LOGIN■MUGENLABO 企画部
「この1週間の日報を見させて貰った。君は資料整理だけしていればいい」
月曜から憂鬱になる一言が鬼上司の斎藤さんから言われた。
俺は反論しようにもできない自分が悔しい。「わかりました。やり方を教えてくださいませんか?」
「資料室にいって、ここにある企画書をまとめてくれ。やり方は……沖田の手が空かないから……山南、お前が手伝ってくれ」 「……了解です」俺はあまり話したことのない巨漢の山南さんと共に資料室へと向かった。
無口というか無愛想というか、つかみどころのない人である。 野暮ったい髪に四角いフレームの眼鏡をかけていて、表情があまり読めない人だ。 チャットでも、あまり発言を見かけないのでなおさら会話に困った。 書類の束をもった男二人が、資料室へ向かう廊下を無言で歩く。 仕事で忙しくしている部屋の声を背に、オフィスの奥にある薄暗い資料室へとやってきた。 正直言って気まずい……。 「山南さん、よろしくお願いします!」 「うん……よろしく。それで資料の整理の仕方だけど……」 「は、はい!」でかい図体に低い声、見下ろされていることもあってか俺は緊張してしまった。
生存本能がヤバイというのを訴えているようである。「あの……そんなに、僕……怖い、かな?」
目の前の巨漢がシュンとしょげたように見えた。
いや、見えるだけでなく本当になっている。「あ、いやそのっ、山南さん、タッパありますし声も低いから……熊みたいで」
「熊って……僕は人間なんだけどなぁ」ため息を漏らした山南さんは資料室の椅子に腰かけて、しょぼしょぼと話し始めた。
「二人きりだから聞くんだけどね……近藤くんは結構慕われるタイプに見えるけど、どうしたら人と仲良くできるのなか? 特に、その沖田さんとか……とさ……」
「へ? れ、恋愛相談です、か?」 「ウン……そう。資料整理はこのくらいなら実際はかからないし、斎藤部長が近藤君にやらせたいことは過去の企画を見て勉強してほしいことだと思うから」山南さんの言葉に俺は安堵の息を漏らす。
嫌われていたわけではなく、学ばせてくれるためにこの仕事を寄こしてくれたのだ。 先週はデザインソフトを触ってみたけど、上手くいかなかったり、電話の連絡を伝え忘れたりと失敗続きだったのである。 「でも、俺は失敗多かったし……」 「近藤君は完璧を求めすぎだよ……肩の力を抜かないと……」 「山南さんはムキムキマッチョですよね」 「それは関係ないよね? まぁ、そういう返しもできるのが、近藤君のいいところかもしれない」フムと山南さんは腕を組んだ。
考えこんでいるのかもしれないが、眉間にしわが寄っているので怒りを我慢しているようにも見える。「山南さんは深く考えすぎですよ。もっと、こう勢いでやらないと!」
「勢い……か、僕は苦手だな……静かにもくもくやる方が好きだからライティング担当だしね」 「そうなんですね。ああ、さっきの話に戻りますけど……沖田さんと仲良くなりたいなら、【踊プリ】やりましょう。 「おどぷりって何?」 「沖田さんが机の上に置いているアクスタのキャラが出ているゲームですよ。スマホのソシャゲです」 「僕、ゲームはあまりやらないんだよね……」 「ゲームが苦手なら、アニメか漫画から入ってもいいと思います。共通の話題があるだけで会話のきっかけになりますし」 「漫画とかならいけるかも、できれば小説とかの方がいいんだけどね」ライティングが得意と聞いたので、何となくそうじゃないかと思ったけれど小説が好きなようだ。
MMOで初対面同士の即席パーティ組んでキャリーしてきた経験から、相手の好みを理解する癖が俺にはある。 だから、山南さんとの会話から求めているものを考えて読みだそうとした。「公式の小説版はないですが、二次創作で小説を書いている人がピグシブにいますから、そちらから読んでみるのもいいかもしれないですね」
