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第5話

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「そ、そうです。奥様から電話はなくて、私からかけても繋がらないんです。もしかしたら……ブロックされているのかもしれません」

ガシャン。

静真は箸を置き、冷やとした顔で出て行った。

その様子に高橋は唖然としてしまった。

どうやら自分の思い違いのようだ。月子がなにかをやらかすと必ず静真は機嫌をそこねるのだ。

高橋は月子がもう数日静真を放っておくことを期待していたが、今はそうは思わなくなった。

自分のような赤の他人でさえ、静真には強硬な手段よりも宥めるほうが有効だということが分かるのに、月子はもっとよく分かっているはずだ。だから最初から駆け引きなんてすべきじゃなかったのだ。

月子のこの行動で、高橋の日々も過ごしにくくなった。

本当に面倒だと彼女は思った。

……

静真は会社に着き、定例会議を終えると、間もなく秘書がノックしてプレゼントの袋を持ってきた。

静真はそれを開けた。

シンプルな指輪だった。

一樹は、月子が結婚指輪を売って、他のジュエリーショップにも行ったと言っていた。

だから、二日間いなくなっていたのも、こういうことを企んでいたからなのか?

後で弁当箱を持って会社に来るつもりだろう。

静真は眉をひそめた。

指輪のケースを閉じ、脇に置いて仕事に集中した。

しばらくして、彼は渉に電話をかけ、冷たい声で言った。「今日は月子を会社に入れるな!」

彼は月子に策略を巡らされるのが気に入らなかった。

電話を切ると、静真は指輪のケースをごみ箱に捨てた。

……

月曜日、仕事始めの日。

月子は時間通り自分の席に着いた。

結婚当初、月子は仕事に行っていなかった。ある家族の夕食会で、入江会長が不在の時に、静真の母親である伊藤晶(いとう あきら)が皆の前で彼女を責め立てたのだ。

何もしないで家でゴロゴロしているだけ、子供も産めない、静真の世話もろくにできない、友達に嫁の話をするのも恥ずかしい、とさえ言われていたのだった。

そこに静真はいたが、何も言わず、ただ晶が辛辣な言葉で彼女を攻撃するのをみていただけだった。

その日の夜、月子は履歴書を送った。

入江グループではなく、Sグループに。

Sグループは設立5年にも満たないが、すでに時価総額が20兆円を超えるIT企業だ。

Sグループは大企業なので、秘書職であっても、国内トップクラスの大学出身者でなければならない。

月子はA大学卒業で、学歴は十分だった。彼女は人気のコンピュータ専攻で、研究開発部に行くこともできた。

しかし、技術系の仕事は一般的にハードワークが多く、プロジェクトが大きければ昼夜を問わず拘束され、静真の世話をする時間がなくなってしまうのだ。

月子は比較的時間の融通がきく総務部を選び、社長室の秘書になった。

入江会長はそれを知り、彼女に入江グループに戻ることを勧めた。

自社なら勤務時間も融通がきき、それほど大変ではなく、自由もあるからだ。

月子は晶が自分を嫌っていることをよく知っていて、入江グループに行けば、もっと厄介な目に遭うだろうし、入江家の財産を狙っていると罵られるだろう。

その点Sグループなら、そんな面倒はない。

月子は妊娠のため、先週退職願を書いたが、今は出すのをやめた。

彼女は論文を書き直すために、業界の情報をいち早く知る必要があった。Sグループは最先端のIT企業だから、会社にいれば、利用できるリソースや機会も多いはずだ。

それに時間の融通がきく秘書の仕事なら、論文に十分な時間を費やすことができる。

「月子、今日はお弁当持ってきてないの?」

隣の席の同僚が不思議そうに尋ねた。

月子は時々おしゃれなお弁当を職場に持ってくるが、昼になるとお弁当を持って会社を出て行き、誰かに届けているようだった。

お弁当は月子が静真のために作っていたのだ。

静真は付き合いでお酒を飲むので、彼女は次の日早く起きて、彼に胃に優しいお弁当を作るようにしていた。

静真がお弁当を会社に持っていくのが一番簡単だが、彼は面倒くさがり屋で、簡単なことでもやりたがらない。

