Mag-log in「はい、到着!」 弥一がカフェの駐車場に車を停めると、かすみは「ありがとうございます。」と、シートベルトを外した。 弥一はカフェをまじまじと見つめると、 「白い壁に青い屋根。アリスが着ている服みたいに、可愛いらしい建物だね!」 かすみは微笑むと、 「ありがとうございます。私も、可愛いらしくてとっても気に入ってるんです!あと、送っていただいたことも。出勤前にも関わらず、ありがとうございます。」 「いやいや、こちらこそ。出勤前のささやかなドライブデートのおかげで、今日も一日がんばれそうだよ!ありがとうね。」 かすみは顔を赤くすると、 「あっと、あの。今日の夜、お待ちしてますね。」 弥一は嬉しそうに、 「うん!けど、無理言ってごめんね?」 かすみは手を振ると、 「いえいえ、とんでもない!お世話になっているんですから、これぐらいはさせてください!」 そう言ってから、かすみは何かに気づいたように、「あ。」と言ったので、 「どうしたの?」と、弥一が尋ねる。 「お世話になってるのだから、巴さんとジョンさんもお招きするべきでしたよね。私としたことが、気が利きませんでした。」 弥一は慌てて、 「いや、そこはまたの機会ってことでいいんじゃないかな?それこそ、その点に関してはあっちに気を利かせてもらいたいくらいだし。」 「え?」 弥一は咳払いすると、 「俺は、かすみさんと二人きりでお祝いがしたいってこと!です。」 かすみはこれ以上は赤くならないほどに顔を赤くすると、 「え、っと、はい。かしこまりました。」 そう言って、火照った顔を冷まそうと手でパタパタと仰いだ。 弥一は、そんなかすみに愛おしそうに微笑むと、 「それじゃあ、また夜に。」 「はい。」 「いってきます。」 「いってらっしゃい。お気をつけて。」 発進しようとする弥一に、かすみは柔らかく手を振って送り出す。 弥一も手を振り、それから車を発進させた。 カフェの駐車場から通りに出る前に、弥一はちらりとバックミラーに目をやった。 かすみはまだ、弥一に向かって手を振っている。 弥一は車の窓ガラスを下げると、そこから顔を出して、 「行ってくるね!」 そう声を掛けてから、いよいよ車を発進させると通りへ
六月に入った。 今日からいよいよ、かすみの経営するカフェがオープンする。 かすみは、ランチに八重子と早苗を、ディナーに弥一を招待するため、朝早くからカフェへと出掛けようとしていた。 そんなかすみを、同じく会社へと出勤する弥一が、車で乗せていくよ、と提案する。 「いえいえ、歩いて行ける距離ですから!それに、御子柴さんの出勤時間にはまだ早過ぎます。ですので、どうぞ私のことはお気になさらず!」 そう言って断ろうとするかすみに、 「何てことだ!巴、今の見てた?また、弥一がかすみにフラれてるよ!」 玄関先まで見送りに出ていたジョンは、嘆かわしい顔で巴を見つめた。 巴はため息を吐くと、 「弥一が誘い下手なのか、かすみちゃんが鉄壁すぎるのか。まあ、そのどちらもなんでしょうけど、仕方ないわね。弥一が使いものにならないなら、私がかすみちゃんをお店まで送って行きましょう!」 「よしっ!じゃあ僕も同乗しよう!」 羽柴の訪問後、ジョンと巴はかすみが一人になるような状況は作らせないよう徹底していた。 いつでもどこでも、かすみに気付かれぬよう細心の注意の下、誰かしら護衛を付けていたのであった。 「フラれたとか大袈裟なこと言うのやめてもらえます?断られたとフラれたとでは、だいぶ意味が違うと思いますけど?というか、また、って何?また、って?いちいち俺の心抉ってこないでっ!」 だが、巴はそんな弥一の訴えを、「あーはいはい。わかったからもう、朝から叫ばないでちょうだい。」と、ぞんざいに退けると、 「私は、ちょうどかすみちゃんのお店の近くにあるベーカリーのパンが食べたいって思っていたところだったのよ!だから、かすみちゃんを乗せていくのはそのついで。ジョンを乗せていくのは荷物持ち。ね?ついでなんだからいいでしょう?」 そう、美しい顔でねだられ、かすみは返す言葉に困ってしまう。 すると、 「ああ!あのベーカリーね!はいはいはい。俺もちょうどあそこのパンを会社のみんなへの差し入れにいいなとおもってたんだ!」 巴はは弥一を訝しむように見つめると、 「便乗してこないでくれる?」 弥一は巴に近づくと小声で、 「息子に譲ってください、母上様。」 (母上様ってなによ・・・) 巴は呆れ顔で、 「じゃあ、弥一はかすみちゃん
