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5.人気キャラクター オクトパックス

last update Huling Na-update: 2025-11-12 16:00:00

 八本軒には定休日はない。ほぼ紫麻の気まぐれで決まる。

 客足の無い店故に、困る客と言えば鹿野くらいだ。

 その日、早朝のアラームで目を覚ました紫麻は僵屍の如くザフっと布団から跳ね起きた。

 洗面台に行くと、小さめの歯ブラシに海水塩をのせ、それを咥えながら長い髪を梳いていく。

「〜〜〜♪」

 ふとクローゼットを開く手が止まり、一度口をすすいでから再びクローゼットの前で首を捻る。

「店内でチャイナドレスを着るのはとても喜ばれるが……。街歩きであまり見かけないのは何故だ。この町で見ないだけか ? 中華の街では沢山いたんだが。鹿野の言う通りコスプレという行為なのか……謎だな」

 いつものドレス陣を掻き分け、奥の棚から新品のTシャツを取り出す。

「オクトパックスの限定シャツ……服を買いに行く服がない。くっ…… ! 仕方ない……」

 智天使は言わば中間管理職。信仰心の薄れた現代で、天使の雇用もコストカット。大天使  ガブリエルのそばにいながらにしてリストラされた智天使  カシエル。人間界でも暫くは堕天使のなりを潜めて海底で暮らしていたが、兎にも角にも住みにくい。

 海の神の一人として蛸の化身となったが、膨れ上がっていく人間への恨み辛みが神にバレると、すぐに堕天する運びとなった。

「最初にいた島は、オシャレという概念が無かった故にとても難しい。……だが、無理やりにでもオスとペアリングさせようとする文化がないこの国は住みやすい。それとも時代のせいなのか」

 鏡を見詰め、ベージュピンクの唇が一瞬でスカーレッドへ変わる。紫麻のメイクはいつも擬態として色味を変えているのだ。

「準備よし。それではいざ」

 ハンドバッグを片手に、本日は午前休業の札を店に掛け路地を出た。

 シャツにプリントされたオクトパックスは、マダコ、メンダコ、ヒョウモンダコ、コウモリダコ、ミミックオクトパス、六匹のファンシーキャラクターである。

 □□

『完売』

 赤文字で大きく書かれたプレートを大きく掲げるスタッフに紫麻は呆然と衣料量販店の紙袋を地面に落とした。

「完売しました〜。あ、もう商品ないです〜。いや、特典だけじゃなくて、商品も完売です〜。

 モバイルバッテリーオクトパックス限定モデル売り切れです〜」

「何故だ !!!! 」

「う、うわっ !? 」

 紫麻は紙袋を投げ出すと、店員に掴みかかる。

「何故だ !!? 情報では十時開店のはずだ ! 何故九時半に店が開いているんだ ! 」

「ね、熱中症対策です……多くの方がお並びになっていましたので……店長が早めに。並んでる人も十人程度でしたし」

「くっ…… ! 油断 !! 不覚 !! 」

 紫麻は真っ赤な唇を噛み締めながら、目に涙を浮かべて踵を返して来た道を一歩踏み出した。

 そこへ一人の男が声をかけてきた。

「八本軒のお姉さん ? 」

「あなたは……ヘヨンか。偶然だ……ですね」

 互いに会話が進む前にヘヨンの側へ桜のような儚く可愛らしい少女がまとわりついて来た。ツーサイドアップにしたミルクティー色の髪に華奢な身体付きに映えるボリュームのあるフリルのスカート。厚底の靴がピタりと止まる。

「ユウ君 ! 次行こ〜……え ? この人誰 ? 」

「あ〜……。これはですね……あの、こいつは…… ! 」

 ヘヨンが玉のような汗を浮かべながら紫麻に取り繕う。

 最初から女遊びの激しい男だ。紫麻は顔色一つ変えずにヘヨンを見下ろす。

「何も言ってませんよ」

「あの、あ〜 ! 言い訳させて ! 」

 ヘヨンが手を合わせ、紫麻に頭を下げだした。

「この人、八本軒の人なんだ」

「えぇ !? あの爆速調理の !? 」

 味の評価は出てこないが、提供速度と店の雰囲気はまずまずの評価なようだ。

「お姉さん、さっき店員さんと言い合ってました ? あ、もしかして、オクトパックスの限定品目当てでした ? 」

「あ、ええ。そうなのですが……」

 少女は自分のリュックを下ろすと、未開封のモバイルバッテリーを紫麻に差し出した。

「特典もどうぞ。わたし、友達に頼まれてたんですけど、今月ちょっと払えないからってキャンセルされちゃって。余ってたんです」

「本当によろしいか !? いただいてよろしいのか !? 」

 取り乱し歓喜する紫麻を見てヘヨンが吹き出す。

「あはは。お姉さんの口調って、やっぱ営業キャラだったんですね」

「い、いえ。思わず、です。

 とても嬉しいです。ありがとうございます」

「いえいえ〜。ユウ君がお世話になってまーす」

「宜しければご馳走します」

「え !? いいんですか !? 」

「ま、待って、ヒロミ」

「行きます〜 ! ユウ君別にいいじゃん。行こうよ」

 紫麻の店は市役所に近い。この女性と同伴中に梨花子と鉢合わせては怖るのだろう。

「本日は臨時休業にしてきましたので、宜しければ貸し切りとしてご利用して頂いても構いません。これはお礼です」

「そ、それじゃ……」

 ヘヨン──改め、ユウ君と言うカップルを紫麻は店に招く事となった。

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