だから、月子は彼の分も会社に持ってきて、昼休みにタクシーで届けに行くしかなかった。

幸い距離は遠くないので、時間は間に合った。

月子は「お弁当作りたくないの」とだけ答えた。

もう必要ないのだ。

その時、秘書室のリーダーである渡辺南(わたなべ みなみ)が勢いよく入ってきて、重大なニュースを発表した。

「グループの社長が来週月曜日に帰国します。各部署の書類をまとめて、社長が確認できるように、正確で完璧なものにしておきましょう」

南は机を叩きながらテキパキと指示を出した。「皆さん、急ぎで取り掛かってください」

Sグループのここ数年の発展は奇跡的だが、最も謎めいたのは創業者の存在だ。

彼はずっと海外で市場を開拓していて、会社には副社長の山本賢(やまもと けん)がいた。

だからグループの真のトップは、月子も会ったことがないのだ。

皆が驚きと興奮から覚めると、忙しい一日が始まった。

……

入江グループ。

ある女性が何の前触れもなく静真のオフィスに現れた。

入江社長に会うには事前に予約が必要だが、この女性はリストに載っていなかった。

それだけでなく、渉が自ら階下まで迎えに行き、彼女を社長のところまで案内した後、社長室から出るときは戸締りまで気を配っていたのだ。

こんな特別な対応に、秘書室の社員たちは驚きと好奇心でいっぱいだった。「あの女性は誰?すごく美人で上品で、テレビに出ている女優さんみたい」

「入江社長は予定外の接待は好きじゃないのに、今日、女性のせいで例外を作った。おかしいわ」

「入江社長はいつも女性に近づかないのに。私が入社して何年も経つけど、社長が女性と二人きりでオフィスにいるのを見たことがない」

皆はなんとなく考え始めた。「もしかして、将来の社長夫人じゃないかしら?」

静真は結婚したことを、秘密にしていたので、共通の友人を除いて、彼が結婚していることを知っている人はいなかった。

静真のようにスキャンダルがなく、私生活も真面目な男性が、こんな風に女性に対して特別な扱いをするのは非常に珍しいことだから、将来の社長夫人だという推測は理にかなっているのだ。

オフィスにて。

静真は霞見ると、仕事を中断した。

霞は静真のデスクまで行き、両手をついて身を乗り出し、彼の何もつけていない指を見て尋ねた。「指輪、届かなかった?」

静真は驚いた。「お前が送ったのか?」

月子が買ってくれたものじゃなかったのか?

「昨日の夜、一緒に食事をする約束だったのに、田中先生のところで急用ができて、ドタキャンしちゃったから、お詫びにプレゼントを買ってみた」

霞は自分の薬指の指輪を見せた。「このブランドのメンズの指輪は種類が少なくて、唯一気に入ったのは私がつけているのとお揃いのものだったの。私は遊びでつけているだけだけど、あなたには素敵なデザインのものを贈ろうと思って。気に触ったりしないよね?」

こう言ってはみたものの、彼女は静真が気にしないと分かっていた。

静真は指輪のケースをごみ箱に捨てたことを思い出し、かがんで拾い上げ、手に取って眺め、先ほどの嫌悪感は消えていた。

霞の顔が一瞬こわばった。「捨てたの?」

静真は彼女を一瞥し、彼女の心中を見抜いた。

そしてケースを開けて指輪を取り出し、左手の薬指にはめた。

静真は優しい眼差しで言った。「お前が送ったものだとは知らなかった」

霞の顔色はようやく少し良くなった。

一樹は、静真は必要な時以外は結婚指輪をつけないと言っていた。

その理由は簡単に推測できた。

静真は尋ねた。「怒ってるのか?」

霞は首を振った。「怒ってないわ。あなたが嫌っているのはこの指輪じゃない」

それを押しつける人だ。

霞は「気に入った?」尋ねた。

「とてもきれいだ」静真は頷き、そして彼女に「昨日は何してたんだ?」と聞き返した。

「田中先生のプロジェクトが難しくて、一晩中資料を見ていたんだけど、あまり良い考えが浮かばなくて。幸い、私の友人の会社がこの技術に携わっていて、時間を見つけて彼女に聞いてみようと思ってるの」と霞は答えた。

その会社の社長は彩乃といい、偶然にもA大学の卒業生で、彼女より数期下の後輩だった。

同じ名門校出身なので、彼女と知り合うのは簡単だった。

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