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第34話

Author: 小円満
健介は私の取材を断れなかった。外には記者が押しかけていた。

もし私と時生の関係、それに優子と時生のことを明かせば、黒澤グループは丸ごとひっくり返るだろう。

結局、彼は観念したようにうなずいた。「わかりました。じゃあこちらへ」

案内されたのは最上階の社長室。「奥さん、ここで少しお待ちください。僕が先に社長へ伝えてきます」

待てるわけがない。

時生が素直に取材に応じる?そんなはずない。

「いいわ。どうせ悪いことをしてるわけじゃないんでしょ。直接行くから」

そう言って足を速めた。健介は後ろから止めようとしたが、全く追いつけなかった。

――そして、扉を開けた瞬間、私は凍りついた。

大きな窓の前で、優子が時生の腰に腕を回し、頬を彼の背中に寄せて、ひときわ甘く絡みついていた。

私の冷たい笑い声に、二人は驚いて慌てて離れた。

時生の黒い瞳が、真っ直ぐに私をにらんでくる。

……私はまだ、時生の図太さを甘く見ていた。

てっきり手が回らないと思っていたのに、この状況でも優子と戯れていられるなんて。

「申し訳ありません、社長。奥さんを止められませんでした」健介が慌てて謝った。

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