LOGIN「あの……。あたしたち何か変なこと言った?」「あたしたち……?」「ああごめん。そういうことじゃないんだ。ただちょっと、昔のこと思い出して」「昔のこと?」「うん。僕、小学生の頃から身長は高かったから、たまに怖がられたりいじられたりしてたんだ。いじめってほどではなかったけど、いい気持ちはしなかったね」 ケンイチの話に、場の空気はまた重くなる。彼は更に続けた。「親戚の人たちに会った時には、将来はスポーツ選手か? なんて言われるのがお決まりのパターンで。冗談なのかもしれないけど、やっぱりいい気持ちはしなかった。なんだか勝手に人生を決められてるみたいでさ」「そうだったの。大変だったね……。でも経堂くん、話してみたら気さくで面白いし、全然そんな感じしなかったよ」「気持ち、わかる気がする。誰だって見た目で判断されたくないよな」 キセキとコンは同調した。キセキは何か共感できる部分があるようだった。「キセキにもそんな過去があったんだ。意外〜」「そら俺にも色々あるわい。説明する気にもならんが」 ケンイチの話題をそっちのけで、キセキはコンにツッコミを入れる。 その話をひとしきり聞いたところで、カンナは唐突に尋ねるのだった。「経堂さんは、石みたいと言われたことはありますか?」「ぶっ、おま、急になんでその話を……」 当然ながら、キセキは吹き出して焦りだした。「石? そんな呼ばれ方は今までされなかったけど。どうして?」 ケンイチは不思議そうな顔を浮かべて聞き返した。「キセキさんは目立たないから石のようだと言われてきたそうです。でも同じ男性ですが、経堂さんとキセキさんは全く違います。コンさんは狐さんの真似をしますが、同じ女性の私はやったことがありません。そういうことです」 一同、カンナの言葉を理解するのに時間を要し、得も言われぬ空気が漂う。「えーと、つまりは……どゆこと?」 考えてもわからないと思ったのか、コンは全員に向けて尋ねた。「要するに、人を見た目や特性だけで同じに見なくていいってことだろ? カテゴライズしなくていいって言いたいんじゃないのか?」「それが言いたかったのです。人に何を言われても、経堂さんは経堂さんであればいいのではないですか?」 キセキの要約をカンナは肯定した。やや強引で支離滅裂な表現ではあったが、ケンイチの心には響
その時、向こうから声がかかってきた。「あのー、何か用?」 経堂ケンイチは上から三人を見下ろしていた。かなりの高身長で、三人の中では一番背の高いキセキよりも、少なくとも頭一つ以上は差があった。「あ、いやその、大した用じゃないんだが」 しどろもどろになりながらも答えたキセキ。だが話しかける目的で近づいたのだから、完全に嘘になってしまう。慌てて、コンはキセキに小声で促した。「違うでしょ! 話するんでしょうが!」「んなこと言ったって、何話せばいいかわかんないだろ!」 二人でひそひそ話をしたことで更に不審感を与えたのか、ケンイチは眉をひそめて言った。「用がないなら、失礼していいかな。これからお昼だから」 ケンイチが自分の鞄から弁当箱を取り出し、席に着こうとしたその時、カンナは口を開いた。「あの、もしよろしければ、ご一緒しませんか、お昼?」 ケンイチと、キセキとコンも、視線をカンナに注いだ。ケンイチはきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに聞き返した。「一緒にお昼? どうして?」「経堂さんとお話がしたいからです。昨日お世話になりましたし」「昨日? ……あぁ、お店に来てくれたよね。僕は特に何もしてないけど?」「あのね、昨日の掃除の時、あたしが届かないところに物置くの手伝ってくれたじゃない。それのお礼がしたいの」 思い出したかのように、コンは付け加えた。「そういうことなら、まぁいいけど……。どこで食べるの?」「屋上などどうでしょう。前に行きましたので」 カンナの提案に乗り、四人は屋上へと向かう。その後屋上で昼食を食べ始めた四人だが、話題を切り出す者はおらず、黙々と昼食を口に運ぶことしかできていなかった。キセキもコンも、おそらくはケンイチも、誰か何か話せと頭の中で念じていただろう。 そんな中、最初に話を切り出したのは、カンナだった。「あの、経堂さんのご趣味は?」 気まずい空気が流れる。キセキは咳払いをして、カンナの元に行くと耳打ちした。「お見合いかよ。なんかもっと他になかったのか、質問」「違うのですか? 相手のことを知るには、いい質問かと思ったのですが」 しかし、ケンイチは何か考えているような素振りを見せ、しばらくして口を開いた。「趣味は……、漫画読んだりゲームしたりすることかな?」 ケンイチがそう答えたことで、場の空気が少し
