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冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜
冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜
Auteur: ひなた翠

第一話「仮面妻の初夜」

Auteur: ひなた翠
last update Date de publication: 2026-04-09 21:51:26

 旅行鞄を握る手に、じわりと汗が滲んでいた。

 九条邸の玄関前で、和葉は一度だけ深く息を吸い込んだ。住宅街に建つ一軒家は、整形手術を終えた和葉が初めて足を踏み入れる場所であり、今日からここが自分の居場所になるはずの場所だ。重い鞄を持ち直し、呼び鈴を押す指先に力を込めた。扉の奥にいる人間を想うだけで、胸の奥が鈍く締め付けられた。

 金属製の扉が、内側から重々しく開いた。

 九条唯人が、胸元のボタンを二つほど開けたワイシャツ姿で立っている。精悍な顔立ちは和葉の記憶の中にある彼と同じなのに、目が全く違った。かつてそこにあった柔らかな光はどこにも見当たらず、和葉を捉えた黒い瞳は、まるで冬の湖のように冷え切っていた。

 五年という歳月が、唯人から何かを根こそぎ奪っていったのだと、和葉は全身でそれを感じ取った。唯人の視線の奥に、あの頃の面影を探したが、見つかりそうにない。

「今回は随分と長い家出だったな。気が済んだか?」

 低く、水面に氷を落としたような声だった。視線が和葉の全身を値踏みするように、頭の天辺から足の爪先までゆっくりと移動していく。まるで路傍の石でも眺めるような目つきに、和葉の喉が引きつった。

「はい」

 声が震えないよう、腹の底に力を込めて答えた。彼の妻である絵里奈として答えなければならない。その事実を頭の片隅に置きながら、和葉は唯人の視線を真っ向から受け止めた。

 唯人は短く「来い」とだけ告げて、踵を返した。広い廊下を歩く後ろ姿についていきながら、和葉は重い旅行鞄を引きずるように歩みを進めた。一歩一歩が重く、足音が自分の耳に妙に大きく響いた。

 荷物を置く間もないまま進んだ先は、二階の突き当たりにある夫婦の寝室だった。扉が開かれ、室内に踏み込むと、昼間の光が白いカーテン越しに差し込んでいた。中央には天蓋付きの大きなベッドがあり、整えられた白いシーツが静かに横たわっている。空気は暖かく、どこか閉塞的な気配が鼻をついた。

 旅行鞄を足元に置こうと腰を屈めかけた、次の瞬間だった。腕を強く掴まれた。

「あっ――」

 声を上げる間もなく、身体が軽々と浮いてダブルベッドへと投げ出された。旅行鞄が床に落ちて鈍い音を立て、和葉の身体は柔らかいマットレスへと深く沈み込んだ。

 何が起きているのか理解が追いつく前に、唯人がベッドサイドに立ち、ワイシャツのボタンを無造作に外し始めた。指が一つ一つボタンを外していく様子を、和葉は瞬きも忘れて見上げた。引き締まった胸板が露わになり、脱ぎ捨てられたシャツが床に落ちると、唯人がベッドに膝をついて覆いかぶさってくる。鍛えられた筋肉の起伏が影を作り、威圧感が和葉を包み込んだ。

「何をすればいいかわかってるだろ?」

 上から見下ろす声に、体温が一気に下がる感覚があった。和葉は震える指をブラウスのボタンにかけたが、指先が上手く動かない。もたついている和葉を見下ろす唯人の目が、隠すことなく苛立ちを宿していた。

「――な、何を」

「見せろ」

 言葉が喉に詰まった。呼吸が浅くなり、指先の震えが増していく。懸命にボタンを外そうとする手が、恐怖で上手く機能しなかった。

「さっさと脱げ!」

 怒声が室内に響いた。声の圧力だけで身体が竦み上がり、和葉は肩を縮める。唯人の目は冷たい怒りで光っていた。

「他の男に捨てられた妻を抱いてやるって言ってんだ。さっさとしろ」

 胸に刃を突き立てるような言葉だった。唇の端を噛んで、和葉は視線を伏せた。悔しいわけではなかった。ただ、この人が自分のことを何も知らないまま言葉を投げてくることに、どうしようもない寂しさがあった。それでも、逃げないと決めていた。覚悟を決めてここに来たのだと、自分に言い聞かせる。脱ぎかけのまま止まっている和葉のスカートの裾から、唯人の手が滑り込んできた。太腿の内側を素手の指がなぞり、腰骨へと移動して、下着の生地を掴む。引き下ろされる感覚とともに、ひやりとした寝室の空気が肌に触れ、和葉は奥歯を噛み締め、目を閉じた。

