Mag-log in珠季の不在を圭介が裏で補っていると聞き、小夜は数秒黙った後、小さく答えた。「……分かったわ」「高宮さん、今どちらにいらっしゃいますか?お怪我は?」笑美がさらに案じて尋ねる。「すぐに人を迎えに向かわせます」窓の外の、夜の闇に沈む海を眺める。小夜は自分が今どこにいるのかすら分からなかったため、場所が確認でき次第知らせると伝えた。さらにビデオ通話で眠っている珠季の様子を見せてもらい、容態が安定していることを自分の目で確かめてから、ようやく電話を切った。通話を終えると、彼女はすぐさま親友の芽衣に電話をかけた。芽衣は笑美ほど冷静ではなかった。電話に出るなり大声で泣き叫び、怒鳴り散らす。小夜は自分の怪我のことなどとても言い出せるはずもなく、何度も何度も無事だと、今は安全な場所にいると繰り返して、ようやく向こうを落ち着かせた。そこでようやく、星文のことを聞く余裕ができた。「星文なら大丈夫よ。あんたが攫われたなんて、言ってないから。ちょうど翌日、外国にいるあの子のおばあちゃんが人を寄こしてね。身元確認が取れたから引き渡したわ」無事なら、それでよかった。星文の祖母が外国に住んでいることは、あの島へ連れ去られる前に楠から聞いていた。あの子の母親がもうすぐ出所するから、一緒に出国させて向こうで祖母と暮らす予定だと言っていた……予定通りになっていて本当に良かった。もし自分の失踪を星文に知られていたら、それこそ取り返しがつかなかった。芽衣と少し話し込み、ちゃんと自分の身体を大事にすること、そしてできるだけ早く戻ることを約束して、ようやく電話を切った。耳元の賑やかな声が、ふっと消える。廊下の窓辺に寄りかかり、真っ暗な海面を見つめた。胸の奥にずっとのしかかっていた重石が、ようやく少しだけ軽くなった……良かった。みんな、無事だったのだ。あの古城に囚われてからずっと、そればかりが心配だった。自分のせいで、また誰かを巻き込んでしまっていたら申し訳が立たない。コルシオにしろ若葉にしろ、あの狂人たちが何を仕出かすか分かったものではないのだから……大叔母様だって、そのとばっちりで入院する羽目になったのだ。そう思うと、スマホを握る手に知らず知らずのうちに力がこもった。その時、不意に肩へスーツのジャケットがかけられた。かすかな白檀の
あまりに激しい刺激の連続に、心身ともに疲れ果てていたのだろう。小夜は一度目を覚ましたものの、ひどい疲労からすぐにまた昏々と眠りに落ちていた。次に意識が戻った時――彼女は圭介の腕の中にいた。背中は彼の逞しい裸の胸板にぴったりと押し付けられ、灼けるように熱い。両脚も彼の脚の間に深く挟み込まれ、下半身の硬く熱を帯びた昂りまで、はっきりと感じ取れた。頭に血が上る。このクソ野郎!この数日、一体誰のせいでこんな目に遭ったと思っているのか。胸の奥で燻る鬱憤は晴れようもなく、気づけば彼女は、自分の胸元に回されていた大きな手に力任せに噛みついていた。圭介が小さく息を漏らす。彼は明らかにすでに起きていた。彼女は力を込めて噛み続けた。くっきりとした歯型から血が滲んでも、彼は腕を緩めようとしない。むしろ、さらに強く抱きしめてくる。小夜の背中に当たるあの部分が、一層硬く熱を帯びていくのが分かった。唇が耳元に寄せられ、掠れた低い声が囁く。「小夜、動くな。これ以上刺激して、本当に我慢できなくなったら……責任、取ってもらうぞ」この変態。彼女はもともと怒りっぽい性格ではない。なのにこの男と顔を合わせるたび、腹の底から理不尽な怒りが込み上げて止まらなくなる。しかもこの男には、道理というものが一切通じない。本当に抑えが利かなくなって力ずくで来られたら――そう思うと、彼女は悔しさを堪えて仕方なく口を離した。「もう離すのか?」圭介が低く笑う。「もう少し噛んでくれても良かったんだがな。俺は好きなんだ……お前に、そうやって噛まれるのが」最後の言葉は、耳元でねっとりと囁かれた。舌先が耳朶を軽く舐める。ぞくりとする湿った熱に、小夜は思わず身体を震わせた。それが何を暗示しているかなど、言うまでもない。もう、我慢の限界だった。もがいて圭介の腕から逃れようとした瞬間、逆に身体をベッドに強く押さえつけられた。手首も、脚も、完全に圭介の重みで封じられる。「小夜」圭介が不機嫌そうに眉を顰める。「まだ傷口が塞がってないんだ。暴れるな」何度かもがいたが、微動だにできない。小夜は歯を食いしばった。「あなたがどいてくれれば、暴れる必要なんてないのよ」「だが、もう昂ってしまった」火は、すでに点いてしまったのだ。腕の中に愛する女を抱いて、このま
フランシスは狂ったような運転を心ゆくまで堪能していた。車が完全に止まる前からハンドルをバンバンと叩き、豪快に笑い声を上げる。「最高!最高だぜ!」こんな無茶な運転をしたのは久しぶりだった。爽快、その一言に尽きる。今が逃走中でなければ、もう一度島へ引き返してもう一周したいくらいの気分だった。彼が上機嫌でいる一方、助手席の小夜はただ苦痛に耐えていた。先ほどの激しい揺れと衝撃で、まだ完全に塞がっていなかった傷口がじくじくと痛む。また裂けてしまったのかもしれない。激しい目眩と吐き気に襲われ、彼女はそのまま深い意識の底へと遠のいていった。「小夜!」……一方、島では。「旦那様、奴らの船が出港しました」金髪の部下が、爆破されて荒れ果てた教会の前に立ち尽くすコルシオに報告した。「申し訳ございません。私の失態で、奴らを止められませんでした」コルシオは静かに首を振った。その表情はひどく穏やかだった。「構わない。逃げられはしないさ」「あいつが助けに来なければ、もしかしたら勝てたかもしれん。だが、愚かにもノコノコとやって来てしまった。この勝負、あいつの負けだ……まだまだ青いな」淡々と呟き、踵を返して瓦礫の散乱する教会を見遣る。翡翠色の瞳に、淡い悲哀が揺れた――かと思えば、瞬きひとつでその色は消え、再び深く、誰にも読み取れない暗いものへと変わる。「俺の天使よ。もうすぐだ……もうすぐ、また君に逢える」コルシオは、狂気を孕んだ顔で穏やかに微笑んだ。……夜の闇の中、果てしない海原を、一隻の大型クルーザーが進んでいく。客室では、船医が小夜の開いた傷口を洗浄し、丁寧に包帯を巻き直していた。その痛々しい姿を見つめる圭介の顔が、みるみる険しくなっていく。やはり、助けに来るのが遅すぎた。コルシオには明確な目的があった。小夜を利用するつもりだったはずだ。それなのに、体に銃を撃ち込むような真似までやるとは――完全に予想外だった。島へ向かう前、万が一を考えて船に医療班を待機させておいたのは正解だった。もし手当が遅れ、海の上でこれほど出血していたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。圭介は拳を握り締め、ギリッと歯を食いしばった。切れ長の瞳に、どす黒い怒りの炎が燃え盛る――彼女の体に刻まれた、二つの真新しい
ガァン!鈍い轟音と共に鉄パイプが宙を舞い、スポーツカーに並走していたバイクは大きく揺れてコントロールを失うと、路肩の植木鉢に激突して派手に転倒した。腰を抱く圭介の腕に力がこもるのを感じて、小夜は思わず顔を上げた。目に飛び込んできたのは、片手で彼女をしっかりと抱き寄せながら、もう片方の手で金属バットを力強く振り抜いた姿勢のまま静止する圭介の姿だった。その逞しい腕には筋肉が盛り上がり、青筋が浮き出ている。まるで、怒れる獰猛な獣のようだった。小夜はこれまで、この男の様々な顔を見てきた。穏やかな顔、優雅な顔、怒りに満ちた顔、傲然とした顔、そしてすべてを掌握しているかのような自信に満ちた顔……数え切れないほどだ。だが、これほど剥き出しの凶暴な姿は、一度も見たことがなかった。近づくだけで息が詰まるような、圧倒的な殺気と威圧感。長谷川家には武道に秀でた年長者が多いことは知っていた。圭介もそうした厳しい環境で育ったのだから、腕っぷしが弱いわけがない。だが、これほど荒々しいとは思ってもみなかった。今こうして振り返ってみると、過去に彼女がこの男の最も「凶暴」な姿を見たのは、もしかしたら……ベッドの上だけだったかもしれない。あれは、彼女にとって耐え難いものだった。七年間――二人の間で起きたあらゆる諍いに対して、この男が最終的に持ち出す解決手段は……いつだって強引にベッドへ押し倒すことだった。それだけでも、彼女にとっては十分に耐え難いのだ。圭介のシャツを掴む小夜の手が、無意識にきつくなる。その微かな怯えを感じ取ったのか、圭介はバットを下ろして短く息をつき、彼女の後頭部をそっと撫でながら、その身体を自分の熱い胸の奥へと深く抱き込んだ。「怖かったか?」小夜は唇を結んで何も言わなかった。今、頭の中はぐちゃぐちゃで、何を言えばいいのか分からない。けれど圭介の胸に顔を埋め、一定のリズムを刻む力強い心音を聞いていると、不思議と恐怖は消えていた。それどころか――認めたくはないけれど――どこか、絶対的な安心感すら覚えていた。まだ島から完全に逃げ出せたわけではない。けれど彼女は、ふと確信した――もう大丈夫だ。きっと逃げ切れる。その時、運転席のフランシスが突然、興奮した声を張り上げた。「圭介、ルートクリアだ!準備はいいか、飛ぶぜ!
