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第455話

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月子はきっと、入江家が開発したリゾートホテルの方へ行ったんだろう。

以前、静真は一度月子とそこへ行ったことがあった。

「彼女のおばあさんの具合が良くないから、見舞いに行かせたんだ。お前は付いて行くな。月子は後で戻ってくるから」

正雄は普段、若い夫婦のことに口出しするようなことはなかった。二人の細かいことまで気が回らなかったのだ。だが、正雄もわかっている。二人が別れることになったのは、静真の責任が大きい。

だから、夜、月子が帰ってきて、一体何と言うのか、何をするのか、見てやろうと思った。

「でも今日はあなたの誕生日だ。ダメだ、彼女を迎えに行かなきゃ……」

そう言うと、静真は出て行こうとした。

「戻ってこい」正雄は眉をひそめた。「誕生日だからといって普段とはなんの変わりはないさ。お前のお父さんが祝いたいと言うから仕方なく付き合ってるだけで、わしは特に騒ぎ立てるつもりはないんだ」

「でも……」

「いいから。誕生日と月子のおばあさんの容態のどっちが大事なんだ?」正雄は静真を睨みつけた。「それにもうそろそろ客が来る。お前がいないと、話にならないだろう?」

親戚の中には、先に家へ来る人もいる。誰かが出迎えなければならない。

せっかく静真が来たのだから、今更ここを離れるわけにはいかない。

「さあ、行ってこい」

静真は歯を食いしばり、書斎を後にした。そして、心の中で、月子はわざとだと確信した。

だが、彼女は先に正雄に理由を話したことで、彼女のとった行動は非の打ち所がないものとなった。

静真は庭に出て、月子に電話をかけたが、彼女はもう電話に出なかった。

ちくしょう。

月子、一体何を考えているんだ?

静真は再び月子にメッセージを送った。

【昼食前に戻ってこい、わかったな!】

だが、月子からの返信はなかった。

静真は拳を握りしめた。結婚指輪もはめた。月子には服やプレゼントも買った。迎えに行くつもりだったのに。

以前なら、月子をいつも邸宅の麓で待たせていた。だけど、今はこんなにも態度を良くしているじゃないか。それでも、彼女は受け入れようとしないのか?

月子、一体何がしたいんだ?

静真は顔がこわばり、心の中がざわついて、いたたまれなかった。

その時、霞から電話がかかってきた。

静真は今月子のことで頭がいっぱいで、本当は霞の相手をしている余裕
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