京極社長は善良すぎる女に飼われたい……2つのダイヤが秘密を暴く

京極社長は善良すぎる女に飼われたい……2つのダイヤが秘密を暴く

last updateLast Updated : 2026-11-04
By:  桜立風Updated just now
Language: Japanese
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「そのネックレスは昔、前妻に贈ったものだ。揃いの指輪もある」 「そんなこと知りませんよ。とにかく、立ち退きはお断りいたします!」 婚約者の裏切りを知った同じ日に、職場と住まいが入るビルの取り壊しを知った汐沢凪。怒りを胸に、管理する企業「京極 REAL ESTATE」へと乗り込む。 涼しい顔で対応する冷徹社長、京極李仁が顔色を変えたのは、凪の襟元にネックレスを見つけてから。 諦めない京極は、ビルの取り壊し中止と引き換えにネックレスの交渉に成功。 …が、凪の住まいに怪しい人影が現れたと知り、同居することに。 …ネックレスには隠された秘密がある? 冷徹と善良、年の差バディ 近づく2人の距離…そしてネックレスの謎とは?

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Chapter 1

1.怒りと涙と極悪社長

『サバンナビルディング取り壊しのお知らせ』

……そんな事務的な言葉が並んだ紙が、福祉施設のドアに挟んであった。

「やっぱりお宅にも入った?」

「突然退去しろだなんて、あり得ません!」

私、汐沢凪は、腹立ちまぎれにその紙を引きちぎった。

「行ってきます。……この、京極REAL ESTATEって管理会社に」

「本当……?悪いなぁ、俺1人だから、店空けられなくてさ」

ここはサバンナビルディングに入る凪が経営する福祉施設。

対応を相談に来たテナントの店主が、凪に手を合わせる。

「お互い死活問題ですからね!……絶対中止させなきゃ!」

……嫌なことは重なるものなのだろうか。

勢いよく出てきたものの、凪の心は塞いでいた。

それは、たった今目にした婚約者、真壁雅人の裏切りが原因……

昨夜のデートで忘れた書類を、朝のうちに彼のマンションに渡しに行ったのは、仕事で必要なものだったらいけないと思ったから。

なのに、まさかの光景を目にしてしまった。

「楽しかったよ。またおいで」

送り出した女性と、玄関先で激しく口づける雅人……ただならぬ関係なのは一目瞭然。

……父に頼まれた契約結婚ながら、優しくてスマートな彼に惹かれ始めていたのに、自分とのデートの後、女性を泊めていた。

そんなことができる人だった……

凪はこぼれそうな涙を拭い、京極 REAL ESTATEへと向かった。

◇◇◇◇◇◇◇

それは都会の一等地にそびえ立つ大きなビルだった。

何階に入っている会社なのか確かめようとして、一棟丸ごとその会社だとわかる。

受付でエレベーターホールへと案内され、最上階のボタンを押された。

扉が開いた場所は、いかにも社長室のフロア……という雰囲気。

ひとつのドアが向こうから開いた。

「汐沢さんですね?サバンナビルディングの」

「はい。立ち退きをお断りいたしたく、代表して参りました」

「……そうですか、どうぞ中へ」

挨拶に若干苦笑された気がした。この人がビルの取り壊しを決めた悪徳社長か、と思いながら……驚きを隠せない。

見上げるほど背が高く、近づけばいい匂いまでする。切れ長の瞳と整った顔立ちに温かみはないが、とんでもなくカッコいい人だった。

「改めまして、京極と申します」

……名刺を手渡す指先まで綺麗だ。

「私は、つまみっ子倶楽部という福祉事業施設を運営しております、汐沢凪と申します」

「は……」

うさぎと熊が笑顔で手を振るイラスト付きの名刺を受け取る京極。また、失笑を買ったようだ。

「取り壊しの件は急に決まったことではございますが、昨夜までに貼り紙とお知らせのポスティングを完了しております」

「ですが……2週間で出ていくのはさすがに無理があるのではないでしょうか?」

「……じゃあ3週間」

「そういう問題ではありません。あのサバンナビルディングで長年商売をしている人も暮らしている人もいるんです。突然あんな貼り紙をされて、皆さんとても不安に思っていて……」