「二次創作があるくらい人気の作品なんだね……ニューページの一次作品中心に読んでいたから、気づかなかったよ。近藤君、ありがとう」 「いえ、どういたしまして……じゃあ、資料整理しましょうか」 「そうだね。整理もだけど、関連を紐づけていくから企画の中身を理解することが大切なことだよ」熊のように見えて怖かった山南さんの姿はもうない。
はなして理解できれば、誰とでも仲良くなってできるのだ。(でも、斎藤部長だけは難しいなぁ……ガード固すぎだし、言うことがきついんだもん)
言葉によるサンドバックを耐えきることが不安になっていたが、頼れる先輩ができたことで少し、解消できる。
「山南さん……山南先輩って呼んでもいいですか?」
「いいよ。僕も近藤君ともっと仲良くなりたいから……」ゲームだったらフレンド登録をしたいところだが、今は仕事中なので我慢するのだった。
■MUGENLABO 廊下
時計をみたらお昼休憩の時間になっていたので、俺と山南先輩は資料室から外に出た。
室内は暑かったので、二人とも汗だくである。「ふぅ……近藤くん、楽しかったよ」
「俺もッス」 「また今度やらないか?」 「そうッスねぇ……」答えを返そうとしたとき、女性社員たちがひそひそと俺達を見ながらささやいている。
そことで現状を俯瞰して分析を始めた。 MMOで状況把握は攻略のために必要なスキルである。 自分のステータス、敵のステータスなどから最適な戦略を選ぶのだ。「汗だくの男二人……やらないかという言葉、女性社員だけが反応……ああぁああぁ!?」
導きだされた答えに俺は両手で頭を抱えて人目をはばからずに吠える。
山南先輩がムキムキマッチョなので余計に良くなかった。 白いシャツが汗で透けてべったりしている。 ばさりと書類などが落ちる音が聞こえた。「まさか! 近藤くんと山南さんが……そういう仲だったとは! これはドッチが前ですか! 新解釈です!」
俺が振り返った先にいるソラさんが鼻息を荒くして近づいてくる。
これが先ほどの答え、|Q.E.D《しょうめいしゅうりょう》だ。「いやぁぁだぁぁぁ! 俺は普通だぁぁぁぁ!」
再び叫ぶ俺に対して、よくわかっていない山南先輩は熊のぬいぐるみのように静かになっている。
山南先輩は純粋なので、そのままでいて欲しいと思った。■野菜モリモリ キャベ二郎
「なーんだー。面白いネタだと思ったのにー」
「勘弁してください……」初日にも案内された定食屋に俺とソラさんは来ている。
山南さんは自炊しているようなので、今度また誘ってと言って別れた。 今回については、本当に良かったと思う。「ここ奢りますから、変な噂を流さないでくださいね」
「まぁ、腐女子はひっそり楽しむものだからね……ただ、LIMEの腐女子グループは大盛り上がりだけど」 「何その魔窟。コワい」社員同士がLIMEをやっているのはわかるけど、腐女子グループがあって交流しているなんて怖かった。
ソラさんともここ数日で仲良くなって俺は敬語が抜けないけど、ソラさんはだいぶ崩れて喋ってくれている。 俺が敬語なのはリアル女子と話慣れていないのが一番の理由なんだけど、黙っていた。「それはそれで置いておいて、仕事のほうはどう? だいぶ慣れた?」
「まぁ、そッスね……ソラさんや山南さんのおかげで仕事の理解ができました」 「ご注文の肉野菜炒め定食です」店員さんが料理を持ってきてくれたので、話はいったん打ち切り食べはじめる。
肉野菜炒めといいつつも野菜のほうが圧倒的に多い。 だけれども、肉のうまみが野菜にしみているので美味いのだ。 野菜不足の現代人にはいい店なのだろう。「まぁ……ただ……」