カンナたちが同時に声をあげ、フリーズしたのはほんの一瞬のことだったが、四人には何倍も長く感じられていた。「あら、もしかしてケンイチのお友達? そういえば気づかなかったけど、同じ制服ね。ごめんなさいね、今日はもうすぐ閉店だから、また明日学校でよろしくね?」 その場の固まった空気は、店の中年女性によって破られた。雰囲気と言葉から察するに、経堂ケンイチの母親と見て間違いなさそうだった。「はい、また明日に。……帰ろう。な?」 キセキはカンナとコンを促し、店の外へ連れ出した。 帰り道。三人はどこか気まずさを感じ、しばらく何も話さず歩いていた。「経堂さん、あそこでアルバイトしていらっしゃったんですね」 考察は的外れではあったが、沈黙はカンナの言葉で破られた。「うーん、ちょっと違うと思う」「違うのですか? でも、働いていらっしゃったみたいですが」「あれはきっと親の手伝いしてたってところだろう。あそこは自宅兼電器屋ってことなんだろうな」「なるほど、世の中には色々な方がいらっしゃるということですね」 カンナは納得して頷いた。話が切り出されたことで、キセキは更に続けた。「で、どうするよ。明日、経堂と話すのか?」「そうするしかないんじゃないの? 誰かさんがまた明日、なんて言っちゃったもんだから、無視するわけにもいかないでしょ」「ちぇっ、俺のせいかよ。しゃーない。三人でいくか」 三人で、と聞くとコンは嫌そうな顔をした。「えー、やっぱりあたしらも?」「そうだよ。一緒にいたんだから」「わかったよ。いけばいいんでしょ」 あからさまに渋るコンと、やはり乗り気でないキセキの二人を見て、カンナは疑問が沸いていた。「あの、経堂さんと話すのは嫌なんですか?」 尋ねられた二人は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。「いや、別にそういうわけじゃないが」「うーん、嫌っていうか、まだ話したことない人と話すのって緊張するじゃん? だから、なんだか気が引けるっていうか」 キセキとコンはそう言った。あたかも、納得できる答えを無理やり探して答えたかのようだった。「そうですか。でもきっと大丈夫です。経堂さん、いい人そうですし」「そうかな……。まぁ、カンナさんがそう言うなら安心かもね」「……念のため言うけど、くれぐれもこの話はあいつにするなよ?」「? わかりました」
声の主は、キセキよりもかなり背の高い男子生徒だった。短髪でがっしりとした体格で、一見すると威圧感を与える風貌だった。しかし、顔立ちは柔らかく怖いという印象は与えなかった。「あ、ごめんなさい。人違いでした」「いいよ。どういたしまして」 男子生徒は笑顔で答えると踵を返し、教室を出ていった。「びっくりしたぁ。キセキかと思ったけど、あんなにイケボじゃないもんね」「悪かったな。でもさっきの、すごい背デカかったな。俺もちょっとヒヤヒヤした」「ホントホント。あの人、確かうちのクラスの人だよね。えーと、何て言ったっけ……」 コンが頭に指を当てて考えると、カンナは横から口を挟んだ。「経堂《けいどう》さん、だったと思います」「あ、そうそう。確かそうだった。あんなに大きいのに、なんか地味だったから忘れてたよ。キセキほどじゃないけど」「悪かったな。それより、スマホ探しに行くんじゃなかったのか」「そうだった。早く行こ」 三人は後始末を終え、今度こそ放課後の町へ繰り出した。 その後、町を歩くコンたちだったが、その足取りは重々しかった。 三人は携帯ショップや家電量販店を巡った。しかし、コンはスマホを探すことを通じ、現実の厳しさをひとつ実感したのだった。「まぁ、そんなに気を落とすなよ。