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枯れ落ちた愛の跡に

枯れ落ちた愛の跡に

作家:  朝八夜八完了
言語: Japanese
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概要

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

不倫

妻を取り戻す修羅場

学生時代から社会人になるまで、鶴田早奈恵(つるだ さなえ)は笹井志樹(ささい もとき)に寄り添い、八年という歳月を共にしてきた。 日陰者だった彼を献身的に支え続け、絶対的な権力を握る笹井グループの社長へと押し上げた。 彼が成功を収めた暁には、二人は当然結ばれるものだと信じていた。 だが、早奈恵からの九十九回にも及ぶプロポーズは、すべて冷酷に突き放されてしまう。 あろうことか、自分の用意した指輪は、彼が執着し続ける女、竹内紗也子(たけうち さやこ)の指にはめられていた。 ついに未練を断ち切った早奈恵は、父親が決めた縁談を静かに受け入れる。 嫁ぐ相手は、余命わずかと噂される、病弱な車椅子の青年・西原智之(にしはら ともゆき)だった――

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27 チャプター
第1話
「お母さん、お父さんに伝えておいて。西原家との縁談、受けるって」電話の向こうから、即座に母、鶴田佐多子(つるだ さだこ)の激しい拒絶の声が飛んできた。「だめよ!絶対に認めない!あんな病人に嫁ぐなんて!西原家が求めているのは紗也子なのに、どうしてあなたが身代わりにならなきゃいけないの!早奈恵、思い詰めないで。お母さんが必ずなんとかしてあげるから」鶴田早奈恵(つるだ さなえ)の口元に自嘲の笑みが浮かぶ。「お母さんも、お父さんの性格は分かってるでしょ。お姉さんじゃなく、私を嫁がせると決めた以上、もう絶対に覆らないわ。それに、お父さんに認められていない子である私には、これくらいしか使い道がないんだから」電話口で数秒の沈黙が流れ、やがて微かなすすり泣きが漏れてきた。「早奈恵、お母さんが不甲斐ないばかりに……でも、志樹さんのことがずっと好きだったんでしょう?彼と結婚すれば、お父さんもあんなに無理強いは……」スマートフォンを握る手が、一瞬にして氷のように冷たくなり、爪が深く肉に食い込んだ。笹井志樹(ささい もとき)。その名前を聞くだけで、心がえぐられ、血が滴るような痛みを覚える。「お母さん、彼とは何でもないの……」これ以上言葉を重ねれば後悔しそうで、逃げるように通話を切った。ホテル「観月閣」の十七階からは、凪ヶ崎(なぎがさき)市一の美しい夜景が広がっている。この九十九回目のプロポーズに向けて、彼女は一ヶ月前から準備を進めてきた。わざわざ休みを取り、南陬(なんすう)まで飛んで指輪を特注し、縁結びで最も名高い神社で祈祷までしてもらった。だが、五時間待ちわびても、志樹は姿を見せなかった。手元の指輪をぼんやりと見つめていると、スマートフォンの通知音が鳴った。【鶴田さん、明日急ぎで使う書類があります。笹井社長に目を通していただき、サインを頂戴する必要があるので、お手数ですがお渡しいただけますか】笹井グループのオフィスビルの下で、早奈恵はどこかから駆けつけてきた様子の、足早な志樹と鉢合わせた。背筋はピンと伸びているものの、その表情には疲労の色が色濃く滲んでいる。声をかけようとした矢先、彼が電話に出る姿が目に入った。氷のような横顔が途端に和らぎ、声色は信じられないほど優しい。「紗也子、特製の薬膳キット、
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第2話