「ただ?」 「斎藤さんは苦手デス」 「斎藤部長が得意な人なんて、そんなにいないわよ。バリバリのキャリアウーマンだしね」もぐもぐと食べつつも、俺は胸に抱いていたものをソラさんに話し出す。
「ファーストインパクトが悪かったこともあるから、なおさらやり辛いんだよなぁ……どうしたものやら……」
「まぁ、斎藤部長は近藤クンのこと嫌っているわけじゃないわよ? あの人は見込みがなければ仕事を振らないからね」 「そういうもんなんですかね?」 「ほら、ゲームでもずっとキャリーされたままじゃ成長できないっていうじゃない?」 「なるほど……確かに、そっかMMOとかのパーティでの育成とかの感じは仕事でも応用効くんだ」ソラさんの言葉に俺は光が少し見えてきた気がした。
大変で、ゲームを遊ぶ暇もないくらい忙しい仕事だけれども、俺はこの仕事でやりたいことがある。「近藤クンってさ。どちらかといえばこういう制作の仕事よりも体を動かす仕事のほうが得意そうだけど、理由あるの?」
「ええっと……恥ずかしいんですけど、俺もあんまり動画をちまちま作るのは苦手というか興味なかったです」 「ぶっちゃけるねぇ~」 「けど……MeTubeで流れてきたFoEのCMを見て、ゲームをやりたいって思って、遊んだゲームがすっげぇ楽しくて……だから、出会いをくれたCMを作るようになりたいって思って勉強してきたッス」 「FoEのCM……ああ、それ作った人知ってるよ」ソラさんの言葉に俺は心臓がドキドキしてきているのを感じる。
CMをつくった会社まではわかったが、誰かまでは調べきれなかったのだ。 あったらお礼を言いたいと思っている人の情報が手に入ると興奮してくる。「誰ですか! やっぱり、土方さんですか!?」
思わず前のめりで詰め寄ったとき、お店の時計が目に入る。
休憩が終わる時間が近かった。「急がないと、休憩終わっちゃいます!」
「じゃあ、私は食べ終わったから支払いよろしく~。CMを作った人はそのうちわかるわよ♪」伝票を俺に渡してきたソラさんは意味深なウィンクをしてから、お店を後にした。
一体、誰なんだ???■MUGENLABO
「それで遅刻してきたと……近藤、貴様は仕事をなめているのか? やる気がないならやめたまえ」
「……すみませんでした」 「ふぅ……私も言い過ぎたな。わかればいいんだ。次から気を付けるように」もったいないからと野菜炒めを残さず食べてでようとしたら、支払いの列ができてしまっていたので休憩時間内に帰ってこれなかった。
ソラさんは両手を合わせて謝ってくれている。 しかし、これは俺の責任でもあるのでしょうがない。「はい、気を付けます」
俺は改めて頭を下げて自分のデスクへと戻った。
動画編集の作業も最近はやっており、無駄な空白の削除や音声素材の収集などを主にやっている。 地味で時間のかかる雑用ばかりだが、まだ駆け出しだからと俺は自分に言い聞かせた。〈土方〉『近藤くん、お疲れ様。操作なれているから細かい指示をださなくてもやってくれるから助かっているよ』
〈山南〉『まだ始まってひと月もたってないのに作業できるんだから、自信もっていい』チャットでメッセージを送ってくれる土方さんや山南さんのやさしさが身に染みる。
〈近藤〉『ありがとうございます。頑張ります』 〈伊東〉『そーそー、気楽にいこー。気楽にー』 〈土方〉『伊東くんは、遅れているからもうちょっと納期意識して頑張ろうか』 〈伊東〉『うわーっ!? ヤブヘビだったー!』伊東先輩は俺より一つ上。
でも、適当というか楽しいことに全振りするタイプで面倒なことにはあまり触れないタイプだ。 大学在学中の俺がそのままだったら、きっと伊東先輩みたいになっていただろう。〈伊東〉『話は変わりますけど。近藤の歓迎会がまだできてないから、このプロジェクトが終わったらやりましょーよ』