「知ったような口を聞くな。」 沸々とした怒りを孕んだ目で、羽柴はジョンを見つめた。 ジョンはそんな羽柴に、フッと笑ってみせると、 「良かった。君にもまだ感情があるんだとわかって安心したよ。」 「何?」 「羽柴。」 ジョンは彼の名前を呼ぶと、その目を真っ直ぐに見つめた。 「もう一度聞く。なぜ、あの女側に付くんだ?あいつは我々の唯一の敵だ。20年前のことを忘れたのか?あれは事故じゃない。あの女が意図的に仕組んだものだ。あの女のせいですみれはー」 「黙れ。」 「羽柴っ!」 たまらず、ジョンは声を荒げた。 そんなジョンを羽柴は冷えた目で見据えると、 「ジョン、俺もさっき言ったはずだぞ?知ったような口を聞くな、と。俺は俺の意思でこうしている。お前にどうこう言われる筋合いはない。」 「かすみはすみれの娘だ!彼女をあの男に傷つけさせることも、お前の意思だっていうのか?」 羽柴はクッと笑うと、 「傷つける?彼がかすみを傷つける、とでも?」 「そうだろっ!あいつと一緒にさせるということは、かすみをまたあの女に近づけるということなんだぞ?16年前、保がどんな思いでかすみを死んだことにさせたか考えたことはないのか?そこまでやらないと、あの異常者から逃がすことができなかったからだろうがっ!」 「あの女が異常だからといって、その息子までそうだと決めつけるお前らこそ、どうかしていると思うけどな?」 「なに?」 「考えたことはないのか?あの女の元に生まれ、選ぶ権利もなければ、抵抗することもできなかった幼子が、一体どんな人生を歩まされてきたのか。」 そう、羽柴に問われたジョンは、言葉に詰まった。 羽柴は眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべると、 「始まりは彼が10歳の時だった。目元が似ていないからと、あの女は彼に整形手術を受けさせた。」 「なっー」 「次に、鼻、顎、唇に耳。あの女の思うがまま、ありとあらゆる場所にメスを入れられていったよ。ただただ、保の顔に似せたいがためだけに。」 ジョンはたまらず視線を落とした。 「保に似たものを作り上げたと思ったら今度は、彼の体内にGPSを埋め込みやがったよ。よっぽど保のことを取られたことを根に持っていたんだろうな。今度は誰にも取られることがないよう、邪魔者が
とある平日。 弥一は仕事へと出勤し、かすみはカフェのオープンへ向けて最終確認をしておきたいからと言って出かけようとしていたので、巴もそれに同行していた。 そんなわけで、御子柴の邸宅には、早苗をはじめとする家政婦や執事が数名とジョンが残っていたのである。 すると、そんな中突如としてインターホンの音がリビングに鳴り響いた。 近くにいた執事がインターホンのモニターを確認する。 それから、執事はジョンに振り返って、 「旦那さま。玄関先に見知らぬ来客のようですが、いかがなさいますか?」 ジョンは「ん?」と言って顔を上げ、 「どんな感じの人?」 執事はもう一度モニターに目をやると、 「黒いスーツを着たガタイの良い男性ですね。見た目は黒髪の短髪で、きっちりとしていそうな方です。また、菓子折りを持っているあたり、礼儀正しい方なのかもしれません。」 執事のその言葉に、ジョンは、どれどれ、というように立ち上がると、執事の横に立ちモニターを覗き込んだ。 ジョンはモニターを見るなり目線を鋭くしたが、すぐさまいつもの顔に戻すと、 「なんだろう、よくないセールスか何かだろうか?これはなんだかdangerな匂いがするから、御子柴家の最終兵器と名高い僕が対応しよう!」 危険、とは言いつつも、ジョンのその話し方からするに、実際は危険でもなんでもないのだろう。 