「翔太さん。うちのボスが味方なのか敵なのかを考えてるんでしょう?」美月は口元を手で隠しながら笑った。翔太は唇を噛み、何も言わなかった。「もしうちのボスが何かを企んでいるなら、今日まで待つ必要はありませんし、森川社長を救うために人手やお金を使う必要もありません」「そう言われると、ますますあんたのボスの動機が気になるわ。理由もなく人を救うなんて。ただ彼が晋太郎だから?」佳世子は我慢できずに尋ねた。「その辺りのことは、いずれボスに会えば分かると思います。ボスの指示がない限り、私は何も言えません。ただ一つ覚えておいてほしいのは、私たちは森川社長に危害を与えるつもりはないし、森川社長の周りの誰も傷つけるつもりはないということです」美月は少し苛立ちながら答えた。彼女のその言葉で、オフィス全体は沈黙に包まれた。しばらくして、翔太がようやく口を開いた。「じゃあ、これから私たちは何もする必要がないってことか?」「ええ」美月はうなずいた。「すべて森川社長本人に任せましょう」そう言うと、美月は扇子を広げて扇ぎ始めた。「さて、本題に戻りましょう。森川社長と入江さんは帝都を離れました。佳世子、これからの計画を話し合いましょう」翔太は二人を訝しげに見た。「君たちの間には何か計画があるのか?どんな計画だ?」佳世子は口を尖らせた。「晋太郎の、男としての独占欲を刺激するのよ」「……」女性同士の会話に、自分はあまり深入りしない方が良さそうだ。翔太はそう思った。……夕方、紀美子と晋太郎はゆみを連れて飛行機を降りた。空港を出た瞬間、激しい雨が降っていることに気がついた。車に乗り込むと、ボディガードから、フライトが欠航になるとの連絡を受けた。「これからの天気はどうなる?」晋太郎は尋ねた。「これから数日間、降雨量が多くなるようです」ボディガードは答えた。晋太郎の表情は少し曇ったが、ゆみは大喜びだった。「じゃあ、お父さんとお母さんはここで何日かゆみと一緒にいてくれるの?」ゆみの目は笑みで新月のように細くなった。仕事のことが頭に浮かんだが、ゆみが喜んでいるのを見て晋太郎の心は穏やかになった。彼は大きな手を伸ばし、ゆみの頭を撫でた。「ああ、お父さんはもう二日間、ゆみと一緒に
晋太郎たちがリビングに入ると、美味しそうな香りが漂ってきた。テーブルの上には、小林が作った料理が並べられていた。紀美子は後から入ってきた小林を見た。紀美子は他に客がいるのかと聞こうとしたが、その前に小林が口を開いた。「ちょうどこの時間に着くだろうと計算して、料理を作っておいたんだ」晋太郎の目には驚きの色が浮かんだ。「ゆみが教えたのですか?」「ううん!」ゆみは横から答えた。「私は何も言ってないよ。おじいちゃんは本当にすごいんだよ!何でも分かるの!」小林の能力の話になると、ゆみは誇らしげに胸を張った。その様子に、みんなは思わず笑みを浮かべた。小林は紀美子たちを座らせ、みんなに茶を注いだ。「まずはお茶を飲んでゆっくりしててくれ。スープができたら食べよう」そう言いながら、小林は急いでキッチンに向かった。晋太郎の視線は雨水が流れ落ちる窓ガラスに向けられた。窓を叩く雨音聞きながら、彼は低い声で言った。「今夜ここに泊まるのは無理だ」紀美子は軽く眉をひそめた。「まだ環境のことを気にしてるの?」晋太郎は彼女を一瞥した。「そうじゃない。後ろの山が雨で崩れる可能性がある」紀美子も晋太郎の視線を辿って窓の外を眺めた。すると、心の中には漠然とした不安が湧き上がってきた。彼女は、以前山崩れに遭ったことを思い出した。「私から小林さんに言っておこうか?