未央がいなくなったこの一年間、博人は多くのことを考えて、心から後悔し、自分を変えようとしていた。目の前の女性を大切にしたいと思っていた。そう考えると、博人はすぐに携帯を取り出し、かかりつけ医に電話をかけた。「プルルル」暫くしてようやく電話が繋がった。「西嶋社長、こんな時間に何があったんですか」「あんな薬に盛られたら、どうすればいい?」博人は真剣な顔で尋ねた。相手は数秒間ポカンとしていたが、ようやく「あんな薬」が何を指しているのか理解した。「コホン、それは、セックスすれば解決できるんですよ?」医者は少し気まずそうになっていたが、一体誰が薬を盛られたのかと困惑していた。正直に言うと、もし薬を盛られたのが西嶋社長だったら、別に女性に困るはずがないのに、すでに解決しているところで、自分に電話をするわけがないだろう?博人は表情がますます険しくなり、低い声で言った。「それ以外の方法を聞いているんだ」「そうですか……」向こうの声が少し躊躇い、ようやく口を開いた。「それはもう我慢するしかありませんよ。通常4、5時間ぐらいで効果は切れると思います」「分かった」博人は欲しい答えが得られず、布団にくるまっている未央を見つめた。博人は仕方なくため息をつき、彼女を抱きしめた。「あと数時間だ。もう少し我慢しよう」その日の夜は異様に長く感じられた。博人はずっと動き回る未央を抱きしめ、一睡もできなかった。一方、布団の中にいた彼女は薬の効果が切れたら、疲れ切った様子で深い眠りに就いてしまった。翌日の昼。窓から差し込む眩しい日差しが部屋を照らした。暖かく感じられた。未央はゆっくりと目を開け、まるで誰かと格闘した後のように全身から痛みを感じた。彼女はこめかみを押えながら起き上がり、昨日の出来事を思い出そうとした。暫くして。記憶が少しずつ蘇ってきた。強引に博人にキスをしたことは微かに思い出したが、その後は覚えていないのだ。うそ!彼女は一瞬ポカンとし、慌てて自分の服を確認した。すでに昨日着ていたスーツではなくなっていた。博人が着替えさせてくれたのか。そう意識すると、未央は頬が熱くなり、複雑な表情を浮かべた。昨夜、一体何があったのか。未央は何とも言えない感情に潰さ
博人は目を見開き、不思議そうな表情を浮かべていた。未央がこんなに積極的にキスをしてくるとは信じられなかった。甘い香りが鼻をくすぐった。彼はもう心から込み上げてきた衝動を抑えられず、未央の後頭部に手を添えて、キスを深めた。最初は優しかった動作が次第に激しくなってしまった。その深い瞳には侵略的な光が宿っていた。やがて。未央は息が上手くできず、小さな呻き声を漏らし、博人の胸を押しのけた。彼は目がギラリと閃き、ゆっくりと手を離した。未央は顔が真っ赤になり、その潤んだ目は焦点が合わず、力なく男の懐に倒れ込んだ。「未央……」博人は俯き、腕にいる彼女を見つめ、かつてない高揚感と嬉しさが込み上げてきた。しかし、次の瞬間。未央の小さな手があちこち動きまわり、彼の体を触っているのを感じた。それに、彼女のつぶやきが聞こえる。「あつい、あついよ」博人は眉をひそめた。鈍感な彼でも、未央の異常さに気付いた。これは明らかに薬を盛られたのだ!一瞬にして、周りの空気が凍り付くように冷たくなった。博人は目が暗くなり、彼女を抱きしめる手に力を入れて、攻撃的なオーラを出してしまった。一体誰の仕業だ?しかし、考える暇もなく、その柔らかく温かい手がすでに彼の服の中へと侵入してきた。博人は息をのみ、全身の筋肉も強張らせた。「未央、動くな」彼の声はかすれていた。未央は完全に意識を失ったようで、ただ博人の肌の感触が気持ちいいと感じていた。この男に触れている時だけ、火照った体が少し楽になるような気がした。すると。「博人、ほしいの」その甘えた女性の声に、欲望が丸出しになってしまった。その声を聞いた博人の理性の糸がプツンと切れてしまった。心の中の欲望がもう抑えられなくなった。彼はすぐに腰をかがめ、未央をお姫様抱っこで抱き上げ、ベッドルームへ向かった。「バタン」という大きな音と共に。ドアが固く閉ざされた。未央はタコのように博人にしがみつき、体を密着させた。「俺は誰なんだ?」博人は彼女をベッドに押し倒しながら、少し赤くなった目で問いかけた。未央は苦しそうに眉をひそめ、何かを探すように手を動かしていた。ぶつぶつと彼の名前を呼び続けた。「ひろと、ひろと」空気が一瞬止まったような感
