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第3話

Auteur: 清風
彼の皮肉でまた泣いてしまうかと思っていたが、不思議と心は静まり返っていた。

階段を駆け上がる彼の背中を見つめながら、私はフランス語で口を開いた。

「わかった、出ていくわ」

その瞬間、小さな背中が勢いよく振り返り、顔が強張ってまるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべた。

彼は慌てて腕時計型の電話を操作し、父親に向けてフランス語で音声メッセージを送った。

「パパ、パパ、大変だよ。あのクソババア、フランス語わかるんだ」

数秒も経たないうちに、返事の音声が送られてきた。

久保柚希(くぼ ゆずき)の見下すような声が流れる。

「颯太、何をバカなこと言ってるの!あの女の家なんてとっくに破産してるのよ。フランス語学べる環境なんてあるわけないでしょ?

この数日おとなしくしてなさい。私がパパとデートしてるんだから邪魔しないで。

また今度お菓子持ってきてあげるからね」

颯太は顔をこわばらせて私を何度もじろじろと見た。私が何の反応も示さないのを見ると、彼は私が言ったことを忘れ、嬉々として向こうに返信した。

「わかったよ。おばちゃん、パパと楽しく遊んできてね。

早くかわいい妹を僕に産んでくれるといいな」

この数日、私は翔真との過去を思い返さずにはいられなかった。

あの頃、私が破産して世間中から罵られ嫌われたとき、元婚約者は婚約を破棄したばかりか、落ちぶれた私の家に追い打ちをかけるように侮辱してきた。

そんなとき、まるで七色の雲に乗った英雄のように現れて「俺が君を娶る」と言ったのが、翔真だった。

当時の彼は事故で両足が不自由になったばかりだったが、私はためらうことなく彼と結婚し、彼のために子供を産み、彼が不自由になってから7年間、彼を看病した。

今思えば、彼が私と結婚したのは、彼と義理の妹柚希との、人には見せられない関係を世間から隠すためだったと分かった。

……

颯太の部屋からはゲームの音がずっと聞こえてくる。

私はこれまでのようにゲーム機を取り上げて早く寝なさいと叱りもしなかった。

宿題のことも言わなかった。明日先生にチェックされるというのに。

彼がそこまで私を嫌うのなら、この母親の役目を放り出しても構わないと思った。

でも、どうして翔真がこんなにも演技が上手いのか、何日考えても分からなかった。

夜中の二時、再び柚希から挑発のメッセージが届いた。

【杏奈、この数日、翔真はね、めちゃくちゃ熱心に私と愛し合ってるの。本当にすごい体力ね。精力を全部私に捧げてるわ

それに、あなたじゃ全然興奮できないって言ってたわ】

そのメッセージと一緒に写真が一枚。

翔真が柚希の背後に立ち、両手を彼女の鎖骨の辺りにいやらしく這わせ、その瞳には隠しきれない欲望が滲んでいた。

私は自虐的に何度も写真を見た。心臓は誰かに握りつぶされるかのように痛み、言葉にならないほどの痛みが全身に広がった。

かつて私は、本気で彼こそが自分の救いだと信じていた。

歩けなくなった彼を支えることが、私の宿命だとさえ思っていた。

この七年間、彼は確かに私を甘やかし、人前では愛妻家とまで呼ばれるほどだった。

けれども、その裏で彼は何度も私を欺き、真実の愛をすべて柚希に注いでいたのだ。
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