分享

第2話

作者: 相沢美咲
だが、翔平はそれ以上何も聞かなかった。

美羽は続けて言った。「明日、月曜の午後って空いてる?よかったら、先に役所へ行こうよ。どうせ2ヶ月前でも大丈夫でしょ?」

離婚が成立していなければ、生まれてくる子は自動的に翔平の子として戸籍に記載されてしまう。

翔平は落ち着き払っている美羽を、探るように見つめた。そして、ふいと視線をそらすと、「俺が決める」とだけ言った。

美羽は俯いて、もう何も言わなかった。

車は中山家の本邸に着いた。

日和が二人を呼び戻したのは、やはり美羽のお腹の子どものことだった。

中山家は男の子ばかりで、日和には二人の息子がいた。

長男が中山湊(なかやま みなと)、次男が中山慶(なかやま けい)だ。

湊には息子が二人いる。長男の中山真司(なかやま しんじ)は数年前に結婚し、5歳になる双子の男の子を授かっている。次男の中山悠斗(なかやま ゆうと)は24歳で未婚だ。

慶には、翔平という一人息子しかいない。

だから、美羽が女の子を身ごもっていると知って、日和も剛もとても喜んでいた。

「本当におめでたいですね。可愛い女の子が来てくれたら、お父さんの病気もすっかり良くなりますね」

義母の日和が美羽のお腹の子をとても大事にしているのを見て、百合も相槌を打ち、美羽にいくつかお世辞を言った。

美羽は傍らで、おとなしく返事をしていた。

太っていて、おどおどした様子の美羽を、百合はどうにも気に入らなかった。でも、日和の手前、それを表には出さなかった。

日和はご機嫌で、美羽に高価な真珠の腕輪を贈った。

でも、美羽は驚いて、もったいないから、と受け取ろうとしなかった。

百合が口を挟んだ。「おばあさんがくださるんだから、受け取りなさい」

所詮は一般人、大事な場には出せない。

美羽は諦めて腕輪を受け取った。「ありがとうございます、おばあさん」

「しっかり栄養を摂って、元気な赤ちゃんを産むのよ」

美羽は微笑んで頷いた。日和が自分に優しくしてくれるのは、自分自身のためではないと分かっていた。

もともと、美羽と翔平は本邸で夕食を共にする予定だった。

だが、翔平に一本の電話がかかってきた。

彼の目は優しく、とても甘い表情で笑っていた。

どうやら、ペットを飼っているらしい。

翔平は、愛おしそうに「はなちゃん」と、ペットの名前を呼んだ。

愛する女性と結婚していれば、翔平はきっと良い父親になっただろう。

「うん、今からすぐ行くよ」

電話が切れた。

翔平はベランダから部屋に戻ると、そこに立っていた美羽に気がついた。美羽は驚いて、一瞬固まってしまう。翔平を見上げると、その顔は氷のように冷たかった。

思わず胸が締め付けられたようだった。美羽は慌てて言った。「おばあさんが書斎に呼んでるわ」

翔平は何も言わずに、その場を立ち去った。

その場に残された美羽は、胸がズキズキと痛むのを抑えきれなかった。

どれくらい経っただろうか。ようやく我に返った。

翔平が書斎に着くと、日和と剛がいた。

「翔平。あなたが美羽を好きじゃないのは分かっているわ。でも、子どもが生まれるのよ。美羽は有名大学卒の優秀な人だし、性格も穏やかじゃない?あなたの結婚に必要なのは安定。家庭を守る妻として、この上ない人選よ」

翔平は黙っていた。

でも、不機嫌そうに寄せられた眉が、その感情を表していた。

日和に分からないはずがない。美羽の容姿はたしかに地味で、自分の孫の隣に並ぶには不釣り合いだ。

剛が口を開いた。「今は、結婚のことで騒ぎを起こすのは得策ではない。本当に気に入らないのなら、美羽が何かとんでもないことをしない限り、数年はそのままにしておきなさい」