今夜は皆で外に泊まりに行こう」紀美子は晋太郎に尋ねた。「ああ」晋太郎は言った。「食事が終わったら一緒に連れて行こう」ちょうどその時、小林がご飯とスープを運んできた。紀美子は慌てて立ち上がり、料理を並べるのを手伝った。皆が座ると、紀美子は先に口を開いた。「小林さん、今夜は私たちと一緒に町に行きましょう」「雨が心配なのか?」小林は箸を持った手を少し止め、紀美子に尋ねた。「はい」紀美子は心配そうに答えた。「山崩れに備えなくては」小林は黙って箸を置いた。「私はここに何十年も住んでいるが、こんな大雨でも山崩れに遭ったことはない」紀美子はまた説得しようとしたが、小林が先に言った。「だが、君たちの心配も当然だ。山崩れはないが、大雨で深刻な浸水が起こることがあるんだ」紀美子は安堵の息をついた。
小林は言葉に詰まった。「ゆみ、自然には自然の法則があるんだ。爺さんも万能じゃない。それに、わしは陰陽の稼業をしているんだ。それをちゃんとわきまえないといかん」「つまり、お爺さんにもわからないことがあるってこと?」小林は黙ってうなずいた。「ボディガードをずっと外に待機させ、何かあったらすぐに対応してくれるようにしてくれない?」膠着状態が続く中、紀美子は晋太郎に言った。「君もここに残るつもりか?」晋太郎は不機嫌そうに紀美子を見た。「ゆみが心配だから、ここに残って一緒にいる」紀美子はうなずいた。二人の意志を変えられず、晋太郎も諦めるしかなかった。夜10時半頃。リビングでビデオ会議を終えばかりの晋太郎は、窓の外から鈍い轟音が聞こえてきた。彼の目が鋭く光り、心の中で警報が鳴り響いた。彼は真っ暗な窓の外を見上げた。晋太郎だけでなく、階上の紀美子も外の物音が聞こえ、ベッドが微かに揺れ始めたのを感じた。紀美子は慌てて眠っているゆみを抱き上げた。靴を履く時間も惜しみ、素足でゆみを抱えて階下へ駆け下りた。角を曲がったところで、晋太郎も階上へ駆け上がってきて、二人はぶつかりそうになった。紀美子を見た時、彼は一瞬驚いた。彼女の純粋な目に溢れる恐怖が、彼の心を締め付けた。晋太郎は我に返り、慌てて娘を抱き上げた。「階下へ行け!ボディガードは準備できているから、いつでも出発できる!」「分かったわ……」紀美子は晋太郎について階下へ降りようとしたが、少し歩いたところで立ち止まった。「晋太郎!」紀美子は慌てて彼を呼び止めた。「小林さんはまだ階上にいる!先にゆみを車に乗せて、私は小林さんを呼んでくる!」晋太郎が返事をする間もなく、紀美子は再び階上へ駆け上がった。屋外の音がますます大きくなる中、晋太郎は歯を食いしばり、ゆみを抱えたまま階段を駆け下りて家を飛び出した。門の外で待機していたボディガードがすぐに迎えに来た。「森川社長、山崩れです!すぐに離れないと!」「子供を先に連れて行け!」晋太郎は腕の中のゆみをボディガードに渡し、厳しい声で命令した。「社長!」ボディガードは焦った声で警告した。「山崩れの勢いは半端じゃないんです!急がないと、家ごと押しつぶされます!」「黙れ