京極は凪が座るソファの向かい側で優雅に足を組み、笑顔を作った。

「立ち退き料は相場の2倍。引っ越し費用も当社で持ちます。それ以外に何がご希望ですか?」

「問題はお金じゃありません。あのビルには、入居者それぞれの思いがあって……」

「感情論では何も変わりませんよ」

鼻で笑われながらも、凪は怯まずに言葉を返す。

「つまみっ子倶楽部には、近隣のお年寄りや就学前のお子さんが来てくださってます。私は、利用者さんのために今すぐ立ち退くわけにはいかないと言ってます」

「ほう……?!」

「せめて、半年くらいの猶予をください。それくらいあれば、利用者さんに別の福祉施設を紹介できます」

京極は見せつけるように長い足を組み替える。

「いくら出せば2週間で出てくれます?」

「いえ、ですから……」

「立ち退き料、交渉の余地ありますけど?」

この社長、人間は金で動くと思っているようだ。

話の折り合いがつかないまま睨み合うこと30分……大きなため息をついた反動なのか、グゥ……っとお腹が鳴った。

「あ、の……すいません」

少しずつ声が小さくなり、同時に顔が熱くなる。……真面目な話をしてるのに、なんというタイミングで鳴るんだっ私のお腹!

京極は盛大なため息をつき、上着の内ポケットから携帯を取り出しメッセージを打ち込んだ。

しばらくして、派手なメイクの秘書らしき女性がトレイを持ってやってきた。

「召し上がれ」

片手で秘書を追い払い、凪にサンドイッチをすすめる京極。

「……それでは、いただきます」

ここは遠慮なくいただくことにする。

玉子サンドにツナサンド、そして野菜サンドは、吸い込まれるように凪の口の中に入っていく。

そんな凪を見て京極は呆れた笑顔を見せた。

「初めて来た会社でよくそんなに食えるな」

「お腹が空いていたので……あの、ティッシュを1枚ください」

「……は?」

遠慮せず要望を伝える凪に、京極はティッシュを持ってきて……テーブルの端に置いた。遠いのでわざわざ立ち上がらないと取れない。……小さな意地悪をされたと見た。

「いったん帰りますが、私たちは立ち退きとビルの取り壊しに納得しておりませんので」

話し合いは後日に持ち越すことにして、立ち上がった凪は丁寧に頭を下げる。

「ちょっと待って……」

頭を上げた瞬間、手首を取られた。京極の視線が自分の襟元を見ている。

「そのネックレスは?」

「これ、ですか?……母の形見ですけど」

お辞儀をした時、服の中に入っていたネックレスが外側に出たらしいが……

「そんなはずはない」

凝視する京極の表情が驚きに満ちていて、逆に驚く。

「それは、俺が昔、前妻に贈ったネックレスだ」

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1.怒りと涙と極悪社長
『サバンナビルディング取り壊しのお知らせ』 ……そんな事務的な言葉が並んだ紙が、福祉施設のドアに挟んであった。 「やっぱりお宅にも入った?」 「突然退去しろだなんて、あり得ません!」 私、汐沢凪は、腹立ちまぎれにその紙を引きちぎった。 「行ってきます。……この、京極REAL ESTATEって管理会社に」 「本当……?悪いなぁ、俺1人だから、店空けられなくてさ」 ここはサバンナビルディングに入る凪が経営する福祉施設。 対応を相談に来たテナントの店主が、凪に手を合わせる。 「お互い死活問題ですからね!……絶対中止させなきゃ!」 ……嫌なことは重なるものなのだろうか。 勢いよく出てきたものの、凪の心は塞いでいた。 それは、たった今目にした婚約者、真壁雅人の裏切りが原因…… 昨夜のデートで忘れた書類を、朝のうちに彼のマンションに渡しに行ったのは、仕事で必要なものだったらいけないと思ったから。 なのに、まさかの光景を目にしてしまった。 「楽しかったよ。またおいで」 送り出した女性と、玄関先で激しく口づける雅人……ただならぬ関係なのは一目瞭然。 ……父に頼まれた契約結婚ながら、優しくてスマートな彼に惹かれ始めていたのに、自分とのデートの後、女性を泊めていた。 そんなことができる人だった…… 凪はこぼれそうな涙を拭い、京極 REAL ESTATEへと向かった。 ◇◇◇◇◇◇◇ それは都会の一等地にそびえ立つ大きなビルだった。 何階に入っている会社なのか確かめようとして、一棟丸ごとその会社だとわかる。 受付でエレベーターホールへと案内され、最上階のボタンを押された。 扉が開いた場所は、いかにも社長室のフロア……という雰囲気。 ひとつのドアが向こうから開いた。 「汐沢さんですね?サバンナビルディングの」 「はい。立ち退きをお断りいたしたく、代表して参りました」 「……そうですか、どうぞ中へ」 挨拶に若干苦笑された気がした。この人がビルの取り壊しを決めた悪徳社長か、と思いながら……驚きを隠せない。 見上げるほど背が高く、近づけばいい匂いまでする。切れ長の瞳と整った顔立ちに温かみはないが、とんでもなくカッコいい人だった。 「改めまして、京極と申します」 ……名刺を手渡す指先まで綺麗だ。 「私は、つまみっ子倶楽部という福祉事
last updateLast Updated : 2026-08-12
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2.計画と誤算 side.京極
「……またアレをやるんですか?」 「あんたにとっても悪い話じゃないだろう。……前回だってとんでもない金額ピンハネしたくせに」 「それは当然でしょ」 都内の一等地に本社を構える不動産関連企業、KYOUGOKU REAL ESTATE。 黒革のソファにゆったりと座り、にこやかに微笑むのは、社長の京極李仁。 「……わかってる。今回も計画は完ぺきだ。あんたは適当な自社ビルを1棟壊す気になってくれたらそれでいい」 「ふぅん……まぁ、古ぼけたのは確かに1棟ありますよ?」 京極は不敵な笑みを浮かべ、美しく磨かれたガラステーブルに置かれたキャンディボックスに手を伸ばす。 「ただし、場所がいいんですよねぇ……」 2つ手に取ると、向かいに座る男に勢いよく投げた。……とっさに姿勢を崩してキャッチしたものの、京極の半笑いの表情を見て、呆れた苦笑いを浮かべる。 「手数料、前回の10%上乗せしますわ」 「ほう……?さすが黒石さんだ。思いきりがいいや」 京極は勢いよく立ち上がり、大きなデスクへと向かう。一面ガラス張りのグラスウォールを背にパソコンに向かう姿を、黒石と呼ばれた男はまぶしく見つめた。 「物件のデータは送ったんで、皆で確認してください。見終わったら必ず消去するように」 「……うちはパソコンに疎いのばっかりで、できたら紙のほうが助かるんだけどねぇ」 「冗談でしょ。証拠を残すようなことしてどうするんですか」 パタンとノートパソコンを閉じ、腕組みをして黒石の前に立つ京極。 「取り壊すビルには何人か入居者がいるから、追い出すのに少し日数が必要です。……それと」 追い立てられるように、出されたアイスコーヒーを飲む黒石。上目遣いで目の前の美しい男を見あげながら、次に何を言われるのか身構えた。 「今後この話は、若頭に担当させてください。若い人じゃないと、話が通じなくてダルいんで」 「そんなこと言うなよ……俺だってまだ50に入ったばっかだぞ?」 「黒石組長、見た目はめっちゃイケオジです!」 話が終わったので、飲んでいる途中のグラスを笑顔で奪う京極。 黒石は豪華なソファに足をぶつけながら、追い立てられるように社長室を出ていった。 「来客が帰ったから片付けて。あと柑橘系のアロマとキャンディボックスの補充」 来客が帰った後は、空気清浄機をフル稼働させ、アロマ
last updateLast Updated : 2026-08-12
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3.ネックレスは誰のもの?
