LOGIN社内規定で、3年連続のトップセールスを達成すれば、30坪のマンションが贈呈されるはずだった。 俺はそのために死に物狂いで契約を獲ってきたのに、条件を達成した途端、規定は廃止になったと言い渡された。 上司の山口翔(やまぐち しょう)は1万円の賞与を突きつけて、馬鹿にしたように笑った。 「営業能力があるのはいいことだ。だが会社の方針への理解が足りないな。 若いうちは調子に乗らず、大人しくしていた方がいいぞ」 俺は感情的になることなく、3年かけて手に入れたこの「高額」な賞与を淡々と受け取った。 2日後、本社による年度売り上げの査定が行われた。 顧客から届いた1億6000万の注文書を、俺はその場で突き返した。 上司の指示に従うことこそ、プロの務めだ。 目立たず大人しくしてろというなら、何もせずに大人しくしていてやる。 どうせ売り上げが目標に届かなくて困るのは、俺じゃないのだから。
View Moreしかし、口を開くより先に、翔は叔父からの電話に出た。「この馬鹿!お前という奴はどこまで愚かなんだ?慎重に動けとあれほど言っただろう?年度売り上げの査定しに来たのが会長の娘さんだと知っているのか?よくもまあ俺の名前を出せたな。そんなに早く俺を潰したいのか!言っておくが、今回は助けてやれない。会社に残れるかはお前自身の運次第だ。今後はもう二度と俺に連絡するな。お前のせいで、あやうく解雇されるところだったんだぞ!」相手は怒鳴り散らすと、一方的に電話を切った。翔は反論する隙すらなかった。ここでようやく、俺は紬の正体を知った。どうりで彼女は、翔の処分を決定する権限を持っているわけだ。紬は表情を変えず、静かで深淵のような冷たい視線で俺を見た。「後藤さん?」紬は戸惑った様子で、ぎこちなく俺を呼んだ。俺が頷くと、紬は言葉を継いだ。「事態は解決済みよ。あなたが申請した手当については、秘書の鈴木さんに任せてあるわ。会社の発展に貢献してくれて感謝している。我が社は、あなたのような人材を必要としているわ」紬はさらりと俺を高く評価してくれた。荷が重いと感じた俺は、冷静に答えた。「井上さん、もったいないお言葉です。自分はただ、正当な手当を求めただけですから。それに、今回の件が片付いたのは井上さんが冷静に判断してくださったからです。自分は事実をまとめて報告しただけです」この功績を俺が受けるわけにはいかない。紬は無言で頷き、翔の方に視線を移した。「山口支店長にサインさせたら、すぐ警備員に会社から追い出させて。我が社は会社を食い物にする害虫を許容しないわ。見つけ次第、即解雇よ!」続いて美優に声明を作成させ、全社掲示板に投稿させた。翔が行った数々の不正は、あますところなく社内全体に知れ渡った。俺自身も今回の件で一躍有名になった。無事マンション贈呈の申請が通り、なぜか特例で30坪の部屋が36坪になった。紬から届いた祝辞によると、プラス6坪分は今回の慰謝料のようなものだそうだ。会社として、社員の手当を不当に奪うようなことは二度としない。どうかもう一度、会社に機会を与えてほしい。そして、全社員で監督してほしい、という旨が何度も強調されていた。支店長室から出た時、信じられないほど心が軽くなっていた。社内掲示板の通知
紬はタブレットの証拠に目を通した瞬間、今日会社に来てからずっと変わらなかった表情が一変した。彼は眉をひそめ、険しい表情を浮かべた。翔が弁明しようとするのを遮り、紬は冷たい声で問い詰めた。「山口支店長、社内で上を欺いて不正を働いたのね。副社長ご本人はこのことを知っているの?」その言葉で、翔の精神的な支えは完全に崩れ去った。翔は青ざめた顔で、渡されたタブレットを凝視した。そこには申請書が克明に写し出されていた。内容は俺が受け取るはずだった、30坪のマンションの贈呈申請だ。しかし署名欄にあったのは俺の名前ではなく、知らない誰かの名前だった。だが、そこに添えられた証拠書類はすべて、俺のものだった。翔は、本当にこの会社を私物化できるとでも思っていたのか?叔父が本社の副社長だからと、自分が王様にでもなったと勘違いしていたのだろうか?社員の手当を着服することに、何の恥じらいも感じていなかったようだ。翔は口をパクパクと動かすだけで、何も言い返せない様子だった。周りは静まり返り、一触即発の空気が流れた。紬の放つ上司としての威圧感に、部屋の空気が張り詰める。俺は背筋がゾッとするような冷たさを覚えた。そのとき、翔のスマホが鳴り響いた。彼は不機嫌そうに一瞥すると、肥えた指で乱暴に通話を切った。それでも相手はしつこく何度も呼び出しを続けた。苛立ち紛れに通話に出た瞬間、受話器から怒声が飛び出してきた。「翔、何で切るのよ?マンション一部屋手に入れたくらいで、いい気にならないでちょうだい!あなたが今の立場にいられるのは誰のおかげだと思ってるの!いい、さっさとそのマンションを空け渡しなさい。うちの弟が住みたがってるんだから。他の社員の手当も取れるだけかき集めてきて、親戚にも配ってあげなきゃならないのよ」翔は慌てて電話を切ったが、すでに遅すぎた。内容は周りに筒抜けだった。その場にいた全員が、翔の妻が何を言っているか完全に理解した。「井上さん、誤解です。説明させてください、これは決して不正などしていません」翔は焦った様子で弁解した。しかし紬は静かに立ち上がり、凍りつくような冷たい瞳で翔を射抜いた。彼女の声は氷のようだった。「この件はありのまま、本社に報告する」そう言うと、紬はその場でスマホを取り出