階上には、まだ紀美子の姿はなかった。後ろからは、ゆみの悲痛な泣き叫び声が聞こえ、目の前には今にも流れ落ちてきそうな土石流が迫っていた。本当に紀美子を置き去りにして逃げるのか?記憶の中、彼女が病院のベッドに横たわり、傷ついている姿が彼の心に鈍い痛みを引き起こした。紀美子を置き去りにするなんて、そんなこと……彼にはどうしてもできない!もしそうしてしまったら、間違いなく後悔することになる。晋太郎はボディガードの手を振り払い、階上へ駆け上がろうとした。彼の後ろにいたボディガードたちは互いに目を合わせ、晋太郎に続いて前に出た。晋太郎がそばに近づいてくると、ボディガードの一人は素早く彼の首筋に一撃を加えた。「申し訳ありません、社長!」一瞬、晋太郎の目の前が真っ暗になり、そのまま気絶して倒れ込んだ。ボディガードたちは手際よく彼を車に担ぎ込んだ。車の中のゆみは、気を失った晋太郎を見て恐怖に震えながら叫んだ。「お父さんに何をしたの?」「お嬢さん、社長は一時的に気を失っただけです。すぐに目を覚ますでしょう。これ以上ここにいるのは危険です!」「やだ、お母さんはまだ上にいる!」ゆみは狂ったように叫んだ。しかし、ボディガードは問答無用に車を発進させ、その場を離れた。一方、ボディガードたちが晋太郎たちを連れて去った直後、紀美子は足首を捻った小林を支えて部屋から出てきた。階段を降りようとした時、隣の部屋から激しい衝突音が響いた。地面が揺れ、紀美子は階段から転げ落ちそうになった。何とか体勢を整えた彼女の青ざめた顔には冷や汗が滲んだ。「わしのことはいいから、先に降りなさい」小林は紀美子を軽く押した。「ダメです、小林さん!」紀美子は声を震わせて断った。「もう少し頑張ってください。車に乗れば安全です」紀美子は小林に反論する余地を与えず、二人は壁に寄りかかりながらできるだけ早く階段を降りた。しかし、一階に着いた時、開けっ放しのドアの外に車がないのに気づいて、紀美子の心は一瞬で冷え切った。晋太郎は……自分たちを置き去りにしたのか?「ゴォォォ——」後ろの山から、再び耳をつんざくような音が響き渡った。紀美子は窓の外を見て、体が鉛のように重くなり、動けなくなった。午前3時頃。
晋太郎はゆみの問いにどう答えるべきか迷った。紀美子が見つからず、彼の心は言いようのない悔しみに満ちた。彼は携帯でボディガードたちにすぐ村の状況を確認しろと指示した。そして、彼は部屋にいるボディガードにゆみを託し、自分も小林を探しにいくことにした。晋太郎はゆみの前にしゃがみ込んだ。「必ずお母さんを連れ戻してあげる。小林お爺さんさんもだ」彼はゆみの小さな手を握り、優しい声で言った。しかしゆみは首を捻り、晋太郎の視線を逸らした。晋太郎は無力にため息をつき、娘の手を離して客室を後にした。1時間後、晋太郎たちは村の近くに着いた。どんよりとした空からはまだ雨が振っていたが、昨夜のような激しい雨ではなかった。見渡す限り、村の作物はすべて水に浸かり、家屋はバラバラに崩れていた。小林の家まではまだ距離があるが、車はがれきの中を進めず、晋太郎たちは車を降りて歩いて向かうしかなかった。水の深さは足首まであり、茶色くて様々な浮遊物が浮かんでいる汚水を見て、晋太郎は顔を曇らせたがそのまま水の中に足を踏み入れた。「社長!」ボディガードが言った。「車の中にいてください。ここは汚いです」晋太郎は冷たい目で彼を見た。「これ以上ほざいたら、クビにしてやる」ボディガードはすぐに口を閉じた。20分ほどがれきの中を進み、ようやく小林の家に近づいてきた。障害物を片付けていたボディガードが突然足を止め、目の前に立っている古い家を見て叫んだ。「社長、小林さんの家がまだ残っています!」晋太郎は急に目を上げた。周りの家々はすべて崩れ去っていたが、小林の家だけが無傷で残っていた。彼は心臓の激しい鼓動を抑え、道を塞いでいるボディガードを押しのけ、水の中を足早に小林の家の前にたどり着いた。開け放たれた扉の中には、多くの村人たちがいた。小林もその中にいたが、紀美子の姿は見当たらなかった。庭にいた村人たちや小林は突然に現れた晋太郎を見つめた。「小林さん、紀美子は?」彼はまっすぐ前に進み、小林に尋ねた。「紀美子は二階にいる。村人の救助で疲れ果てていたから、休ませておいた」晋太郎はうなずき、階段を上がっていった。紀美子が寝ている部屋の前まで来ると、晋太郎はドアをノックした。「どなたですか?」すぐに