京極REAL ESTATE……社長室。 前妻に贈ったと言う京極と、しばし睨み合う凪。 「そんなはずありません。これは……間違いなく私の母の形見です」 「いつ?そのネックレスを手に入れたのは」 「失礼な言い方だと思いますけど」 ずっと握られた手首を振り払い、凪は京極に強い視線を向ける。 「形見なんだから、母が亡くなった時に決まってます」 「失礼。だがそれは、俺にとって大切なものに……とてもよく似ている。ちょっと外して見せてほしい」 はじめの余裕はどこへやら。あまりに真剣な様子を無視できず、凪はネックレスをはずして見せた。 受け取ると、懐かしむように眺める京極。 前妻に贈ったと言っていた。……ということは、この社長は独身でバツイチなのか。 「買い取らせてくれ。金額はいくらでも構わない」 「……あの、」 母の形見だと言っているのに、ハイそうですか、とでも言うと思っているのだろうか。呆れて言葉を失う凪を、真剣な表情で見つめる京極。 そこへ、この場に相応しくないにぎやかなメロディが響き渡った。 「あ、ちょっと……失礼します」 自分の携帯が鳴っていることは、メロディでわかる。凪は京極から少し離れて着信を繋ぐ。画面に表示された相手の名前は確認しなかった。にぎやかなメロディに呆れたように笑った京極が気になって…… 「はい、汐沢です」 『凪、朝から来てくれたんだね』 「雅人、さん」 絶妙に困ったタイミングの着信に、凪は画面を確認しなかったことを後悔した。 『助かったよ。今日の仕事で必要な書類だったから』 「そうですか、それはよかったです」 爽やかな声を聞いて、今朝目撃した裏切りのキスを思い出した。同時に父に婚約破棄を希望したことも……その話はまだ聞いていないらしい。 『お礼に今夜食事に連れて行くよ。昨日のレストランとは違うところ。女性が好きそうなところをみつけたから』 女性が好きそうな……今朝の女性を連れて行ったのだろうか。余計な詮索をしてみたらどうなるのか……きっとこの人は余裕で否定する。 「いえ、今日は先約があるので」 『それなら週末。今度こそ、泊まりに来てよ』 「……は?」 その意味を一瞬で悟り、顔が赤くなるのがわかった。父に紹介されて、もう何度も2人で会っている。そのほとんどが夜で……会う回数を重ねるたび、触れられるこ
last updateLast Updated : 2026-08-12
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4.噛み合わない婚約者
「先約があるっていうから。俺の誘いを断って、誰と会うのか気になってね」 手首を掴んだのは雅人だった。 「そんなの、あなたには関係なくありません」 強く自分の手を引こうとするが、意外にも強く握られていて振りほどけない。 「いいじゃない。待ち合わせ場所まで送るよ」 「結構です、ってば」 手首をつかんでいた雅人の手は、一瞬で凪の手に移動する。指を絡ませられ、簡単に離さない覚悟を感じさせた。 「あ、凪さん〜お疲れさまぁ」 離れたところからつまみっ子倶楽部のスタッフが声をかけてくれた。挨拶を返しながら、手をつながれているところを見られたくない凪は、とっさに後ろに隠す。 「なんで隠すの?……まさか俺のこと、職場で話してないとか?」 「話しませんよ。プライベートのことなんて」 「本当に?女の子は皆、ムダなおしゃべりが好きだろ?」 何がおかしいのか、雅人は素直な笑顔を浮かべていて無性に腹が立つ。 「今朝、重要な書類だといけないと思って、部屋の前まで行ったんです」 「今朝……?そうだったのか」 「それであの、見ました。女の人が雅人さんの部屋から出てきて、キスをしてるところ」 一瞬の間が開いたものの、信じられない言葉が返ってきて、凪はすぐ横の雅人を見上げた。 「それで今夜断ったのか。……拗ねてるってわけだ」 「は?キスシーンを見たと言ってるんですよ?それに、昨夜私と別れたあと、あの女性を部屋に入れたんでしょ?それは……私を裏切ったことになると思わないんですか?」 「別に。