〈土方〉『ダメというか、先に仕事といいたけれど伊東くんは餌が決まっていたほうがやる気でるんだよねぇ』 〈伊東〉『ワンワン! 楽しイベントのためなら頑張るワン』 犬のスタンプまでつけてくるので、伊東先輩はこの部のムードメーカーなんだろうなというのがよくわかるやり取りだった。〈沖田〉『近藤クン、ちょっとキラキラ系のエフェクト作ってー』
〈近藤〉『わかりました。もっと具体的なイメージが欲しいです。すでにどこかにあるかもしれないので』 〈沖田〉『おっけー。それじゃあ、個チャで送るね』送られてきた資料見ながら、エフェクトを作ったりして、その日の業務は終わる。
仕事に集中することができれば嫌なことが忘れられるからいいよな。■自宅
「あぁー。つーかーれーたー」
今日も今日とて帰宅早々いったんベッドへダイブした。
すぐに寝てしまわないだけ、だいぶ慣れてきたほうだけれども、まだまだゲームをやる気にはならない。 「そういや、最近アインからも連絡がないな……テストが近いから勉強しているって言ってたっけ」 スマホのFoEアプリを確認し、連絡があまりとれなくなるというメッセージを受け取ったのは数日前だ。「気持ちがへこんでるから、アインと話したかったなぁ……」
家に帰って一人でいると、今日斎藤部長に叱られたことが思い返されて自己嫌悪に陥る。
けれど、俺はあきらめるわけにはいかないし、手を出すなんて持ってのほかだ。 その時、メッセージの受信をスマホが知らせてくる。 相手は俺の担当をしている坂本さんだ。『元気してるかな? そろそろ一か月だから、更新等について問題ないかの確認だよ』
『ありがとうございます。更新は俺のほうからはします。向こうから嫌われてなければなんですけど……』 『嫌われるって何かあったの?』 『別に何もないですよ。風呂入ったりするので、これで』これ以上話したらぼろが出そうだったので、俺はメッセージを閉じる。
やっぱり仕事の関係者には本音が出せないから、アインに会いたくなった。「風呂に行ってさっぱりするか、それでもモヤモヤするならアクションゲームでもやってすっきりしよう! そうしよう!」
俺はそう自分に言い聞かせてから、シャワーを浴びるために気合を入れてベッドから起き上がる。
土日はまだ遠いのだ。■MUGENLABO 資料室「近藤くん、大丈夫かい? 体調悪いなら帰る?」「あ、山南さん、大丈夫……です、たぶん」 ゲームバーケルプで酒を飲み、ボードゲームで遊んだ翌日。 会社で仕事をしていた俺は気持ち割るさを感じていた。 二日酔いとは違って、妙な寒気すらある。 俺の顔を覗いてくる山南さんの顔が近いのか遠いのかすらわからなかった。「だめだよ! かなり症状が悪そうだ。まずは倉庫から出て。部長を呼んでくるから」 資料の片づけを山南さんとやっていた作業を中断し、俺はよろよろと外に出た。 エアコンがガンガンに効いていて冷たくなった壁が気持ちいい。 いや、気持ちいいと思うのほうがおかしいのかもしれない。 「近藤! 大丈夫か! 意識はあるか?」「ん……部長、大丈夫、です」「こういう状態の大丈夫は信用できないな。近くの病院につれていく、私が付き添いをするからあとのことは頼む」「了解しました」 部長が山南さんに引き継いでいたことを見たところから、俺の意識はなくなっていた。■ユウのマンション「近藤、大丈夫か?」「あ、はい……薬と休養のおかげで、だいぶ復帰しました」 タクシーで病院に運ばれ、横になって薬と点滴をしてもらったらかなり元に戻った。 診断は熱中症とのことだったが、狭い資料室での仕事が問題だったのかもしれない。 時間は16時、会社まで戻ったら定時になるくらいの時間だ。「もう時間も時間だ。家まで連れていくぞ」 タクシーの支払いを終えてともに外へ出た部長は一緒に階段を上って部屋の前まで連れていってくれる。 肩を貸されて動くのは正直言って恥ずかしいが、まだうまく歩けないので助かった。 鍵を使ってドアを開けて、一緒になかに入る。「ほら、段差があるから気を付けて」「すみません……」