晋太郎の話を聞いて、紀美子の怒りと失望が次第に薄れていった。彼女は晋太郎が昨夜の状況をこんなに真剣に説明してくれるとは思わなかった。以前の彼だったら、面倒くさがって何も話してくれなかっただろう。それが今は……「どうしてそれらを教えてくれたの?」紀美子は彼を不思議そうに見つめ、試すように尋ねた。晋太郎も一瞬戸惑った。自分は紀美子に対して感情を持っていないのに、なぜこんなに慌てて説明したのだろうか?彼女との間には、一体どんな過去があったのか?「俺はただ、誤解されたくないだけだ」しばらく沈黙した後、晋太郎は気を取り直して言った。紀美子は目を伏せ、再び失望が浮かんだ。「そうなのね、あんたはただ自分のことを証明したかっただけで、私を心配してくれたわけじゃないんだ……」彼女は低い声でつぶやいた。彼女の言葉は、晋太郎にはよく聞こえなかった。「ゆみが待っている。小林さんと一緒にホテルに行こう」彼は話題を変えた。「分かった、少し準備するから、下で待ってて」紀美子は淡く返事した。10分後、紀美子は階下で小林を見つけた。「小林さん、ゆみが心配してるから、一緒に会いに行きましょう」紀美子は勧めた。小林は首を振った。「いや、村人たちが行き場を失っている。わしが家を離れたら、彼らは外で寝ることになってしまう」紀美子がぎっしりと座っている村人たちを見て何か言おうとした時、晋太郎が先に口を開いた。「村人たちの食事と宿は俺が手配する」晋太郎は言った。「今の村はこんな状態だ。物資が届くまで待つより、俺と一緒に離れた方がいい。ボディガードに車を手配させて、送迎させるから」紀美子は晋太郎が自分の考えと同じことを言ったことに驚いた。彼女が手を差し伸べたのは、村人たちがいつもゆみに優しくしてくれたと聞いたからだ。しかし、何も知らない晋太郎がここまで村人たちを助けようとするのは、本当に意外だった。彼は決して情に厚い人間ではなかったからだ。残りの村人たちを集め、晋太郎はボディガードにバスを手配させた。同時に、町の宿泊施設と食事の手配も整えた。出発の準備をしている時、晋太郎はしばらく紀美子を見つめた。「外の水は汚い。俺が君を背負って出る」それを聞いて、紀美子の耳が少し熱くな
ホテルに着くと、晋太郎は先にシャワーを浴びた。紀美子と小林はゆみと話をしていて、晋太郎が出てくると、小林は口を開いた。「晋太郎さん、今回の村人たちの救助の恩は、わしたちには返しきれない。実は政府も援助してくれるはずで、お主がこんなにお金を使う必要はなかったかもな」晋太郎は髪を拭きながら、小林をソファに座らせた。「正直に言うと、俺がそうしたのはゆみがここにいる間、誰かに面倒を見てやってもらいたいからだ」小林はうなずいて理解を示した。「小林さん、あなたが占いができるなら、一つ占ってもらえないか?」小林は晋太郎が占いを頼んでくるのに驚いた。「どんなことかな?」小林が尋ねた。「塚原悟という男を知っているか?」小林は深く彼を見つめた。「はて、一体何のことかな」「その男は俺の仇だ。彼の結末がどうなるか、占ってもらいたい」晋太郎は説明した。「彼の結末は、もうお主の手の中にあるのではないか?」晋太郎は眉をひそめ、小林の言葉をじっくりと考えた。