LOGIN「ヘヨン、お待たせ」
『全然待ってないよ ! リカコ ! 』
紫麻はメニューを開く気の無さそうなリカコをにっこりと見つめたまま。
一方、カウンターには運悪く鹿野がいるのだ。「おー ! これ、あれだろ ? なんだっけ ? つまりテレビ電話だろー ? 今は会議とかもこれでやるんだよなぁ ? 」
「そうです。
あ、そうだった ! お姉さん ! 天津飯をお願い ! 」「天津飯ですね。かしこまりました、少々お待ちください」
紫麻が大きな中華鍋を火にかけ、黒くギラつく表面がチリチリと音をたてた頃、卵のジュッ ! っと言う豪快な音が店内に響く。
「あんたリカコってのかァ。
ほんで、これが彼氏さんかい ? いい男じゃねぇか」鹿野の言葉にリカコとヘヨンは満更でもなさそうだった。
鹿野は散々ヘラヘラ絡んだ後、再びお気に入りの席へ戻った。これで泥酔レベル50%だ。『綺麗な所だね ? 今どこにいるの ? BAR ? 』
「職場近くの中華屋さんなの」
『へ〜、なんか中華版魔法使いの部屋って感じ』
そこへ紫麻が天津飯をサーブしてきた。
「お待たせいたしました。天津飯でございます」
「わ、早っ ! ありがとうご……ざいます……」
リカコの視線が天津飯に釘付けになる。
リカコの挙動に気付いた紫麻が思い出したように、張り紙を指さす。「そうでした。最初に言っておくべきでした。
わたしがアレルギーでして、うちに海産物のメニューやお出汁はありません。故に……餡かけに蟹などは入れることが出来ないのです。 別なメニューを作り直しましょうか ? 」「あ、いいえ ! 大丈夫です ! お、美味しそうだし ! 」
リカコはレンゲを持つと、少し躊躇った様子でトレイを自分の方へ寄せる。
天津飯──とは言い難い。例えるなら巨大なおむすびに大きな卵焼きを乗せて餡をかけただけの……何かだ。事実、紫麻の料理は八割が不味いのだ。
『美味しい ? 』
「う、うん。美味……しい…… ? 店員さんはめちゃくちゃ美人 !
それでね、あそこショップ限定でストラップが付くんだってさ」『へえ〜いいかも。ねぇ俺の分もお願い〜。買っておいてよ』
「いいよ」
なんでもない恋人同士の会話。
嫌でも紫麻にも鹿野にも会話は丸聞こえだ。何もやましい事が無ければ店内飲食で会話してる声量と変わりは無い。 しかし次の一言から不穏な空気を感じ取ることになっった。『じゃあさ、リカコごめん ! 今月もちょっと借してくれない ? 』
「えー ? またぁ !? 」
また、とは。
以前もあったのだろう。「いくら ? 」
『一度、そっちに会いに行くからさ。飛行機代合わせて……こんくらい』
「うーん。それならいいけどさぁ。わたしも借りてるモノあるし」
借りているモノ、とは ?
ヘヨンは流暢な日本語だ。 名前からすると韓国人男性だろうか ? Webカメラに写っている彼は金に困っているようには見えないが、それは外見でしか分かりえない上っ面だ。「じゃあね〜。うん、振り込んどくから」
別れを済ませて、リカコはお冷で玉子の塊を流し込む。
「ご馳走様でした」
「リカコさん、と仰るのですか ? 」
「はい ! 梨の花の子で、梨花子です ! 」
「可愛らしい名前です。遠距離恋愛ですか ? とても楽しそうです」
「そうなんです ! なかなか会えないから、すごく楽で」
「楽…… ですか。そういうものなのですね。パソコンにあるステッカーは、『オクトパックス』ですね。わたしもそのキャラクターが好きです」
「うわ、同志 ! いいですよね ! オクトパックス !! 」
「良ければまたお越しくださいね」
「はい ! 今度はお肉料理食べに来ます ! 」
そう言い、大きく手を振って店から出ていった。
「……あれだよなぁ」
鹿野が呆然と梨花子のいた席を見つめる。
「金の貸し借りは良くねぇや 」
「どうだろうな。
それにしては梨花子もなにか借り物があるようだし、毎回金をタカっているとは限らん」「いやいや。……返って来ればいいがよ。今どき市役所勤めったって、あのこの年じゃ『騙されても痛くも痒くもねぇ』とはならんだろ」
「わたしにどうしろと ?
