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第4話

Penulis: 緋色の追憶
春樹は、別邸へと向かう寧々の背中を見送った。

彼女は少しも振り返ることなく、そのまま歩き続ける。春樹の顔は青ざめ、肩で息をした。

彼女が先ほど、一切の躊躇なく叩きつけた平手打ち、そして今の、完全に自分を無視するその態度、どちらも、彼の怒りに油を注ぐばかりだ。

「よし、わかった!お前はそれでいいのか!ならば、寝室にある、目障りな物は全て捨てさせろ!燃やせ!」

寧々は止まらなかった。まるで後ろからの怒鳴り声が全く聞こえていないかのようだ。ただ、スーツケースの持ち手をさらに強く握りしめた。

優希は、母が一切の迷いもなく歩き出す後ろ姿と、父の激しい怒りを目の当たりにして、見捨てられたという恐怖と、どうにも收まらない怒りが胸の中で混ざり合った。

彼は母の前に飛び出して行って、鋭く、そして棘のある言い方でまくし立てる。

「お母さん!これ以上お父さんと喧嘩ばかりしてたら、僕、本当に退学するからな!プロのレーサーになってやる!二度と教科書なんか開かないからな!聞こえてるのか!」

かつての寧々なら、きっと慌てふためいて、息子の手を握り、根気よく説得して、将来の計画を立てていたことだろう。

しかし今の彼女は、ただぼんやりと目を上げて、興奮で顔を真っ赤にする息子を眺めるだけだった。

その目は虚ろで、感情がまったく見えなかった。

「どうでもいい」

その一言は、どんな叱責よりも優希の胸に突き刺さった。

彼はその場に立ち尽くし、母がそのまま別邸の、あの古びた扉へと歩いて行くのを茫然と見送る。

バタンという鈍い音とともに、外から鍵をかけられる音がした。

執事の声が、扉越しに届く。

「奥様、ご主人様が、こちらでしばらくご冷静になられるようにと」

寧々は何も答えなかった。

彼女は窓辺に歩み寄り、外の手入れの行き届いていない庭を眺める。こめかみには、ずきずきと鈍い痛みが波のように押し寄せていた。

ここは不気味なほど静かだ。彼女が最後の時を待つには、これほど適した場所もない。

それから数日後の夕暮れ時だった。

突然、窓の外から花火の音が聞こえ、夜が鮮やかな光で彩られた。

寧々が窓辺にもたれかかると、ぼんやりとした記憶が蘇った。今日は、確か自分と春樹の結婚記念日だった。

遠い昔、彼もこんな花火の下で、永遠に裏切らないと誓ったのだった。

なんて皮肉なことだろう。

その時、部屋にあった古びたテレビの画面が突然、ひとりでに映った。

寧々は、それが菅野家の邸宅内に設置された監視カメラの映像であることに気づいた。

誰かが意図的に、この部屋のテレビから監視映像が視聴できるように設定されていた。

画面には、明るく輝くリビングが映し出されている。念入りに準備された晚餐会が、今まさに行われているところだった。

長いテーブルの上には、ご馳走がずらりと並び、中央には大きな、華やかに飾られたケーキが置かれている。

そこには、春樹と優希、そして、顔に平手打ちの痕がすっかり消え、満面の笑みを浮かべる真紀の姿があった。彼らは乾杯しようとしているところだった。

まるで、幸せな家族のようだった。

真紀が身にまとっている服は、かつて寧々が愛用していた、ある高級ブランドの限定品だった。その指に輝くダイヤの指輪が、痛いほどに目に焼き付く。

優希が興奮してケーキを指さしている。

「お父さん、真紀さん、早く願い事をして!これからもずっと、三人で一緒にいられますように!」

春樹は、寧々にとってはもはや見知らぬものとなった優しい笑みを浮かべ、真紀にダイヤのネックレスをかけてやる。

真紀は、恥ずかしそうに彼の肩に寄り添っていた。

執事や使用人たちは周りに集まっている。満面の笑みを浮かべながら、「ご主人様と真紀様の交際記念日、おめでとうございます」と声をかけていた。

寧々の胸は、刃で突き刺されたかのように、冷たく痺れた。

彼らは、彼女の家を奪っただけではなく、今や、彼女と春樹だけの結婚記念日まで奪うつもりだった。

彼女の息子までも、心から楽しそうに、彼女の家を壊した張本人の幸せを祈っている。

春樹の声が、テレビのスピーカーを通して、鮮明に、残酷に響く。

その一言一言が、彼女の心を引き裂くかのようだった。

「真紀、これからは毎年も、一緒に過ごそう」

窓の外では、まだ花火が打ち上がっている。鮮やかな光が時折、この薄暗い牢獄のような部屋を一瞬だけ照らし出すが、温もりは微塵も運んでこない。

寧々は、冷え切ったソファに身を丸める。癌細胞が頭蓋の中で蝕んでいく、ずきずきとした激しい痛みを感じていた。

一瞬、この画面に映し出された幸せな光景よりも、この生理的な痛みの方が、まだ耐えやすいようにさえ思えた。

キィーという音と共に、扉が開かれた。

優希が、小さなケーキをひと皿手に、入ってくる。その顔には、施しを与えるような複雑な表情が浮かんでいる。

「お母さん、今日は家でおめでたいことがあったから、お父さんが機嫌よくてな。これ、お母さんにも食えってよ。

もうそんなふうにしないで、おとなしくしてたら、明日には出してもらえるかもしれない」

寧々は、そのケーキをじっと見つめた。

まるで、自分の恋愛と結婚が、腐り果てた末の残骸のように思えた。

「持って帰って」

「なによ!」優希は言葉に詰まり、自分が善意で持ってきたのに、踏みにじられた思いでいっぱいになる。

「いつもそうやって人の気持ちを無駄にするんだ!真紀さんだな、『おすそ分けして、一緒にお祝いしてもらいなさい』って、わざわざ言ってたんだよ!」

寧々はゆっくりと目を閉じ、彼を見ようとはしなかった。

そして、窓の外の賑やかさと、目の前の吐き気を催させるような偽りの善意の全てを、遠ざけるようにした。

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