日和も続けた。「そうよ。今、どれだけの人があなたに注目して、スキャンダルを待っていることか。子どもがある程度大きくなるまで待ってから離縁しても、遅くはないわ」

「……」

しばらく考え込んだ翔平は、何を思っているのか分からない真剣な顔で言った。「おじいさん、おばあさん。分かりました」

日和たちの会話が終わった後、日和は美羽を見て言った。

「翔平は会社で急用ができて、先に帰ったわ。後で運転手に送らせるからね」

美羽は頷いた。「はい」

その日、帰る前に。

日和は美羽に釘を刺した。「妊娠していても、もっと運動して、自分を磨きなさい。百合たちの頃は、妊娠中だって夫の付き添いでパーティーにも出たし、家のこともこなしていたものよ。手に入りやすいものは、失うのも簡単なのよ」

美羽はすぐに日和の言葉の意味を理解した。

中山家の嫁は、そう簡単には務まらない。自分の居場所を確かなものにするには、今の自分を変えなければならないのだ。

今の自分のままでは、翔平の顔に泥を塗るだけだ。

自分を変えようと、運動やヨガで痩せようと思ったこともあった。でも、気力が続かず挫折してしまった。心身ともに疲れ果てて、体はますます太る一方だった。

でも、日和の言う通りだ。こんな風に落ち込んだままではいけない。でも、それは居場所を守るためじゃない。自分の将来のためだ。

「おばあさん、分かりました」

夜。

驚いたことに、朝、離婚を切り出してきた翔平が家に帰ってきた。

「翔平……」

「お茶を淹れて、書斎に持ってこい」

言い終えると、翔平は2階の書斎へ上がって行った。

美羽は我に返ると、キッチンへ向かい、翔平のために緑茶を淹れて書斎へ運んだ。

翔平は書類に目を通していた。その表情は厳しく、人を寄せ付けない冷たい空気を漂わせている。

彼の邪魔をしないように、美羽は静かに書斎を後にした。

翔平が家に帰ってきても、二人は別々の部屋で寝ていた。

翔平は2階の寝室で、美羽は1階のゲストルームで寝ていた。

翌日。

翔平が家にいたので、家政婦は豪華な朝食を用意した。

翔平は食卓に座ったが、美羽の姿はなかった。

いつもなら、自分が家にいる時は、美羽は翌日に自分が着る服にアイロンをかけて準備するだけでなく、自ら朝食を用意した。まさに、模範的な妻だった。

でも、今朝起きてみると、アイロンがけされた服はなく、朝食も家政婦が用意したものだった。

「美羽はどこだ?」翔平は苛立ったように尋ねた。

家政婦の清水翠(しみず みどり)はここぞとばかりに不満をぶちまけた。

「朝早くに起こしにいったんですが、ぐずぐずして起きてこなくて。食事をお部屋まで運んでも、私たちのことは無視して。妊娠してるからって偉そうに……百合様が翔平様を身ごもられていた頃は、それはもう慶様に甲斐甲斐しく尽くしておられたというのに、美羽様ときたら、のんびり楽をすることしか考えてないんですから」

翔平は眉をひそめて、「起こしてこい」と言った。

「はい」

美羽はとっくに起きていた。ただ、翔平が出て行くのを待っていただけだ。

その時、翠はノックもせずにドアを開けた。ソファに座る美羽を見て、嫌味たっぷりに言った。「あらあら、奥様じゃありませんか。お迎えが来るまでお待ちでしたか?」

美羽は顔を上げ、冷たく言った。「私が奥様じゃなかったら、まさかあなたが?」

この数ヶ月というもの、美羽はずっとおとなしく黙っていた。

翠は、美羽が言い返してくるとは全く思っていなかった。

「あなたたちが私に対して、これ以上無礼な態度をとるなら、おばあさんに今までのことを全部洗いざらい話すからね」

どうせ離婚するのだ。もう何も遠慮することはない。残りの2ヶ月、これ以上いじめられる筋合いはない。

翠は目を見開いた。「何を……」

昨日、百合から電話があったのだ。美羽のことをしっかりとお世話するように、と。お腹の子は女の子だが、中山家にとって三世代ぶりの女の子だ。日和がこの子をとても大切に思っているのは、美羽にとって幸運なことだった。

翠は怒りをこらえるしかなかった。「翔平様がダイニングでお待ちです」

それは、美羽は予想外のことだった。

ダイニングに着くと、翔平が食事をしていた。

彼は美羽に目を向けると、白いニットのワンピースは、むくんだ体で引き伸ばされて形が崩れている。足元はおぼつかず、大きなお腹はまるでまるで双子を身ごもっているかのようだった。

翔平の視線に気づいた美羽は、彼から離れた席に座った。すると、彼の冷めた声が聞こえてきた。「清水さんたちは本邸から来てくれたベテランだ。何でも自分の思い通りになると思うな。ただ妊娠しているだけだろう。動けないわけじゃない」

ただ妊娠しているだけ?

