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LOGIN自分でもこんなことじゃよくないと思う。
でも直せないの。 そうして情にほだされやすい私は、強く求められて付き合ったはずの相手に、いつの間にか切なくなるくらいのめり込んでしまう。 愛情を注がれたら、その人の良いところばかりを探して、欠点を見られなくなる。 嫌なところに気付いても、見なかったことにして目を逸らしてしまう。 そう、きっと今回も――。 嬉しそうに「ありがとう」って笑う緒川さんに抱きしめられながら、そんな予感がした。 ***
口蓋をやんわり舐め上げられた瞬間、くすぐったいのか気持ちいのか分からなくて涙が溢れた。 「やっ、ぁん、……お、がわ、さ――っ」 ギュッと緒川さんの二の腕にしがみつくように手指に力を込めて耐えるけれど、鼻を抜けるような甘えた声が抑えられない。 「あ、……えっ?」 と、不意に背骨に沿ってじかに手指を這わされた気がして、私はハッとする。 いつの間にかシャツワンピースの前ボタンが腰元辺りまで外されて、肌が露わになっていた。 上下お揃いの薄桃色のブラとショーツが視界に入って、「隠さなきゃ!」て思ったのと同時、背中に回されていた緒川さんの手が、ブラのホックを片手でいとも簡単に外してしまう。 ユルッと締め付けがなくなった気配に慄いて、私は思わず緒川さんにギュッとしがみついた。 そうしなければ支えを失った胸の色付きを、彼の前に無防備にさらしてしまうと思ったから。 「ねぇ、菜乃香。――さすがにそんな格好でしがみつかれたら、我慢できなくなるんだけどな……?」 ふっ……と溜め息混じりに眉根を寄せられて、私は慌てて彼から離れる。 けれど、それと同時にベッドへ押し倒されていた。 「緒、川……さ……っ!?」 横たわった拍子にブラがずり上がって、胸の膨らみがホロリと転び出る。 それを隠そうと咄嗟に持ち上げた手が、そっとベッドに縫いとめられて。 「隠さないで?」 懇願するように強請られた私は、どうしたらいいのか分からなくなる。 緒川さんは私の嫌がることはしない、と約束してくれた。 だったら今の状況は……どうなの? 緒川さんはすぐに手を解いてくれたけれど、1度シーツの上に固定された手を、動かしてはいけないような気がして。 隠そうと思えば隠せるはずなのに、それはいけないことなのだとぼんやりとした頭で思う。 どうしてそう思ってしまうのか、分からない。 分からないから余計に混乱して。 そわそわと出口のない思考に陥り戸惑っているうち、いつの間にかショーツのサイドの紐が解かれていて、急に腰骨の締め付けが緩んだことに驚いた。 「あっ、やっ……!」 肌から落ちそうになる小さな布を逃すまいと、思わず足を
30代も半ばを過ぎると性欲自体がなりをひそめて……もしかしたらエッチできなくなっちゃうのかも? 今まで彼氏ができてこんなに長いこと身体を求められなかったことはない。 それが、私にそう信じ込ませていた。 だって、20代そこそこの私は知らなかったの。 男性はいくつになっても、新しい女性を前にしたら、10代の男の子にも負けないぐらいエッチになるってこと。 四十路が近かろうと何だろうと、問題なく女性を抱けるってこと。 いいえ。そればかりか、寧ろ経験値が高い分、狡猾に女の子を誑かすことが出来るようになってるってこと。 自分で脱ぐのは恥ずかしくて……大きなベッドに腰掛けて、シャツワンピースのボタンに手をかけたまま動けなくなってしまった私を、緒川さんがタオルを手にしたまま、すぐそばに跪いて、じっと見上げてくる。 「あ、あの……」 何も言われず、ただ見つめられているのが恥ずかしくて、すがるような視線で緒川さんを見つめたら、「恥ずかしい?」って問いかけられて。 当たり前のことを聞かないでくださいって言いたいのに、そんな言葉さえ緊張して出てこないの。 仕方なく小さくコクンとうなずいたら、「じゃあ俺が脱がせてもいい?」とか。 嫌だって言ったら諦めてくださるのですか? 「あ、の……やっぱり」 ――脱ぐのは無理です。 そう続けようとしたら 「脱がない、はダメだからね? 濡れたままでいたら風邪ひくでしょ?」 先んじてそう逃げ道を封じられてしまって、私はパクパクと口を喘がせた。 「もしかして、脱ぎたくないって言う気だった?」 クスッと笑われて、図星だったから真っ赤になる。 緒川さんは単純に私の身を案じてくれているだけみたいなのに、私ひとり変に意識してるみたいで恥ずかしい。 年配の男性って、みんなこうなの? ホテルで異性と2人きりになっても、何にも意識してないみたいに余裕の態度で接してきて。 そのくせ当然のようにどんどん相手を追い詰めて丸裸にしていくの。 私の経験値が低すぎるだけですか? 色々考えてみるけれど、頭がぐるぐるするばかりで答えなんて出せなくて。 「菜乃香の悩んでる