「自ら西原家へ嫁ぐと決めてくれたんだ、お父さんも不自由はさせない。欲しいものがあれば、何でも言いなさい」珍しく慈愛に満ちた表情を見せる父、竹内明克(たけうち あきよし)を見つめ、早奈恵は静かに口を開いた。「お父さん、お母さんと籍を入れて、正妻として迎えてほしいの。それから、以前あの人がお母さんから奪ったあのイヤリング。あれを持ってこの家を出たいわ」明克は少し考え込んだ。西原家との縁談は竹内家にとって計り知れない利益をもたらす。グループの事業を一気に北へ拡大できるのだ。それに比べれば、この二つの条件など安いものだ。「よかろう、約束する。婚姻届は明日届くはずだ。式は来月の七日に決まった」早奈恵は頷いた。あと半月もすれば、志樹とはきっぱりと縁が切れるのだ。翌日、彼女はいつものように出社し、退職届を出す準備をしていた。「早奈恵!出てきな!」黒のトレンチコートを翻し、凄まじい剣幕でその女が踏み込んできた。なぜ紗也子がここにいるのか、早奈恵には訳が分からなかった。「お姉さん――」パァン!乾いた破裂音が響き、早奈恵の白い頬に五本の赤い指の跡がくっきりと浮かび上がった。「薄汚い愛人の子の分際で、気安くお姉さんなんて呼ぶんじゃないわよ!」「紗也子!」騒ぎを聞きつけて駆けつけた志樹が、眉間にしわを寄せる。「早奈恵、紗也子に何をした!」早奈恵は頬を押さえた。付き合っているのは自分なのに、殴られたのも自分なのに、この人の目には紗也子のことしか映っていない。彼から責めるような視線を向けられ、心の中に冷たい風が吹き抜けるのを感じた。弁解しようとした言葉は、紗也子に遮られた。「志樹がお人好しなのは知っているけれど、コネ入社の社員が泥棒だなんて、会社の傷になるわ」「名誉毀損は犯罪よ!」「まだ白を切る気?」紗也子は早奈恵の耳元を指さし、野次馬に向かって大声で叫んだ。「そのイヤリング、私のお母さんの形見じゃない!どうしてあなたの耳にあるのよ!」周囲の視線が一斉に早奈恵の耳へと注がれる。イヤリングは今流行りのデザインではなく、紗也子が着ている高級ブランド服一着の価値にも満たない。「早奈恵!」竹内夫人が紗也子にとってどれほど大切な存在であるか、志樹は誰よりもよく知っていた。同時に、紗
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第3話
早奈恵は志樹の凄まじい力で平手打ちを食らい、その勢いで床にへたり込んだ。地べたに座り込み、無様な姿を晒している。それを見た紗也子は嘲笑うように口角を上げると、ピンヒールを鳴らして近づき、彼女の前にしゃがみ込んでそのイヤリングを奪い取ろうと手を伸ばした。だが、早奈恵は咄嗟にその手をガシッと掴み留める。紗也子はもう片方の手で早奈恵の髪を鷲掴みにし、無理やり手を離させようとした。早奈恵は痛みに顔を歪めながらも、紗也子の手首を思い切り上へ捻り上げた。手首に走った激痛にたまらず紗也子が手を離したが、後ろへよろけた拍子に足首を挫いてしまった。早奈恵は隙を突いて彼女のもう片方の手を掴もうとしたが、横から伸びてきた大きな手にがっちりと掴み止められた。志樹が咄嗟に早奈恵の手を締め上げたのだ。紗也子を心配するあまり力の加減を忘れ、早奈恵の手首をあらぬ方向へ容赦なくねじ曲げた。ポキッという乾いた音とともに、早奈恵の手首は完全にへし折られた。不意の激痛に悲鳴を上げ、ポケットに隠していたジュエリーケースがいつの間にか床に転がり落ちていたことにも気づかなかった。「紗也子、大丈夫か?」志樹は優しく紗也子を抱き起こし、早奈恵には一瞥すらくれなかった。早奈恵が激痛に耐えながら顔を上げると、目に入ったのは、彼が紗也子の乱れた髪を丁寧に直し、椅子に座らせる姿だった。「志樹、手も足もすごく痛い。折れちゃったみたい」「大丈夫だ、足をくじいただけだよ」志樹は彼女を慰めながら椅子のそばに膝をつき、靴を脱がせた。青く腫れ上がった足首を見つめる彼の瞳には、心底痛ましそうな色が浮かんでいた。「まずはマッサージをして、すぐに病院へ行こう」早奈恵の右手はもう全く動かず、左手で体を支えながら、全身の力を振り絞ってようやく立ち上がった。「志樹、私のイヤリング!まだあの人の耳にあるわ!絶対に取り返してね!」志樹は頷き、彼女に靴を履かせた。「紗也子が望むことは、全部叶えてやる」彼の一言一言が、重い衝撃となって早奈恵を打ちのめした。机に手をつかなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。「早奈恵、そのイヤリングは元々お前のものじゃない。どうしてそこまで意地を張るんだ」近づいてくる志樹を見つめ、早奈恵は惨めな笑みを浮かべた。