そう思った執事は笑うと、 「では、ジョンさまにお任せいたします。」 と言ったので、ジョンは、「任せなさい!」と言って、胸をドンと叩き、モニターの画面を消す。 リビングを出たジョンは、再び険しい顔つきになると、真っ直ぐに玄関へと向かった。 そして、玄関の戸を開ける前に、巴に向かってメッセージで〈今は家に戻らないでくれ〉と送る。 それからジョンは素早く外へと出ると、後ろ手に玄関の戸を閉めた。 「我が家に何かご用ですか、羽柴さん?」 そう尋ねるジョンは、いつもの温厚な紳士の姿とはかけ離れ、威圧感に満ち満ちていた。 会うなりジョンに最大限警戒されてしまった羽柴は、それでも顔から笑みを絶やさず、 「ご無沙汰しております、ジョンさま。今日は一つお願いがあって参りました。」 「そういったことでしたら、こちらがそちらの期待に添えるとは思えませんので、どうぞお
かすみが御子柴家で暮らし始めて早半月が経とうとしていた。 あれから何度か大家さんに部屋のことを聞いてみたものの、まだまだ時間がかかるとしか言ってもらえなかった。 さすがにこれ以上かかるようなら、新たに部屋でも借りようかな。 そう、かすみが思うであろことなど御子柴家の人々はお見通しであったようで、皆から口々に遠慮はなしだと言われてしまうのであった。 「では、せめて何かお家のことをさせてください。掃除とか、料理とか!」 ジョンは困ったように笑うと、 「家事は一通り家政婦さんたちがしてくれるんだ。それに、彼女たちの仕事は奪えないよ。」 「では、せめて家賃はお支払いいたします!」 「空いてる部屋を貸してるだけだもの。それに、家族同然のかすみちゃんからお金なんてもらえないわ。」と、巴。 咲希は先週A国に帰ってしまっていなかったが、きっと同じことを言っていただろう。 そんな中、弥一は軽く手を上げると、 「毎日とは言わないけど、俺はかすみさんの作るご飯が食べたいです!」 巴は呆れたような表情を浮かべると、 「何を言い出すのかと思ったら。それこそ、お金を払って食べに行ったらいいでしょう?」 その巴の言葉に、かすみは「あ。」と言って反応したが、すかさず弥一が、 「食べに行く、って。どこに?」 巴とジョンは思わず弥一を凝視した。 「あなた知らないの?」と聞く巴に、「何を?」と、弥一は少し眉間にしわを寄せる。 かすみは申し訳なさそうに、小さな声でおずおずと、 「実は、来月からお店を出すんです。」 「はい⁉︎」 驚く弥一に、「大きな声出さないでちょうだい。」と、巴は不機嫌そうに言った。 「いやいやいや、無理でしょう。びっくりしすぎたんだから、そりゃ大きな声だって出るでしょうよ!」 弥一はそう巴に文句を言ってから、かすみに向き直ると、 「お店を出す、ってかすみさんが?」 「はい。」 「どこに?」 「あ、えっと。緑王市に、です。」 "うちの会社があるところの隣の市じゃないか" そう思った弥一は、 「何のお店?」 「あ、カフェです。」 「カフェ!!」 弥一があまりにキラキラとした目でかすみを見るものだから、かすみは黙っていたことへの申し訳なさが増してしまう。
「ナポリタンすっごく美味しかったね!」 喫茶店を出た弥一は、そう言ってかすみに振り返った。 そして、そんな弥一の目に、かすみがかばんから財布を手に取る姿が映ったので、 「かすみさん、お金なら要らないよ?」 喫茶店の代金は弥一が払った。 もちろん、そうしたかったからだった。 この喫茶店では支払いの際にクレジットカードが使えなかったのだが、弥一は現金をいくらか持ち歩くようにしていたので問題なかった。 「いえ、年下の方に奢らせるわけにはいきません。せめて自分の分だけでも払わせてください。」 弥一はかすみを真っ直ぐに見つめると、 「かすみさんのそういう、人を頼らない自立心?すごくかっこいいと思うよ。俺は、小さい頃からお金は男が払うものだって教わってきたし、なんなら俺って結構お金持ちなほうじゃない?だから一層、払って当然だって思うし、思われてると思う。そんな俺にとって、自分の分は自分で、って徹底してるかすみさんはかっこいいよ。」 