■ユウのマンション 寝室 食事を終えた後、ナオに電話がかかってきて帰らなければいけなくなったということで駅まで見送り解散した。 今は寝室でベッドに寝ころびながら今日起きたことを振り返っている。 「ナオから告白されたかぁ……結論は言いそびれたけども、どうしたもんかなぁ。ネットの恋愛だって悩む俺にリアルの恋愛は無茶だぁ!」 気持ちがあれたのか、一人で叫んだ。 こういう時に頼れるのはあの人しかいない。 俺はFoEのメッセージアプリを立ち上げて、ガルさんに連絡をする。〈ガルガンチュア〉『メッセージでくるとはどうしたんだ?』〈ユージン〉『すみません、姪っ子から告白されて……年齢差もあるからどうしたものかと思って……』〈ガルガンチュア〉『なるほどなるほど、リア充ははじけるべきだな!』〈ユージン〉『ガルさんにだけは言われたくない……昔は一緒に遊んでいたけど、ちょっと疎遠になって……それから再会したら』 俺はガルさんに向けて事情を説明した。 具体的なところはぼかすが関係性についてはハッキリ伝えた。 こんなときに相談できる既婚者の男性がいるのは助かる。〈ガルガンチュア〉『明日、ユージンは暇だな? ぐりゅえるの店に来てくれ』〈ユージン〉『あー、そういえばギルドのメンバーは知っていた風の様子でしたね。場所はしらないですが』〈ガルガンチュア〉『詳しくはこちらに上げるので、夜の営業時間にでも来てくれ』 ガル山からの返信で俺はようやく心が落ち着いた。 それから、ゆっくりと目を閉じて夢の中へと降りていった。■都内某所 Cafe Cherub(カフェ・ケルブ) ケルプは最近都内に増えてきているボードゲームバーという形式の店で、天使の羽が生えた猫耳少女の看板が印象的な店だった。 ドアを開けばチリリンとベルがなり、薄暗い店内が見える。 おしゃれな空間にはかっこいいBGM……よくよく聞くと往年のレトロRPGのジャズアレンジだった。「こんばんわ。えっと初めてなんですが」「いらっしゃい、カウンターに座りなよ」 火はついていないが咥えタバコをしているワイルドな美女のマスターが俺を案内してくれる。 俺は静かな店内のカウンターに座って後ろに並んでいる酒の棚と高価そうなボードゲーム棚を交互に眺めていた。「ぐりゅさんは……まだですかね?」「何をいている。今、
■FoE内 深海監獄アクア・プリズン 第三階層 二階層目のボスも倒して進んで第三階層まできたが、だいぶ厳しくなってきた。 レベルとしては問題ないが、手数が足らない感じを〈ユージン〉は得ている。〈猫天使ぐるりゅえる〉『回復アイテムも乏しくなってきたのじゃ』〈ガルガンチュア〉『作れなくもないが、ギルドメンバーをここまでキャリーしつつ来てこの先に温存しておくのも手だな』〈ユージン〉『ボスがどれだけ強いかわからないが、ギルド単位で挑んだ方が安全なのは俺も思いました』 セーフエリアで一息ついていると、12時の知らせが届く。 時間的もここまでのようだ。〈アイン〉『今日は調べながら来ましたし、次は寄り道しないで直進すればもっと早いと思います』〈猫天使ぐりゅえる〉『アインは賢い子じゃのぅ。まさしくその通りなのじゃ。資料としてまとめる時間も別に欲しいしここまでじゃの』〈ユージン〉『社会人だらけだから時間単位で何となく切り上げられるのは助かります』 何せ今日は月曜日なのだから、無理はできない。 