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第4話
そう言いながら、彼女は小さい方の指輪を迷わず自分の薬指にはめた。「嘘、ぴったり!」紗也子は歓喜の声を上げ、志樹にその手を見せつけた。「志樹、これ私に内緒で用意してくれてたの?サイズまであつらえたみたいにぴったりじゃない!」志樹は数秒間呆然とし、胸のざわつきを抑えきれぬまま、早奈恵へと視線を向けた。彼女は信じられないものを見るような目で、その光景を凝視していた。「まことの縁に巡り逢いし時、その指輪は指に馴染み、固く結ばれることでしょう」縁結びの神社で、神職から指輪を授かった時の言葉が、脳内で何度もリフレインする。そんなはずはない……ありえない!早奈恵はどこから湧いたのかも分からぬ力で警備員を振り解き、紗也子へ向かって突き進んだ。だが志樹の反応は早かった。素早く紗也子をお姫様抱っこで抱え上げると、ひらりと身を翻して難なく避けた。勢いの止まらない早奈恵は、そのまま机の角に頭を強打し、崩れるように意識を失った。*「早奈恵!早奈恵、しっかりしなさい!」「……お母さん?」薄れゆく意識の中で目を開けた早奈恵は、反射的に体を起こそうとした。だが、力が入らない右手のせいで、抗う術もなく再びベッドに沈み込んだ。佐多子が痛ましそうに彼女の体を支えた。「早奈恵、右手は骨折してるのよ。無理に動かしちゃだめ。しっかり養生しないと……あのイヤリング、もう必要ないわ。紗也子が欲しいなら、あの子に持たせておけばいい」早奈恵は虚ろな瞳で頷いた。今は思考が混濁し、何も耳に入ってこない。「それにしても、志樹さんは……紗也子の病室につきっきりで、あなたの様子を見にも来ないなんてどういうことなの?」気を失う直前、紗也子の指にあの指輪が吸い付くようにはまっていた光景が、再び脳裏に焼き付く。「お母さん、私が嫁ぐのは西原智之(にしはら ともゆき)よ。あの人とはもう、何の関係もないわ」早奈恵の決然とした表情を見て、佐多子はそれ以上追及せず、掛け布団の端を整えた。「分かったわ。お母さんは、栄養のあるものでも買ってきてあげる」彼女が病室を後にした直後、スマートフォンの通知音が鳴った。紗也子からのメッセージだ。そこにはイヤリングの写真と共に、一言添えられていた。【私のものは、一生奪わせないわよ。志樹も
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第5話
ほどなくして、早奈恵の病室のドアが押し開かれた。志樹が紗也子の車椅子を押し、静々と入室してくる。「早奈恵!いい加減にしなさいよ!どこまで私のものを奪えば気が済むの!」早奈恵は顔を向けることさえせず、冷淡に言い放った。「言い直させて。あれは母のものよ。竹内夫人が奪い取ったものを、あなたが恥ずかしげもなく自分のものだと言い張っているだけ。それから、その指にはまっている指輪も私のものよ。さっさと外して持ち主に返しなさい」「なっ……!」先ほど病室で志樹から、指輪は彼が用意したものではないと聞かされたばかりだった。図星を突かれた紗也子は逆上し、サイドテーブルにあったガラスのグラスを掴むなり、早奈恵を目がけて叩きつけた。あまりの勢いに志樹すら反応が遅れ、伸ばした手が空を切る。幸いにもグラスはベッドの柵に当たり、耳障りな音を立てて粉々に砕け散った。父から告げられた言葉を思い出し、紗也子は悔しさに目を真っ赤に染めた。「……竹内家の娘としての居場所まで、私から奪うつもりなのね」堰を切ったように、大粒の涙が次々と頬を伝い落ちる。志樹は彼女のこんな姿を見たことがなく、胸を締め付けられるような思いで、車椅子の傍らに跪いた。その手を車椅子の背に添えるに留め、それ以上は自らを律するように、決して踏み込もうとはしなかった。紗也子は志樹の肩に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。「志樹……私はもう、何もなくなっちゃった。あなたまで、いつか私を置いていってしまうの?」彼は慈しむように彼女の涙を拭い、静かに言い聞かせた。「紗也子、俺はお前から一生離れない。