この前、ようやく雄大と絵里香が埠頭にいたと聞いたが、結局駆けつけた途端に誘拐されてしまった。未央は顔を曇らせながら、雄大と連絡を取れる方法を部屋の中で探し回った。ちょうどその時、外から足音が聞こえた。博人はドアの前に立ち、心配そうな顔で彼女を見つめながら尋ねた。「手伝おうか」未央は唇を結び、また書斎にある大量の資料を見回してから、仕方なく頷いた。「じゃ、お願いするわ。越谷雄大という人物を探してほしいの。彼は昔、白鳥グループの管理職についた一人だったわ」博人は一瞬目に暗い影を差したが、すぐに未央の手から書類を受け取った。二人は書斎で役割を分担し、宗一郎の古いノートを調べ始めた。気付けば、あっという間に午後が過ぎていた。未央は強張った首を動かしながら、何も見つからなかったことに落胆していた。部屋の空気が急に重くなったようだ。博人は彼女の落ち込む姿を見たくなくて、ゆっくりと尋ねた。「名前以外、彼について知っている情報はまだあるのか。人に頼んで探すのを手伝おう」「四十歳ぐらいで、肌が少し黒い方だったわ。口元にホクロがあって、以前は……」未央は記憶を遡りながら、彼のいくつかの特徴を目の前の人に教えた。博人はすぐに携帯を取り出し、知人に連絡して情報を伝えた。電話を切った後。博人は未央を見つめて、穏やかな声で慰めてあげた。「この友人は探偵で、人探しのプロだ。すぐに何か分かるはずだ」未央は目に感激の色を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。「ありがとう。お礼に何か私にしてほしいことある?」もし特別な状況でなければ、彼に恩を着せたくなかった。博人は目の中に宿った光が少し暗くなり、苦い笑みを浮かべた。「何もいらない。この数日、白鳥家に泊めてもらったお礼だと思っていいぞ」彼は深く考えなかった。ただ未央の悲しむ姿を見たくないだけだった。すると、書斎に再び静寂が訪れた。ちょうどその時、幼い声が耳に届いた。「パパ、ママ、ずるいよ!二人でこんなところで遊んでるのに僕を呼ばないなんて!」理玖は目をこすりながらゆっくりと書斎の前にやってきた。未央は慌てて彼に近づいてきて、その手を取りながら尋ねた。「理玖、お腹空いた?ママがご飯を作りましょうか?」理玖は首を振り、博人のほうを見て口を尖
「コンコンコン」ドアを叩く音がした。博人はゆっくりと目を開けた。昨夜、時差のある国際会議があって、彼はほとんど朝方まで起きていたため、頭がまだぼんやりしていた。「入っていいよ」彼のかすれた声には、まだ寝起きの怠さが滲んでいた。未央は深く考えず、そのままドアを開けるとベッドに横になっている博人の姿が目に入った。男のシャツの裾が少し捲れていて、鍛え上げられた腹筋が昨夜見た時よりもはっきりしていた。夢に見た光景が一瞬にして頭をよぎった。「バタン」という大きな音がした。ドアが再び閉められた。廊下に立っていた未央は心臓がバクバクしているのを感じながら、頬が熱くなっていった。博人もその音に驚いて完全に目が覚め、ベッドから起き上がると、椅子に掛けた上着を適当に羽織り、ゆっくりとドアを開けた。「どうした?」彼は訝しげに未央を見つめて尋ねた。未央は赤くなった頬を両手で隠して、何とか冷静を保とうとしたが、背後から声が聞こえた瞬間、ピクッと姿勢を正した。「な……何もないよ。ただ、先月中旬に私の家に来たかって聞きたかったの」博人は少し考えてから首を振った。「いいや、大学の創立記念日の二日間以外、ずっと立花にいたぞ」「分かったわ」未央は求めた答えを得ると、博人の返事も待たず、さっと踵を返し、あっという間に廊下の角を曲がって姿を消した。暫くして。未央はすでに落ち着きを取り戻し、理性も徐々に再び働き始めた。その顔には今までにない険しさがあった。知らない人が白鳥家の屋敷に侵入したのだ!目的は何?それとも、ここに何か手に入れたいものがあるのか。未央は相手の目的が単なるお金ではないと確信していた。戻った時、家に目立つ変化がなかったからなのだ。高価な骨董品や装飾品も全てそのまま残っていた。なら、その人は一体何を持ち去ったのか。未央は考えてから、屋敷の中を確認し回り、ほぼすべての部屋を確認した。一つの部屋を除いて……未央は突然廊下の突き当りの部屋の前に止まった。ここは宗一郎の書斎なのだ。彼女が前回ここに来た後、ドアのカギをかけていた。「キィー」ドアが開けられる僅かな音がした。未央がゆっくりと部屋を見回してみると、何か部屋の配置が変わっているような気がした。前に来た時、本棚の本はこ
