Mag-log in「じつはさー、恋人から家追い出されちゃってさ。好きな人ができたから出ていけって。ありえないよねー」
一護はそう言いながら、まるで自分の部屋のように手際よくゴミをまとめ、床に落ちた雑誌を拾っていく。 話の内容は重いのに、口調は妙に軽やかで、冗談を言うようなトーンだった。 寧人は机に向かいながら、パソコンの画面から目を離せずにいたが、耳はしっかりその言葉を拾っていた。 「恋人……そりゃ、かっこいいからモテるよな」 寧人がぼそっと呟くと、一護は手を止めてこちらを振り返った。 「そう? かっこいいかなー。ありがとう。でもさ、ひどくない? あっという間に“出ていけ”って言われてさ。僕、仕事で忙しいのに、荷物勝手にまとめられてポイだよ? お店の一室に泊めてもらってるけど……家電とか全部取られちゃった。ほんと、泣けるよねー」 笑いながら言っているが、その奥にはほんの少しの寂しさが滲んでいた。 寧人は思わず手を止めてしまう。 「……ひどいやつだな。最低だよ、それは。ありえない」 「でしょでしょ? まぁでも今夜は、なんとかなりそう……助かるぅー!」 一護はわざとらしく両手を合わせてお礼ポーズを取る。 その人懐っこさに、寧人は完全には信用しきれないながらも、心のどこかで“この明るさは悪意じゃない”と思っていた。 結局、寧人は「今夜だけな」と念を押して、一護を泊めることにした。 荷物はリュック一つ。貴重品と最低限の着替えだけ。 「今度、元恋人の家に乗り込んで荷物取り返してくる」なんて軽く言っていたが、きっとそれも強がりだろう。 しかし、片付けの腕前は本物だった。 床もテーブルもピカピカに磨かれ、流し台の水垢もきれいに落ちている。 短時間でここまでやるのかと、寧人はただ感心するばかりだった。 「ふぅー。やりがいがあったなー」 一護が伸びをすると、シャツの裾から覗く腹筋がチラリと見えた。 寧人は慌てて視線を逸らす。 「……ジュースくらいしかなくて、ごめん。なにか出前取ろうか」 「んー、僕がなんか買ってくるよ」 二人の視線がふと交差する。 その瞬間、まるで示し合わせたように同時に口を開いた。 「麻婆丼!」 思わず笑ってしまう。 互いに苦笑しながら、息がぴたりと合ったことに気づく。 「ラジャー! では、お待ちくださいませ、お客様!」 軽快な敬礼ポーズを取ると、一護はフードジャンゴのジャンバーを羽織り、キャップをかぶって颯爽と出ていった。 その後ろ姿は、まるでモデルのようにすらりとしていて、思わず寧人の心臓が跳ねた。 (……あいつ、スタイルいいな。ロン毛なのに爽やかだし) ふと、自分の髪を触ってみる。 伸びっぱなしで、パサパサ。指が引っかかる。 頭皮を指で擦ってみると、なんとなく匂う気がして、情けなくなった。 「あいつとは、天と地の差だな……」 そう呟きながら、寧人はシャワー室へ向かう。 せっかく一護がきれいにしてくれた風呂場。湯気が柔らかく立ち上り、鏡がうっすら曇っている。 服を脱ぎ、久しぶりに全裸で湯を浴びると、じわっと身体が温まっていく。 だが、すぐに問題が発覚した。 「……シャンプー、切れてるのかよ」 仕方なく、ボディソープで頭を洗う。 泡立ちは悪いし、香りもいまいち。 それでも「頭皮臭いのは嫌だ」と思いながら念入りに洗い流した。 濡れた髪をタオルで包み、顔の髭を剃る。 剃り終わった肌に指を滑らせると、なんだか少しだけ若返ったような気がした。 ちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。 一護が帰ってきたのだ。 「おかえ──」 と声をかけた瞬間、寧人は自分の腰に巻いていたタオルがふっと緩んだのに気づいた。 次の瞬間、タオルが床に落ちる。 「あ、ああああっ!」 一護はとっさに両手で顔を覆う。 