……それに韓国までは遠すぎだ」今回は見送りか。
紫麻の様子に、鹿野はホッとしたように教会から持ってきたワインのコルクを開けた。□□□
翌週、梨花子はその男性と共に八本軒へ現れた。
「こんにちは〜 ! 」
梨花子はやはり私生活は若々しい雰囲気だった。普段は意識して地味に纏めているのだと紫麻は確信する。律儀なものだ。普段のホワイトカラーは窮屈だろうと紫麻は物思いにふける。
今日もカウンターの角で鹿野は酒を入れていた。泥酔レベル60%だ。やや危険。「梨花子さん、いらっしゃいませ」
「来ちゃいました ! なんかこのお店の雰囲気気に入りました ! 清潔だし、個性的だし !
ヘヨン、ここがこないだの」「ああ、爆速調理の ! 海鮮NG中華のお姉さんですね」
「大衆中華 八本軒。どうぞいつでも歓迎いたします」
紫麻は笑みを浮かべて二人を案内するだけだ。
「お冷はセルフです。お決まりになりましたらお呼びください」
「はーい」
男女二人。仲睦まじく肩を並べる。
一目見て気になったのはヘヨンの荷物の多さだった。移住でもしに来たのかという荷物量。一先ずどこかへ預けてから来ればいいものを。恐らくこれから少しづつ梨花子の家へ通う生活用品一式なのだろう。初々しいことだ。 だが、この寂れた路地裏の町中華に、国外から来て直行してくれた客を邪険に扱うことは勿論しない。そもそも梨花子の事も深く知らないのだから、あれこれ世話を焼くのは野暮である。「それじゃあ ! えっと、青椒肉絲と麻婆豆腐をお願いします」
「かしこまりました。青椒肉絲と麻婆豆腐、ありがとうございます」
紫麻が厨房へ入ると、鹿野がよろよろ、カソックを着たままの姿で二人に絡む。
「なぁ〜んだ、すげぇ荷物だな ! サンタが来たかと思ったぜぇ〜」
鹿野は今日もやった。ウザ絡み神父。
常習犯である。酔うと必ず客に絡む。 しかしヘヨンも愛想のいい男だ。大学生くらいかと言うほど童顔で、人懐こい笑顔を見せた。「こんにちは。こないだの常連さんですね。僕はヘヨンです」
「いやぁ〜、最近の子は本当に言語が達者だよなぁ〜。日本語出来るってこたァ、それなりに勉強もしてんだろ ? ってーと、英語もペラペラだろ〜」
「彼女のお陰です」
「いいなぁそういうの。いい事だ〜 ! 感動したっ !! 」
「鹿野。お客に絡まないで欲しい」
「すまんすまん」
鹿野が紫麻に追い払われ、カウンターに戻ると、早速青椒肉絲と麻婆豆腐の大皿を持った紫麻が出てくる。
「わ、早っ ! 」
「でしょー ? わたしも最初びっくりしたの ! お姉さん一人で鍋振ってるのにこのスピードだよ ? もうさ、手が十本無いと無理じゃない ? 」
「確かに ! 」
紫麻は何も言わず微笑む。
「十本じゃねんだ。八本だぁ〜」
鹿野はまたやらかす。
しかし常人はただの酔い人の戯れ言としか思っていない。「確かに。ここ『八本軒』だもんね」
「面白いね。
いただきます」「美味しそう〜。いただきまーす。
……なんて言うか、うん。中華はやっぱり油が凄いよね。麻婆豆腐はどう ? 」「…………っ ! 」
「え ? 」
「か……辛い…… !! 」
「う、うーん」
食事が進むと、ヘヨンの方から切り出してきた。
「実はさ……もう頻繁に日本に来れなくなると思うんだ」
「え…… ? なんで ? 」
「実は……家族が。母が倒れて。こないだ借りたお金も、精密検査のお金に使ったんだ」
「じゃあ……うちらの仕事どうするの ? わたしは副業出来ないし」
「でもこのままでは梨花子に迷惑になる。だから、もう終わらせたくて……」