潮風が吹き抜け、派手なバンドの音楽が激しく鳴り響く。喧騒の中、オレンジ色のオープンタイプのスポーツカーの助手席で、白いドレスに身を包んだ女がサングラスの男の首にしっかりと腕を回している。まだ激しい動悸が収まらぬうちに、男の低くからかうような笑い声が耳元に響いた――その瞬間、小夜の中で何かがプツンと弾けた。我に返ると、無性に怒りがこみ上げてきた。こんな命懸けの時に、一体何を考えているの!怒りと恐怖、そして安堵が複雑に入り混じる。小夜は考えるよりも先に、圭介の首に回した腕にぐっと力を込め、勢いよく身を乗り出して――その端正な顔へ、強烈な頭突きを叩き込んだ。このクソ野郎!圭介は少しも避けようとはせず、ぶつかってきた彼女の額をまともに受け止め、楽しげに低く笑った。「痛いな、花嫁さん」「おいおい、頼むから今は格好つけてイチャついてる場合じゃねえだろ!逃げるぞ!」傍らから、苛立った声が割り込んできた。小夜ははっと我に返った。そこでようやく、スポーツカーの運転席に赤毛の男が座っていることに気がついた。彼は急ハンドルを切って車を反転させながら、小夜の視線に気づいたのか、歯を見せてにっと笑う。「美人さん、こんにちは。俺はフラ――」パシッ!圭介が容赦なく赤毛の男の後頭部を叩いた。「余計な口を叩くな。運転しろ。まずこの島を出るぞ」「女が絡むとすぐそれだ、この色ボケ野郎!」フランシスは悪態をつきながらも、この島全体がコルシオの縄張りだと十分に分かっている。長居して相手に態勢を立て直されてはまずい。車載のメガホンを掴み、大声で叫んだ。「野郎ども、ずらかるぜー!」「ウォォォー!」後続の豪華な車列から一斉に歓声が上がる。屋根のドラムバンドもドンドンバンバンとさらに激しく楽器を打ち鳴らす。車列は一斉に方向転換を始めた――だが、ただ逃げるためではない。弧を描くように広がり、追手と人混みとの間に強固な車の壁を作ったのだ。その隙を突き、オレンジ色のスポーツカーが弾かれたように飛び出す。小夜は圭介の腕に抱かれたまま、吹きつける強い潮風を感じながら、思わず後ろを振り返った。彼女は、見てしまった。パニックに陥る喧騒の中、先ほどの爆発で灰色の煙が立ち上る教会の前、黒薔薇が散乱する赤い絨毯の上――コルシオが静かに立
道中、絶え間なく花びらが舞い、祝福の歌声が降り注いだ。やがて花で飾られた長い車列は、黒薔薇に彩られ、白鳩が舞い飛ぶ教会の前に停まった。そこには招待客のみならず、沿道から追いかけてきた祝福の人々も群がっていた。この上なく、盛大な光景だった。これが極めて馬鹿げた結婚式で、狂った新郎以外誰も本気になどしていないと分かっていても、小夜は緊張を抑えられなかった。花嫁として結婚式に臨むのは、彼女の人生でこれが初めてだった。たとえ、それが狂人の妄想に付き合うだけの虚構の式であっても……重い裾を持ち上げ、車を降りる。視界に白手袋をはめた男の手が差し伸べられ、続いてコルシオの笑みを含んだ声が聞こえた。「愛しい人、しっかり掴まっておいで」気のせいだろうか。笑みを帯びたその声の奥に、ごく微かな嗚咽を聞いた気がした……泣いている?コルシオが、泣いている?その事に、小夜は愕然とした。こんな残忍で冷酷な男に、涙などあるはずがない。きっと気のせいだ――会場の熱狂的な歓声のせいで、そう聞こえただけだ。コルシオの手を取る。一瞬、痛いほど強く、強く握り返された。まるで、二度と離さないとでも言うように。コルシオの異常なまでの執着に、なぜか無性に悲哀を感じた。花で敷き詰められた赤い絨毯を歩きながら、結婚行進曲を聴きながら、握り合った手の微かな震えを感じながら、小夜は心の中でため息をつき、静かに爆発へのカウントダウンを始めた。