〈ガルガンチュア〉『では、テレボードを使ってかえるぞ』 テレボードは板状のアイテムで、乗ったメンバーをダンジョン外へと運んでくれる特殊アイテムだ。 複数人が乗れる上、何度でも使えて便利だが、かなり高いので持っている人は少ない。 そして、再びビーチに戻ったら、解散かと思ったらアインがユージンに声をかけてきた。〈アイン〉『お兄ちゃん、ちょっとだけお話してもいい?』〈ユージン〉『ああ、大丈夫だ』 時間も時間のためかビーチは夜空になっていて、ひともまばらになっている。 ビーチの隅に二人で座り、浮かぶ月を眺めた。 ゲームの中だというのにとってもきれいな光景である。〈アイン〉『ごめんね、私……気持ちがどうにも止められなくて迷惑かけているよね?』〈ユージン〉『いいさ、いろいろアインも過去にあっただろうし』〈アイン〉『ありがとう♪ 指輪は本当にうれしいから……結婚だってしてもいいからね? おやすみ♪』 最後の言葉はどっちの気持ちなのだろうか……経験の乏しいユージンにはわからなかった。■御茶ノ水駅近く 白鳥亭 アインと浜辺で語った週の土曜日、俺はナオのデートに付き合うこととなる。 待ち合わせ場所は長らく愛されている食堂が待ち合わせ場所だ。 朝からの出発で
■MUGENLABO イベントも終わって、翌日から仕事になる。 お盆休みの最終日にだいたい開催されるのがコミギャラなのでしかたないが、今回ばかりはもっと遅くあってほしかった。「足が重い……」 ブースの部屋を開ける手がノブを握ったまま動かない。 斎藤部長の『お兄ちゃん』という言葉が重く感じていた。「近藤、入るなら入れ。そのままだとほかのメンバ―も困るぞ」 会社の福利厚生で買ってくれているコーヒーを入れた斎藤部長が俺の背中から声をかけてくる。 サガの『アインの方はユージンのことを気にしてなさそうだ。だから、お前も切り替えるべきだな。そもそもそういうスタンスだったんだろ?』という言葉がよみがえった。 深呼吸をしてからドアの中に入る。「近藤くんもおはよー。お土産だよー」「ありがとうございます」 ソラさんのいつも通りの明るさが俺にとってすごくありがたい。 手にしたお土産を見ると、半裸の褐色男が袋に描かれたチョコ菓子のようだ。 『マハラジャスティック』という名前で、なんというか……界隈のセンスを疑う商品である。「なんか、食べづらいお菓子ですね?」「え、なんで? なんでなのかなー? 何を考えたのかなー? ねーねー」 俺の周りをちょこまかと動きながらわかっててあおってくるソラさんをウザいと思う半分、気持ちが楽になるのも事実だ。「沖田も近藤も、朝のミーティングはじめるぞ」「「はい!」」◇ ◇ ◇——昼休み——「近藤、昼を一緒に済ますぞ。会議室をとって弁当も頼んでいる。打ち上げ時の報告も聞いておきたいので来るように」「は、はい……」 有無をいわさない鬼の斎藤ぶりを発揮させて俺は会議室へと向かう。 後ろからご愁傷様というような雰囲気を感じたのは気のせいではないようだ。「それで打ち上げはただ遊んでいたわけではないだろうな?」「はい、関係各社様やLYONEの方と名刺も交換しました」「その後のお礼メール等はだしているか?」 そういう風にいわれてから、俺は何もしてないことに気づく。 たしかに、名刺だけでは忘れてしまうが連絡を待つだけでなく先にメールを出せば返信の可能性もでてくる。 失念していたことに突っ込まれて、俺はますます気持ちが沈んだ。「まぁ、お前も今年入社したばかりだし営業に近い仕事は慣れていない。ちゃんと今日中にだして