鹿野は頭をボリボリとかいて手酌でグラスにワインを注ぐ。一方、紫麻は流しを布巾で拭いながら聞き耳を立てた。
「ちょっと確認させて。色々お互い確認してみようよ。絶対どうにか出来るって ! 」
梨花子は前のめりでヘヨンを引き止める。
「そりゃ……僕もそうしたいけれどね……」
煮え切らない状態のまま、その日二人は八本軒を後にした。
宇佐美の浴室の灯りが消え、カーテン越しにリビング、やがて寝室に移動するのがアパートの下から見える。「全く……。海希の顔が頭から消えん……。何だこの気持ちは……」 紫麻の青色のドレスの烏が揺れる。スリットから出た美しい肌が、見る見る間に縞模様が浮き出る。 ゆっくりと茂みに入るとドレスをたくし上げる。 ズル……ズル………… 茂みから紫麻の姿が消える──いや、背景と同化した。ゆっくりとアパートの階段を這いずって行く。 その粘膜は横壁を登り、換気の為に開けたバスルームの小さな格子窓に滑り込む。「……っ。〜〜〜…………」 何か宇佐美の独り言が聞こえる。 見えない影は寝室の前まで来ると、一度リビングへ向かった。 リビングは想像より物が散乱していた事だ。引越し前とは思えないが、宇佐美 玲が逮捕された時、ここにも家宅捜索が入ったはずだ。 窓際にダンボール箱が積み上げられてい。触腕で静かに箱を開ける。 中身は玲の服や今まで使用していた学童用具や洋服だ。他の箱はやはり衣服や本など。 リビングからカウンターを越えキッチンへ入る。 その時、カウンターの上に小さなケーキの箱があるのに気付いた。どこにでもあるチェーン店のケーキの箱だ。その箱のリボンの色が青色だった。 ふと思い出す。 砂北児童連続殺人と名称が変わった、男児の被害者の特徴。シルクのハンカチではない青いリボンの証拠。 しかし他に青いリボンは見当たらない。見れば見るほどそれらしく見えてくる。 どれも既製品で宇佐美が故意に揃えた物では無いと、そう思わせるような小さな物なのだ。 恐らく、使用する気でこの部屋に用意された物なのだ。不自然でない程度に。 紫麻はゆっくり寝室に近付くとドアを開けて忍び込む。
宇佐美はその後まっすぐ自宅へ帰宅していた。 張り込みをしていた鏡見と柊、そして賀川と鈴木は一度署に戻る判断をした。賀川から意見が出た。宇佐美 真子は捜査対象になりうる。これをもう一度、本部へ応援を要請すべきという判断だった。寧ろ他の捜査官が指示を受けているのが普通である。鉢合わせや二度手間にならない為にも報告は必要だ。 鏡見は表面上それに納得するしか無かった。「鏡見さん。俺に言わないってあんまりっすけど ? 」 鏡見の変化に柊は敏感に反応した。 署に戻った駐車場の公用車の中で、柊から切り出してきた。鏡見は柊に事をどう打ち明けるか悩んでいたのだ。「鏡見さん、今まであの八本軒を誰よりも警戒してたじゃないですか ? なのに今日は俺たち誘うし。別に特別美味しい訳じゃないのにさぁ ? 」 鏡見は涼しい顔で眼鏡をついっとあげ、小さく頷く。「ああ。そうだな。俺らしくないな。 厳密に……告白するとな、俺はあの女店主を見誤っていた」「 ??? どういう意味ですか ? 元身内とか、同業だったりします ? 」「いや、そうではない。今までも、何人もの被疑者があの八本軒を訪れることによって、俺たちはその被疑者を容疑者へ変える作業をしてきた」「何人もいましたよねぇ」「俺は店主が怪しいし、なにかあるのかと思っていたが……実際には、俺達には協力的だという事実だ」 この話を聞いた柊は、何かを察したように苦笑いを浮かべる。「つ、つまりぃ ? 言いくるめられた !? もしかして休みん時とか、ドクターストップ中に ! 八本軒に行って ! あの美人といい感じになったんすか !? 」「そんな事は言って無いが !!? 」「っか〜 !! これだからガチガチの真面目くんはよぉ〜」「おい、何だその言葉使いは ! 」「カガミン〜、そんであの美人の脈はあるんすかぁ〜 ? どんな感じっすか ? 」 冷やかしの止まらない柊に、少しでも紫麻の