そうよ。

この予期せぬ子供は、翔平にとっては取るに足らない存在なのだろう。

この理不尽な叱責は、間違いなく翠が翔平の前で陰口を叩いたせいだ。

これも、初めてのことではない。

「私の世話が面倒だと言うなら、清水さんたちには本邸に戻ってもらいましょう。自分のことくらい、自分でできるから」

美羽は器の中の雑炊をかき混ぜながら、穏やかな口調で言った。

どうせ食事は自分で作り、服も自分で洗い、部屋も自分で掃除しているのだ。翠たちが仕事をしているふりをするのは、翔平がいる時だけだった。

翔平は眉をひそめた。

それが不機嫌のしるしだと、美羽は知っていた。

仕事でも私生活でも、翔平は非常に高圧的な人間で、反論を許さない。

「忠告しているんだ。意見を求めているんじゃない」

美羽はうつむいて、何も言わなかった。

その生気のない様子を見て、翔平の顔はますます険しくなった。

そして、翠たちに、これからは美羽のことは美羽自身にやらせて、世話をする必要はないと命じた。

箸を持つ美羽の手に、思わず力が入った。

朝食後、翔平は出て行き、美羽はA大学にいる、隆の研究室へ向かった。

デスクの向こうに座る若い隆は、スーツ姿で、すっと通った鼻筋には縁なしの眼鏡をかけている。落ち着いた、大人びた雰囲気だ。

隆はまだ29歳。A大学金融学部で最年少の正教授であり、金融界ではその名を知られた天才的な人物だった。

美羽はドアをノックした。
在 APP 繼續免費閱讀本書
掃碼下載 APP

最新章節

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第100話

    1時。A国のS市行きの便が、定刻通りに離陸した。窓際の席に座った美羽は、眼下で小さくなっていく街並みを見下ろしていた。手の中には、柚葉の写真を納めたネックレスを強く握りしめている。もう、二度と柚葉に会うことはないのだ。柚葉、ごめんね。美羽は心の中で静かに呟く。心臓がえぐられるように痛かった。その頃、空港から邸宅へ戻るベントレーの中でのこと。突然、柚葉が激しく泣き出した。翔平がいくらあやしても、泣き止む気配はない。泣き疲れてようやく眠りにつくまで、その泣き声は続いた。翔平は眠った柚葉を腕に抱き、涙で濡れた頬をそっと拭った。そして優しく背中を叩きながら、娘に向けたその眼差しは、誰よりも温かかった。……5年後。天嶺の本社ビル。広大な社長室。どこを見ても子供用のおもちゃが散らばり、壁はパステルカラーで飾られている。壁には小さな絵画も飾られていた。デスクの横には、ベビーチェアが置かれている。まるでお人形のような女の子が椅子にちょこんと座り、短い足を揺らしている。髪はお団子にまとめられ、小さな宝石のヘアピンが光っている。柔らかな指先でタブレットを操作しながら、静かに一人でパズルを楽しんでいた。高身長の男性が窓際に立ち、白いシャツに黒いパンツを身に纏っている。いかにも裕福そうなその背中越しに、スマホで仕事を片付けていた。眉間に刻まれた皺は厳しい。電話を切りデスクの方を振り返ると、先ほどまでの冷たい顔は一転し、目元が和らいだ。足早に歩み寄り、100面まで解き終えた画面を見て目を細める。女の子の頭を優しくなでながら言った。「柚葉は本当に賢いな」柚葉が顔を上げると、長いまつ毛の下から星空のような大きな瞳が輝く。「パパ、お絵描きしてもいい?」甘えたようなその声は、まるで綿あめのようだった。翔平が柚葉を抱き上げると言った。「今は目を休ませよう。おやつでも食べようか?」柚葉は小さく頷いた。部下が差し入れたお菓子を、柚葉と一緒に食べる。柚葉は自分の分を翔平にも分けてあげようとしていた。その時、ノックの音がした。「入れ」すると、潤が入ってきた。社長室に充満するミルクの香りと、色とりどりの部屋に、潤もようやく慣れた。翔平が柚葉を職場に連れてくるようになってから、かつて凍り