だって君とは結婚するもの。その気持ちに変わりはないよ」 しれっとした態度に寒気がした。 「この結婚をお受けする前に伝えたはずです。お付き合いをしている女性がいるなら、政略結婚はしないと」 「彼女とは、別に付き合ってないよ」 「でも、あの女性は何も知らずに雅人さんに会っているんじゃないですか?それに、本気で恋をしていたら?傷つけてしまうことに怖くならないんですか?」 ふふ……っと笑う柔らかい笑顔を見て、聞いた自分が間違いだったと気づく。 「そんな風に考える優しい凪は可愛いよ」 恋人つなぎの手を引かれ、一瞬で近づく雅人の胸。 「やめてください……」 近づいてくる唇に顔を背け、凪はその胸を押し返した。 「結婚は
last updateLast Updated : 2026-08-12
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5.諦めない京極
「さっきの場所から結構近いけど、あの男はこういう店には来ないだろう」 到着した店の看板には、渡されたメモに書かれた難しくて長いフランス語が書かれていた。 「まぁ、そうですね」 「訳ありのようだな」 「ご想像にお任せします」 この人に話す理由はない……凪は渡されたメニューを開いて眺めた。 フランス語らしい文字が踊ってみえる。写真もないのでどれが何の料理だかさっぱりわからない。そんな凪を見て口角を緩める京極。 「上から、アミューズ、オードブル、スープ、ポワソン……」 「……日本語でお願いします」 カッコつけても仕方ない。せっかく大金を使って食事をするなら納得いくものを食べたい。 「口直しと肉料理、それからデザートだ」 「そんなんじゃ全然わかりません!」 ……さっきの雅人とのやり取りに腹を立てていたのもあり、口を尖らせながら携帯で検索を始めた。 「わかった。説明してやるから携帯をしまいなさい」 かなり時間をかけ、オーダーするまでに10分以上かかった。けれどそのおかげでイラ立った気持ちも落ち着く。 「ネックレスのことだが」 「立ち退きの件ですが」 同時に喋り始め、凪に先を譲る京極。 「昼間私が伺った後、サバンナビルディングのテナント入居者に、立ち退き料をつり上げる連絡をなさったようですね」 「あぁ。……迅速に話を進めるために、入居者の誰かが訪ねてきたら、立ち退き料をつり上げる連絡をするよう以前から指示をしていたのでね」 「正直に申し上げて、効果はあったようですよ?……ただし」 そこへワインが運ばれてきて、凪は言葉を止める。テイスティングというものだろう。慣れた様子で京極が赤ワインを口に含み、OKを出している。 「続きをどうぞ?」 「ただし私に関しては……立ち退かない決意を心に強く誓う結果になりました」 「ほぅ……」 京極は妖しい笑みを口元に浮かべる。   「その話は、とりあえずわかった。で……こっちの話だが」 見つめる京極の目力に、実は怯みそうになっていた。けれど、そらしたら負けだ……凪は極限までまばたきをこらえ、妖しい目つきを睨み返す。 「ネックレスを1千万で買い取る」 「1千万……正気ですか?」 「正気だ」 そんなにこのネックレスが欲しいのかと……少しだけ気
last updateLast Updated : 2026-08-12
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6.つまみっ子倶楽部にて
