ログイン「……何だと!?」晟は心臓が飛び出るほど驚愕したが、すぐに「この要塞は大砲でも撃ち込まない限り絶対に落ちない」という事実を思い出し、無理やり気を取り直すとソファに寝転がり、ズルズルと鼻をすすった。「来るなら来い!向こうから死にに来てくれたんだ、いい気味じゃないか。蜂の巣にして、ミンチにして豚の餌にでもしてやれ!」秘書はガタガタと奥歯を鳴らして震えていた。強大な権力を持つ隆彦でさえ、今の光一の狂気には迂闊に手が出せない。それなのに、この愚かな御曹司は己の立場も弁えず「殺せ殺せ」と喚き散らしている。真っ先にミンチにされるのは、間違いなく自分たちの方だ。「と、とにかく若様は奥の部屋に隠れていてください!私がなんとか対処しますから!」秘書が言い終わるより早く、今度は別の部下が、顔中を滝のような汗で濡らし、半狂乱になりながら飛び込んできた。「大変です!!佐久間が、すでに敷地内に乗り込んできました!!」その報告に、晟の顔面から一瞬にして血の気が引き、紙のように蒼白になった。秘書もまた、腰を抜かさんばかりに震え上がった。「あんな鉄壁の要塞に……一体どうやって侵入したんだ!?」「奴ら、重火器を持ち込んできたんです!あの佐久間の社長、完全に頭がいかれています!動くものがあればネズミ一匹逃さず撃ちまくって……!うちの若い衆が、すでに何人も血祭りに上げられています!」「お前たちは撃ち返さなかったのか!なぜ殺さない!」晟が金切り声で怒鳴り散らした。部下は恐怖に震え、泣き出しそうな声で答えた。「さ、佐久間グループのトップを……もし俺たちが殺しでもしたら、うちの組は完全に社会から抹殺されて……」「この大間抜けが!向こうが本気でこっちの命を取りに来てるってのに、まだそんな後先を考えてるのか!!」晟の目に、追い詰められた獣のような凶悪な光が走った。「撃ち殺せ!今すぐ全員ぶっ殺せ!女一人のために発狂した狂人なんか、死ねばいいんだ!!」……一方、その頃。隠れ家の外には濃密な殺気が充満し、むせ返るような生臭い血の匂いが夜風に乗って漂っていた。南都へと向かう道すがら、殺戮の戦場へ赴こうとする車内で、光一は何度も迷った末に深く息を吸い込み、最も信頼する友・蒼真の番号へと発信していた。数回のコールの後、電話は繋がった。スピーカー越しに、い
声がひどく詰まり、瑠璃子の言葉はほとんど聞き取れないほどに震えていた。「だから……いなくなっても、良かったのよ。この残酷な世界で、あの子が苦しまずに済んだんだから」「るりちゃん、あなたが意識を失っていたこの何日間、光一はずっと……」「その人の話は、しないで」瑠璃子は両手で掛け布団をきつく握り締め、胸の奥から込み上げる激しい感情をぐっと押さえ込んだ。「あの人には、二度と会いたくない。名前を聞くのすら……嫌なの」「……分かった。もう言わない」「いろはっち」「うん、ここにいるよ」瑠璃子の長い睫毛が微かに震え、涙で濡れて束になっていた。「この傷が治ったら、あたし、北都を出るつもり……」「えっ……どこへ行くの?」瑠璃子の声には、過去への未練など一欠片も残っていない、決然とした意志が宿っていた。「北都を離れたとしても、この国のどこかにいる限り、あの人はどんな手を使ってでもきっとあたしを見つけ出してくる。だから海外へ行くわ。どこにいても、永遠にあたしを見つけられないくらい……遠くへ」……一方その頃、隆彦は息子の晟を入念に変装させ、腕の立つ部下たちを護衛につけて、夜の闇に紛れて北都から脱出させていた。行き先は、遠く離れた南都。用意された隠れ家は、南都の滝山の麓にひっそりと建てられた別荘だった。だが、その構造は一線を画している。壁の内側には銀行の巨大金庫室に匹敵する分厚い鋼鉄の装甲板が張り巡らされ、窓も必要最小限。窓はすべて、外からは中が見えないマジックミラー仕様の防弾ガラスで固められていた。設備の堅牢さは言うまでもなく、建物の周囲にはオリエント・ユニオンの精鋭たちが配置され、アリの一匹も通さない鉄壁の要塞と化していた。だが、どれほど難攻不落の要塞を築き上げようとも、必ず弱点は存在する。そこを守り、そこに籠もるのは、結局のところ脆い「人間」なのだから。隠れ家に到着した初日の夜から、晟の忍耐はすでに限界を迎えていた。ここに閉じ込められている状況は、刑務所の独房に入れられているのと変わりない。何より彼を狂わせたのは、薬が切れたことで襲い来る禁断症状だった。骨の髄を蟲が這い回るような、一分一秒が永遠に感じられる地獄の苦しみ。「もう無理だ!ここから出してくれ!外に出せ!」晟は隠れ家の中で獣のように叫び続け
