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18:報いを受ける

last update Last Updated: 2025-06-14 11:14:03

 アリアは父と会うとを決めた。逃げていてはいつまでも過去に縛られることになる。フリードが同席して万全の警護が敷かれた中で、アリアはクライネルト侯爵と対面した。

 父はアリアの姿を一目見るなり、言葉を失った。そこには、かつての地味で影の薄い娘の面影はなかった。自信を持てずにおどおどとして、人の顔色を伺ってばかりのアリアはいなかった。

 上質なドレスを身に纏い、自信に満ちた穏やかな表情で佇むアリアは、まるでどこかの国の王女のような気品と輝きを放っていた。

 そして何よりも彼女の隣ではヴァルハイト公国の若き支配者フリードが、絶対的な守護者のように寄り添っている。

「ア、アリア……なのか……?」

 クライネルト侯爵は震える声で呟いた。彼は自分がどれほど大きな過ちを犯したのかを、この瞬間に悟った。

 どこかでまだ疑っていた。あの「出来損ない」の娘が聖女とまで呼ばれるほどの功績を上げるはずはないと。才能があったはずはないと。

 けれどこの姿を見れば、もう疑いの余地はない。

 娘の前に崩れるように膝をつき、床に額を擦り付けて泣きながら謝罪の言葉を繰り返した。

「許してくれ、アリア……! この愚かな父を……! お前の才能を見抜けず、あのような酷い仕打ちを……。だが、どうか……どうか国を、そして私たち家族を救ってくれ……! お前がいなければ、アストレアはもう……!」

 アリアは父の無様な姿を静かに見つめていた。かつてあれほど恐ろしかった父が、今はこんなにも小さく哀れに見える。

 憐れみはある。けれどそれ以上は心が動かなかった。

 家族への情は既に擦り切れていたのだと、アリアは思う。

 彼女はゆっくりと口を開いた。氷のように冷たく、しかしどこまでも澄み渡っている声で。

「お父様。あなた方が私にしたことを、私が忘れることは決してありません。どれほど謝罪の言葉を重ねられようと

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