「大丈夫か ? 賀川、鈴木」 鏡見と柊の目の前には、腹をパンパンにさせた賀川とそのペアが車のシートに凭れていた。「色んな人間に頼んであの八本軒を宣伝させといて……クッソ不味いじゃないですか ! 」「友達も ! げっぇーふっ !! 理由ぐふ、言わなくてゲップ……来てくれた……」「う……ん。飯は……美味いはずだったんだ」「はぁ !? 」「とにかく、ほら。出て来た」 鏡見達は八本軒に出入りする者を見ていた。 一日の来客数を増やそうが減らそうが、咎写の間には関係ないのだ。 仕組みを知った鏡見にとってこれほど張りやすい罠はないが、他の警官に言うわけにいかず、それでも信じてくれる仲間だけを連れてきた。「少し挨拶に来た感じですかね」「なんて言うか、行動力すごいっすよね ? 普通、小学生の娘があんな事して、まだ裁判前なのに、メディアを気にせず歩き回るなんて」「いや、でも。出歩いてるのは必要最低限のスーパーとかで。八本軒だけは来るってだけですよね ? 」「あんな不味い店に通う理由って不自然過ぎないか ? 」 鏡見を信じてついてきただけでし、賀川と柊、鈴木は紫麻の事情を知らないため大混乱だった。「俺の思い過ごしなら、このまま自宅へ戻るだけのはずだ」「ま、そうですけど。こういう時の鏡見って変に勘が鋭いからなぁ」「俺も、何も無ければそれでいいんだ」 鏡見は冷静だった。 鏡見、柊ペア。賀川、鈴木ペア。二手に分かれて宇佐美 真子の張り込みを開始した。 □□□ ネギを刻んでいた手を止め、海希がぼんやりと呟く。「紫麻さん……」「どうした ? 」「宇佐美さんがまだ、何かするのが確定じゃないですよね ? 殺人事件と無関係な罪なのかも」「勿論、その可能
「『砂北男児連続殺人事件』……。どういうことぉ ? 何故解決しないのよぉ 」「ガブリエル。罪人が皆ここに来る訳じゃないだろう ? 」「どんだけ殺人鬼いんのよこの地区は ! 」「手を貸して欲しい」 紫麻の申し入れにガブリエルの青い瞳がすわる。「これ以上は深入り出来ないわ。神にバレずとも、代理のミカエルが邪魔なのよね」「神側に純真無垢な魂を送り、悪人の魂をわたしが食べれるのだ」「ええ。だから貴女を人間界《ここへ》堕とした。貴女なら出来るわよ」 紫麻は納得いかない様子で真っ直ぐ壁の唐辛子の束を見つめる。 だが、ガブリエルは出ていってしまった。「紫麻さん……。紫麻さんだけが探してる訳じゃないですし、警察も血眼でしょ ? すぐ捕まりますよ」「だといいがな……」 テレビを消し、新聞を畳んで立ち上がる紫麻のドレスは青色だった。 □□□□「ありがとうございました。またいらしてください」「ありがとうございました〜」 紫麻と海希が最後の客を見送る。 15:00。 これから中休みと休憩に入るが、普段人が来ないというのにランチだけで七十人と言う謎の客入りにてんてこ舞いをしたのだった。「ぜぇ、ぜぇ」「紫麻さん〜、大丈夫 ? 」「ニヤニヤするな。普段の人が来ないのだから仕方ないだろ」「途中キレましたね ? 突然ブラインドがしまってカウンターのお客さんびっくりしてましたよ」「……」「結果、ネットで拡散してるお客さんもチラホラいましたよ ? 」「今日の七十人は何きっかけだったんだ…… ? 」 ゴンゴン !「「 ? 」」 突然、入口のドアを叩かれる。 ノックだと思われるが、ここへ来るもので