男は全身を苛む激痛に荒い息を吐きながらも、口を固く引き結んだまま、一言も情報を漏らそうとはしなかった。樹は、ぞっとするほど冷ややかな笑みを浮かべた。「黙っていれば助かるとでも思っているのか?僕が誰か、少しは知っているはずだ。危険な劇薬の所持に、森田先生への傷害……それに殺人未遂が加わる。僕がその気になれば、お前が刑務所の中で一生朽ち果てるまで、シャバに出られないようにすることだってできるんだぞ」弁護士・西園寺樹の名を、北都で知らない者はいない。しかし、その凄みのある脅しを受けても、男は頑なに口を割らなかった。標的の女は死んでいない。このまま歯を食いしばってやり過ごせば、たとえ刑務所に入れられたとしても、十年もすれば出られる。だが、もし背後で糸を引く人物の名前を口に出したが最後、自分を待っているのは確実な「死」だけなのだ。「先輩、もういいわ。これ以上どう追い詰めても、この男は絶対に口を割らない」彩葉は男の肚の内を正確に読み切り、その目を氷のように細めた。「あれだけのリスクを冒して病院へ乗り込み、殺しまで請け負った男よ。相応の覚悟はとっくにできているはず。警察に引き渡しましょう。この先は専門家に任せた方がいいわ。このまま最後まで、せいぜい強情を張り続けてくれればいいと思うわよ」まもなくして警察が到着し、男は連行されていった。蒼唯は被害者兼目撃者として事情聴取に同行することになり、樹もまた有能な弁護士として付き添った。蒼唯に一切の不利益が生じないよう、万全の態勢で側につくためだ。残った二名の警察官が病室に留まり、死の淵から生還したばかりの瑠璃子に、事件の詳しい経緯を尋ねようとした。しかし、先ほどの格闘は彼女が最後の気力を振り絞った結果だった。今の瑠璃子には、たった三つの質問に答えることすら精一杯で、蒼白な額にはじっとりと冷や汗が滲んでいた。「私の友人は重傷からようやく目を覚ましたばかりなんです。今夜のところは、これくらいにしていただけませんか。体力が回復し次第、改めてこちらからご連絡いたしますから」彩葉は瑠璃子の冷たい手を両手でぎゅっと包み込んだ。骨が浮き出るほどに痩せ細ったその体に触れ、先ほどの激闘がいかに命懸けであったかを痛感し、胸が張り裂けそうだった。「承知いたしました。では、ご回復されましたら改めてご
目の前に広がる光景は、まるで幻のように非現実的でいて、紛れもない現実であった。紙のように蒼白な顔をした瑠璃子が、いつの間にかベッドから身を起こし、刃物を振り下ろそうとした男の手首を、たった片手でがっしりと捕らえていたのだ。かすかに荒い息を吐き、その額には薄っすらと冷や汗が浮かんでいる。だが、彼女の瞳に宿る光は猛禽類のように鋭く、込められた握力は微塵も衰えていなかった。男が力任せに振り解こうともがいても、びくともしない。「お、お前……なぜ……!」男は、瑠璃子の恐ろしいほどに美しく、そして氷のように冷たい横顔をただ呆然と見つめた。「せっかくいい夢を見ていたのに、あんたが騒がしく起こしてくれたのよ」瑠璃子はふあぁと小さくあくびを一つこぼし、聞いているこちらの背筋が凍るような、ひどく気だるげな口調で言い放った。「正直、感謝しないといけないわね。あんたがいなかったら、私、いつまで寝惚けていたか分からなかったし……お礼に、腕の一本くらい外してあげるわ。冥土の土産にでも持っていきなさい」言い終えるが早いか、鈍い音が響き渡り――男が喉を裂かんばかりの絶叫を上げた。人の関節を外すことなど、彼女にとっては児戯に等しい。男がナイフを構えた姿勢を見ただけで、圧倒的に格下であると即座に判断していた。