ホテルに入るとすぐ、緒川さんに着ていたコートを脱がされた。 部屋は程よく空調が効いていて、外の寒さが嘘みたいに暖かくて。 ホテル独特の香りというのかな。 決して嫌なにおいではないけれど、私が今まで嗅いだことのない不思議な香りのする空間だなって思った。 もしかしたら部屋が使われるたび、何らかの消毒が施されていて、それが残り香のように染み付いているのかもしれない。 緒川さんは自分の着ていたコートと、私のコートを入り口入ってすぐのハンガーに吊り下げると、優しく私の手を引いてベッドに座らせてくれる。 ラブホテル、とか言うからもっとピンク色の照明に満たされた、全面鏡ばりとかのエッチな雰囲気の部屋かと思っていた。 でも実際は思っていたよりシックな色合いで、そのことに少なからず安堵する。 と、見るとはなしに視線を転じた先、1m四方くらいの小さなボックスが置かれていて、その中に目を凝らした私は慌ててうつむいた。 あれってきっと、世に言う〝大人のおもちゃ〟とやらの自販機だっ! あれさえなければ普通のホテルみたいなのにっ。 緒川さんには、あれに気付いたことを悟られたくない。 なるべく不自然に見えないよう、身体の向きを自販機からほんの少し逸らしたところで、緒川さんが冷蔵庫から冷たい水のペットボトルを持ってきてくれた。 備え付けのグラスにそれを注いで手渡してくれながら、「平気?」と聞かれてコクコクとうなずいた。 ホッとしたようにそんな私の頭を優しく撫でてくれながら、緒川さんがポツンとつぶやく。 「――ねぇ菜乃香。キミの裸が見たいって言ったら……怒る? 菜乃香が嫌がることは絶対にしないって誓うから……。お願い。見せてくれないか?」 いきなりとんでもないことを要求された私はビクッとした拍子に手にしていたグラスを落っことしかけて。 「きゃっ」 服の上に盛大に水をぶちまけてしまった。 冷たさに思わず身をすくませたら、すぐさま緒川さんがバスルームからタオルを手に戻ってきてくれて、何も言わずに濡れたスカートに押し当ててくれる。 水気を拭き取るためにタオルが動かされるたび、布越しに太ももがこすられて意識してはいけないと思うのにゾクッとしてしまう。 お酒は媚薬だとどこかで聞いたことがあるけれど、本当
「そっか。実はこう見えてさ、俺も結構緊張してるんだ。菜乃香みたいに若い女の子が俺みたいなおじさんと一緒にいてくれるの、まだ信じられないし」 口ではそんなことを言いながら、全然そんな素振りなんて見せない彼が憎らしくさえある。 「ね、菜乃花。お酒を飲んだら少しは緊張がほぐれるんじゃない?」 ギュッと包まれた手に力が込められて、私はその大きな手の温もりに、慌てたようにコクコクと首肯したのだ。 *** 「甘いのがいい?」 お酒は飲みつけていないよね?と言外に含められた私は、ここでやっと、「はい」と声に出して答えられた。 「じゃあ――」 緒川さんのお勧めで、甘めの飲みやすいスパークリングワインを出されて。 それまで飲んでいた炭酸水と交換される。 琥珀色の液体が注がれたシャンパングラスに、小さな気泡がプツプツと上がる様がとてもお洒落で、一気に大人になった気がした私は、それだけで何だか浮き足立って。 飲み慣れた甘い炭酸ジュースみたいな味にほだされて。白ワインをゆっくりとしたペースで飲む緒川さんを横目に、気がついたらハーフボトルをひとりで空けてしまっていた。 頭がぼんやりしてきて「あ、まずい」って思った時にはすでに手遅れ。 自力ではまっすぐ歩けなくなっていた。 *** 「菜乃香、大丈夫?」 いつの間にかお会計を済ませたらしい緒川さんに肩を抱かれてレストランを出た私は、不意に吹き付けてきた冷たい冬の風に身体をすくませた。 そうして、この寒さにさらされてもなお、膜がかかったみたいにぼんやりした頭で思う。 何やってんの!って。 「ちょっと酔いを覚ましたほうがいいかな。……車までは距離があるし、キミの足取りも芳しくない。近くのホテルに入るんで、いい?」 そこで不意に腕時計に視線を落とした緒川さんを見て、今何時だろう?と思う。 待ち合わせてお店に入ったのは、確か19時過ぎだった。 コース料理とは言え、そんなに長居はしていないと思うから、きっと21時過ぎたくらいかな? 私とこんな風にしているけれど、緒川さんは奥さんもお子さんもある身。 時間が気にならないわけないよね。 素面だったなら、その仕草を見た瞬間に私、ハッとして「帰りま
