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第4話

Author: 風待
どれくらいの時間、唇を重ねていただろうか。

ようやく唇を離した誠士は、すみれを壁際へと押しつけ、低くかすれた声で言い放った。

「……なんで挑発するんだよ。ゆいの前では、やるなって言っただろ」

すみれはその問いに答えず、彼の首に腕を絡めたまま、くすくすと笑い続けていた。

やがて、そっと耳元に口を寄せる。

吐息がふわりと耳にかかる。

「でもぉ、引っかかってたでしょ?焼きもち妬いてるの、バレバレだったもん。ちょっとくらいワガママ許してよぉ〜」

甘ったるい声でそうささやきながら、彼女の体は彼の胸にすり寄っていく。

その柔らかな曲線が、誠士の理性をじわじわと溶かしていく。

返事の代わりに、彼の呼吸が深く荒くなっていき――そして次の瞬間、堪えきれずにまた、唇がすみれの唇を激しく奪った。

「……明日、同じ花火、君にも打ち上げてやるよ。ゆいにすることは、全部君にもしてやる。ただ一つだけ……」

彼は息を荒げながら、それでも厳しい口調で続けた。

「――オレの一線は、ゆいの前でだけは絶対に越えるな」

知っていた。

ゆいは、もうとっくに知っていた。

でも――

実際にこの目で見てしまった、それだけで、心が崩れそうになった。

胸が、じんじんと痛む。鈍いナイフでゆっくりとえぐられるような、そんな痛み。

涙が、じわりと目に滲んだ。

視界がぼやけていくなか、扉のすき間から見えたのは――

重なり合う二人の影。

誠士の唇が、すみれのうなじへと降りていく。

そして彼の手は、彼女のスカートの中へ、音もなく忍び込んでいた。

女のくぐもった吐息、男の荒れた息づかい。

その音が、ドアの隙間からじわじわと漏れ出してくる。

脳は、叫んでいた。

――早く、ここから離れなきゃ……

でも。

足が、動かなかった。

地面に縫い付けられたかのように、どうしても、その場から動けなかった――

ほんの一枚の壁を隔てて、彼女は聞いていた。

かつて「絶対に裏切らない」と誓った男が、別の女と、貪り合う声を。

震える指でスマホを取り出し、扉のすき間から彼らの姿を捉えるようにカメラを向ける。

「……録画開始」

指が録画ボタンを押すと同時に、彼女は耳を塞ぐこともせず、ただ静かにその場に立ち尽くした。

二人の情事が続く限り、彼女もまた、そこに立ち続けた。

そして――

ついに二人が荒く激しい息を吐きながら絶頂に達したとき、彼女はスマホの画面に目を落とした。

録画時間――

一時間三十六分。

だが、それすらもまだ終わりではなかった。

誠士が次の包装を破ろうとしたその瞬間、すみれが甘ったるく口を開いた。

「社長……もう、だめよ……奥様は?こんな寒い中、ずっとお待ちしてるんじゃ……」

「うるさい、黙ってろ。伏せろ」

冷たく、一切の情もない声で誠士は命じると、容赦なく彼女を再び抱きしめ、次の「戦」を始めた。

もう限界だった。

ゆいは、震える足でその場を後にした。

ふらつく足取りで家に戻り、何も言わず、ただ黙々と動き始める。

過去の思い出――

誠士との写真、彼から贈られたプレゼントの数々。

二人で選んだ、愛の証のペアアイテム。

ウェディングドレス、結婚写真、結婚指輪。

それらすべてを、大きな箱に詰め込んでいく。

そして、全てを詰め終わったその箱を、後庭へ運ばせた。

使用人たちが去ったのを見計らい、彼女は無表情のまま、静かにライターを取り出した。

――カチッ。

火が灯り、箱に触れる。

パチパチと音を立てて、愛の記憶が炎に包まれていく。

やがて、彼女は後ろにある庭園へと目を向けた。

そこには、誠士がかつて彼女のために植えた薔薇が、満開に咲き誇っていた。

「薔薇は純潔の愛を意味するんだって」

誠士はそう言って、笑顔で彼女を抱きしめた。

「君はオレが初めて本気になった子だ。結婚したいって思えた、唯一の子。オレの想いは――純粋で、汚れなんてない」

……あのときの言葉が、胸を締めつけるように蘇った。

「……純粋、汚れてない?」

ゆいは、さっき見た光景を思い出して、ふっと鼻で笑った。

そして――もう一度、ライターの火を強めに当てた。

ごうっ、と炎が燃え上がる。

あっという間に、あの薔薇は炎に呑まれていった。

夢みたいだった庭園が、一瞬で業火の海へと変わっていく。

彼女はただその場に立ち尽くし、冷たい目でそのすべてを見届けた。

――朝倉誠士――薔薇は、もう二度と咲かないよ。

――私たちの間にも、「次」なんてない。

燃えさかる炎が後庭を跡形もなく焼き尽くしたそのとき、ゆいは静かに部屋へ戻った。

そして――無言でスーツケースを開き、荷物を詰め始めた。

ちょうど荷物を半分ほど詰めたころだった。

突然、外から焦ったような足音が近づいてくる。

……まさか。

と思った次の瞬間――

「バンッ!」

ドアが勢いよく開け放たれ、額に汗を浮かべた誠士が、息を切らして飛び込んできた。

彼の目が、彼女の姿を確認するなり、安堵の色に変わる。

「ゆい!どうして一人でいなくなったんだよ……探して、探して、気が狂いそうだったんだぞ!」

その声は震えていた。心底怖がっていたのが、はっきり伝わる。

でも――

ゆいは黙ったまま、ただ彼を見つめていた。

その沈黙が逆に何かを告げていて、誠士の表情が少しずつ青ざめていく。

そして次の瞬間――

彼の視線が、クローゼットに広がった洋服の山に向いた。

――それが、全てを物語っていた。

頭の中が真っ白になったような衝撃に、誠士は立ち尽くす。

そして、絞り出すように震える声が漏れた。

「……なんで、荷造りしてるの……どこへ行くつもりなんだ……?」

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