「……本当に?」 「あぁ。その代わり、ネックレスを……」 凪は自分の襟元に伸びてくる指先を軽くはたき、ネックレスを押さえながら確認した。 「本当に、ビルの取り壊しを中止してくれるんですね?」 「ずいぶん信用されてないようだな……」 手を引っ込めながら怪訝な表情をする京極に、凪は素直な笑顔を見せる。……指先を撫でていた京極の手が止まった。 「念のため、これに念書を書いてください!」 「うさぎと熊が踊ってる、この紙にか?」 「これはつまみっ子倶楽部オリジナルの便箋なんです!」 凪はペンと共に京極にずいっと突き出した。 「私は下の中華屋さんとイタリアンのオーナーさんにこの朗報を伝えてきます!」 軽やかなステップを踏みながら、事務所を出ていく凪。ドアを閉めなかったので、子供たちが興味津々な様子で入っていくのが見えたが……早く知らせたい気持ちが勝った。 2人の店主は凪の話に喜んでくれて、改めて取り壊し中止の張り紙とポスティングをお願いしようと話し合い、凪はつまみっ子倶楽部に戻った。すると意外なことに、京極が子供たちに囲まれていて笑ってしまう。 「おじさん!おれもだっこしてたかいのしてぇ〜」 「おじさんって言ったからやだ」 「ごめん〜おにいさん!」 しばらく眺めていると、大人げないやり取りをしながらも、言われるまま次々と抱っこしてやっている。……ふと、そんなに悪い人でもないのかもしれないと思った。 「凪さん、盛り上がってるみたいだけど、そろそろ」 「あ……そうですね、じゃあ音楽をお願いします」 小森に頼んだのは、つまみっ子倶楽部オリジナルのにぎやかなメロディ。それを合図に子供たちもお年寄りもその場で立ち上がり、凪が出てくるのを待った。 「今日も1日楽しく過ごせたことを感謝して、バイバイ体操はじめるよ!」 左手を腰に当て、右手を振り上げ決まり文句を言う。凪は自分で振り付けた体操のような踊りをしながら、楽しそうに体を動かす利用者をぐるりと見た。 彼らの笑顔は凪の喜び、原動力だった。正直運営していくのが精一杯で、利用料の値上げが頭に浮かふこともあるが、やはり皆の笑顔に勝るものはないと思う。 「おじさんもおどろー!」 「おじさんじゃないから踊んないー」 相変わらずおじさんに拒否反応を示して笑ってしまう。京極は子供たちに散々誘われていたが
last updateLast Updated : 2026-08-24
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7.京極社長、今夜お時間ありますか?
「ここ、ですか?」 「あぁ。話した黒石興業。仕事は家政婦な?」 数日後、京極に連れて行かれた場所には、確かに『黒石興業』という小さな表札がかかっている。中に足を踏み入れると、遠目に人が動き回っているのが見えた。全員が黒いスーツ……シャツも黒っぽくて皆同じに見えた。 「業種はまぁ、冠婚葬祭の、葬を主に扱っている」 「だから皆さん喪服なんですね……」 「……まぁ、そんなところだ」 京極に笑われていることなど知らず、凪は先に歩き出す。 「おい!全員整列しろ!」 誰かが凪と京極の訪問に気づいたらしい。あちこちから「へいっ!」という威勢のいい声が聞こえて、廊下に黒い男たちが並ぶ。 「京極社長に紹介されて参りました、つまみっ子倶楽部の汐沢と申します」 「ようこそおいでくださいました。今日から2週間、よろしくお願いします」 頭を下げてくれた年配の男性は社長だと、京極が教えてくれた。早速中に入り、キッチンに案内してもらう。 「……わぁ、綺麗にしてますね」 「えぇ。長いこと勤めてくれてた婆さん……いや、女性スタッフがよくやってくれてて。腰を痛めて急に辞めてしまったので困ってたんですよ」 「少しでもお役に立てるよう頑張ります」 京極を間に挟み、契約書を取り交わし、凪は早速夕食の支度に取りかかる。 人数は聞いていた通り15名ほどのようだ。 「20人分くらいの食事を用意すればいいでしょうか?……おかわりしたい方もいるでしょうから」 「……おかわり、ですか」 「はい。足りないと困るので」 「いやぁ……こいつら、喜びますよ」 社長と京極が顔を見合わせて笑った。……何かおかしいことでも言ったのだろうか。 その日は無難にカレーを作り、翌日の朝食の準備をして帰るという契約。 「明日の朝食は鶏粥です。このスープの中にご飯を入れて15分ほど煮てください。トッピングは別皿に盛って召し上がってください」 他にいくつかの料理を冷蔵庫に入れ、凪は割烹着を脱ぐ。 なぜか凪が帰るまで滞在していた京極が、タイミングを合わせて玄関先にやってきた。 「なんだか、楽勝なんですけど」 「そうか、なら良かった」 勧められるまま助手席に乗り込み、京極の車は音もなく走り出す。明日は11時、昼食前に出勤して昼と夜、朝の仕込みをして休憩1時間。今日と同じく20時頃退勤する予定だ。
last updateLast Updated : 2026-08-24
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8.凪の決意
「さてどこへ行こうか」 「つまみっ子倶楽部でいいですよ。今の時間ならスタッフは帰りましたから」 黒石興業で料理をしながらずっと考えていた。……どう切り出そうか。 考える凪の横で、京極はしかめっ面になり、次に薄く笑った。 「せっかくだから高級レストランに行きたいとか言えばいいのに」 「私のガラじゃないですよ」 とは言っても運転しているのは京極だ。……結局、雰囲気のあるカフェバーに連れて行かれた。 「いらっしゃいませ、京極さま」 奥のボックス席に落ち着くと、いかにもオーナー風情の男性がやって来て京極に頭を下げた。チラリと見られて、慌てて会釈してみる…… 「マクラレンの25年。この子には何か食事になるものと……?」 「生ビールお願いします」 京極にはてな顔を向けられて自分で注文した。それに驚いたのか、生ビールに驚いたのか、京極はちょっと肩をすくめた。 男性はにこやかな笑顔を残し、立ち去っていく。 「話というのは、」 「やっぱり変わってるな」 同時に話し始め、凪は言葉を切って京極を見上げた。 「男との食事だぞ?しかもこんな雰囲気の店で……生ビールとはな」 「……だからつまみっ子倶楽部でって言ったんですよ」 のどが乾いてると思われたのか、さっきの男性が早速ビールを運んできてくれる。 「それに、私はこんな格好なのに……男との食事を楽しむ雰囲気なんかあったもんじゃありません!」 「なるほどな。……だが、俺の時間をやったんだ。少しはこっちにも合わせろよ?……話の本題は食事が終わってから。それまで少しは艶っぽい表情を見せること」 言い終わると同時に、京極は顎で生ビールを指す。先に飲め、ということだろう。凪は遠慮なくグラスを持ち上げた。 よく冷えたビールは泡がきめ細かくてとても美味しい。気づけばグラス半分ほどまで飲み干してしまった。 京極は飲みっぷりを眺めて口角を上げ、ウイスキーと共に運ばれてきたミックスナッツを凪に差し出す。ところが……遠慮なく手を伸ばした凪の手が、ナッツに触れた瞬間……皿が引かれた。不意を突かれ、伸ばした腕をそのままに、不思議な気持ちで京極を見上げると、あきらかにからかっている表情。 「あの、こんな古典的ないじわるをされて……艶っぽい表情なんてできません」 口を尖らす凪を
last updateLast Updated : 2026-09-18
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9.side.京極
『約束のビルの解体、どんな感じで進んでます?』 凪が運営するつまみっ子倶楽部に行く直前、極道組織、黒石一家から連絡をもらった。 「あぁ、こっちからも連絡をしようと思ってたんですけど、サバンナビルディングは壊せなくなりましてね。今代わりのビルを探してますから……」 『はぁ?話が違いますね?』 携帯の向こうで凄むのは、黒石一家の若頭であり息子である岳。冷たい声でこちらの話を遮った。 『わかってるでしょ?うちだって急いでんだ』 組長と違って若頭はそれなりにキレる。ごまかしが利かないことは承知の上だが……イチかバチか、京極は話を変えてみた。 「黒石さんのとこ、確か年配の家政婦が辞めて困ってるって言ってなかったか?」 食いついてこなければ、次の手を考えるしかない。 ……どのみち、サバンナビルディングを壊す選択肢はもう俺の中にはなかった。 だが、岳とは子供の頃からの付き合いだ。京極には確信があった。 「組長は食にうるさいから大変でしょ?