彼は入浴したばかりのようで、髪からは湿気が出ていて、水がぽたぽたと滴り、セクシーな輪郭を伝わって滑り落ちた。その白い肌に水の跡を残していた。未央はなぜか分からず、自分をコントロールできないように彼に近づいた。頭に二つの声が分かれて囁いた。「止まりなさい!あなた達にはもう何の関係もないんだから!」「ちょっと触っても大丈夫でしょ?結婚してこんなに長い時間が経ったから、利子くらい受け取ってもいいじゃないの」……そして、夜が明けた。翌朝、空がほんのり明るくなり始めた頃。未央はパッと目を開けた。頬にはまだ淡い紅潮が残っていた。夢の内容を思い出すと、彼女の顔色が一気に曇った。きっと博人がやけに目の前をうろついていたせいで、あんな夢を見たに違いない。未央はすぐに自分に言い訳を見つけ、少しずつ落ち着きを取り戻した。スポーツウェアに着替え、髪を一つに纏めると、家を出て住宅地の周りでジョギングした。白鳥家の屋敷は都心から離れており、静かな環境だった。ここにほとんど高齢者が住んでいて、中には未央の成長をずっと見守ってきたご近所さんもいた。「未央ちゃんなのかしら?」突然、優しい呼び声が耳に届いた。未央ははっとして、顔を上げると、目の前に六十代の女性が立っていたのだ。白髪まじりの女性は満面の笑みで彼女を見つめ、手にはラジオを持っていて、どうやら朝のラジオ体操をしに行く途中のようだ。「渡辺のおばあちゃん?」未央は一瞬戸惑い、暫くしてそう呼んだ。もう7、8年会っていないが、その面影にはまだ見覚えがあった。笑みがさらに深まった渡辺はすぐに手にしたラジオを降ろして、彼女を抱きしめてきた。「未央ちゃん、本当にあなただったのね」「渡辺のおばあちゃん、お久しぶりです」未央は頷きながら、目頭が熱くなるのを感じた。昔よく目の前の人の家にご飯を食べに行っていたことを思い出した。渡辺おばあちゃんの夫は腕のいい料理人で、作る料理の食欲をそそる匂いは数キロ先まで届くほどだった。「いつ帰ってきたの?今度はどのくらいいるつもりなの?」渡辺は尋ねた。未央はすぐに答えた。「数日前に帰ったばかりなんですよ。まだはっきりとは決まっていませんが、こちらの用事が済んだら戻る予定ですね」渡辺は頷きながらそう言った。「じゃ時間があ
博人は彼女の視線に気付き、こっそりと手を後ろへ隠した。「俺に用事があるんだろう?」彼は咳払いをすると、普段の真面目な様子を取り戻した。しかし、未央は完全に興味が引き出されていた。彼女は博人のことをよく知っているが、結婚して初めて、博人がこんなに慌てる様子を見たのだ。その本には何か特別な事が書かれているのだろうか。未央は目を細め、当たり前のような態度で博人の隣に近づいてきた。「高橋さんから聞いたわ。今日、私のために晩ご飯を作ってくれたんでしょ?」「ああ」博人は目が暗くなり、何かを思い出したように、冷たいオーラを出した。すると。未央はさらに一歩近づき、続けて尋ねた。「どうして突然料理をする気になったの?」そう聞かれた博人は視線を彼女から外し、無意識に手にした本を握りしめた。「べ……別に、ただの気まぐれだよ」男の反応は明らかに不自然だった。未央は少し眉をあげた。そのノートには丁寧にメモが書かれていたので、気まぐれのはずがない。部屋が再び静寂に包まれた。未央はすでに博人の前に来て、突然身を出して、彼の手にしたものを覗き込もうとした。すると。博人は目を見開き、手を出して突然彼女の腰を抱き寄せ、彼女を胸に抱きしめた。その低くて魅力のある男の声が聞こえて来た。「これは、わざと俺の胸に飛び込んできたのか」博人は意味深な眼差しで彼女を見つめ、擦れた声で言った。未央ははっとして、顔を赤らめ慌てて目の前の人を押しのけた。「いや……別に用事はないの、帰るわ」高橋の話を聞いて、それに理玖も彼を心配したから、彼女は少し様子を見に来ただけだ。実際に見れば分かることだ。博人はそんなにやわな人ではない。彼が作った晩ご飯にも別に何か重要な意味はないようだ。心に残った罪悪感が次第に薄れていって、普段の冷静さを取り戻し、振り返って部屋を出ようとした。「待って」その時、博人の声が背後から聞こえて来た。「ネットのニュースを信じないでくれ。昨夜、理玖が雪乃を強く押して、彼女を転ばせて腕に怪我させたから。俺はただ病院まで連れて行ってあげただけだ」未央は瞬きして、ようやく理解した。この人は彼女に状況を説明していた。「ええ、分かったわ」と未央は淡々と答えた。実際のところ、博人と雪