「結婚なさっている緒川さんには、とてもじゃないけど手に負えませんよね?」 言って、抱きしめられたままの身体をそっと引き剥がしたら、 「なんだ、そんなこと」 ってクスリと笑われて。 「むしろ俺、そういうのが好きなんだけど、関係が関係だしセーブしなきゃって思ってたんだ。そんなこと言ってたら俺、〝菜乃香〟のこと、ホントにがんじがらめにしちゃうけど、いいの?」 いきなり呼び名を〝戸倉さん〟から〝菜乃香〟に変えてきたのはきっとわざとですよね? 私が本気の恋をしたらすぐに手を引くと言ったのと同じ口で、そんなことを聞いてくるなんて。 あなたの本心は、一体どこですか? *** 前回までは日中に街へ出て買い物をしたり、動物園に2人で行ったり、あてもなくドライブをしてみたり。 まるで学生同士のデートみたいなお出かけだったのが、4度目のデートに当たる今日は、初めて夕方に待ち合わせをしてディナーを一緒に、ということになって。 日没後に待ち合わせというだけで、何だか一気に大人な雰囲気になった気がして、正直戸惑ってしまった。 私たちの関係はなんだろう? お付き合い……している、って言えるの? 行ったことのないようなコース料理の振る舞われるイタリアンレストランには、グランドピアノの生演奏が流れていた。 その雰囲気に飲まれたみたいに、私はフラフラになるまでお酒を飲んでしまった。 私の横、緒川さんは落ち着いた様子で食事とともに白ワインをゆっくりと嗜んでいらして。 その横顔に大人の余裕を感じながら、私は甘めのスパークリングワインをいそいそと口に運ぶ。 緒川さんは年齢――私の15歳上の38歳――より遥かに若く見える。 少しふわりとした印象の髪の毛は、天然パーマらしい。 白いもののほぼないツーブロックのその髪の毛は、いつも綺麗に手入れがされていて寝癖がついているところなんて見たことがない。 それすら大人の余裕に感じられて、何もかもに余裕のない私にはうらやましくさえ思えて。 私、今日は肩よりほんの少し長めのゆるふわウェーブの髪の毛を、ハーフアップの要領で両サイドからゆるりと編み込んで、真ん中で合流させてバレッタ留めにしていた。 けれどそれにしたって、実は寝癖を誤
自分でもこんなことじゃよくないと思う。 でも直せないの。 そうして情にほだされやすい私は、強く求められて付き合ったはずの相手に、いつの間にか切なくなるくらいのめり込んでしまう。 愛情を注がれたら、その人の良いところばかりを探して、欠点を見られなくなる。 嫌なところに気付いても、見なかったことにして目を逸らしてしまう。 そう、きっと今回も――。 嬉しそうに「ありがとう」って笑う緒川さんに抱きしめられながら、そんな予感がした。 *** 緒川さんの38歳の誕生日に告白をされて、何だかよく分からないままに流されるように重ねてしまったデートも、今回で4度目。 1回だけなら気の迷いだと言えたと思う。 でも、2回、3回と続けてしまったら、それはもう立派に自分の意志、だよね。 あの日。 緒川さんは私に、彼の彼女になることをダメじゃないと言わせた後で、「――ただ、俺には妻と子供がいるんだ。妻に対して恋愛感情はないけれど家族としての情はある。それを分かって欲しいんだ」と言った。 私にはその詭弁にも聞こえる言葉の意味がサッパリ分からなくて。 「あ、あの……それはどう言う……?」 混乱する頭で何とかそう問いかけたら、「戸倉さんと結婚することは出来ないって意味だよ」って悲しそうな顔をするの。 それは私に愛人になれ、と言っているってことなんでしょうか? 23歳で世間知らずの私にも、さすがに妻子ある男性との色恋は御法度だと言うことは分かる。 「そ、れなら私――」 今の話はなかったことにして欲しい。 そう言いたかったのに。 「俺からのキスを受け入れた時点でもう後戻りは出来ないと思わない? それに……家族にはなれない代わりに、俺は戸倉さんに恋人としての愛情は惜しみなく注ぐつもりだから」 そう畳みかけられて、今更御破産には出来ないのだと示唆されてしまう。 ズルイ、って思った。 引き返すことも、未来を夢見ることも叶わないのだと宣言された恋に、何の意味があるのだろう? 「戸倉さんはまだ若い。キミが本気の恋をするって決めたら、その時は潔く身を引くから。――だからそれまでの間、キミの時間を俺にくれないか?」 緒川さんとお付き合いしていること