 唯人がズボンをくつろがせると、和葉の脚の間に強引に身体を割り込ませた。次の瞬間、熱杭が内側へと深く押し入ってきた。

「っ――!」

 鋭い痛みが下腹部を貫いて、悲鳴が喉から飛び出した。上体を起こそうとすると肩を押さえつけられ、身動きが取れなくなる。全身に強張りが走り、息を吸う余裕もなかった。

「……っく、狭い」

 顔を歪めながら唯人が漏らした言葉が、耳に届いた。それでも腰の動きは止まらない。刺すような痛みの中で、和葉は唇を強く噛んで声を堪えた。天井の一点を見つめ、唯人が果てるのをひたすら待つ。早く終わってほしいと願いながら、呼吸を繰り返すことだけに意識を集中させた。

「他の男とやりまくってたのに、随分と狭くなってるじゃないか」

 苦しそうな声音に、冷たい皮肉が混じっていた。和葉は何も言わなかった。言葉を紡ぐ余裕が、痛みの中にはなかった。

 腰の動きが激しくなり、乱れた吐息が頬にかかったと思った瞬間、唯人が最奥に深く押し込んできた。熱いものが内側へと吐き出されていく感覚が広がり、ようやく終わったと全身の力が抜けかけた。

 安堵したのも、ほんの一瞬のことだった。

 唯人の手が和葉の腰を掴んで、強引にうつ伏せへと向けた。脚の間に割り込まれる気配とともに、また深く押し入られてくる。さっきよりも激しい動きが始まると、肌と肌がぶつかり合う乾いた音が寝室に満ちていった。和葉は枕に顔を埋め、逃げることも叶わないまま、ただ身体を激しく揺らされ続けた。

 痛みの中で、ゆっくりと変化が起きた。

 吐き出された液体が内側を満たすにつれて、鋭さを帯びていた痛みがわずかに和らいでいく。動きが繰り返されるたびに摩擦の質が変わり、無意識に口の端から甘い吐息が漏れた。奥を擦られるたびに蜜口が収縮し、唇の間から抗えない喘ぎ声が出るようになっていく。

「気持ちいいか?」

 髪を根元から掴まれ、強引に頭を引き上げられた。振り向くことはできず、唯人の荒い息が耳元にかかった。

「答えろ」

「……気持ちいいです」

 絞り出すような声で答えた。羞恥で頬が熱くなるのを感じながら、それ以外に言葉が出てこなかった。

「お前はどうせ男なら、誰でもいいんだろ」

 吐き捨てるような言葉とともに、腰の動きがいっそう力を増した。野獣のような荒い吐息が寝室に響き渡る。枕に顔を埋めたまま声を堪えることもだんだん難しくなっていき、和葉は唯人が満足するまで、言われるがままに脚を広げ続けた。

 窓から差し込む光が、オレンジ色に染まり始めたころになって、ようやく唯人の動きが止まった。どれほどの時間が経ったのか、和葉には分からなかった。時間の感覚が曖昧になり、ただ事後の倦怠感だけが残っていた。長い息を吐いた唯人は、和葉から離れると床に落としていたシャツを拾い上げた。乱れたズボンを直し、ワイシャツに腕を通しながら、一言も発することなく寝室を出て行く。扉が閉まる音だけが、静かに寝室に残った。

 しばらく、和葉は動けなかった。

 四肢を投げ出したままベッドに沈み、天井を見つめる。全身がじんわりと汗ばんでいて、下腹部に熱い痛みがくすぶり続けていた。指先を動かすと、シーツを握りしめていた爪の跡が掌に残っている。涙が音もなく頬を伝い、こめかみへと流れていった。

 痛みのせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、涙が止まらなかった。あれだけ覚悟を決めてきたはずなのに、現実の重みがずっと想像を超えていた。

 ゆっくりと上体を起こすと、白いシーツに視線が落ちた。赤い色と白濁した液体が、布地を汚していた。和葉は唇を噛んで、また涙が溢れた。眼球の奥が熱く痛み、視界がにじんでいく。