寧人は慌てて荷物で前を隠し、そのまま台所に逃げ込んだ。 「ご、ごめん、見るつもりはなかった!」 一護は苦笑いしながら言ったが、耳の先まで赤くなっている。 寧人の方は、言葉にならない声を漏らしながら、慌てて下着を履いた。 台所のカウンターには、麻婆丼の入った袋と、もう一つの紙袋。 中にはハサミとコーム、そして新品のシャンプーとトリートメントの詰め合わせが入っていた。 「さっき掃除してたとき、なかったから買ってきたんだ。……あ、もう洗っちゃった? しかもボディソープででしょ?」 「な、なんでわかる……」 「そりゃ、髪の触り心地でわかるよ。あ、ドライヤーある?」 一護はタオルを取って、優しく寧人の髪を包み込んだ。 その手つきは驚くほど丁寧で、温かい。 ドライヤーの風がふわりと頬を撫で、指が髪を梳くたびに、頭の中がぼんやりしていく。 (美容師の手って……こんなに優しいのか) 「んー、このまま切っちゃおうか。ご飯はそのあとでいい?」 「お、お腹すいた……」 「ちゃっちゃとやるから。はい、新聞紙敷いて、その椅子に座って!」 言われるがまま、寧人は椅子を出して腰を下ろす。 一護はハサミを持ち、軽く笑った。 「じゃあ、切りますね──お客様」 その声が不思議と柔らかく響く。 寧人の心臓が、どくりと鳴った。 「……お、お願いします……」 「かしこまりましたっ。お任せあれ!」 軽やかな声とともに、ハサミの刃が“シャキン”と鳴る。 寧人は目を閉じた。 ――いつのまにか、その時間が心地よく感じていた。夜。 二人は一緒にお風呂で温まったあと、ベッドの上でいつものストレッチを始めていた。 お湯で体はほぐれている――はずなのだが、寧人の身体は長年の不摂生のせいで頑固な板のように硬い。 「あ、いでででで」 「前よりは柔らかくなってるよ。やっぱり出勤は自転車にしましょう」 「いやだよぉ……絶対無理だって」 一護は余裕の開脚でゆったり呼吸しながら、ちらと寧人を見やる。 その顔には、どこか探るような影が落ちていた。 「あのキツネ目の男に、車で送ってもらってるんでしょ?」 「ッ……!」 寧人はギョッと目を見開く間もなく、一護にぐいっと身体を引っ張られ、痛みに声が裏返る。 「まだ電車のほうがマシよ。立って乗れば足の踏ん張りもつくし、爪先立ちもすればふくらはぎも鍛えられる。でもあなた、痴漢で捕まるのも時間の問題」 「だから車の方がいいんだよぉ……!」 「あの男の車で」 また強めに引っ張られ、いででででと寧人は床を叩く。 「も、もう今日は終わりにしよう? 疲れちゃった……」 「なんで疲れたの? いつもなら私に甘えてスリスリしてチュってしてくれるのに」 一護が寧人の肩に顎を乗せて擦り寄ってくる。 しかし寧人は目を伏せ、逃げるように布団の中へ潜り込んだ。 「寧人っ! 調子に乗んな!」 バフッ、と枕が布団越しに直撃する。 「いででっ、ごめん……一護ぉ……!」 「……」 バコッ、バコッ、バコッ。 一護は無表情のまま何度も叩きつける。 だがふいに動きを止めた。 そして――にやり、と笑った。 「……やっぱり長芋の効果、出た」 「ぬあっ……!」 寧人の身体が内側から熱を帯びる。 一護も同じだった。 あの晩ご飯の長芋のとろりとした作用が、今、体温を確実に押し上げている。 「……寧人」 「い、一護……あああああっ!」 堪らず寧人が布団をはね除け、服を脱ぎ捨てた。 その瞬間、一護は寧人の胸元に口をつけ、むさぼるように乳首を舐め始める。 「ひっ……あ、あぁああ……!」 寧人の身体はまだ締まりがなく、やわらかい肉が敏感に揺れる。 お腹のたゆみも、胸のむちっとした感触も、一護の指にとってはたまらない。 赤子が母の乳を求めるみたいに、一護は胸を吸い、舐め、指で押し広げる。 「はひぃぃ……
「いや、ね……営業先を今日はたくさん回ってさ、汗かいちゃって」 玄関に入るなり、寧人はぽつりとそうこぼした。 別に一護から聞かれたわけでもないのに、まるで“先回りして言い訳しよう”とするみたいに、口が勝手に動いていた。 靴を脱ぎながら視線を合わせてこない寧人に、一護は一瞬だけ首を傾げる。けれど、その違和感が何なのかは言葉にできない。 一護が顔を上げたときには、すでに寧人は新品の白シャツのボタンを外していた。 胸元に張りついた布をはがすように脱ぎながら、まるでその視線から逃げるように洗濯機のほうへ歩いていく。 まだ新品に近いシャツの繊維に、細かい汗の染みが浮かんでいる。 寧人は「ふぅ……」と小さく息を吐き、恥ずかしさを紛らわせるようにそのシャツをネットへ押し込む。 ついでに脱ぎ捨てた下着も、ためらうことなく同じネットに入れた。 パジャマに着替えて戻ってくると、寧人はソファへ身体を沈め、背もたれに頭を預けた瞬間、肩の力がふにゃりと抜けた。 その姿は、全身で“限界です”と訴えているようだった。「そうなの、お疲れ様。大変だったね……」 一護はキッチンから歩み寄り、寧人の前にしゃがむ。 普段より少し声が低く、優しく撫でるようなトーン。 寧人の額についた細かな汗の粒を見つけて、つい指で触れたくなる衝動をこらえる。「下着まで汗まみれになるなんて。シャツはさ、前にも言ったけど……襟元に洗剤つけて、畳んで、ネットに入れてって――」 そこまで言って、一護はふと洗濯機の前で動きを止める。「……て、あれ? ちゃんとできてる」 驚きと嬉しさが混じった声。 それを聞いた寧人は、返事をするでもなく、ソファでまどろみながらゆっくり呼吸しているだけ。 その寝息が、どこか無防備で、どこか甘い。 一護は腰に手を当てながら、くすりと笑ってネットの中身を覗き込む。 白シャツと、その奥に――寧人の下着。「もぉ……下着までここに入れて。ほんと、恥ずかしがり屋さん……」 からかうように言ったが、実際には胸の奥がじんわり温かくなる感覚があった。 “見られること”を照れながら、でもどこかで頼ってくれている――それが嬉しかった。 だからこそ、一護は自然にその下着を手に取ってしまった。 指に触れる布は、まだ微かに体温を残していて、寧人が一日走り回った息遣いまで染み込
寧人は古田のバスローブを脱がせ、そっと背を押して風呂へ誘導した。さっきは気まずくなって別々にシャワーを浴びたばかりだ。「古田さん、風呂場はどうですかっ。シチュエーション変えたら、少しは気持ちが変わるかなって」「……そこまでして“やりたい”のか」「は、はい……」 正直に言ったつもりだが、古田は鼻で笑い、逆に自分のバスローブを羽織り直すと、寧人の肩にもサッとかけた。「あと少ししたら出るぞ」「そ、そんなぁ……」 寧人はガックリとうなだれた。意気込みごと、下までしょんぼりしてしまう。「てかお前、おっさんなのに元気だよなー。昔、意外と遊んでたとか?」「そ、そんな……!」 寧人は顔を真っ赤にして首をぶんぶん振る。「え、まさか……」「まさかです」「ど、ど……」「童貞です」「うそだろぉおおお!? やべぇ、危うくおっさんの筆下ろしするとこだった……!」 その言葉が思った以上に刺さり、寧人は完全に自信を失ってトボトボと着替え始める。古田も気まずそうに沈黙したまま、二人の支度は終わった。 ――そして現在。 ラブホテルの駐車場に停めた営業車の中は、さっきの沈黙がまだ尾を引いている。「……でもその割には、こないだのプレイは凄かったけどな」 やっと口を開いたのは古田のほうだった。 寧人は一瞬ビクッとした。あれが一護仕込みとは言えない。 会社スマホを開くと、新着メールが一通。差出人は「菱社長」。 いまラブホテルの駐車場にいるのがバレたらと思うと、さすがに背中が冷える。「えっと……その、菱社長から今朝のパン屋のレポートに返答来てました」「なになに」 古田が画面を覗き込む。営業車は狭いので、自然と顔が寄る。 寧人は画面と古田の顔を往復し、目が合った瞬間、息が止まる。「……なんだ? 鳩森」「古田さん……」 名前を呼ぶ声が、驚くほど優しかった。◆◆◆「んっ……」「ふんっんんんん」 助手席には毛布が。その中には下半身だけ裸の寧人、古田。 ラブホテルのときは全く違う。激しく乱れ合う。 耐えきれなくなった寧人から誘い、上半身を脱ぐのも間に合わず下半身だけ裸という形になった。毛布の中の熱気でシャツも下着も汗だくであるが二人は構わない。営業車の中であることも忘れて。 古田の様子がさっきとは違う、と寧人は察した。 鼻息も荒く、キスも荒く
「ありがとうございました」 ニコニコした笑顔の夫婦に見送られパン屋から出た古田と寧人。やたら奥さんが寧人にだけ柔らかく微笑むのを、古田は見逃さなかった。 営業車に乗り込み、渡された大量のパンからそれぞれ好みのものを選び、コーヒーを開ける。「あの奥さん、絶対、寧人に惚れてる」「そんなことないよ……でもなんか視線感じました」 寧人は人から好意を向けられ慣れていない。だから頬が少し熱い。 最近は部下の女子社員にも妙な視線を向けられており、ほんの少しだけ“モテ期”気分を味わっている。 クリームパンをかじる寧人。古田はアンパンにかじりつきながら、片手で資料にメモを書いていた。「あのパン屋さ、狭い上に出入口一つだろ。一般客と配達員がかち合ったらタイムロスなんてもんじゃない。フードジャンゴ側の印象も悪くなるしな」「確かに面倒だけど……店によって焼き上がる時間違うし、焼き立て食べたいよね。これだってさっき出来たばかりで……美味しい」「ん? どれどれ」 古田は寧人の口端についたクリームを指で拭い、そのまま舐めた。「んー、甘い……。あ、こっちにもついてる」 ついてないのに、反対の口元に指を寄せ、寧人をジトッと見つめる。「……」「……」 寧人は古田の手を取り、中指を舐めた。 まるで“さっき”一護にしていた時の感触を思い出すみたいに。「あほぅ。まだ次があるぞ。蕎麦屋。運転中に資料読み上げろ」「はい……」 (自分から指突きつけてきたくせに……) と寧人は内心思いながらも、古田はエンジンをかけた。◆◆◆ 昼過ぎのラブホテル。「あっん……あんっ……」「んっ……んっ、あっ」 午前中の営業を全て終え、最後のラーメン屋でスタミナ系を食べたあと、我慢が効かなくなった二人はそのままホテルに吸い込まれるように入った。 強いニンニクの匂いが互いの息に残っているのに、まったく気にしない。 むしろ、同じ匂いが安心感になるのか、それとも妙に性欲を煽るのか――二人は二匹の蛇がもつれあうように絡み合っていた。 だが古田の様子がどこか違う。 満足していないというより、“噛み合ってない”顔だ。 そして突然、寧人の体を突き放したのだ。「古田さん……?」 「ごめん。なんか、全然調子が出ない」 そう言うとベッドから降りてバスローブを羽織る。「二時間制なん
朝の光が柔らかく差し込むキッチンで、寧人は一護が作った朝ごはんをしっかり平らげて満足げに息をついた。最近は彼の料理の味にも、家で過ごす時間そのものにも、寧人はどこか深く頼るようになっている。 そして、今日も天気はいい。一護はピタッとした上着に身を包み、出社の準備を整えていた。素材が張りつくように身体のラインを拾うせいで、寧人はどうしても視線を奪われてしまう。「じゃあ行ってき──」 その言葉を最後まで言わせなかった。 玄関のドアを閉めた瞬間、寧人はふっと身体を近づけ、一護の腰を掴んだ。一護が「え、ちょ…」と戸惑う間もなく、彼の呼吸が震えるほどの行為が始まる。「あっ、ん……っ、寧人……遅れちゃ……本当に遅れちゃうって……っ」 寧人の方は、もう抑えきれていなかった。