約束だ」それから早奈恵の方へ向き直ると、ポケットからあの指輪を取り出し、冷徹な表情で告げた。「紗也子が無理に奪ったわけじゃない。きつくて指から抜けなくなって、一時的に預かっていただけだ。そんなに人を傷つけるような物言いをすべきじゃない」一時的に預かって?早奈恵の胸の奥に、苦い感情が広がった。「疲れたわ。休みたいから、出ていって」無事な方の左手で布団を引き上げ、頭まで潜り込もうとしたが、その手を乱暴に掴み止められた。志樹の怒りに満ちた眼差しを真っ向から受け、早奈恵の赤く腫れた目元を見た彼は、一瞬だけ怯んだ。「……笹井社長、まだ何か御用?」「紗也
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第6話
腕の中で震える紗也子を固く抱き寄せ、志樹は一度も振り返ることなく駆け出していった。二人が立ち去ると同時に、さらに激しい揺れが襲う。早奈恵はなすすべもなく壁に打ちつけられ、後頭部への強烈な衝撃に意識が吹き飛びそうになった。額を割って流れた血が頬を伝い、視界を赤く染め上げる。次の瞬間、凄まじい轟音とともに、頭上の巨大な天井が崩れ落ちた。そこで早奈恵の意識は途切れた。*再び重い瞼を開けると、そこはまだ病院のようだった。頭には包帯が幾重にも巻かれ、脳が鉛のように重く、思考がひどく濁っている。点滴の様子を見に来た看護師が、目を覚ました彼女を見て安堵の笑みを浮かべた。「気がつかれましたか?」早奈恵はしばらく虚空を見つめ、ぼんやりとした頭のまま微かに頷いた。「地震のせいで軽い脳震盪を起こされていました。念のため輸血の手配もしましたが、気分はいかがですか?」看護師が穏やかな声で説明する。早奈恵は再び小さく頷くと、脳震盪の症状による強烈な眠気に襲われ、泥のように眠りに落ちた。「だめ!絶対に認めないわ!」「佐多子、今は紗也子の命に関わる事態だ!いい加減にしろ!」早奈恵は、鼓膜をつんざくような怒声で目を覚ました。見ると、志樹と父が険しい顔で佐多子を取り囲んでいる。「いい加減にしてるのはどっちよ!明克さん!早奈恵だってあなたの血を引いた娘なのよ!」佐多子の悲痛な声は、すでに泣き叫ぶような響きを帯びていた。「大地震からやっと逃げ延びて、ただでさえ弱り切っているのに、どうして紗也子のために輸血なんかさせるの!紗也子の命だけが大事で、早奈恵の命なんて、どうなってもいいって言うの!」「……お母さん」早奈恵の声は、喉に灰が詰まったように掠れていた。「早奈恵!」明克が先を争うようにベッドへ身を乗り出す。「紗也子は今、緊急で輸血が必要なんだ。病院の血液センターにある在庫は、全部お前の治療に使われて残っていないらしい。いいか、紗也子は血液の持病がある。お前が血を分けてやらなければ、あの子は死んでしまうんだぞ!」「……だから?」早奈恵は血の気を失った真っ白な顔で父を見つめた。その底知れぬ冷ややかな眼差しに、明克は思わず背筋を寒くした。「あの子が死ぬことと、私に何の関係があるの?」「
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第7話
紗也子のために1000mlもの血を抜かれたため、早奈恵は危うく命を落としかけていた。佐多子は何が何でも病院に付き添って彼女の世話をすると言い張った。早奈恵は力なくベッドに横たわっている。「お母さん、ここで私の世話をしてたら、結婚式はどうするの?」リンゴの皮を剥く佐多子の手は止まらない。「結婚式なんて、早奈恵の命に比べればどうでもいいわ。それに、お父さんとはもう長年連れ添った夫婦みたいなものだから、籍を入れるだけで十分よ」剥き終わったリンゴを置き、娘の手を握りしめた。赤く腫れた目には申し訳なさが溢れている。「それに、早奈恵が自分の生涯の幸せを犠牲にしてくれたおかげじゃない。もし時間を巻き戻せるなら、私、一生竹内夫人になんてならなくていい!」「お母さん、何言ってるの!」早奈恵は彼女を抱きしめた。「お母さんが幸せなら、私も幸せよ」その時、病室の外を人影が横切った。早奈恵にははっきり見えなかったが、紗也子のようだった。だが、気には留めなかった。*佐多子は毎朝九時きっかりに早奈恵の病室に顔を出す。