女児誘拐連続殺人事件が解決後。 ありから二ヶ月になる。 ──八本軒。 時刻 10:30。 鏡見は鹿野にからまれていた。「これなんかどうだ ? 」「貴方が本当に山の神ならば、春画にこだわるのはなぜなんだ ? 浮世絵を触らず、春画に搾らなくても……」「性行為は繁殖の縁起物でもあるからな。昔から性器を模した像なんかも多いんだよ」「山は女神では無いのですか ? あくまで神の使いという事なのか ……ううむ。 しかし、これの場合は風刺画の延長では ? 春画を描いてない画家が少ない程だったと言うじゃないですか。ならば基礎から学ぶべきでは ? 」「まぁ〜確かん興味あんだよなぁ〜」 何故か角の席で男子と言うにはおこがましい、大きな男子がはしゃいでいる。「えぇいっ !! うるさい ! ここは食堂だぞ !? 何故卑猥な話をアル中としているんだ !? 」 新聞を読んでいた紫麻が、テレビのボリュームを上げる。「だいたいな ! 開店前だぞ !? なんでお前がここにいる ! 」「営業時間中じゃ、貴女のご飯を食べなきゃいけませんから。美味しいから癪です」「失礼にも程がある ! 美味いならいいじゃないか ! 」「営業後は夜間ですし。襲われたら怖いですから」「何を女みたいなことを ! こちらから願い下げだ ! 」「なぁ ! 鏡見君よ。この遊女なんかは淑やかさが違ぇだろ ? 」「鹿野 ! いい加減にしてくれ ! 」 紫麻は諦めたように煙草に火をつけると、鏡見をそばに来るよう促した。「おい。早く言い出さないと海希が出勤して来るぞ」「やっぱり。貴女は勘もいいんですね」 鏡見は紫麻の持っていた新聞に視線を落とした。そして紫麻もその記事を見つめる。「これの件か……」 鏡見は医者の下した休職期間を待たず復帰していた。精神状態的問題
「おはようございます ! 」「ああ、おはよう……鏡見…… ? 」 厨房で顔を上げた紫麻が驚いたように海希の横の鏡見を見た。「休暇でね。礼はせんと言ったが、あまりに大きな事件過ぎた。もし貴女の助言が無かったら……遅れていたかもしれない」「……。それにしては浮かん顔だな」「あぁ、まぁ。母と妹が帰ってくる訳では無いからな。被告人の顔が夢に出るようになった……」 心労だ。参った様子でカウンターに座り込む 。 その影から──「うぉ、コレやべぇなぁ。なんて下品なんだ」 鹿野が成人向けのアダルト写真集を見ていた。「……」「ん ? おぉ、鏡見じゃねぇか ! 」「……」「これ、やるよ」「い、要らん ! 」「なんだよ。女が嫌いか ? 」「そういう気分ではない……いや、今しがた使用した物だろ ? 気味が悪い ! 」「まぁまぁお巡りさん、さぁさぁ」「勝手にバッグに入れるな ! それに俺は動画派なんだ ! 」「俺ぁ春画派なんだよ」「じゃあなんで持ってるんだ」「なんでも──知らぬまま嫌い、と言うのはおかしい事だからさ。どこが嫌いなんだ ? 知ってるから嫌いなんじゃないか、知らずに嫌いというから、それは食わず嫌いをしている子供の食べ物と同じじゃねぇかと思うわけだ」 鏡見は落ち着き、深呼吸をする。 それはまさに今の自分と紫麻の間柄のような気がした。 海希は赤いエプロンに袖を通すと、髪のシニョンに房飾りのついた簪を つける。「鏡見さん、仕事ではあんなガッチガチなのに、今別な意味でガッチガチ ! 」 鏡見は紫麻に話しかけるタイミングを伺い緊張している。海希には丸わ