃんには買うなって言ったんだぞ」夫にそう怒鳴られて、佐々木唯月もだんだん腹が立ってきて冷ややかに言った。「私が陽をどう教育しているかですって?あれは陽が間違ってるの?あんたの姉のガキが毎回陽のおもちゃを横取りするんじゃないの。しかも陽を叩いたのよ。陽の立場が弱いからこんな扱い受けてもいいっていうわけ?あれは明らかにあんたの姉のガキが間違ってんじゃない。あんたは父親のくせに自分の子供を守らないだけでなく、聞き分けがないって責めるの?陽のおもちゃ全部あのガキにやれと言うの?またあいつから陽が叩かれそうになったら、黙って見ている気?あの子、両親と祖父母から相当溺愛されてて、いっつも陽を平気でいじめるのよ。あんた達の目は使い物にならないんじゃない?何も見えていないんでしょ。俊介、あんたの息子は陽なのよ、陽の生みの親でしょうが!あいつはあんたの甥。どちらのほうが血の繋がりが濃いかさえわからなくなったわけ?」佐々木俊介は唯月に詰問されて、反論できなかった。そして、すぐに彼はまた口を開いた。「もういいだろ、俺は今忙しいんだ。終わりにしよう。お前、陽と一緒にどこに行ったんだ?周りが賑やかだけど」「あんたこそ、どこにいるのよ?会社じゃないでしょ?そっちも賑やかなのが聞こえてくるわよ。陽の粉ミルクがなくなったし、おむつももうすぐ切れるからこの子を連れて買い物に来たのよ。陽にかかるお金ももちろん割り勘になるわよね。私一人であなたの分の五か月妊娠してあげたし。この子の粉ミルク代くれるわよね?今すぐ送金してちょうだい」妹が取れるものはしっかり取るようにと言っていたし。佐々木唯月には息子の粉ミルクを買うお金はまだある。しかし、息子は佐々木俊介の子だから、彼にも子供を育てる責任があるのだ。彼に粉ミルク代を請求するのは、当たり前のことだ。「毎日毎日俺から金を取ることしか考えてねえのかよ。俺は銀行で、金を発行できるとでも思ってんのか。どこにそんな金がある?できるんならお前が金稼ぎにいけよ。ただ食べて食べて食べることし
成瀬莉奈は嫌がらないばかりでなく、とても喜んでくれる。佐々木俊介は成瀬莉奈からとても好かれていると思っていた。彼のお金には目もくれず、お遊びではなくお互い白髪になるまで一緒に連れ添いたいと思ってくれていると感じていたのだ。だから、彼女は最後の一線は越えず、彼と肉体関係はまだ持っていない。彼女がこんなに真剣に付き合ってくれているので、佐々木俊介ももっと真剣に彼女とのことを考えていた。彼は成瀬莉奈に、もっと貯金が貯まったら新しい車を彼女にプレゼントすると約束している。それで成瀬莉奈はとても感激し、彼に何度も熱いキスをした。キスされて佐々木俊介は何も考えられないほど彼女にもっと夢中になった。佐々木唯月はまだ何か言いたかったが、佐々木俊介はすでに電話を切っていた。そして彼はすぐにLINEペイに粉ミルク代の一万円送金した。粉ミルクの総額である二万円ではなく、その半分の一万円だったが、佐々木唯月はすぐに俊介が送ってきたお金を受け取った。「どうしたの?奥さん?」佐々木俊介が電話に出た時、成瀬莉奈は物分かりよくすぐに彼から離れていた。佐々木俊介が電話を切ったのを見て、成瀬莉奈は二人分のワイングラスを持ってやってきた。この日の成瀬莉奈は着飾っていてどこかの令嬢のようだった。全身ブランド物のドレスを身にまとっていた。もともと若くてきれいな彼女がブランドを着ることによって、その美しさが際立ち、もっと美しく、スタイルも良くセクシーだった。彼女が佐々木俊介と共にこのパーティーに現れてから、多くの男たちの目を引いた。成瀬莉奈は内心とても得意になっていた。彼女は自分の容姿とスタイルにとても満足していた。佐々木俊介は彼女のために惜しまずお金を使ったので、彼女は美しく着飾ることができたのだ。きれいなドレスを買ってあげただけでなく、金のネックレスにピアス、それからブレスレット二本も彼女にプレゼントし、この夜のパーティーに参加したのだった。成瀬莉奈は自分はどこぞの令嬢には及ばないかもしれないが、それでもそこまで大差はないと思っていた。「そうだよあの女だ、金目当ての。いっつも金、金、金とうるさくて、まるで俺が銀行でも開いてるかのような物言いなんだよ」佐々木俊介は妻に一万円あげた後、ぶつくさと文句を言っていて、とても不満そうだった。佐々木唯月に粉
成瀬莉奈は「息子さんはあなた達夫婦二人の子供だから、そもそもそれぞれが半分ずつ負担するものだし、あなたは間違ってないわ」と言った。佐々木俊介はもちろん自分が間違っているとは思っていない。彼は一口ワインを飲み言った。「スカイロイヤルって本当最高級のホテルだな。ここのワインは普段俺たちが飲んでるのよりも高級なやつだ」成瀬莉奈は笑って言った。「それに今日はパーティーでしょ。残念なのは今晩ここに来ているのは中小企業の社長とか、私たちと同じレベルのエリート達だということね。神崎社長や結城社長みたいな大物は一人も来ていないわ」彼女は結城社長のような超大物にもう一度会ってみたいと思っていた。以前偶然見かけたことがあるが、彼女は結城社長の顔を見ることができなかった。だから結城社長が噂で聞くように高貴で冷たいだけでなく、超絶イケメンであるか気になるのだ。「いつかは俺たちも結城社長や神崎社長のような人物に出会う機会があるさ」佐々木俊介は成瀬莉奈を慰めて言った。彼はそんな彼女よりも残念に思っていた。彼女は彼のただの秘書でしかなく、彼のほうはビジネス界のエリートなのだから大物に知り合えれば意味がある。もし結城社長のような人と話ができる機会があれば、今後彼が転職しようと思ったら今よりももっと良い会社に行けるだろう。それにもしかしたら結城グループにも入れるかもしれない。「俊介、あなたもいつか社長になれるといいわね」成瀬莉奈は佐々木俊介が自分で大企業を作り、社長になることを妄想していた。そして彼女は佐々木唯月を蹴落として、佐々木俊介の妻となり、大企業の社長夫人として君臨するのだ。佐々木俊介は笑って言った。「幅広く人脈づくりして、資金も貯まったら自分の会社を作るよ」二人はおしゃべりして笑い合った後、知り合いに挨拶をしてビジネスの話をした。成瀬莉奈はずっと佐々木俊介の傍にいて、彼が誰かとビジネスの話をする時には彼女もその話に加わった。もし今夜佐々木唯月が来ていれば、彼女の今の容姿を見て参加者はみんな嫌悪感を持ち、そのせいで佐々木俊介の評判を落としていたことだろうと彼女は思っていた。佐々木俊介が太った醜い妻を連れていると笑い者になっていたはずだ。しかも佐々木唯月は暫く社会から離れていて時代の流れについていけていない。唯月を佐々木俊介のパートナ
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら