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last update Date de publication: 2025-12-18 19:59:17

 作業台の上に料理が並んだ。

 飴色に輝き、ごま油の香りを放つきんぴら。

 脂が浮いて湯気を立てる、熱々のアラ汁。

 そして真っ白でふっくらとした塩むすび。

 見た目は地味で、高級旅館の懐石料理とは比べるべくもない。けれど、これこそが働く人のための活力の源となる「まかない飯」だった。

 噛むほどに染み出す大根の滋味深い甘みと、ごま油のコク。醤油の香ばしさ。最後に唐辛子のピリッとした辛味が追いかけてきて、後を引く。皮特有の硬さが、むしろ心地よい歯ごたえというアクセントに変わっていた。

「……美味い」

 隼人は素直に認めた。驚きを隠せない顔でもう一口、箸を伸ばす。

「これが、あの捨てられていた皮か? 信じられん。身よりも味が濃いじゃないか」

「はい。手をかければ、どんなものでも美味しくなります。素材の声を聴いてあげれば」

 隼人の言葉を聞いて、隠れていた板前たちがざわめいた。

「おい、聞いたか? あの社長が美味いって

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    (だが、目の前の母親の疲労度を瞬時に察知し、予定になかった貸切風呂のスケジュールを臨機応変に組み上げ、温度を調節することは絶対に不可能だ。そこにいる人間の『思いやり』がなければ、この結果は決して生み出せない) 翔吾の脳内に構築されていた冷たい数式が、温かなものに書き換えられていく。 御子柴が『ゴミ』と切り捨てた感情という変数が、いかに巨大な価値――顧客の生涯価値(LTV)を生み出すか。 翔吾は今、自分自身の体験として、それを完全に理解したのだ。「お疲れ様。見事な采配でしたよ、翔吾さん」 小夜子が音もなく現れた。 温かいお茶の入った湯呑みを、翔吾の前に置く。「総支配人……いえ、女将。ありがとうございます」 翔吾がお茶を一口飲むと、胃の奥まで温かさが広がった。「みんな、スタッフルームに集まっていますよ。あなたも来なさい」 小夜子に促され、翔吾が裏のスタッフルームへ向かうと、そこには実加や番頭、仲居や板前たちが車座になって座っていた。 全員の顔に心地よい疲労感と、大きな仕事をやり遂げた達成感が浮かんでいる。「おう、インテリ! 遅えぞ!」 実加が自分の隣の座布団をバンバンと叩く。 翔吾がそこに座ると、番頭がおもむろに立ち上がった。 番頭の手には、昨日御子柴が置いていった、グラン・ヘリックスの再就職契約書が束になって握られていた。分厚い紙の束だ。 部屋の空気が少しだけ引き締まる。 番頭は契約書を見つめて、ふっと息を吐いた。「あの赤ちゃん連れのお客さん……風呂上がりに、俺の顔を見て『ありがとう』って、泣きそうな顔で笑ってくれたんだ」 番頭の声は、深い感慨に満ちていた。「俺はあの笑顔が見たくて、何十年もこの宿で働いてきた。それを……すっかり忘れてた」 番頭は契約書の束を両手で掴むと、迷うことなく部屋の隅にあるゴミ箱へと投げ捨てた。 バサッ、と重い音が響く。

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    last updateDernière mise à jour : 2026-04-01
  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   160

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    last updateDernière mise à jour : 2026-03-31
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