突然、ノックの音がして、彼の思考が遮られた。博人は、はっと顔を上げ、慌てて本を隠した。この時間に部屋を訪ねて来るのは未央しかいないのだ。乱れた服を整え、ゆっくりとドアに近づき、ドアノブを回した。「未央、何か用か」その低くて、人の心を奪ってしまうような声が響いた。未央は顔を上げ、今夜の博人は普段とは少し違うようだった。白いシャツを着た彼は、上の二つのボタンを外し、鎖骨とその下の白い肌が見えた。未央は電流に打たれたように慌てて視線を外し、咳払いをした。「入っていい?」「もちろん」博人は頷いて、道を開けて彼女を入らせた。その時。ふと爽やかな淡い香りが漂ってきた。それは隣の男からの匂いだ。未央は顔を上げ、ちょうどその時、博人との距離が非常に近いことに気付いた。お互いの息遣いが感じられるほどだった。彼女は思わず少し後ずさりしたが、男のほうが全くそれに気付いていないようにさらに一歩近づいてきた。いつの間にか、二人はソファの傍まで来ていた。未央は目に少し慌てた色が浮かび、足元のローテーブルに気付かず、うっかりとつまずいてしまった。ぐらつき、後ろに倒れそうになった。博人は目を見開き、反射的に手を伸ばした。片手でしっかりと未央の腰を抱き、もう片手で未央の後頭部を守った。「ドスン!」それと同時に痛がる声が聞こえてきた。二人は一緒にソファに倒れ込み、柔らかいソファに沈み込んだ。未央は博人の固い胸にぶつかり、鼻が赤くなり涙が思わずこぼれてしまった。「大丈夫か、痛かった?」博人は当てて片手で体を起こし、心配そうに彼女を見つめて尋ねた。未央は首を横に振った。「大丈夫」その時、彼女は二人の距離が非常に近いのに気付き、それと、さっき転んだ勢いで、彼女は博人のシャツを強く握りしめていたようだ。そのせいで、シャツのボタンが取れてしまった。シャツが完全に開かれ、その下に鍛え上げられた筋肉が丸見えになった。そして、彼女の手は、ちょうどその腹筋の上に置かれていた。未央の顔は一気に赤くなり、耳まで赤く染まった。「そ……その、まず……起きて」未央は慌てて手を引っ込めて、ろくに話もできなかった。しかし、博人は聞こえないように、むしろ、彼女の話を聞きとるようにわざと近づいてきた。「
高橋は少し考えてからまた言った。「白鳥さんが離れて行ってから、西嶋社長はまるで魂が抜けた殻のようになってしまいましたよ。坊ちゃんのことはお許しになったようですね。なら、どうして西嶋社長のことは許せないんですか」「それは違いますよ」未央は考えもせずそう言った。高橋は眉をひそめ、困惑した様子で「どこが違うんですか?綿井さんのことですか」と尋ねた。未央は唇を結び黙り込んだ。どうしても心のわだかまりを消せないようだった。「白鳥さん、西嶋社長は以前、確かにあなたを無視して、冷たく当たったことがありますが、彼の人柄は信じられますよ」高橋は社長の恋のために全力を尽くし、歯を食いしばって続けて言った。「西嶋社長と綿井さんは、その一線を絶対超えていないと保証できます。じゃなければ、私は一生お金を稼ぐことなんてできませんよ」一瞬、周りが静まり返った。未央の目に宿った光が暗くなり、複雑な感情が込み上げてきた。博人と結婚してから、あの一夜の出来事で理玖ができた後、夫婦としての営みはほとんどなかった。ネットではよく結婚後、男が積極的でないのは、そういう能力がもうないか、外で満たされているか、どっちかに違いないと言われていた。未央は後者だと思っていた。彼女は高橋を見つめ、ため息をついた。「分かりました。食器はそこ置いておいてもらって構いません。明日お手伝いさんが片付けますから」高橋は何か言いたげな表情でまた口を開いたが、これ以上また何を言えばいいか分からなくて、仕方なくこう言うしかなかった。「白鳥さん、また何か疑問があるなら、直接西嶋社長に聞いてください。愛し合う二人がこんなになるのはあまりにも悲しいものです」そう言い残すと、未央の反応を待たずに、彼女に一つ会釈してから、屋敷を離れた。涼しい風に吹かれ、ひどく寒く感じられた。未央は顔を上げ、複雑な眼差しでキッチンを見回してから、ノートを元の場所に戻した。「ママ、パパは部屋で泣いたりするの?」理玖はやはり心が揺らいでいた。数日前、博人にムカついて、もう二度と口をきかないと言ってはいたが。やはり血の繋がった実の父親で、長年一緒に過ごして築いてきた感情は簡単には断ち切れないのだ。未央は少し驚き、理玖の頭を撫でて優しく言った。「心配なら、会いに行く?」