しかし今日は昼の十二時近くになっても姿を見せない。電話をかけても出ず、心配しているところへ、明克が息を切らして病室のドアを開けた。「早奈恵、お母さんはここか?」早奈恵は眉をひそめた。「お母さん、今日はまだ一度も姿を見せないわ」明克も深く眉間にしわを寄せた。「午後から役所に婚姻届を出しに行く約束だったんだが、一向に連絡がつかなくてな。ここにいるかと思ったんだが」その時、突如鳴り響いたスマートフォンの着信音が二人の会話を遮った。「はい、私です」次の瞬間、早奈恵の顔色が一変し、唇が震え出した。「分かりました、すぐに行きます!お父さん、お母さんに何かあったみたい!」二人が病院へ駆けつけると、紗也子が佐多子の入籍を阻止するため、彼女を秘密裏に監禁していたことが発覚した。佐多子が二階の窓から逃げ出そうとしたところを紗也子に見つかり、揉み合いになった末に誤って転落し、意識不明の重体になったという。パニックに陥った紗也子は真っ先に志樹に連絡し、二人が急いで病院へ運び込んだのだ。医師が危篤と記された病状説明書を差し出し、早奈恵に署名を求めた。「患者さんは高所から転落し、全身に
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第8話
早奈恵は自身が目を覚ましてからというもの、ずっと佐多子のベッドの傍らに付きっきりだった。夕方になって、ようやく佐多子の意識が少しずつ戻ってきた。「お母さん、気がついた?どこか痛いところはない?」早奈恵はすがるような面持ちで尋ねた。佐多子は右手をかすかに動かし、娘の手の甲をぽんぽんと優しく叩いた。「早奈恵……お母さんは大丈夫よ」「お母さん、約束する。紗也子には絶対に報いを受けさせてやるから!」佐多子は微笑んで、ゆっくりと首を横に振った。「早奈恵、お母さんが一番大切にしているのはあなたよ。あなたが幸せに笑って生きてくれれば、お母さんはそれで十分。ただ……」彼女は視線を伏せた。意識を失う直前、紗也子が慌てふためきながら志樹に助けを求める電話をかけていた記憶がよぎり、胸の内でひとつの決意を固めていた。「西原家との結婚式は……もうすぐよね?」早奈恵は静かに頷いた。「ええ、明日の夜よ」「西原家は由緒ある学者の家系で、智之さんも立派な紳士だと聞いているわ。結婚するのも、決して悪い話じゃないかもしれない。ただ、汐南(しおみなみ)市は遠いし、お母さんがそばにいてあげられないから、あなたが……」早奈恵は母の言葉を遮るように手を握りしめた。「お母さん、私のことは心配しないで。ちゃんと自分の面倒はみられるから」病院の屋上。紗也子は姿を現すなり、警戒心を剥き出しにして早奈恵を睨みつけた。「一体何を企んでいるの?」早奈恵から「少し話がしたい」とメッセージを受け取った時、真っ先に無視しようと思った。何しろ、佐多子が転落した直後だ。屋上に呼び出されれば、報復を連想しない方がおかしい。だが、早奈恵が「あなたが来れば、私は志樹から離れる。きれいさっぱり目の前から消えてあげる」と言ったため、疑心暗鬼になりながらも足を運んだのだ。「紗也子、私はずっとあなたのことが大嫌いだったわ。私が血の滲むような思いで望むものを、あなたはいつでもいとも簡単に手に入れてしまう」早奈恵は視線を彼方へ向け、うつろな声でぽつりと言った。「かつてはお父さんの愛情、そして今は志樹の心」その言葉を聞いて、紗也子は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。早奈恵が名ばかりの恋人だろうが何だろうが、それがどうしたというのか。「だから決めた
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第9話