未央は突然体が熱く感じ、車窓を開けて暫く冷たい風に当たると、少し頭がすっきりした。やがて。彼女はようやく白鳥家に戻ってきた。慣れ親しんだ環境に身を置くと、ようやく緊張が解けた。未央はドアを開けると、家の中は真っ暗だった。「博人?理玖?」呼びかけても返事はなかった。二人の姿が見えない。未央は眉をひそめながら考えた。こんな時間なら、家にいるはずだった。少し考えてから。どうしても安心できず、未央は予備の携帯で彼らに電話をかけた。「プルルル」博人は何をやっているのか、電話に出なかった。仕方なく、また理玖の子供用のスマートウォッチに電話すると、すぐに繋がった。幼い子供の声が嬉しそうに響いた。「ママ?今どこにいるの?大丈夫なの?」理玖は後部座席に座り、シートベルトもつけていた。車のスピードが速すぎで、彼の顔色も青ざめていた。それでも父親の運転の邪魔をしなかった。理玖の声を聞くと、博人は目を見開き、スピードを落とした。「今家にいるわ、二人はどこへ行ったの?」聞き慣れた女性の声がスマートウォッチから届いた。博人と理玖はほっと胸を撫でおろした。未央が今安全だと分かると、博人はすぐに車の走る方向を変えた。「未央、家にいてね。すぐ帰るから」博人は落ち着いた声で言った。未央は電話を切ると、ソファに座ったが、なぜか体が火照っていて、ますます熱くなってきた。眉をひそめ、意識もぼんやりしてきた。あの部屋の甘い香りには確かに変なものが入っていたはずだ。未央はすぐに呼吸を止めていたが、やはり少量は吸い込んでしまったようだ。その時、黒いマイバッハが屋敷の前に止まった。博人はすぐに車を降り、部屋に駆け込んできた。後ろには理玖も必死についてきていた。ドアを開けると。ソファに横たわる未央の姿が目に入った。顔が火照っていて、茹で上がったエビのように全身が不自然に赤くなっている。「未央?どうしたんだ?」博人は目を見開き、慌てて近寄った。その目は心配と緊張に満ちていた。「水……」彼女が発した声はすでにかすれていた。博人はすぐに冷たい水を取ってきた。しかし、近づいてきて、まだカップを渡す前に。未央は彼の懐に飛び込んできた。「あつい、きもちいい」その甘い声と柔らかい肌の感触が
突然、路地の空気が重くなった。未央は眉をひそめ、思わず尋ねた。「岩崎さんは一体何をしたんですか。それと、あなたのお母さんは……」さっきの部屋で見つかったアルバムを思い出した。彼女の考えが間違いでなければ、覚の母親も犠牲者の一人だったに違いないのだ。沈黙が虚しく流れた。冷たい風が吹き、地面の落ち葉がさらさらと音を立てた。恐らく辛い過去を思い出したのだろう。覚は目に苦痛の色が浮かんで、低い声で言った。「母さんは自分が身代わりにされていることに気づき、辛くて夜中に家を飛び出して車にぶつかったんだよ」未央は深く息を吸い、顔を上げると、覚の憎しみに満ちた目と合った。「あいつが憎い。だから自分をだめにした。あいつが俺を気にするのは唯一の息子だからだ。だから、俺は女装して男でも女でもない姿にすれば、あいつの苦しむ顔が見られる。それが人生の唯一の楽しみなんだよ」覚は洋に影響され、すでに心が歪んでしまっていた。彼が今生きる意味は、父親を苦しめることだけなのだ。未央の顔色がどんどん険しくなっていった。全ては洋の過ちなのに、どうして覚がその報いを受けなければならないのか。未央はどうしても分からず尋ねた。「そんなに憎んでいるなら、どうして告発しないのですか」覚は目に嫌悪の色が浮かび、嘲笑したように言った。「あの女たちが分ってなかったと思うか?ちゃんと分かっているさ。でもお金のためなら身代わりになっても構わないと思っていたんだ。それなのに、僕が告発できると思うか」ただ未央だけは別だった。洋は彼女を手なずけられないと悟り、強引な方法を取ることにしたのだ。未央の目には複雑な色が浮かんだ。覚の心理状態は深刻で、鬱状態になりかけている。彼女は黙っていられず、口を開いた。「外の世界をもっと見てみましょう。まだ美しいものはたくさんありますよ。一人のクズで自分の人生を無駄にするのはもったいないですよ」覚は黙ったまま、じっと未央を見つめていた。暫くしてから。その低くて歪んだ男性の声がした。「でも、あいつに復讐したい。あいつがのうのうと生きているのが見るだけでムカつくんだ。許せると思うか」未央は唇を結び、落ち着いて言った。「私も手伝いますよ」もし今日は覚がいなければ、帰った洋に何をされていたか想像も
