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第4話

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会えなかった赤ちゃん、ごめんね。

手術の後、下腹部が鈍く痛む。何か大切なものを、体からごっそり抜き取られたような感覚だった。

私は街灯にしがみつくように立っていた。10分くらいして、やっとタクシーを捕まえられた。

家に帰ると、ベッドに倒れ込んで、そのまま泥のように眠ってしまった。

夜中に、スマホが鳴った。

修平からの電話だった。

電話に出ると、聞こえてきたのは葵の声だった。

「夏美さん?小川先生、今日飲みすぎちゃって。夏美さんが迎えに来ないと帰らないって駄々こねてる。今、バーにいるので急いで来てください」

時間を見ると、深夜2時だった。

下腹部はまだ痛むし、体には力が入らない。

口を開こうとしても、喉がカラカラで声が出なかった。

電話を切って、もう一度ベッドに横になった。

でも、またスマホが鳴る。

切っても、また鳴る。

3度目の着信で、私は体を起こして服を着始めた。

体を動かすたびに、痛みが走る。

もう、癖になっているのかもしれない。

この5年間、呼び出されればいつでも駆けつけた。自分のことは我慢して、いつも修平を一番に考えてきた。それが当たり前になっていたんだ。

でも、これで最後。最後のお別れにしよう。

タクシーを飛ばして約30分、ようやくバーに辿り着いた。

ドアを開けると、薄暗い照明と、耳をつんざくような音楽が溢れていた。

店の中をぐるっと見渡したけど、修平の姿は見当たらない。

電話をかけると、すぐにつながった。

「もしもし?修平?どこに……」

スマホの向こうから、衣擦れの音が聞こえた。そのすぐ後、葵の声がした。

「小川先生……もっと、優しく……」

そして、修平の低く掠れた、酔いのまじった声が聞こえた。「ああ」

私はスマホを握りしめたまま、バーの入り口に立ち尽くしていた。電話の向こうから聞こえてくる声を聞きながら。

胃がひっくり返るような吐き気がこみ上げてきて、壁に手をついてえずいた。

でも、何も出てこない。

電話を切って、その場を離れようと踵を返した。

その時、目の前に数人の人影が現れた。

酔っ払った3人の外国人だった。彼らはじろじろと私の体をなめ回すように見ている。

「外国人?一人なのか?

俺たちと遊ぼうぜ?」

一人の男が顔を近づけ、私の頬を触ろうと手を伸ばしてきた。

後ずさると、背中が壁にぶつかった。

一人に手首を掴まれる。すごい力で、振りほどけない。

「離して!もうすぐ友達が来るの!」

必死で強い口調で言ったつもりだったけど、声は情けなく震えていた。

「友達?どこにいるんだよ?」

彼らは笑いながら、さらに私を取り囲んだ。

「助けて!」

叫んだ瞬間、口を塞がれた。

男たちは私を路地裏に引きずり込もうとする。

もがいて、誰かの顔を爪で引っ掻いた。その途端、強く頬を叩かれた。

目の前が真っ暗になり、耳鳴りがした。

震える手で、もう一度、修平に電話をかけた。彼が気づいて、助けに来てくれることを祈りながら。

スマホの向こうから聞こえる吐き気のする声が、一瞬だけ止まった気がした。でも、すぐに電話はあっさり切られた。

もう一度かけると、電源が切られていた。

スマホは足で蹴り飛ばされた。

誰かが私にのしかかってくる。酒臭い息が顔にかかった。

ザラザラした手が服の肩紐に伸びてくる。絶望が、私を飲み込んでいく。

私は目を閉じた。

意識が途切れそうになったその瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。

「ちょっと!何してるの!その子から離れなさい!警察を呼ぶわよ!」

上にのしかかっていた体が離れ、男たちは悪態をつきながら逃げていった。

助けてくれたのは、一人の中年女性だった。警察を呼ぶかと聞かれた。

私は首を振った。お礼を言ってからスマホを拾い、よろよろと立ち上がった。

家に着く頃には、空が白み始めていた。

バスルームに立ち、蛇口をひねる。鏡に映った自分を見つめた。

口の端は切れ、髪はボサボサで、目は赤く充血していた。

私はクローゼットの一番奥から、とっくに荷造りを終えていたスーツケースを引きずり出した。

空港へ向かうタクシーの中でも、スマホはずっと鳴り続けていた。

修平の名前が、画面に何度も何度も表示される。

でも、出なかった。

空港に着くと、海外で使っていたSIMカードを抜き取り、ゴミ箱に捨てた。

そして、出発ロビーへと歩を進めた。

その時、アナウンスが流れる。

「東都行きの便は、まもなく搭乗を開始いたします」

私は立ち上がり、スーツケースを引いて、一歩、また一歩と前へ進んだ。

……

入国審査のカウンターで、係官が私のパスポートを確認し、無造作にスタンプを捺した。

「おかえりなさい」

そのぶっきらぼうな一言に、私は小さく頷いた。ようやく、自分の居場所に帰ってきたのだと実感した。

窓の外に見える白い飛行機を見つめて、私はふっと笑った。

さようなら、リバティニア市。

さようなら、修平。
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