 五年前の唯人は、こんな人ではなかった。

 笑うと目尻に小さな皺が刻まれる、人懐こい顔の人だった。電話をかけてくるとき、必ず最初に「和葉、今大丈夫?」と確認してくれた。冬の寒い日に和葉の手を両手で包んで「冷たいな」と苦笑いしながら温めてくれた。和葉が悲しいとき、理由を聞かずにただ隣に座って肩を貸してくれた。優しくて温かい人だったのに、今日ここで会った男は、まるで別の人間のようだった。

 どうして、あんなに変わってしまったのか。

 ――和葉、好きだよ。

 耳の奥で、懐かしい声が響いた。大学院生だった頃の唯人の、少し低くて柔らかかった声。何度も夢で聞いて、目が覚めるたびに消えてしまう声。五年間、忘れようとして、忘れられなかった声だった。和葉が彼を庇って倒れたとき、顔の半分に火傷を負って病院のベッドで目が覚めたとき、あの病室の前で唯人と絵里奈が甘く笑い合っているのを見たとき——どんな瞬間にも、その声だけは耳の奥に残り続けた。

 涙が顎を伝い、シーツに落ちて小さな染みを作る。

 また彼のそばにいられる、それだけでいい——そう思って来た。絵里奈の名前を纏って、整形した顔で、偽りの妻として傍にいられるなら、それだけで十分だと思っていた。それなのに、現実は想像よりもずっと冷たかった。目の前に現れた唯人は、和葉が知っているあの人ではなかった。

「絵里奈、夕飯!」

 廊下の奥から、唯人の声が届いた。さっきまでと同じ声なのに、温度が全く違う。まるで石壁に言葉を叩きつけるような冷たさで、それだけで胸の奥が締め付けられた。

「絵里奈!」

 また呼ばれた。和葉は手の甲で乱暴に涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

「すぐに作ります」

 震えを抑えながら声を出し、気だるい身体に鞭を打ってベッドから足を下ろした。立ち上がった瞬間、下腹部に鈍い痛みが走り、膝に力が入らなかった。乱れた服を手で整えながら、一歩一歩床に体重をかけていく。痛みに顔が歪んでも、足を止めることはできなかった。

 床に落ちたままの旅行鞄に視線を一瞬だけ向けてから、和葉はゆっくりと寝室を後にした。廊下に出ると、キッチンの方向から空調の音が聞こえてくる。身体の芯まで沁みこんだ痛みと、拭っても滲んでくる涙を、和葉は一歩ずつ前に進みながら飲み下していった。

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    ◆第四章:夜明けの檻に、不器用な熱を灯して 三月の風は、春の予感というにはあまりに冷酷で、湿った重みを帯びていた。 児童養護施設「ひだまり園」の廊下には、夕暮れのオレンジ色が不吉な影を長く引きずっている。事務作業に追われていた結衣の手が、不意に止まった。 エントランスの自動ドアが開く音とともに、あの、肺の奥を直接汚されるような――饐(す)えたアルコールと、安煙草の、そして「諦め」を煮詰めたような悪臭が漂ってきたからだ。「結衣。……やっと、見つけたぞ。こんなところに隠れやがって」 低く、粘りつくような声。 結衣の心臓が、肋骨の裏側を鋭く叩いた。早鐘のような鼓動は、恐怖というよりは生理的な拒絶反応だった。振り返った先にいたのは、三年前、結衣が命からがら逃げ出した夜から、一度も記憶から消えてくれなかった地獄そのものだ。 父親の顔は、かつてよりもさらに土気色を帯び、目つきは濁りきっていた。その瞳に映っているのは「娘」ではない。自分を潤すための「現金」という名の記号だ。「お父さん……なんで、ここが」「なんでじゃねえよ。お前が逃げたせいで、家はめちゃくちゃだ。母親もどこかの男と消えやがった。……なあ、結衣。お前は俺の娘だろ。親を養うのは当然の義務だろうが」 父親が一歩、踏み出す。その汚れた靴が、子供たちが裸足で駆ける清潔な床を汚していく。 結衣は逃げなければならないと分かっていても、足が床に縫い付けられたように動かなかった。幼い頃から刷り込まれた「服従」の呪いが、血管を流れる血液を鉛に変えていく。「さあ、帰るぞ。こんな偽善者の集まり、お前には似合わねえ。お前の中には、俺と同じ、泥水の血が流れてんだからよ」 父親の、節くれ立った大きな手が結衣の手首を掴んだ。 指先から伝わる、不潔な体温。結衣は反射的に胃の奥がせり上がり、吐き気を覚えた。「離して……! お願い、やめて!」「痛えのはこっちの台詞だ! 親を捨てて逃げた罪を、一生かけて体で返せよ!」 乱暴に引き摺られ、結衣の華奢な身体がエントランスの冷たい床に倒れ込みそうになった。父親の濁った笑みと、自分を連れ戻そうとする暴力的な力。結衣は絶望に目を閉じようとした。 その時。「――その薄汚ねえ手を離せよ。殺すぞ、おっさん」 低く、温度を完全に剥ぎ取られた声が、背後から突き刺さった。 事務室の扉