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第99話

    玄関に入る前に、直美は大輔に、中では余計なことを言わないように釘を刺した。大輔は「そんな軽口叩かないよ」と答えた。「ほんとに?信用できないな!」「……」家に入ると、正人と澪が急いでみんなを迎え入れた。隆も手土産を持ってきた。「またそんなにたくさん買って……手ぶらで良かったのに」「いえ、そうはいきませんから。気を使わないでください」正人が荷物を受け取り、言った。「まあ、とにかく入って、少し座っててください。すぐ食事にしますから」あと2品、まだ調理中だった。涼太は台所へ手伝いに行った。美羽がみんなに挨拶すると直美が歩み寄り、美羽の手を取って座らせた。「顔色が良くなって安心しました。あのプレゼント、使ってくれてますか?」「ええ、すごくいいです」「それなら良かったです」「……」皆はソファで談笑していた。食事の準備ができると、皆が食卓を囲んだ。正人が一人ずつお酒を注ぎ、杯を掲げて言った。「美羽がこんな素敵な友人たちに恵まれるなんて、幸せなことです。皆さん、美羽を気にかけてくれて本当にありがとうございました。佐野先生、特に今回はチャンスをくださり、深く感謝しております」隆は慌てて立ち上がった。「そんな、とんでもありません。美羽さん自身が優秀なのですから。私はきっかけを作っただけですよ」「いえ、それでもお礼を。これからも美羽をよろしくお願いします。では乾杯しましょう!」隆もその掛け声に続き、乾杯した。正人は、続いて大輔と悠斗にもそれぞれ酌をした。正人は嬉しくなるとつい羽目を外してしまうのだ。澪も、滅多にない賑やかな席だったため止めることはせず、一緒にお酒を飲んだ。美羽はジュースで彼らに合わせ、杯を交わした。最も辛い時期、誰よりも支えを必要としていたときに、こうして自分を大切に思ってくれる人たちがそばにいてくれる。その温もりこそが、明日へ立ち向かう勇気になっていた。夜9時になり、隆たちは次々と挨拶をして帰路についた。皆お酒を飲んでいたため、代行運転を呼んだ。美羽は玄関までみんなを見送った。涼太はみんなをエレベーターまで見送った。悠斗が「涼太さん、もう戻っていいよ!」と言った。「気を付けて帰れよ」「……」エレベーターのドアが閉まる。涼太はその場を離れた。

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第98話

    美羽は、悠斗から送られてきた柚葉の成長記録と動画を見た。【見て。柚葉ちゃんは、お前が贈ったお人形をしっかり握りしめてる。満足そうに笑っていて、きっとママが選んだ物だって分かっているんだろうね】画面の中で無邪気に笑う柚葉を見つめ、美羽は静かに微笑んだ。ようやく、この現実に折り合いをつけることができた。たとえ一緒にいられなくても、柚葉の成長を見守りたかった。写真の柚葉は大事に育てられているのが分かった。中山家の人々も、この子を心から可愛がっているようだ。【本当に賢い子ね】【言わなくても分かるよ。美羽に似て、聡明な子だ】【……】そんなある日。美羽のスマホが鳴った。翔平からの電話だった。「数日ほど出張に出る。柚葉の世話をしてくれ」翔平のその言葉に。美羽はその場で硬直した。離婚の話をするのかと思ったが、まさか柚葉の世話を任されるとは。あまりの驚きに言葉が出ない。どういうつもりだろうか?歩み寄ってくれたのか?もうすぐ、二人とも他人になるというのに。決断が早く、一度決めたら曲げない翔平のことだ。自分を嫌っているのは変わらない。離婚を後悔しているわけではない。せいぜい、子供のことで一時的に帰れと言っているだけなのだろう。美羽はスマホを強く握りしめた。電話越しに沈黙が流れ、翔平は美羽の答えを待っていた。一分、一秒がとてつもなく長く感じられ、胸の奥が押し潰されるように苦しかった。ようやく、美羽は絞り出すように答えた。「私は……柚葉の世話をしに行けない。あなたがよく見てあげて」溢れそうな感情を必死に押し殺した。翔平が与えてくれた、せめてもの機会だということは分かっている。そう伝えると、向こうは何一つ言い返すことなく、プツリと電話が切れた。受話器から流れる味気ない発信音を聞きながら、美羽は力が抜けたようにスマホを下ろした。堪えていた糸が切れ、鼻の奥がツンと熱くなる。堰を切ったように涙が次々と零れ落ちた。そこへ、果物を持った澪が部屋に入ってきた。目が真っ赤になった美羽の姿を見て驚いた。澪は慌てて歩み寄ると、ベッドに腰を下ろし、ティッシュを差し出した。「どうしたの?何があったの?」美羽は澪の肩に顔を埋め、声を上げて泣いた。胸が張り裂けそうになる澪は、美羽の背中を優しく撫でながら言