いかに自分が重傷を負い、半死半生の身であろうとも、この程度の三下を仕留めることなど、今の彼女には造作もないことだった。次の瞬間、瑠璃子は男の手から零れ落ちたナイフを空中で鮮やかに掴み取り、その冷たい刃先を寸分の狂いもなく男の頸動脈へと突きつけた。反撃の隙など、一秒たりとも与えない。床にへたり込んだ蒼唯は、目の前に立つ女性の姿を、ただじっと見上げていた。息を呑むほど華やかな顔立ちでありながら、死神のような凄絶なオーラを放つ女性を。普段は波一つない湖面のように静かなはずの心臓が、かつてないほど激しく鼓動している。言葉では到底形容しがたい強烈な熱が、胸の奥底で爆発的に膨れ上がっていくのを感じた。頬も一気に火がついたように熱くなり、まるで高熱に浮かされているかのようだ。生まれてこの方、二十八年間一度も彼女を作ったことのない彼は、まだ知らない。この、まるで太陽に少しずつ近づいていくかのような――温かくて、それでいて灼けるような感覚の正体
瑠璃子は真っ白なシーツの海に沈むように横たわり、穏やかな寝顔を見せていた。夢は食事と手洗い以外、丸一日たりともその場を離れず、ベッドの傍らに張り付いて瑠璃子が目を覚ますのを待ち続けていた。だが、疲労はとうに限界を超え、重力に逆らえずまぶたがしきりに落ちてくる。そのとき、静寂が支配する廊下に、不審な足音が響いた。白衣に身を包み、大きなマスクで顔の半分を覆い隠した男が、医療カートを押しながらゆっくりと歩みを進めてくる。男は瑠璃子の病室の前で、ふと足を止めた。その目に、どす黒い光が宿る。ドアを押し開けようとした刹那、中からかすかに人が動く気配が漏れ聞こえた。ほんの少し逡巡した後、男は短くノックをしてから静かに入室した。病室内では、ちょうど洗面所から出てきた夢が、その男と鉢合わせになった。「あの……どちら様でしょうか?」男はマスク越しに愛想よく目を細める。「小山瑠璃子さんの処置に参りました」「あ……そうですか。よろしくお願いします」夢は道を譲りつつも、ふと心に引っかかった疑問を口にした。「あれ?いつも処置をしてくださるのは、女性の看護師さんではありませんでしたっけ……?」「ええ、彼女は急用で休みをいただいておりまして。今夜は私が代わりを務めさせていただきます」男の口調はあまりにも自然で、嘘をついている気配など微塵も感じさせない。「そうなのですね、分かりました」そのとき、夢のスマホが震えた。画面には彩葉の名前がある。通話ボタンを押しながら廊下へ出ようとしたその時、ふと彼女の視線が男の足元へと落ちた。――次の瞬間、夢は全身の血が凍りつくような悪寒に襲われた。白衣を着た男の足元にあったのは、医療スタッフが履くようなナースシューズではない。鈍い光を放つ、硬い黒の革靴だった。脳内でけたたましい警報が鳴り響く。夢は鋭い声を張り上げた。「あなた、病院の人じゃないわね!一体何者――むっ!」言い終えるより早く、男は凶暴な目つきで一瞬にして距離を詰めてきた。刺激臭を放つエーテルが染み込んだ布が、容赦なく夢の口と鼻を塞ぐ。夢の全身から急速に力が抜け落ち、そのまま意識を刈り取られるように床へと崩れ落ちた。「ふん、なかなかの観察眼だな。だが、気づいたところで手遅れだ」男は喉の奥で低く笑い、素早く懐から一本の注
地を震わせるような捨て台詞を残し、光一は手下を引き連れて堂々と屋敷を後にした。その背中が見えなくなってようやく、隆彦は全身から力が抜け、よろめいた。秘書に支えられなければ、床に崩れ落ちていただろう。「終わりだ……晟の奴め、とんでもないことをしでかしてくれた!」隆彦は焦燥に顔を歪め、ステッキを激しく床へ叩きつけた。「あの女はただの護衛ではない。今や佐久間の妻だ。その上、腹には子まで宿していたというのに……その子が死んだ今、あいつは間違いなく晟の命を奪いにくるぞ!」秘書もまた、全身を小刻みに震わせながら応じた。「で、では一体どうすれば……今のうちの力では、佐久間家には到底太刀打ちできません!若様を引き渡さなければ、オリエント・ユニオンごと地獄に道連れにされてしまいます!」「晟はたった一人の息子だぞ!高城の血を絶やせと言うのか!」隆彦は奥歯が砕けんばかりに噛み締め、悲壮な覚悟を決めた。