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偽りの愛はいらない。天才医師はクズ夫を捨てる
偽りの愛はいらない。天才医師はクズ夫を捨てる
Author: 緋色の追憶

第1話

Author: 緋色の追憶
木村真奈美(きむら まなみ)は、妊娠4ヶ月の時、夫である木村翔太(きむら しょうた)が書いた遺書を見つけた。

手紙の日付は3日後になっていた。3日後といえば、翔太が危険な任務に向かう日だった。

【この手紙をお前が読んでいるということは、俺はもうこの世にいないのだろう。でも、泉……どうか悲しまないで】

真奈美の指は震え、妊娠中の腹部がぎゅっと締め付けられるように痛んだが、ひたすら続きに目を通す。

【俺の遺産は、すべてお前に受け取って欲しい。もし真奈美から何か言われたら、こう伝えて。真奈美と結婚したのは、ただ責任を取るためだった、と】

一枚ずつ遺書を捲る真奈美の指先は、すっかり冷えきっていた。

彼女が幸せだと信じていた日々は、この一通の遺書によって容赦なく切り刻まれたのだった。

翔太がプロポーズしてくれたから、願書提出の前日だったにも関わらず留学は諦めた。

海外の有名な病院からの誘いだって、翔太に「近くにいてほしい」と言われたから断った。

リスクが高いと知りつつ妊娠したのも、翔太が子供を欲しがっていたから。それが二人の愛の証だと思っていたのに……

結局、真奈美がこれまで翔太のためにしてきた人生の選択は、すべて長谷川泉(はせがわ いずみ)という女のためにすぎなかったのだ。

翔太は特殊部隊の指揮官で、冷静かつ勇敢だと、部下からの信頼も厚かった。なのに、そんな翔太が自分の妻の人生を犠牲にしてまでも、別の女を幸せにする計画を立てていたなんて。

激しい吐き気と共に、下腹部に引き裂かれるような激痛が走った。

生暖かい液体が、足の付け根を伝って流れる。

意識が遠のく中、散らばった遺書の最後の一行が目に飛び込んできた。【泉。俺の一番の後悔は、お前を妻にできなかったこと……】

真奈美が次に目を覚ますと、そこは病院だった。

もう何度も嗅いでいた消毒液の匂い。そして、腹部の鈍い痛みが、もうそこには何もないことを真奈美に告げていた。

すると、泣いている泉と翔太が話している声が聞こえてきた。

「私のせいだ。昨日の演習の時……あなたが私のミスをかばって怪我なんかしなければ、もっと早く帰って真奈美の異変に気づけたはずなのに……」

真奈美は目を閉じた。胃がひっくり返るような不快感がする。

自分が子供を失ったまさにその時、翔太は別の女を守って怪我をし、その女も医師という立場で堂々と彼のそばにいたというのだ。

「そんなこと言うなよ。泉」

翔太の声はかすれ、ひどく疲れているようだった。

「俺は指揮官なんだ。部下を守るなんて、当たり前のことだろ?それに、俺は困っている奴を見たら、ほっとけない性分なんだよ。真奈美には、辛い思いをさせてしまったけどな……」

真奈美がやっとの思いで横を向くと、翔太が泉の背中を落ち着かせるように優しく摩っているのが見えた。なんだか、彼らの方が本当の夫婦であるかのようだった。

下唇を強く噛んだ真奈美の口の中に、鉄さびのような血の味が広がる。

泉を落ち着かせた翔太が、ベッドの方へ振り向いた。

真奈美はとっさに目を閉じ、息を殺した。

翔太がベッドの脇に座り、真奈美の冷たい手を握る。銃を握ってできたタコのある硬い手で。

かつては安心させてくれたその感触が、今はただただ冷く感じるだけだった。

「真奈美」翔太は真奈美の手の甲に自分の額を押しつけ、声を詰まらせた。「すまない、お前たちを守ってやれなかった……」

翔太から溢れた熱い雫が、真奈美の肌を焼く。

この男は、誰のために涙を流しているのだろう?この世に生まれてこれなかった子供?それとも泣いている泉?それとも、自分で仕組んだこの嘘が、収集つかなくなったから?

翔太と泉が手続きのため看護師に呼ばれ病室からいなくなると、真奈美はゆっくりと目を開けた。力のない瞳で、ぼんやりと天井を見つめる。

真奈美自身も医者だからこそ、痛いほど分かっていた。今回子供が流れてしまった自分は、もう二度と母親になれないかもしれない、と言うことを。

そしてこの悲劇のすべては、自分の夫が自分ではない他の女に向ける歪んだ「愛」が原因なのだ。

真奈美はベッドサイドのスマホを手に取った。画面の明かりが、血の気のない彼女の顔を青白く照らす。

ロックを解除してメールボックスのゴミ箱を遡った。探すのは、国境なき医師団からのメール。愛美は彼らから、これまで三度にわたり、紛争地域での救援プロジェクトへの参加を打診されていた。

最初の二回は、翔太が「そばにいてほしい」「そんなところに行くのは心配だ」と言うので、断った。

三度目は、妊娠がわかった日だった。だから、幸せな未来を思い描きながら、そのメールを削除したのだ。

しかし今、真奈美は迷いのない指つきで画面をタップし、返信を打ち始める。

【ご担当者様。お世話になっております。木村真奈美です。以前いただいた派遣依頼の件ですが、まだ枠がございましたら、ぜひ参加したいと考えております】
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