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第97話

    ただ、今日はなぜ翔平の妻がいないのか?みんなは疑問に思ったが、あえて問い質すことはしなかった。翔平が柚葉を抱いてベビーカーに乗せると、日和と剛がすぐに駆け寄り、柚葉を見て、しわだらけの顔に隠しきれない喜びを浮かべた。日和は柚葉のために準備していた、何十億もの価値がある宝石を差し出し、「このキラキラ、気に入ってくれたかしら?」と尋ねた。柚葉は大きな目をぱっちりさせて見つめるだけで、あどけない顔には特別な反応がなかった。「柚葉ちゃん、ひいおじいちゃんのプレゼントも見ておくれ」剛が特別に注文した赤ちゃん用のガラガラは、やわらかな素材で作られており、表面には剛自らが描いた絵が施されている。百合と慶は丹精込めてプレゼントを用意し、柚葉が笑ってくれることを願っていた。しかし、柚葉は大きな目を瞬かせるだけだった。日和がしみじみと呟いた。「本当に翔平の小さい頃とそっくりね」その時、悠斗は手に持ったお人形で柚葉をあやしながら言った。「柚葉ちゃん、これはどう?」柚葉がそのお人形を見ると、突然声を上げて笑った。その様子を見て、皆が驚く。日和が笑って言った。「あら、柚葉ちゃんは悠斗のこのお人形が気に入ったのね。これから健やかに育ってね」「……」悠斗は愛らしい柚葉を見つめ、優しく言った。「柚葉ちゃん、これがママからのプレゼントだって分かってるんだよね?」その言葉が放たれた瞬間、その場が凍りついた。杏奈は悠斗の言葉を困ったような表情で見つめた。悠斗は周りの反応などお構いなしに、柚葉に話しかけ続けた。「ママは、柚葉ちゃんが健康で無事に育ってほしいって願っているんだよ」その言葉を聞いた柚葉は、また声を上げて笑った。皆、悠斗の言葉を耳にしたが、誰一人として口を挟まなかった。杏奈が何かを言いかけて止める。ずっとソファから見守っていた勲が口を開いた。「柚葉ちゃんは情のある良い子だ。大きくなっても、きっと自分の母親のことを忘れないだろう。早くそのお人形を渡してやれ」「……」剛と日和は勲の言葉を聞き、何と返せばいいのか戸惑うばかりだった。他の者たちはなおのこと、言葉も出なかった。翔平は悠斗に言った。「寄越せ」悠斗は翔平を一瞥すると、お人形を手渡した。翔平は屈み込み、慎重に柚葉の横にお人形を