「何があろうと……晟だけは生かさねばならん。絶対に死なせるわけにはいかないのだ!今頃、空港も駅も港も、佐久間の網がかかっているはずだ。晟が身を潜められるのは、もはや南都の隠れ家しか残されていない。すぐに晟をそこへ移せ。オリエント・ユニオンで最も腕の立つ者たちを護衛につけろ。武器弾薬も掻き集め、何としてでもあの子を守り抜くのだ!」一方、高城邸を後にした光一の車は、病院へは戻らず、捕らえてある晟の部下のもとへと向かっていた。車内では、木原が拳を握り締めながら吐き捨てた。「まったく、あの老いぼれときたら、一目見ただけで食えない狸だと分かりましたよ。まともな話など、ひとつもありやしない!」光一はただ真っ直ぐに前を見据えていた。その漆黒の瞳の奥には、底なしの冷気が渦巻いている。「高城晟の居場所なら見当がついている。もう隠れ家へ移された頃だろうな。だが、構わない。あの男が我々を案内してくれるさ」木原は深く頷き、強張った声で尋ねた。「社長……もし高城晟を捕らえた暁には、どうなさるおつもりで?」光一は、血走った両目をゆっくりと閉じた。そして、これ以上ないほど静かな声で、これ以上ないほど冷酷な宣告を口にした。「子供の命は、奴の命で贖ってもらう。それだけではない――瑠璃子が受けた痛みの分、何倍にもして奴の肉体に刻み込んでやる」……慌ただしく
彩葉の体が震え、背筋に悪寒が走った。翔吾の言葉は氷水のように、彼女の全身を凍りつかせた。彼の表情は淡々として、きびすを返し、背を向ける。彼女のために一瞬でも躊躇う素振りさえ見せない。「北川社長、待ってください!」彩葉が慌てて呼び止めた。翔吾が足を止め、冷ややかに振り返る。「以前、私に一つだけ、お願いを聞いてくださると約束しましたよね?」彩葉の喉が詰まる。無意識に服の裾を握りしめた。表面上は落ち着いているように見えても、小さな仕草が、内心の焦りを物語っていた。「今、その約束を果たしていただきたいんです。ターナルテックを救ってください。北川社長は、約束を破るような方では
小さい頃、よくここに来た。ソファに座って機械模型で遊びながら、母が仕事を終えるのを待った。何度も、ソファで寝入ってしまったことがある。ぼんやりと目を覚ますと、まだ灯りがついていて、母は机に向かって仕事をしていた。疲れを知らないかのように。でも今、このオフィスは主が変わり、すっかり様変わりしてしまった。ソファは新しくなり、ワインセラーが設置され、パターゴルフのセットまである。叔父がいかに放蕩に耽っているか、よくわかる。でも、ターナルテックのかつての魂は、もうどこにも見当たらない。「彩葉、お前は本当にせっかちだな。仕事のことは叔父さんが手配してやるから、そんなに焦らなくても……」
彩葉は初めて蒼真にこれほど強く抱きしめられ、驚愕に目を見開き、その瞳を震わせた。これから起こりうる未知の危険よりも、この抱擁という事実の方が、彼女をより一層動揺させているようだった。蒼真が視線を落とすと、ちょうど彼女の澄んだ瞳と、緊張に強張った眼差しがかち合った。まるで罠にかかった小動物のような怯えが見て取れる。彼女はいつも温和で、従順で、淡々としていた。雫のように、彼の前で男の庇護欲を掻き立てるような弱々しい姿を見せることは、これまで一度もなかったはずだ。切れ長の目が深く沈み、思わず彼女の華奢な体を抱く腕に、さらに力を込めた。ガシャンッ――!不快な衝撃音が響き渡った。
薄暗がりの中力強く、それでいて温かく乾いた男の熱気が、彩葉のこわばった体を一気に包み込んだ。彼女は壁に押し付けられた背中をわずかに滑らせる。全身の細胞が、今すぐここから逃げ出したいと悲鳴を上げているようだった。蒼真が顔を近づける。長身が彼女の上に覆いかぶさり、落ちた影の中で、彼女の瞳が黒いダイヤモンドのように神秘的に輝いていた。彼は思わず視線を吸い寄せられ、もう少しだけ、彼女に近づきたくなる衝動に駆られた。二人のつま先が、無意識のうちに触れ合う。以前は、彼女が少しでも近づくと、彼はあからさまに苛立って避けていた。なのに今はどういう風の吹き回しか、一体何の魔が差したというのだ