これからまた稼げばいいじゃんか」 キセキの慰めの言葉も、コンにはあまり響いていなかった。「……だってさ、あんなに高いとは思わないじゃん? とてもじゃないけど、あたしの今の稼ぎじゃ全然買えないし。それに月々の料金も見たら気が遠くなりそうで……」 コンは大きくため息をついた。カンナはコンを気の毒に思い、何かいい方法はないかと考えていた。「確かに高かったな。どっかに安く売ってる所ないもんかね」「そういえば、スマホを売っていそうなお店を知っているかもしれません」「ホントに? ダメ元で行ってみたい」「わかりました。確か、こっちの道にあったはずです」 カンナの案内で、コンとキセキは町の裏通りを歩いた。 到着したのは店内に家電が並ぶ、個人経営の小さな電器屋だった。「ここ……? スマホ売ってそうな所って」「はい。家電量販店には電化製品が売っていましたし、ここにもスマホがあるのではないかと思いまして」 カンナはあっけらかんと言った。だがキセキは苦笑いをしている。「多分だけど、
カンナはこの日も起床すると、普段通り身支度を済ませて普段通りPCの前に座った。時刻は7時ちょうど。普段よりも余裕のある時間だった。「おはようございます。今日は早いですね」 PCからYの声が聞こえる。向こうもカンナの行動の早さに気づいているようだ。「ええ。先日届いた、こちらについてお尋ねしたかったもので」 カンナの手には、四角い物体が握られていた。 遡ること十数時間前。カンナの元にまた届け物が来ていた。Yはいつものように、夜になると早々に通信を切ってしまったため、カンナは朝早くに聞き出そうと計画していたのだった。「それですか。それはスマートフォンといいます。簡単に言えば高性能の携帯電話といったところでしょうか」「はぁ、なるほど。これを私にいただけるということですか?」「そうです。あなたは勘違いが多いですし、それで調べものもできますから、生活に役立ててください」 それからカンナは、新たにスマートフォンを持って学校へと向かった。「よう、今日は一番早いな」 教室に到着し、着席していたカンナの元に、キセキとコンが同時にやってきた。 コンはカンナの手にいち早く注目すると、目の色を変えて興奮しだした。「そ、それは……! まさかスマホ? どうしたのそれ!?」「これですか? スマホではなくスマートフォンというものらしいです。その……知り合いから譲り受けまして」「いやいや、スマートフォンの略がスマホなんだよ。だけど持ってる奴あんまり見たことないな。時代を先取りってか?」 時は2012年である。この時期はスマートフォンの普及率は低く、まだ珍しい代物であった。「いいなぁ……。あたしもスマホ欲しいなぁ。LINENとかクッツケターとかやってみたかったんだ」「親に頼んでみれば?」「許してくんないよ。今の携帯だって、やっと買ってもらえたんだもん。……でも、自分のお金で買うなら文句言われないよね?」 コンは何かを企むような、不敵な笑みを浮かべた。「もしかして、自分で買うのか?」「ふふふ、こんなこともあろうかと、バイト代を貯めといたのよ。全てはこの時のためにってね」 誇らしげに、コンは人差し指を立てて頭上に掲げた。「と、いうわけで、今日も放課後に三人で集合ね。一緒にスマホ買いに行こ?」「三人でって、俺もか?」 キセキは明らかに渋い表情で答えた。
午前中の授業を終え、カンナは昼食も食べずに図書室へと向かう。調べたい言葉があったからだ。(コンさんが仰っていた『マウントを取る』とは、どういう意味でしょうか。どこかに書いてあるでしょうか?) カンナは書物を読みながら考える。しかし、探す答えは見つからない。(まずはマウントとは何のことか知らないとわからないのでしょうか。マウントマウント……。山を意味する単語なのですね。では、山を取る……とは?) そこまでたどり着いたところで、午後の授業開始が近づいたため、カンナは急いで教室へと戻った。 午後の授業も過ぎ、帰宅時間になった。キセキとコンは帰り支度をし、教室を出ようとしていたが、カンナは着席したままだった。「カンナさん、帰らないの?」「ちょっと用事があるので。今日は先に帰っていただけますか?」「そうなの? わかった。