朝から妙に昂っていたのもあるし、あのピチッとした服が悪いのだと心のどこかで言い訳していた。 一護は以前なら絶対に玄関先でそんなことは……と顔を真っ赤にして抵抗しただろう。けれど最近の彼は、寧人に触れられた途端に膝が少し抜けるようになってきている。「ん……っ、あ、あ……っ!」 一護は堪えきれず、寧人の肩を掴んで息を詰まらせた。限界が来ると、慌てて玄関に置いてあったティッシュに手を伸ばし、ぎりぎりのところで抑え込む。「やっ……ば……っ。寧人、ほんと……!」 しかし寧人は間に合わず、その場で自分の息を荒くしてしまう。 二人して床を見て、互いに見つめ合い、なぜか吹き出した。「ごめん……あの服見ると興奮しちゃって……。つい、我慢できなくて一護のが……舐めたくなった」「寧人からそんなこと言うなんて思わなかったよ……。でも……朝から、気持ちよかった。ありがと」 寧人は苦笑しながらティッシュで床を拭く。一護も顔を真っ赤にしながらシャツを整え、呼吸を整えた。 そして二人でエレベーターへ向かう。誰もいないのをいいことに、寧人は背後から一護の腰に手を伸ばし、服の上からそっと触れた。「ちょ、ちょっと……っ。寧人、またそんな……!」「ん……だって、かっこいいよ、その服」「……ねぇ、寧人も自転車にしたら? 体力つくよ」「いやいや、君みたいに若くないし……」「休みの日にサイクリング行こ。もう……用意してあるし」「してると思ったよ……ほんと君は……。じゃあ、気をつけてね」「はい。寧人も、行って
夜。ソファに横になった寧人は、目の上に乗せた蒸しタオルの温かさに思わず息をゆるめた。 一護の指がゆっくりと頭皮をほぐしていく。美容関係の仕事を離れたとは思えない、的確で優しい手つきだった。「出社できたんだね。頼知には“寧人の自立のために干渉禁止”って釘刺されてたからさ……会議で顔が見えた時、ほんと安心したよ」「心配かけてごめん。それと……服のことも。助かったよ。あ、そこ、気持ちいい……」 一護はくすっと笑い、指先を耳の後ろに滑らせた。 敏感なところを正確に押されて、寧人は身を震わせる。「洗濯物もね、後で寧人の分渡すから。たたむのお願いね」「はぁ……い……。耳……そこ……ずるい……」 熱がゆっくり胸の奥まで広がっていき、寧人はこっそり息を乱していた。 そんな彼の変化に一護は気づき、わざとらしく目を細める。「……そろそろ、別のところもほぐす?」 囁くような声に、寧人は観念したように小さく頷いた。 そして――しばらくして。 一護は寧人をそっと抱き寄せ、乱れた呼吸が落ち着くまで背中を撫でてくれた。 イチャイチャを延長しながらシャワーを浴び、就寝時間。 並んで布団に入ると、一護がぽつりと尋ねる。「明日も会社?」「うん……。でも在宅がいいな、やっぱり」「エッチしながら仕事できるから?」「ば、バカ……」「電車で通勤すると寧人、痴漢しちゃうぞ〜?」「それは大丈夫……。古田さんに迎えに来てもらうことになったんだ」 一護の手が、寧人の頭を優しくぽんと叩いた。「ふぅん。あの人、ね」「うん。しばらく提携店舗の見回りもあるし。現場の声、ちゃんと聞きたいから」 一護はそれ以上何も言わなかった。ただ「おやすみ」と囁き、おでこに軽くキスを落とした。 それだけで寧人の胸は妙にざわつく。 ――明日、古田と出社する。 それは「仕事」だけが理由ではないことを、寧人自身がよくわかっていた。 みんなにも……そして一護にも、悟られてはいけない。 枕元のスマホが震える。古田からのメール。『明日迎えに行く。そのあと三件回ったあと……いいよね?』 直接的な言葉はない。けれど、何を指すかは明らかだった。 一護の寝顔をチラと見る。長いまつ毛が穏やかな影を落としている。「……ごめんね、一護」 寧人は胸の痛みを押し込み、古田へ“YES”の絵文字を送信し