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3. 夫よりも、熱かった

last update publish date: 2026-09-15 19:30:47

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大峙洞(テチドン) — ソウル・江南(カンナム)にある高級住宅街。高級複合型レジデンス(住居と商業施設が一体化した邸宅)が立ち並び、洗練されたマナーの良い人々が暮らす街として知られる。韓国随一の教育熱心なエリアでもあり、子どもの教育にすべてを注ぐ、いわゆる"教育ママ"たちの存在感も強い。二代、三代と受け継がれてきた旧家の富裕層も多く、この街に根を張って生きる人々が少なくない。

道谷洞(トゴクドン) — 大峙洞のすぐ隣に位置する街。行政区域上は分かれているが、実際には境界がほとんど分からないほど隣接しており、生活圏も学区も大峙洞とまったく同じだ。事実上、大峙洞と道谷洞は一体の街として語られることが多い。ソウルの中でも「もっとも住んでみたい」と憧れられる高級住宅街のひとつでもある。

良才川(ヤンジェチョン) — 安未来が暮らす最高級複合レジデンスのすぐそばを流れる川。管理が行き届き、水辺は清潔で、緑豊かな景観も美しく整えられている。まるでニューヨークのセントラルパークビューのような眺めが広がることから、大峙洞に住んでいない人々の間でも「一度は良才川沿いに住んでみたい」という憧れの対象となっている。


皮膚科の回復室は静かだった。

代表院長が落ち着かない顔で、何度も腰を折った。

「本当に申し訳ございません、安未来様。よりによってオープンをお祝いに来てくださった日に、こんな不祥事が起きてしまうなんて……」

「いいえ、院長先生。わたしが怖がりで、少し大げさに騒いでしまっただけですから。拡張移転、改めて心からお祝い申し上げます」

「お体は本当に大丈夫ですか?」

「ええ、本当に大丈夫です。少し驚いただけですから」

ミレは席から優雅に立ち上がった。

口角を美しく上げた微笑みは、寸分の狂いもなく完璧だった。つい先ほど闇の中で息を切らせ、見知らぬ男の腕の中で崩れ落ちていた女だとは、とても信じられないほど、非の打ちどころのない顔だった。

「今日は疲れたので、先に失礼しますね」

真喜はどうにか会場へ戻った。

けれど耳をかすめる人々の声は、すべて水の中から聞こえてくるように、ぼんやりとくぐもって響くだけだった。

顔すら、まともに見ていなかった。名前が何かも知らなかった。

それなのに、理性ではなく、手が、体が、あの女を覚えていた。

走る車の中。

信号でしばらく止まった車の中で、ミレは自分の手のひらをゆっくりと広げてみた。

『僕が支えていますから、安心してください』

ミレはゆっくりと目を閉じた。

車窓の外を、道谷洞の街灯の光が、星の瞬きのように速く流れていった。

家の中は、ひどく静まり返っていた。

ミレは浴室に入り、長い時間、熱いお湯を浴び続けた。煮えたぎるような湯の筋が、白い背中を伝ってとめどなく流れ落ちた。その水の流れが、闇の中であの男の大きな手のひらが触れていた場所を、そっとかすめていった。

ミレはしばらく手を伸ばし、その場所をそっと押さえてみたが、やがて物寂しく手を引いた。

ドレスルームの前に立ち、とても薄く柔らかなシルクのスリップを取り出して身にまとった。

誰にも見られることのない深夜であっても、安未来は自分自身のために、一番美しいものを選ぶ、プライドの高い、自分を大切にする女だったから。

鏡の中の女は、それでも眩しいほどに美しかった。

ずっと遠い昔には、夫も囁いてくれたことがあった。

今日の君は本当に綺麗だ、と。

その優しい褒め言葉が、いったいいつから煙のように消えてしまったのか、正確には思い出せなかった。

寝室のドアを開けて入ると、夫はすでにベッドの片隅で、無関心そうに横になっていた。

「……今日、病院のエレベーターが、途中で止まったんです」

「そうか」

「暗くて……少し怖かったです」

「もう大丈夫だろ」

それで、会話は終わりだった。

ミレはベッドの脇に立ち、夫の大きな背中をじっと見つめた。

広く、頑丈な背中。十数年もの歳月をともに生きてきた、自分の夫の背中だった。

けれどあの背中は、ただの一度も、ミレに向かって「辛かったら僕に寄りかかっていいよ」という優しい安らぎを差し出してくれたことはなかった。

「電気、消すか?」

「ええ」

カチッ――。

闇が部屋の中を呑み込んだ。

同じベッド、同じ布団をかぶり、同じ天井を共有する家。それなのに、世界でもっとも遠い距離に置かれた二人。

ミレは寝返りを打ち、ゆっくりと目を閉じた。

深い闇が下りてくると同時に、脳裏をよぎって浮かび上がった姿は、意地悪なことに、十七年をともに生きた夫の顔ではなかった。

耳元に響いていた、あの男の低い声。

自分が崩れ落ちないよう支えてくれた、硬い腕。

シルクの布地を突き抜けて、肌にまで沁みこんできた、あの手のひらの熱。

闇の中で何も見えなかったはずなのに、不思議なことに、彼の体だけはあまりにも鮮明に記憶に残っていた。

いや――目で見たときよりも、ずっと鮮明だった。

今夜初めて出会った、名前も知らない見知らぬ男の腕の中のほうが、十年をともに擦り合わせてきた夫の肌よりも、ずっと熱く、安全だった。

それが、ひどく甘美であることこそが、問題だった。

名前も、顔も知らない。

けれど、彼の呼吸がふと止まった、あの一瞬を、体じゅうの細胞が覚えていた。

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