■8月某日 東京国際展示場「なんだかんだあって、部長と仕事以外の話できなかった……ゲームも疲れてログインあまりできなかったしなぁ」 俺は賑わう人の波をかいくぐぐりながら待ち合わせ場所まで移動する。 朝早くからの集合ということもあって、現地集合だ。 二人きりで会うのがまたイベントというのが何とも言えない気持ちになる。「あ、斎藤部長! こっちです!」 「おはよう。近藤、朝早くからすまないな」 パンツルックのびしっとしたスーツ姿の部長の姿はいつもながらに凛々しい。 この部長がゲームでは癒し系ほわほわヒーラーのアインであることを知っているのは俺だけだ。「なんだ、ひとの顔をジロジロと……」 「いえ、なんでもありません! サークル参加なんて初めてなんで緊張しているんです!」 「まぁ、私も多いわけではないが……FoEの会社様からCMのお礼にと招待いただいたんだ。必要とあればお前は臨時スタッフとして手伝ってもらうぞ」 コミックギャラクシー……通称コミギャラは夏と冬に開かれる同人誌即売会で、最近では企業の参入も多い。 企業ブースでは限定商品が売られ、長蛇の列に並ぶも変えなかったことは多くあった。 その内側に入れるなんて、関連会社に入れてよかったと思う。「はい! むしろ、仕事があるほうが嬉しいです!」 「仕事仕事もいいが、ちゃんと休めよ……ゲームばかりで寝てないなんて困るから、な」 最後の方はぼそぼそといわれて聞き取れなかったが、メリハリつけろということは分かった。 俺は部長と共に一般参加者が列をなして並ぶ横を通って、サークル入場口へと進む。 サークル入場口も参加者が多いためか人込みになっていた。「部長、手をつなぎましょう! はぐれないために!」 「ひゃぁ! あ、ああ……そう、だな……」 部長の手を握り、俺が先に進みつつ人込みを謝りながらかき分ける。 そんな俺の手を握る部長の手は柔らかく、そして強く感じた。◇ ◇ ◇■コミギャラ企業ブース内 LYN
■個室居酒屋「楽宴」 アインの正体が部長だという事実が発覚した後、俺はしばらく何の言葉も出なかった。 部長の方も顔が真っ赤になって固まっている。 飲みかけのビールの泡は消えているし、どうしたらいいかと分からない様子だ。「申し訳ございません、店内が混雑してきましたのでお会計をしていただいてもよろしいでしょうか?」 「あ、ああ……すまない。いくぞ……近藤」 「は、はい……」 ちょうどいいタイミングでお店の人が促してくれたので、俺達は席を立って店をでる。 無言先を進む部長についていくと、宮下公園にたどりついた。 自販機で水のペットボトルを買って、ベンチに二人して座る。 ここまで無言だ。「あの……部長?」 「すまない、少しだけ……もう少しだけ待ってくれないか?」 厳しい雰囲気をいつも放っている斎藤部長のこの焦った様子はなかなか見られない。 だから、黙ってペットボトルの水を飲みつつ部長が落ち着くのを待った。 もちろん、俺の方も部長がアインだと聞いて驚いてしょうがないが、なんかあまりにも現実感が無さ過ぎて考えがまとまっていない。「よし、大丈夫だ。まさか……近藤が、ユージンお兄ちゃんだったとは……」 「お兄ちゃん呼びは……実年齢も違うんで、勘弁してください」 「いや……ま、そうだな……近藤のままでいこう。ゲーム中は……まぁ、いいよ、な?」 不安げな上目使いで俺を見上げてくる部長の姿に、本当にいつもの部長なのか不安にすらなった。 酔っている俺が見ている夢という方が納得できる。「ええ、大丈夫です。リアルとゲームは別ですから……」 俺はそう答えると部長はえへへと笑った。 可愛い! 酔っているせいなのか、そんな風に見えてしまった。「その、アインは大学生といっていたから、部長とは思いませんでした」 「まぁ、あれはな……私の素性はゲームでは明かしたくなかったのもあるし、今の自分とは違う自分でいたかったんだ……」 ふと、遠くをみるような眼