紗也子の機嫌が優れないため、志樹は気晴らしにと彼女をエリュシオン旅行へ連れ出した。二人はフィオレンツの広場で手をつないで散策し、カピトルスの噴水で手を重ね合わせて願いを込めたコインを投げ入れ、ルミネラ広場でイストリアの街並みを見下ろしながら情熱的なキスを交わした。たった三日間の間に、二人はまるで熱愛中の恋人のように、一分一秒を胸高鳴る甘い思い出で埋め尽くした。ただ、明日はグループにとって絶対に外せない重要な商談が控えているため、二人は後ろ髪を引かれる思いで帰国の途につかなければならなかった。紗也子を竹内家へ送り届け、笹井グループのビルに戻ってきた頃には、すでに深夜になっていた。社長室に足を踏み入れ、漆黒の暗闇に包まれた瞬間、志樹はふと虚を突かれたように立ち尽くした。普段ならどんなに遅くなっても、早奈恵は彼のためにデスクの明かりをつけたまま待ち、残業に付き合ってくれていた。ここ数日、紗也子につきっきりだったから怒っているのか?スマホの連絡帳を開き、久しぶりに彼女へ電話をかけた。十分後、志樹は眉間に深いしわを寄せ、スマートフォンの画面を睨みつけていた。十三回もコールしたのに、一度も出ない!苛立たしげにチャットアプリを開き、早奈恵にメッセージを送りつけた。【明日の朝の会議の資料はもう準備できているんだろうな?まだなら今すぐ会社に戻って残業しろ!】翌朝、志樹が仮眠室から出てくると、デスクの上に書類が一切置かれていないことに気づいた。途端に怒りが沸点に達する。何度も言い聞かせてきたはずだ!私情を仕事に持ち込んで業務に支障をきたすなと!人事部に怒りの電話をかけようとしたその時、早奈恵のワークスペースから、人事部のスタッフが段ボール箱を抱えて出てくるのが見えた。「待て」志樹はスタッフを呼び止め、その箱を指差して尋ねた。「早奈恵はどこにいる?」人事のスタッフは、きょとんとした顔で答えた。「社長、鶴田さんなら退職されましたよ」怒りに沸騰していた頭から、突然氷水を浴びせられたような衝撃が走った。「退職だと?いつ辞めたと言うんだ?」「半月前です」社員は不思議そうに答えた。「退職届には、社長ご自身でサインされていましたよ」いつそんな書類にサインしたのか、志樹には微塵も記憶がなかった。
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第10話
商談へ向かう車の中で、志樹は目を閉じて休息を取っていた。笹井グループの業務は膨大かつ複雑であり、彼の睡眠時間は毎日四時間にも満たない。少しでも隙間時間があれば、体を休めるしかなかった。ふと何かを思い出したようにチャットアプリを開き、トーク履歴をスクロールすればするほど、彼の眉間のしわは深くなった。早奈恵に送ったメッセージは、他の通知に押し流されてずっと下の方に埋もれていた。彼女のチャット画面では、常に自分が一番上にピン留めされており、これまで返信が一分以上遅れることなどなかった。それなのに、丸二日も返信がないままだ!こちらからわざわざプレゼントまで用意して、折れるための口実を作ってやったというのに、まだ意地を張る気か!いくら何でも甘やかしすぎた。青筋を立てながらメッセージを打ち込んだ。【あのプレゼントは没収だ】そして運転手に短く命じた。「あのイヤリングは、紗也子に届けておけ」運転手は無言で頷いた。接待が終わったのは深夜の十二時近く。酒の匂いを漂わせた志樹は、疲れた様子で後部座席に深くもたれかかっていた。運転手はいつものように彼を自宅へ送り届けようとする。「長街通りへ行ってくれ」運転手はルームミラーで志樹をちらりと見ると、すぐに方向を転換した。五階まで階段を上り、志樹は502号室のドアの前に立った。笹井グループの後継者として表舞台に出る前、早奈恵と一緒に借りていた部屋だ。旧市街にある、古くて狭いボロアパート。早奈恵は、ずっとここに住み続けていた。志樹が鍵でドアを開け、電気をつけると、生活感の一切ない、ガランとした空っぽの空間が目の前に広がり、彼はその場に立ち尽くした。大家との電話を切り、彼の顔色は暗く沈んでいた。大家の話によると、早奈恵は一週間前にすでに部屋を引き払ったという。電話にも出ず、メッセージにも返信せず、あまつさえ黙って部屋を引き払うだと?早奈恵、たいした度胸じゃないか!志樹は二日間にすべての仕事を狂ったように詰め込んで終わらせ、ようやく三時間の空きをひねり出した。以前の騒動の礼にと、紗也子が彼を竹内家での夕食に招いていたからだ。彼は、わざと早奈恵の残したあの段ボール箱を持参した。明克は、志樹を手厚くもてなした。笹井グループは凪ヶ崎の経
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