三。二。「ドォォン――!」赤い絨毯の突き当たり、無人の教会から突如として轟音が炸裂した。地面が激しく揺れ、外で新郎新婦を待ち受けていた人々から悲鳴が上がる。その衝撃で、コルシオの手がわずかに緩んだ。再び力強く掴み直されるより早く、小夜は即座にその手を振りほどいた。頭のベールを引き剥がすと同時に、もう片方の手で腰の紐を強く引く――歩くことさえ困難なほど重厚な、星屑を散りばめた紗のオーバースカートがはらりと地に落ちた。その下から現れたのは、軽やかで動きやすいシンプルな白いドレスだった。目の前で茫然と立ち尽くすコルシオと、視線が絡み合う。初めて、コルシオの顔を正面から見た。歳月はこの男に何の痕跡も残していない。佳乃の油絵の中に描かれていた彼と寸分違わぬ、妖しくすらある美貌……いや、狂気を孕んでいる分、さら
このまま圭介を行かせるわけにはいかない。今夜の苦労がすべて水の泡になってしまう。きちんとした『約束』を聞かなければ!「私の友人のこと……」腕を逆に掴まれ、強く引かれて、圭介の広い胸にぶつかった。「奥さん、交渉とは、そうやってするものではない。これだけで足りると思うか?今夜、家でお前の姿が見えなければ、この話はなかったことにする。大人しくしていろ、分かったな?」そう言うと、彼は小夜を強く振り払い、部屋を出て行った。……圭介が個室のドアを閉め、ドアの前に立つ桐生を何気なく一瞥し、冷たく言った。「彼女が俺を?」彰は頭を下げたまま答える。「はい、旦那様」圭介
小夜には、大叔母の心中が察せられた。彼女も、いつか大叔母との関係が和らいだら、樹を会わせたいとずっと思っていたのだ。しかし、今は……大叔母はもともと圭介を快く思っていない。だから、彼が浮気をしたことは、小夜も口にできるし、大叔母も受け入れられるだろう。しかし、樹が自分を嫌い、心が離れてしまったことだけは、どうしても言い出せなかった。どう言えばいい?命懸けで産んだ我が子が、夫の浮気相手に懐き、その人に母親になってほしいと願っている、と?自分が、親権を放棄するつもりだと?それを言えば、大叔母は本当に耐えられないかもしれない。もう歳も歳だし、二人の関係はようやく和らいだば
重い喘ぎ声が、豪奢な個室に響き渡る。小夜はぐったりと力が抜け、クリスタルテーブルに倒れ込んでいる。雪のような純白なセーターは乱れ、背中の痛みから、その美しい切れ長の瞳は潤んでいた。彼女はかろうじて意識を保ち、自分に覆いかぶさる、情欲に乱れた男を見つめていた。圭介の、仕立ての良い高価な黒いスーツも同じように乱れている。彫りの深いその顔には抑えきれない情欲が浮かび、彼女の顔のすぐそばで、熱く湿った呼吸が、その白くきめ細やかな頬を焼く。男の、獰猛で妖艶な切れ長の瞳もまた潤み、魂を奪うほどの光を放っていた。もし以前の彼女なら、きっとその色香に惑わされ、溺れていたことだろう。認めざる
本来なら、あり得ないはずだ。しかし、すぐに小夜の前に立つ、白髪混じりの珠季に気づき、圭介は無意識に眉をひそめた。その目に納得の色が浮かぶと同時に、意外な気持ちもよぎった。七年前、小夜は珠季と喧嘩して決裂したはずだ。とっくに縁を切ったものと思っていた。どうしてこの二人がまた一緒にいる?圭介は胸に込み上げる苛立ちと不快感を抑え、階段を下りて珠季に挨拶しようとした。どうあれ年長者であり、しかも、その背景は計り知れない。しかし、予想に反して、珠季は冷ややかに彼を一瞥しただけで、無表情のまま擦れ違い、階段を上がっていった。彼を相手にするつもりなど、毛頭ないようだった。小夜も、同様