俺が言い返すと、翔の目から怒りの炎が今にも吹き出しそうだった。「証拠か?君が上司の指示を無視して1億6000万の案件を断り、会社に莫大な損害を与えたことだ!」翔はいわゆる罪状を突きつけてきた。だが、俺がその案件を断ったことには正当な理由があり、会社の規則に沿っている。その1億6000万の案件は他の社員にとっても完遂不可能であり、俺は実状に基づいて契約をお断りしたまでだ。紬に経緯を説明した際、彼女はこう言った。「確かに、規定違反はしていないな」翔がこれまで誇示してきた面目は、俺によって衆目の前で打ち崩された。彼が打ちのめされた様子を見て、胸がすく思いだった。だが、これでは不十分だ。翔にとって痛手にもならない。「井上さん、お話はまだあります。これは支店長が経理に提出した精算書ですが、私が報奨の申請に使ったものと同じ規定に基づいています。お聞きしたいのですが、支店長が廃止しようとしている規定は、社員のみに適用され、支店長自身には適用されないのでしょうか?」たとえ翔の背後に誰がいようとも、俺は本来受け取るべきものを取り戻すつもりだ。続けて、俺はスマホから精算書を表示した。それこそが翔の逃げ場を塞ぐ動かぬ証拠だった。翔は何らかの説明をしなければならない。俺は顔色を失った翔を冷めた目で見やった。彼は拳を固く握り締め、歯を食いしばりながら俺を睨みつけている。もし視線だけで人を殺せるなら、俺はとっくに粉々に打ち砕かれていただろう。背中から感じる火照った感覚が徐々に薄れていった。翔は激昂して言った。「後藤、言葉に気をつけろ!君が申請した時には、例の規定は期限切れで廃止済みだと断言されたが、こっちが出した時にはまだ期限内だった。二つを混同しないでくれ。こっちは完全に規定に基づいて仕事をしているだけだ!」翔自身の言葉を聞いて、思わず失笑した。彼はついに自分の過失を自ら認めたのだ。横で紬は何も言わず、リクライニングチェアに腰掛けたまま、俺と翔の攻防を静かに見守っている。そして、時折、俺が提出した資料ファイルに目を通していた。「山口支店長、あなたは本当に会社の規定に従って職務を遂行したと言い切れるの?」紬が不意に尋ねた。それはまるで法廷で判決を下す直前の確認のようだった。翔は顔を上げ、まるで俺
180秒。見上げると、支店長室のドアは閉ざされたままだった。208秒経った頃、ようやくその扉が開いた。中から現れた、紬の秘書・鈴木美優(すずき みゆ)を見て、俺はかすかに口角を上げた。裁きを下す人が、ようやく揃った。「後藤さん、井上さんがお呼びです」俺は頷くと、机にあったボイスレコーダーと、マンション贈呈の申請資料を手に取り、支店長室へ向かった。今日二度目の支店長室だ。俺は今朝と同じ場所に立った。背中には変わらず、眩しい日差しが注いでいる。唯一違うのは、俺の目の前に座っているのが翔ではなく、紬であることだけ。「後藤さん、たかだか報奨金のために上司を脅すなんて、賢いやり方とは言えないわね。これまでの会社への貢献に免じて、特別に100万円を支払ってあげる。これが優れた業績への賞与よ」紬は、世間体を気にして騒ぎを揉み消そうとした。金で解決できないトラブルなどない。そう思っているのだろう。俺は資料を握りしめ、紬に差し出した。「こちらが入社してからの3年間の実績報告書と月別販売ランキング表、そして従業員ハンドブックです。どうか、一度目を通していただけませんか」俺は反論せず、ただ証拠を提示した。紬が受け取ったのを確認して、俺は言葉を続けた。「3年連続でトップセールスの成績を修めました。これにより、従業員ハンドブックの『従業員インセンティブ規定』に基づき、30坪のマンション一室の贈呈を受け取る資格を満たしているはずです」ここで少し息をつき、黙り込んでいる翔を横目で見ながら続けた。「それなのに、支店長は規定が変わったと言い張り、勝手に無効にしたんです。代わりの報酬金は1万円だけでした」俺は今朝確認した、1万円しか振り込まれていない振込記録を見せた。翔の冷たい視線を無視し、俺は入念に用意していた証拠を突きつける。紬は頷くと、落ち着かない様子の翔に視線を移した。何を考えているのか読めない冷めた瞳だ。「確かに、改訂は決定事項だわ」その言葉に、心臓が跳ね上がる。俺は強く拳を握りしめた。翔は勝利を確信したようにニヤついている。だが、紬の次の言葉で空気が凍りついた。「ただし、発効はまだよ。正式な変更は来年以降。今はまだ現行の規定が生きているから、申請は正当な権利ね」それでもまだ気は抜けな
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