先に行くね」 コンとキセキは、言われるがままに教室を後にした。 残ったカンナは、人がまばらになった教室で席を立った。その足で向かった先は、持田の元だった。「あの、持田さん」「か、神崎さん。何か僕にご用かな?」 突如として転校生の、しかも異性に話しかけられた持田は面食らった様子だった。「少しお話したいことがありまして。よろしいですか?」「あ、うん。大丈夫だよ。なんでもどうぞ」 持田は平静を装って言った。カンナは言われた通りに続けた。「ありがとうございます。ではお聞きしたいのですが、持田さんがお金持ちだというのは本当なのですか?」「あー……うん。そうだね。家は由緒正しい家系だし、資産もそれなりにあるようだし……」 持田の言葉にカンナは何か確信を得た様子で、さらに続けた。「すごいですね。では、お山もお持ちなのですね?」 持田は一瞬固まり、言葉の意味を飲み込もうとしているようだった。だが理解できず、聞き返した。「や、山?」「そうです。お金持ちなら、持っていらっしゃると思いまして。別の方もそんな話をしていましたから」 あえてキセキとコンの名前は出さず、カンナは言った。 持田は言葉につまり、しどろもどろになっていた。「えーと、誰がそんな話をしていたのかな……。そんな話をした覚えはないし……」「どうかしましたか?」「い、いやなんでも……。この話はまたの機会にしてもらえるかな……?」 持田は荷物をまとめると、強引に
時は2012年4月。日本某所にて、一人の少女が目を覚ます。 そこは何処かの室内であり、真っ暗な暗闇の中に、一台のノートPCが置かれた場所だった。 奇妙なことといえば、そこにいるのは少女独りであることと、PCからの声が絶えず聞こえているということだ。 「……聞こえていますか? 目覚めてください……」 声を聞き、少女はゆっくりと目を開けた。 少女の瞳は深いブルーで、髪はロングのオレンジ色をしており、服装はパジャマ姿だった。 「目覚めましたね。気分はいかがですか?」 「…………」 声の問いかけにも、少女は答えない。突然、知らない声に話しかけられれば、警戒したり戸惑った
数刻後、二人は学校の屋上へと来ていた。転落防止のフェンスが張り巡らされ、下からの放課後の賑やかな声が隙間から入り込んでいた。「屋上って、生徒でも勝手に入れるものなのですね。私、知りませんでした」 カンナは段差に腰掛け、辺りを見渡しながらさらりと言った。キセキは咳払いをひとつしてから、彼女の元へと歩み寄る。「……そゆこと言うなって。ほら、これおごるから」「なんです?」 キセキが手渡したのは、自動販売機で買ったみかんジュース(果肉入り)だった。 カンナは物珍しそうにそれを受け取ると、開栓して唇を缶へと運ぶ。「……! 美味しいですね、これ」「ただのジュースだけど。飲んだの初めて?
一時限目が終わり、教師が教室を出ると、生徒たちは途端にガヤガヤと会話を始めた。苦しい空気から解放された生徒たちは、溜まった鬱憤を晴らすかのように会話に花を咲かせるのだ。「あの、霧山さん。さっきのお話ですが、どういう意味ですか?」 大きく伸びをしていたキセキは、その姿勢のまま固まった。「お話……? もしかして、さっき俺が言ったやつ?」「そうです。"石"がどうとか言ってましたね。よくわからなかったので、教えていただけないかと」 カンナは無表情ながら、目だけはキラキラと輝かせてキセキに顔を近づける。キセキは身を反らせてできるだけ密着しないように顔を遠ざけた。「そ、その話はまた今度にし
無事に編入を済ませた神崎カンナ。彼女の周りには、自然に同クラスの生徒たちの群がりが出来ていた。「神崎さん、よろしく〜。仲良くしよ〜!」「彼氏いる? ゼッタイいるよね。こんなに美人なんだもん」「ハーフ? オレンジ色の髪なんて、初めて見た〜」 カンナを質問攻めにする生徒たち。編入生が必ず通る洗礼のようなものだ。 当の本人は、慣れない環境に戸惑っていた。(皆さん、なぜ私の周りに集まるのでしょう? これが編入生のしきたりのようなものなのでしょうか。それに、仰っていることが良く分かりません……) そんな中、一人の女子生徒の質問が飛ぶ。「ところで、どっから来たの? どこ中?」(ドコ







