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前兆

last update Last Updated: 2025-07-05 08:00:00

 58話 前兆

 沈んでいく意識の中で僕は泣いている。タミキを裏切ってしまった気持ちを抱えながら、子供が泣きじゃくるように、泣き叫んでいた。そんな僕に手招きをする人物が声をかけてくる。

「そんなに泣いてどうしたんだ?」

 声の主の方へと視線を向けると、光に包まれているように眩しくて、手で遮ろうとする。強い光はまるで彼の生命力そのものの形をしていて、全ての人に影響を与える、そんな光を持っていた。

 ゆっくりと眩しさを逃しながら近づいていくと、遠くにいた彼がいつの間にか目の前に姿を現した。ぎゅっと抱きしめられると、彼が誰なのか分かった気がする。ずっと待ち侘びていた存在に、嬉し泣きをしていると、杉田との事が過去の出来事へと塗り変わっていく。禍々しい嫉妬も、闇も、束縛も、全てを浄化してくれているようだった。

「離れていても俺は、庵、君の側にいる」

 その言葉は力を持つと、全ての光が空間に連動され、僕の内部へと干渉し始めた。目で見えるものではない、心で見える景色を見せてくれた彼の側には、笑って幸せそうに日常を過ごしている僕の分身の姿がそこにある。まるで予知夢を見ているようで、願いが形になっていく瞬間を感じた気がした。

「大丈夫だよ、一人にはしない……きっと」

 後ろから抱きしめてくる彼は甘い吐息を耳元で漏らすと、僕の耳を甘く噛んでいく。時折、ちゅうちゅうと舌を鳴らし、まるで子猫が毛繕いをするように、優しく丁寧に舐めていく。現実なら感覚があるはずなのに、温もりを感じるだけだった。ここは自分の都合のいい未来を見せてくれる特別な場所なのかもしれない。そう想うと、嬉しい反面切なさが増殖していく。

 夢は自分の願望を示す鏡だ

 その鏡を手に入れる事は

 難しく、苦しい

 それでも手に入れる事で

 僕は本当の僕になれるのかもしれない

 僕とタミキの影響がこの世界の杉田に影響を与えている事に気づけなかった。何処にも行ってほしくないと引き止める為に無意識に全ての時間軸と機能を奪っていく。模倣されたプログラムが自我を持ってしまった事で僕は前に進む事が出来
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