それに、いつ何があって命を落とすかもしれない稼業だ。美味い飯くらい思う存分食べたいだろう……」 『なんだよ……婆さんがひどい腰痛だってこと、知ってたのか』 「俺はいつも黒石さんとこを気にしてるから。……どう?代わりの家政婦でも紹介しようか?」 『マジか……?!』 ……食いついたな。 訳アリ稼業の黒石一家が、ハローワークに求人を出せるはずがない。たとえその辺に張り紙でもして奇跡的に応募してくれる人がいたとして、本業を知ったら逃げ出すのがオチだ。 「だから働いてくれる家政婦は、婆さんになるまで使い倒すと……」 『……なんか言ったか?』 「……いや。真面目で働き者のいい娘知ってるから、ちょっとやる気だけ確かめて紹介しますよ」 この時頭に浮かんでいたのは、たまに行くクラブの女の子だ。反吐が出そうなほど悪い男と付き合っていて、金を稼いで姿をくらましたいと打ち明けられていた。 やる気があるなら黒石の家政婦を紹介しようと思いながら……実はこの時、もう1人京極の頭をかすめたのは…… 同じく妙な男に付きまとわれているらしい汐沢凪。 結局、軍配は凪に上がったわけだ そして数日後。 凪を黒石家へ紹介した初日、思いがけないことを言われた。 「凪ちゃんには来てもらいたい
last updateLast Updated : 2026-09-19
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10.秘書の企み
震える手をなんとか鎮めようと思うのに、小刻みに揺れる手は止まってくれない。意外にも京極は、差し出したネックレスにすぐに手を出さなかった。「これを俺に預ければ君は安全だと?」「……それは、多分」「隣の部屋から誰か出てきたって言うが、君の部屋は402号室。隣の403と401は空き部屋のはずだぞ?」京極の言葉にハッとした。……サバンナビルディングは空き部屋ばかりで、どこに人が住んでいるのか凪は把握していなかった。「とりあえず今夜は、つまみっ子倶楽部で過ごします」もう一度ネックレスを差し出す凪に、京極は少し考えてから口を開く。「……部屋の鍵は?」京極は凪の姿を確認するように眺めた。ぽん、とバッグを叩かれたということは、荷物を持っていることを確かめたということだろう。「鍵は、開ける前だったので」答えながらバッグの中を探り、鍵を取り出して見せる。「ならいいだろう。乗りなさい」有無を言わせない言い方に思わず従ってしまった。すると、京極と並んでシートに座った凪に、秘書の山田が運転席から顔を向けた。「……いらっしゃいませ、凪社長!」なぜか1人嬉しそうな山田。強めのアイシャドウで縁取られた瞳を後部座席に向け、ニカっと笑った。「あ、再び、お世話になります」「……いいから、速く発進させなさい」京極には山田の笑顔の理由がわかっているようだ。なぜ嬉しそうなのか聞いてみようと口を開きかけたところで、京極の次の言葉が飛ぶ。「君はいつになったらその厚化粧をやめるつもりだ?それから甘ったるい変な匂いも!」「……化粧は身だしなみでして……そして変な匂いとおっしゃいますが、これは有名ブランドの人気No.1を店員さんに勧められてですね……」「そんなものをまとわなくても君は十分魅力的だと言っている」やりとりを聞いて思った。この2人はいわゆる社長と秘書以上の関係なのかと。「それに何より臭い!」……そういうわけではなさそうだ。2人のユーモラスなやりとりを聞いて、つい先ほどまでの恐怖が薄れていることに気づいた。いつの間にか震えていた手も落ち着いている。「……あの、これからどちらへ行かれるんですか?」「俺の家だ」どうしてお宅へ行くのかと聞こうとして、車が急に左折した。その勢いで京極に体ごとぶつかってしまう凪。とっさに腕が開かれ、その胸に頬がぶつかった。「……山
last updateLast Updated : 2026-09-20
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