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  • 冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜   第二十八話「優しい嘘と愛情の基準」

     仕事を終えて、和葉は唯人と一緒に自宅へと帰宅した。それぞれ馴染みの部屋着に着替えると、どちらからともなくキッチンに立って夕飯の準備に取り掛かる。トントントンと軽快な包丁の音と、鍋の中でコトコトと何かが煮える音が重なり、換気扇の回る音が静かな室内に響いた。キッチンには、食欲をそそる温かい匂いが満ちていた。 ふと、和葉は手を止めて隣の唯人を見上げた。胸の奥に澱のように溜まっていた問いが、熱を帯びて口をついて出る。「唯人さん、聞いていいですか」「なに?」 唯人は野菜を洗う手を止めずに、優しく聞き返した。和葉は、その落ち着いた横顔をじっと見つめる。「絵里奈さんのご両親が来たときに……火事のこと、知っていましたよね? 記憶が、もしかして――」 唯人が少し間を置いた。問われたことに真摯に向き合うように、彼の整った眉がわずかに動く。彼は濡れた手を拭うと、和葉の方へと身体を向けた。「全部がクリアになったわけじゃないよ。火事については――絵里奈が帰ってきた日に、俺が倒れただろ?」 唯人の問いかけに、和葉は小さく頷いた。あの日の不安な光景が、昨日のことのように脳裏をかすめる。「あの夜、帰宅したとき――玄関で絵里奈が一方的に怒鳴っているのが聞こえたから。何かあったときに証拠になればいいと思って、ボイスレコーダーで録音をしていたんだ。それで、俺が倒れたあとの二人のやりとりを、病室で聞いた。そこで初めて火事のことを知ったんだ。それに和葉が……俺と付き合っていたんだってことも」 和葉の胸が、じわりと熱を持った。唯人が病室で一人、録音を再生した場面を想像すると、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。和葉が身を引くようにして去ったあとの、あの静かな病室で。唯人はたった一人で、残酷な真実と、失われた愛の記憶の断片をすべて聞いたのだ。「初めて、何も覚えていない自分が憎らしいと思ったよ。和葉は俺のことをずっと知っていて、それでも何も言わずにそばに居てくれたのに。俺は和葉との大切な時間を、何一つ覚えていないんだから」 唯人の声が少し低くなった。感情を抑えているのがわかる、静かで、それでいて深い痛みを湛えた目をしていた。その静けさが、かえって言葉の重さを和葉に伝えてくる。和葉の料理する手が固まった。まな板の上で、包丁を持ったまま動けなかった。「――そうだったんですね」「ああ」 和

  • 冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜   第十話「仮面の裏の甘い疼き」

     クローゼットの扉を開けるたびに、和葉の心は重く沈んでいった。 そこには、絵里奈名義で用意されたパーティドレスが、誇らしげに並んでいる。どれもが目を射るような鮮やかさだった。情熱的な深紅、金糸の刺繍が贅沢に施された漆黒、そしてデコルテを大胆に晒すエメラルドグリーン。どれを手に取っても、今の自分には分不相応な気がしてならなかった。鏡に映る自分を見つめても、ただ悪目立ちするばかりで、唯人の隣に並ぶ資格などないように思えてしまう。

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     帰路に就いたのは、夕闇が街を包み込み始めた午後五時半を過ぎた頃だった。 駅から自宅へと続く見慣れた道の途中に、一軒のスーパーがある。その前を通りかかったとき、入り口付近に佇む二つの人影が唯人の目に留まった。一人は見間違えるはずもない、自分の妻だ。唯人は無意識に足を止めていた。 その隣に立っているのは、長身の若い男だった。唯人よりは頭一つ分ほど低いが、すらりとしたしなやかな体格をしている。男は妻と向き合い、親しげに何かを話していた。 何より唯人の胸を抉ったのは、妻の表情だった。彼女は、心の底から楽しそうに声を上げて笑っていたのだ。(誰だ、あいつは……) 唯人は、妻があんなふうに無邪

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  • 冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜   第五話「愛おしき違和感」

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