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第2話

Author: Chloe Laurent
珠莉視点

身体が動かない。キッチンのドアの前に立ち尽くしたまま、ヘッドライトに射すくめられた鹿のように、ただ和也を見つめていた。

彼は近づいてくる。ふたりの間を隔てていた距離が消え、清潔で男らしい石鹸の香りが漂う。その大きな身体から立ちのぼる熱を、痛いほど肌で感じていた。

「外へ」

彼が言う。

「今すぐだ」

「外で話すのは、よくないと思うわ」

「お前がどう思うかなんて、どうでもいい」

それは硬く、冷え切った声だった。

「外だ」

肘を彼に掴まれた。力強く、それでいて優しい手つきで裏口へと連れ出される。触れられた箇所が、じんわりと熱を持った。ふたりで裏口に出ると、日はすでに落ちていた。夜気は暖かいというのに、私は震えが止まらなかった。

後ろ手でドアを閉め、彼がこちらを振り返る。

彼はしばらく、身動きひとつしなかった。両脇で拳を固く握りしめたまま、胸はまるでマラソンを走り終えたあとのように激しく上下していた。

「一体、何を考えてたんだ」

ようやく、彼は口を開いた。

私は自分の身体を抱きしめるように両腕を回した。

「何も見るつもりなんてなかったわ。ただ部屋に戻ろうとしただけ。ドアが開いてたから。中にいるなんて知らなかったの」

「嘘をつけ」

私はびくりと肩が跳ねた。

「あそこに突っ立って、俺を見てた」

彼の声はさらに低く沈み、暗い響きを帯びていった。。

「立ち去らなかった。ドアも閉めなかった。俺がお前の名前を呼びながら自分に触れているのを、ただ見てたんだ」

私の顔が燃え上がるように熱い。

「ごめんなさい」

「は?」

彼は短い笑いを漏らしたが、そこに楽しさなど微塵もなかった。

「ごめんなさい、だと?」

「そうよ。あそこに残るべきじゃなかった。すぐ立ち去るべきだったわ。分かってる」

彼はさらに一歩、詰め寄ってくる。後ずさった背中が、手すりにぶつかった。

「お前は自分が何をしてるか、本当に分かってるのか」

私は無言で首を振る。

「6年だ。6年間、俺はお前が存在しないふりをしてきた。くそ長い6年間、ずっと距離を置き、ただの子供だと自分に言い聞かせてきた。越山遼(こしやま りょう)の妹。触れちゃいけない、禁じられた存在。それまでは、ずっとうまくやれてた。ちゃんと自分を抑えられてたんだ」

私の息が詰まった。

「何を、抑えてたの」

「お前に対する気持ちだ」

目の前まで迫り、彼の暗い瞳の奥に鋭い光が揺らめく。

「18歳になって、あの夏のワンピースを着て訓練基地に現れたあの日から、ずっと抱いてきた気持ちをだ」

「和也……」

「その呼び方はやめろ」

「どんな呼び方だって言うの?」

「まるで、俺に何かしてほしいみたいな呼び方だ」

でも、本当には彼にそうしてほしかった。この距離を詰めて、キスしてほしかった。さっき、自分自身に触れていたあの手で、私に触れてほしかった。

「私、もう19歳よ」

ようやく声を絞り出した。

「子供じゃないわ」

暗い瞳が、鋭く光った。

「お前は、まだ若すぎる」

「誰にとって?あなたにとって?」

「そうだ」

「どうして?兄さんに殺されるから?父さんが怒り狂うから?それとも……私が怖いから?」

「何も怖くなんかない」

「なら、キスして」

その言葉は、挑戦状のようにふたりの間に漂った。

顎が強張り、食いしばった歯が軋む音が聞こえるようだった。両手が左右の手すりを掴み、逃げ場をふさぐ。大きな身体が目の前まで迫り、その熱と筋肉と、ギリギリで抑え込まれた圧倒的な力をまざまざと感じた。

「お前は自分が何を求めてるか、分かってない」

歯の間から絞り出すように言う。

「分かってる」

「いいや、珠莉。お前が本当に求めてるのは、こんなものじゃない。俺を求めてると思い込んでるだけだ。でも俺は、お前と同い年の男とは違う。デートに連れて行って手を繋いでやるような優しい男じゃない。優しくなんてしてやれない。お姫様みたいに扱ってやることもできないんだ」

「そんなの望んでない」

彼の苦悶に満ちた低い呻きが漏れた。

「何ヶ月も、毎日お前のことばかり考えてた」

その声はひどく掠れていた。

「お前がどんな味なのか。どんな声を出すのか。この腕の中に抱いたら、どんな感触がするのか。ずっと想像してた。そのたびに、自分を嫌悪した」

私の心臓が、破裂しそうなほど激しく脈打つ。

「自分を嫌うのは、もうやめて」

私はささやいた。

「無理だ」

「どうして?」

「お前には、俺よりもっといい男がふさわしいからだ」

「もし、いい男なんて望んでいなかったら?もし、私があなただけを望んでいたとしたら?」

その瞬間、彼の中で理性のタガが外れた。

こうやって、彼にキスをされた。

激しく、切羽詰まったように。まるで溺れる者が、水面で空気を貪るように。

息もできないほどの圧倒的な飢えで唇を奪われた。熱い舌が滑り込んできて、何も考えられないまま受け入れる。片手が髪に深く絡みつき、頭を仰け反らせ、さらに深く濃密なキスを重ねてくる。

