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4.交換条件

Penulis: 桜立風
last update Tanggal publikasi: 2026-08-12 15:06:34

「諦めた訳じゃありませんよ?私がオーダーしたネックレスの可能性は捨てきれませんから」

「そうだとしても、母が虫の息で私に存在を伝えたネックレスなんです。盗んで手に入れたという証拠でもあれば別ですけど、そうじゃないならいくらお金を積まれても手放す気はありません」

「……また来ます。あなたはまったく私の言う事を聞いてくれないので」

一瞬向けた視線に、少しだけ罪悪感が乗ったのを感じた。

ここで追い込めば、ビルからの退去もネックレスも、彼女から勝ち取ることは出来るだろう。

多分……相当な涙と引き換えに。

帰社する車の中。

運転席の秘書が後部座席に座る京極に、バックミラー越しに不躾な視線をよこした。

イライラした京極はため息をつき、ミラーを睨む。

「……なんだよ」

「い、いえ……あともう一押しで凪さんの気持ちを変えられそうだったのに、ボスらしくなく強く出なかったので、どうしたのかと思いまして」

「苦手なんだ。ああいう女は」

正統派美人、まっすぐで穢れのない瞳、キラキラした笑顔……

「しかも福祉施設の運営者だぜ……?俺とは真逆すぎて、蕁麻疹が出る」

……交通事故で母親を失ったと言ってたが、一人暮らしなのか、それとも父親や家族がいるのか。

「汐沢凪は、あのビルの居住者か?」

「あぁ……はい。全居住者6名のうちの1人に間違いないです」

少ないから覚えてますえへへ……と笑う秘書の前歯が赤く染まっている。きっと余分に塗りすぎた真っ赤な口紅のせいだろう。

京極はゲンナリした表情を隠さず秘書に命じる。

「サバンナビルディングに戻れ」

自分たちが帰る時、利用者はもうほとんどいなかった。

……あの変ちくりんな踊りは小学校で言う帰りの会みたいなものだったのだろう。きっと今頃、つまみっ子倶楽部には凪1人だ。

「あの、何か忘れ物でも……」

「あぁ。大事なものを置いてきてる。誰も中に入れないよう、入り口を封鎖しないと危ない」

「え、でもまだ帰宅してない居住者もいるかもしれませんが、」

「……そんなもん知るか」

それより、凪が持っているネックレスの方がずっと重要だ。

俺の目に狂いがなければ、あのネックレスは間違いなく元妻、真美に贈ったもの。

だとすれば、金額では換算できないほどの価値がある。

なにしろ、京極家に代々伝わる希少価値の高いダイヤを使っているのだから。

サバンナビルディングは、設立した当時、最新の設備として、エントランスのガラスに超強化ガラスを採用した。

そして装置を作動させれば、外からは開かないように出来る。いわゆるオートロックだ。

……居住者に外から開けるための鍵を作っていないので、これから帰宅する者は部屋に入れないが。

「入れなかったら、苦情が殺到するんじゃないでしょうか……」

「大丈夫。すでに全員俺のペットだ」

……凪以外は。

秘書は車を停め、かつては常駐していた管理人室にある操作パネルを開き、オートロックを作動させて戻ってきた。

……よし。これで安心だ。

「京極社長、おはようございます」

……翌日。

出社した京極を凪が出迎えた。

「今日も朝からお暑ぅございますね」

「……はぁ」

昨日とは打って変わって焦りの表情を浮かべている凪。なのに美しい仕草で頭を下げ、のんびり天候の話をして、いったいどうしたというのか。

「あの、居住者の皆さんが自由に出入りできなくて、とても困っています」

……それを言いに来たのか。

長い前置きに笑ってしまう。

俺に笑われた凪は、表情を引き締めてから続けた。

言いたいことはなんとなく予想がつくが。

「……エントランスに何か仕掛けを施されましたよね?嫌がらせのつもりでしょうか」

「……いえ、そうじゃありません。あのネックレスが本物だった場合……警備がまったくないビルの一室に置いておくわけにいきませんからね」

「そんなの……私のものですから、ご心配には及びません」

京極はため息をひとつ漏らし、少しだけ路線を変更してみようと思いついた。

「そういうわけにはいかねぇんだ、お嬢さん」

一歩近づき、細い顎に指先を引っ掛け、クイッと上げて目線を合わせる。

「いいか、よく聞けよ?」

ゴクリと唾を飲みこむ白くて細い喉……そこをスッと撫でながら続けた。

「あれは、ただのネックレスじゃねぇ。京極の家が代々受け継いできた希少価値の高いダイヤを使ってんだ。……いいか?俺にとってあれは、金額に換算できないほどの価値があんだよ」

凪は顎をとらえられたまま大きな瞳を見開き、次の瞬間涙を浮かべた。

「は?……なんだお前、」

意外すぎる反応に、焦って顎を離すと、凪は手の甲で子供のように涙を拭い始める。

「ご、ごめんなさい。そんなに大事なものを……私、い……いじわるしちゃって」

「あー……」

嘘はついていないが、今の話を一瞬で信じて大丈夫なのかこの子は。

「さ、差し上げます」

「へ……?」

「ネックレス、ご実家の大切なものだったんですね……差し上げます」

突然素直にそう言われると、自分のなかに強い罪悪感が生まれるのを感じる。

「……お母さんの形見だって言ってましたよね?そんな簡単に渡していいんですか?」

「ネックレスの写真を1枚撮って……それを、肌見放さず持ち歩くことにします」

鼻をすすりながら作る笑顔が痛々しい……

「母が残したネックレスがどなたかの唯一無二の大切なものだとしたら、きっと母もそうするよう言うと思うので!」

取りに行ってきます!と、勢いよくドアに向かった瞬間、頬に涙が流れたのが見えて、京極はつい言ってしまった。

「わかりました。ネックレスと引き換えに、ビルの取り壊しは中止します」

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