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第96話

    悠斗からメッセージがきた。【柚葉ちゃんの姿、見てみるか?】美羽が自ら柚葉の話を振ることはなかった。写真を見ると美羽の心がもっと苦しくなると、悠斗は分かっていたからだ。それでも美羽は、心の底ではずっと会いたくてたまらないはずだった。メッセージを眺めながら長い間黙り込んでいた美羽だったが、自室へ戻ってから【見せて】と短く返信した。どうしても、もう我慢ができなかった。悠斗から届いた写真は、柚葉の寝顔や笑顔……本当にかわいくて、大きな瞳は笑うと三日月のように細くなる。鼻筋も通り、口元は桜色の、透き通るような白い肌をした子だった。その姿を見て、美羽はこらえきれず目に涙を浮かべた。スマホを静かに置き、窓の外を見上げ、なんとか感情を落ち着かせてから、美羽はまた悠斗にメッセージを打った。【翔平は柚葉に優しくしてる?】それが美羽の一番の心配事だった。悠斗からの返信。【彼は柚葉ちゃんを溺愛しているよ。ほとんど自分ひとりで世話をしていて、マフラーと帽子も受け取ってくれたよ】美羽の予想とは違い、心からほっとした。【それならよかった】美羽はそれ以上何も聞かなかった。悠斗もあえて柚葉の話を続けることはしなかった。グループチャットでは相変わらず騒がしく、直美が美羽を何度もタグ付けし、ビデオ通話で話をしようと誘っていた。夜10時になり、澪にそろそろ寝るよう促された。美羽は皆におやすみと言うと、ベッドに入った。2月を迎えた。美羽は相変わらず家から出られないでいた。外の雪は降り止んでいる。正人と澪が外出の支度をし、涼太が家で美羽の面倒を見てくれた。すると、悠斗が二人を訪ねてきた。3人はそのまま夕方までカードゲームをして過ごした。美羽は二人分勝たせてもらっていた。その後数日間も、悠斗が時折顔を出してくれた。暇つぶしというよりも、涼太との仕事の打ち合わせが主な目的だった。涼太はまったく休んでいなかった。常に忙しく動き回り、会社にも足を運んでいた。これからの2年が成長の要だと考えていたため、一切気を抜けないでいた。時はあっという間に過ぎ去り、厳しい寒さは過ぎ去った。外は梅が咲き始めていた。隆と直美がすぐに会いに来てくれた。直美は海外旅行から戻ったばかりで、美羽の産後の回復に良さそうなギフトをたくさん抱

  • 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない   第95話

    翔平は表情ひとつ変えず、悠斗の言葉を聞きながら、落ち着いた声でこう言った。「美羽のために、身内である祖父母や年長者に対して、そんなひどい言いがかりをつけていいと思っているのか?」悠斗は目を見開いて、翔平を見つめた。翔平は言葉を続けた。「彼女の気持ちを慮るのは構わない。だが、中山家は、お前の鬱憤を晴らすための場所じゃない。お前もまた、中山家の一員なのだから。もう子供じゃない。会社を経営し、一端の責任ある立場だ。言動にはもっと冷静になるべきだぞ」悠斗は指先に力を込め、ゆっくりと目を伏せた。表情は強張ったままで、それ以上何も口にはしなかった。場には沈黙が流れた。その時、使用人が2階に上がり、「翔平様、悠斗様、お食事が用意できました」と声をかけた。翔平は組んでいた足を解き、手元にあった紙袋を使用人に預けた。「俺の部屋に置いておいてくれ」使用人は両手で丁寧に受け取り、「承知いたしました」と答え、立ち去った。翔平は、椅子に座ったまま動かない悠斗を見下ろして促した。「いつまでそこに座っているつもりだ?」悠斗はスマホをポケットにしまい込み、腰を上げた。二人は一緒にダイニングへ向かった。食卓からは湯気が上がり、誰もが顔に笑顔を浮かべていた。柚葉を抱いた剛は、普段の厳しい表情が嘘のように、シワの刻まれた顔を慈愛に満ちた笑顔でいっぱいにしていた。日和がおもちゃで遊んであげると、柚葉がキャッキャと声を上げた。その場にいた全員が、思わず笑みをこぼした。今日が特別な日だと察しているのか、柚葉は一日中ずっといい子にしていて、ぐずることなく、あやす大人たちに満面の笑みを向けていた。無邪気な子供の笑顔は、そこにいる全員の心を和ませていた。「私に抱っこさせて」日和が柚葉をせがんだ。剛は首を振った。「さっき抱っこしたばかりだろ?」日和は剛を睨むと、柚葉に向かって話しかけた。「柚葉ちゃん、ひおばあちゃんに抱っこされたいわよね?」翔平が近づいた。「おじいさん、代わりますよ。さあ、みんなでご飯にしましょう」「そうだな。飯にしよう」翔平が柚葉を受け取ると、柚葉は彼に向かってにっこり笑った。翔平も愛おしそうに柚葉のほっぺを優しくなでた。それから注意深く柚葉をベビーカーに移し、隣に座らせた。お腹いっぱいで満足した

更多章節
探索並免費閱讀 優質小說
GoodNovel APP 免費暢讀海量優秀小說,下載喜歡的書籍,隨時隨地閱讀。
在 APP 免費閱讀書籍
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status