唇を重ねたまま、甘い吐息を漏らした。

私の顔を見られる距離まで、少しだけ身を引いた。彼の息はひどく乱れている。

「これが最後のチャンスだ」彼が告げる。「やめろと言え。俺に帰れと言え。こんなこと望んでないと言え」

「望んでるわ」

私は答えた。

「あなたが欲しい」

「くそ」

再び唇を重ねた。今度はさらに激しく。彼のもう片方の手が腰に深く回り込み、身体を引き寄せる。ジーンズ越しにも、彼の昂りがはっきりと伝わってきた。彼がどれほど私に飢え、求めているか、痛いほど分かった。

いつの間にか、私の手は彼の胸に触れていた。その下で心臓が早鐘のように激しく打っている。触れた瞬間、筋肉が硬く張り詰めるのを手のひらで感じた。彼はまた、本能的で独占欲に満ちた声を喉の奥で鳴らした。

そして唐突に、私から完全に身を離した。まるで、必死に距離を作るように。

私は思わず手を伸ばした。

「和也、あなた……」

「明日、出発する」

唐突に告げられると、私は訳が分からず瞬きをした。

「え?」

「また離島への派遣が決まったんだ。明日の午後には発つ」

それはまるで、みぞおちを殴られたかのような衝撃だった。

「どのくらい……?」

「6ヶ月だ。もしかしたら、もっと伸びる」

6ヶ月。半年。それは永遠にも思えるほど長い時間だった。

「それなら、どうしてキスなんてしたのよ」

私の声が震えていた。

「俺が、自分勝手なクズだからだ。離れるべきだと分かっているのに、離れられなかった」

「意味が分からない」

「分からないだろうな」

彼は無造作に髪をかき上げた。苦しげに歪んだ表情だった。

「触れるべきじゃなかった。キスするべきじゃなかった。そして今、お前にしたいと願っていることを考えることすら、論外だ」

「私に、何をしたいの?」

瞳の奥が、さらに暗く沈んだ。

「聞くな」

「教えて」

「珠莉……」

「教えて、和也。何が欲しいのか、言ってよ!」

長い間、彼はただじっと見つめていた。それから再びにじり寄ってきて、熱い唇を耳元へと寄せた。

「上の階の、お前の部屋へ連れて行きたい」

彼は低く囁く。

「服をすべて脱がせたい。肌の隅々まで味わい尽くしたい。他の男の存在なんてすべて忘れるくらい、深くお前の中に埋もれたい。隣人に聞こえるくらいの大声で、俺の名前を叫ぶのを聞きたい。他の男では、もう満足できない身体にしてしまいたい」

私の震えが止まらない。体の奥が痛いほど疼き、彼が欲しくてたまらなかった。

「なら、そうしてよ」

吐息とともに囁き返す。

彼は身を引き、私を見つめた。

「お前、まだ経験がないんだろう?」

私はうなずいた。

「くそ……」

彼は天を仰ぎ、目を閉じた。

「無理だ。お前の最初の相手になっておきながら、翌日には島へ発つなんて。そんなの、お前に対してあまりにも身勝手だ」

「そんなこと、どうでもいい。大事なのは、あなただけよ」

「俺のことを何も知らないんだ」

「十分に知ってる」

「いいや、知らない。俺がこれまで何をしてきたか。何を見てきたか。俺の中にある昏い闇を。壊れてる人間だってことを。俺は、お前みたいな人間には釣り合わないんだ」

私はそっと手を伸ばし、目の前の苦しげに歪んだ顔を両手で包み込んだ。

和也はぴたりと動きが止まる。

「なら、見せてよ」

彼に静かに告げた。

「あなたが何者なのか、見せて。その闇を、全部。私は怖くなんかないわ」

「怖がるべきだ」

「でも、怖くないの」

私の手のひらの温もりに身を委ねるように、彼は一瞬だけ目を閉じた。再び開かれた瞳には、自身を深く苛む葛藤の色がはっきりと浮かんでいる。

「一晩だけだ」

彼はようやく声を絞り出す。

「一晩だけ、お前と過ごす。そして発つ。二度と、この話はしない」

胸が軋むように痛んだ。たった一晩しか一緒にいられないという事実が、私にとって想像していた以上に胸を締め付ける。それでも、何もないよりはましだった。

「分かったわ」

私はささやいた。

「お前の部屋だ。真夜中。みんなが眠りについた頃に」

「待ってる」

彼は一歩後ずさり、再び距離を取ると、また仮面をかぶった。切羽詰まったひとりの男の姿は消え、感情を押し殺した冷静な顔に戻っていた。

「俺に後悔させるなよ」と彼は言った。

そう言って背を向けると、私を夜の中にひとり残して去っていった。心臓は狂ったように高鳴り続け、身体はすでに彼を求めて疼いていた。

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