弥一に褒められたかすみは、照れたように笑った。 だが、次に弥一はかすみと目線を合わせるべく、少しかがんでみせると、 「けど、俺はかすみさんのことが好きな男だからさ。好きな人からは頼られたいし、デートの時はお金を払いたいもんなんだよ。例え自分のほうが年下だといえどもね。知らなかった?」 弥一のストレートな言葉に、かすみは嬉しいのと恥ずかしいのとで、目が泳いでしまう。 「ーどうしてこんなおばさんを?前にも言いましたが、御子柴さんなら引くて数多です。わざわざこんなのを選ばなくても。」 弥一は小さく笑うと、 「かすみさんって、自分に自信がないみたいに言うけど、いつも意外だなって思ってたんだ。」 「え?」 「だって、かすみさんってかなり我が強いじゃない?俺と会わないようにしようって決めたら、同じ家に住んでても本当に会えないし、この日に出ていくって決めたら、そうしちゃうからさ。我の強い人だな、ってずっとそう思ってたよ。」 「それは、その。すみませんでした。」 「ごめん、ごめん。謝らせるような言い方しちゃった。けどね。過去の自分のせいだって分かってても、好きな人がある日忽然と姿を消しちゃったっていうのは、俺の中でも今もかなりのトラウマでー」 「本当に申し訳ありませんでした。」
訝しむように自分を見つめる弥一に、咲希は、 「お兄、知らないほうが幸せなことってあると思うよ?口を滑らせちゃったことは本当に悪いと思ってるけど、真実を知ったら、お兄のガラス細工のような繊細なハートじゃきっと耐えられない。粉々に砕けちゃう。」 咲希のその鼻にかかる演技に呆気に取られていた弥一だったが、何か言おうと口を開きかけたところ咲希はそれを遮って、 「けど、お兄がそこまで言うなら私も心を鬼にするしかないわね!」 そう言って、その肩に下げていた可愛いらしいショルダーバッグをゴソゴソと漁って携帯電話を取り出した。 「何も言ってないんですけど。」 そう言う弥一を完全に無視し
そう言うと、女の子はその長い足で一直線に弥一たちに向かって歩いてくると、ソファにうなだれて座っている弥一を前にし、その腕を組んで仁王立ちした。 彼女の服装は上下紺色のセットアップで、上は胸元が大胆に開いた白いTシャツにジャケットを羽織り、下はショートパンツを履いていた。 そのショートパンツから覗く、長くて真っ直ぐな美脚を前に、三雲はごくりと唾を飲み込んだ。 そして、そのまま視線を上げて女の子を覗き見る。 そこには腰近くまで伸びた綺麗な栗色の髪に、透き通った肌の整った顔立ちがあった。 その小さな枠の中に、長いまつ毛のぱっちりした目と程よい高さで形の良い鼻、ぷっくりした色艶の
三雲は、信じられないといった様子で弥一を見つめていた。 ウォッカとはいえ、弥一が口にしたのはほんの小さなグラスにたったの二杯である。 そんな量で泥酔って… そもそも、そんなに酒が弱いならウォッカなんて頼むなよ! しかもこっちはまだ一口も飲んでもいなければ食べてもいないってのに。独りよがりが過ぎるだろ! と、一通り頭の中で喚き散らかしてから、はあ、とくたびれたように息を吐き出した。そして、仕方なしに弥一の介抱に取り掛かる。 彼は弥一の肩に手を掛けると、そのまま優しく揺さぶり起こそうとした。 弥一は嫌そうに「うーん。」と低く呻くだけで、目を開けようとさえしない。 三
過去に思いを馳せていた弥一の耳に、「社長、着きましたよ。」と、三雲の声が響く。 一気に現実に引き戻された弥一は、反射的に「ああ。」と返して、シートベルトを外した。 そして、運転手が開けてくれたドアからその長い足を外に出しながら、 「今日は厄介な接待に付き合わせて悪かったな。明日の昼にでもこの埋め合わせをしたいから、予定空けといてくれよ。お前の大好きな寿司でも一緒に食いに行こう。じゃあ、お前も早く帰って休め。」 そう三雲に言って車を降りると、今度はドアを開けてくれた運転手に向かっていつものように「ありがとう。」と言った。運転手もまた、「とんでもございません。」と言って微笑む。弥一