もしかして、彼女に危害を加えようとしたのは洋ではなかったのか。まさか覚のほうだったのか。「シッ、声を出すな」覚は彼女の口を押さえ、小さい声で言った。その真剣な表情を見ると、どうにも精神病患者とは思えなかったのだ。「あなたずっと演技していたの?」未央は目を見開き、口をわずかに開けた。心の中の驚きを隠せなかった。覚は頷いたが、すぐにまた首を振ってから、苦笑した。「詳しい話は後で教える。今はここ危ないから、先に僕についてきて」彼は声を抑え冷静に言った。未央は眉をひそめ、躊躇っていた。この男の言葉を信じていいのか。その時、下からブレーキの音がした。誰かが戻ってきたのだろうか?覚は顔にさらに焦りが増し、急かすように言った。「急げ!早くしないともう間に合わない!」未央は目を細め、じっと目の前の人の顔を見つめた。これまでの経験から、彼は嘘をついていないと確信した。未央は頷き、覚について部屋を後にした。どうであれ、部屋に閉じ込められているよりはマシだろう。彼女は手に握ったペンをまだ離さず、警戒していた。この親子はあまりにも不気味だった。覚は彼女の考えなど全く気にせず、低い声で言った。「ついてこい、足音を立てるなよ」暫くすると。彼らは遠回りして、キッチンの裏口から庭の裏側に出た。未央の立った位置からちょうど正面の玄関がチラッと見えた。彼女は思わず足を止め、ある大きな杉の影に身を潜め、そっと様子を覗いた。洋は誰かと電話をしていたようで、ひどく怒っている様子だった。「私の情報が漏れたというのか?本当に役立たずめ!今日は重要なことがあったのに台無しだぞ。心配するな、私に任せておけ。お前の行動はばれないよ」……その話を聞いた未央は洋が途中で呼び出されたおかげで、自分が今、無事でいられると理解した。背中は冷や汗でびっしょりだった。今になって恐怖が込み上げてきた。その時、袖が軽く引っ張られた。覚は眉をひそめ、早く逃げるよう目で合図をしてきた。未央は頷き、覚の後ろにつき、裏門の犬用の抜け穴から外に出た。覚はこのルートを熟知しているようで、数百メートル一緒に歩くと、住宅地の外のある路地に止まった。「ここはもう安全ですか」未央は顔を上げ、覚を見つめながら尋ねた
ある薄暗い部屋の中で。未央は目を覚ますと、見知らぬベッドの上に横たわっていることに気付いた。空気の中にはどこか変な甘い香りが漂っていた。すぐに異常を察した彼女は息を止め、ベッドから身を起こした。窓の外はすでに夜で、冷たく柔らかい光を放つ月が夜空にかかっていた。未央は窓に近づき、窓を開けると冷たい風が吹き込み、その変な香りを吹き消した。ほっと胸を撫でおろすと、周囲の状況を確認し始めた。見知らぬ内装の部屋に、彼女一人しかいないようだった。未央はドアに近寄ってドアノブを回してみたが、びくともしなかった。外から鍵を掛けられているようだ。どうしてこうなった?眉をひそめ、未央は眠る前の記憶を辿った。彼女は覚の部屋にいたはずだ。ここはどこ?どうしてこんなに長く眠っていたのか。ふとあのホットミルクのことを思い出した。未央の心に後悔が込み上げてきた。警戒心が足りなかったようだ。暫くしてから。今は後悔している場合ではないと思った未央は脱出方法を探し始めた。彼女は部屋を探り回し、鍵を見つけようとした。しかし、引き出しを開けた時、分厚いアルバムを発見した。これは?未央は自然にページをめくると、そこにいろいろな写真があって、その写真をはっきり見ると、思わず目を見開くほど驚いた。そこには。最初は彼女の母親冴子の若い頃の写真で、次に岩崎夫人の写真もあった。さらにその後には4、5人の若く美しい女性たちの写真が現れた。彼女たちに共通していたところがあった。それは白いワンピースを着ており、清楚な顔立ちで、どこか似ているような気がした。思わず唾を飲み込んだ未央はとんでもない秘密に気が付いた。本当に精神的に病んでいたのは洋のほうだったのだ。冴子への想いが叶わなかった彼は、その後身代わりとして彼女に似た女性を探し続けていた。そして今、彼女もそのターゲットにされたのだ。その事実に体が強張り、足から凍り付くような寒気が襲ってきた。洋は今どこへ行ったのか分からないが、今すぐにでもここを脱出しなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないことははっきり分かってきた。未央は素早く行動し、外にいる者に気付かれてはいけないから、大きな音を立てないようにしていた。しかし。どうしても鍵が