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第863話

作者:
……

隼人がS市に滞在して2日後、静真がすでにJ市に着いたという知らせを受けた。彼は岩崎家の三男と頻繁に連絡を取り合っていたから、おそらく山にある自分の別荘の場所も、もう突き止めているだろう。すぐにでも追ってくるはずだ。

隼人と賢がJ市に降り立った途端、静真から電話がかかってきた。

車に乗る隼人は、冷たく落ち着いた顔をしていた。少しも驚いた様子はない。こうなることは、とっくに予想していたからだ。

だから彼は冷静に電話を取った。

すると静真の冷酷な声が響いた。「隼人、まさか本当に俺の子供を盗んだのがお前だったとはな!」

以前から隼人の仕業だとは薄々感づいていたが、証拠がなかった。だが、本当に証拠を目の前にして、静真の怒りはもう止まらなかった。彼はここほどまでに非情な手を使ってくる隼人を酷く憎んだ。

だが、隼人は冷ややかに言った。「気づくのが遅いな」

その一言が静真の怒りの糸がぷっつりと切れたようだった。「あれは俺と月子の子だ!俺の子を盗んだところで、お前が月子と別れた事実を変えられると思ってるのか?」

隼人は車窓の外に視線をやり、無表情で言った。「盗まなかったとしても、俺と月子が別れた事実は変わらないだろう?」彼は言葉を切った。「だから、いっそ盗んだ方がいい。お前を苦しめ、追い詰めることができるからな」

それを聞いて静真は拳を握りしめた。彼が怒りに任せて物を叩きつけると、けたたましい音が響いた。だが、そうやって気持ちを発散させようとしても、静真の怒りは収まらなかった。隼人が絡むと、いつも自分がひどい目に遭うのだと彼は身にしみて感じたからだ。

それは、まるで呪いのようだった。

その時の静真は怒りで目を充血させ、声を震わせながら歯を食いしばった。「隼人、お前はいつもそうやって……いつまで俺と張り合う気なんだ!」

一方で、隼人の声も同じように冷たく硬かった。「お前がこそこそと体外受精を画策している時から、覚悟しておくべきだったな。いつか、子供たちが俺の復讐の駒になることを」

隼人は声を低め、言葉の端々に重い圧力を込めた。「静真、お前は俺に大きな代償を払わせた。今度は、俺の気持ちを味わう番だ。お前にやられた時の、この屈辱をな」

静真の声は凍えるほど冷たかった。「大きな代償だと?月子は最初から最後まで俺のものだ!お前はただの泥棒だ。よこしまな考えで
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