「お主が何を気にしているかは分かっておる。お主は今は記憶が戻っておらず、何をするにも落ち着かない状態だろう」小林は晋太郎の心の焦りをズバリと言い当てた。「その通りだ」晋太郎は言った。「だからこそ、こんな質問をしたのだ」「お主の能力は計り知れん。その人にどこまでやるかは、お主次第だ」そう言って、小林は水を一口飲んでから話をつづけた。「何もしなくても、悪事を働いた者は自業自得。怨みはいつまでも続くものだ。復讐というのは、わしから見れば、ただ心のバランスを取るためのものに過ぎん」「あんな野郎に俺が手を下す必要はない。ただ、奴がやったことに対する代償を払わせるだけだ」「お主はもう決心しているようだな。ならば、その通りに進めばいいだろう」しばらくして、小林は自分の部屋に帰った。彼が去るとすぐに、田中晴から電話がかかってきた。「晋太郎、大丈夫か?村が大雨で土砂崩れがあったって聞いたけど」電話を取ると、晴は焦った声で尋ねた。「問題ないが、帰りは数日遅れる」晋太郎は寝室のドアを眺めた。「それならいい。娘と将来の奥さんと一緒にゆっくりしてくれ。MKには俺がいるから、何かあればすぐに連絡する」「誰が将来の奥さんだ?」晋太郎の顔
彼に否定できないのは、紀美子は確かに美しい。しかし、そんな容姿の女性は、他にいないわけではない。将来の妻?晋太郎は唇を歪ませて冷笑し、自分は彼女に対する気持ちはまだそこまで達していなかった。……三日後。空港はすでに運航を再開し、村も政府の支援の下で再建が始まった。小林の家は無事だったので、紀美子は安心してゆみを彼に預け、晋太郎と共に帝都への飛行機に乗った。五時間後、二人はようやく帝都に到着した。紀美子たちが空港を出ると、一つ見覚えのある人影が見えた。紀美子は一瞬驚き、すぐに声をかけた。「龍介さん?」紀美子の声を聞いて、晋太郎も彼女の視線を辿って龍介を見た。龍介は振り返り、紀美子に淡く微笑んだ。「やっと戻ってきたね」その一言で、晋太郎は思わず眉をひそめた。彼はわざわざ帝都まで迎えに来たのか?紀美子は龍介の前に歩み寄った。「龍介さん、どうしてここに?」龍介の視線は晋太郎の方をさりげなく掠めた。しかし、その視線は晋太郎の目には挑発的ものに映った。「私も帝都に着いたばかりで、一緒に食事でもと思ったんだけど、君の携帯が圏外だったんだ。それで佳世子さんに電話したら、君も昼に帝都に着く便だと聞いた。いきなり現れて驚かせたかい?」紀美子は慌てて首を振った。「そんなことないよ。龍介さんが来てくれるなんて、むしろ私がご飯を奢ってあげるべきだわ。ちょうど、食事がまだだし、一緒に行きましょう」そう言って、紀美子は晋太郎に意見を求めるように見た。晋太郎は反射的に断ろうとした。彼は龍介と別に親しくないし、一緒に食事をする必要はない。それに、ここ数日帝都を離れていたので、手元の仕事も山積みだった。しかし、紀美子と龍介が以前から親しく、さらには身体接触まであったのを思い出すと、口にしかけた拒否がなぜか「いいよ」に変わった。彼がその言葉を口にした瞬間、心には後悔がよぎった。自分は何を承諾したんだ?龍介は穏やかに笑って言った。「森川社長が私たちと一緒に食事をするなんて、思ってもいなかったよ」晋太郎は唇を歪ませた。「ただ飯食えるなら食べなきゃ損でしょ?」「さすがはMKの会長、ただ飯にありつけるとはね」龍介はわざと皮肉を込めて言った。「龍介さんだって同じでしょう」
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える