LOGIN結婚式プランナーである私は、自分の夫とその浮気相手の結婚式を、この手でデザインした。 神蔵遥生(かみくら はるき)と付き合って五年。 三年はコロナ禍で、二年は結婚と出産。 ずっと憧れてきた結婚式は、彼の口から聞けばいつも「また今度」。 そんなある日、新しい結婚式の依頼が入った。 依頼主はまだ若い女の子で、目元がふわっと笑っていて、とても幸せそうだった。 「ここ、彼氏が選んでくれた場所なんです。絶対にここで挙げたいって」 資料を受け取り、視線が会場の名前に落ちる。 ――私が何度も夫に提案し、夢にまで見たフランスの教会。 まさか同じ趣味の人がいるなんて、と苦笑しそうになった次の瞬間。 視界に飛び込んできた新郎の名前。 神蔵遥生。 指先が、紙の上で音もなく止まった。 向かいの女の子は幸せに浸ったまま、さらに嬉しそうに続ける。 「私たち、まだ付き合って二ヶ月なんですけど……。でも彼、私に最高の結婚式をあげたいって」 私は口元をゆるめ、五年間毎日見てきたその男の名前を見つめた。 ――ようやく訪れた。彼の結婚式をプランニングする、この瞬間が。 残念なのは、花嫁が私じゃないってことだけ。
View More「遥生、よく聞きなさい。私は一生、息子に――アンタみたいな、人間以下の父親がいるなんて、絶対に知らせない。出生証明書の『父親』の欄は、すぐに空白になる。あの子の人生に、アンタの汚れはいらない」遥生は雷に打たれたように硬直し、顔色が一瞬で真っ白になった。その絶望しきった表情を見ていると、ふと思った。彼はまだ知らないのだ。自分の「真実の愛」とやらが、どんな代物だったのかを。「でもまあ、そんなに『深い愛情』で悔いているみたいだから、ひとつ教えてあげる。青羽、全部白状したわよ。最初から、アンタの金を目当てに近づいたんだって。それとね、あの子ども……」わざと少し言葉を切り、遥生がビクリと緊張するのを見てから、ゆっくり告げた。「時間の辻褄と、彼女が残したチャット履歴で確認したけど――あの子、アンタの子じゃない」「……ありえない!嘘だ!」遥生は勢いよく顔を上げ、血走った目でこちらをにらみつけ、ガラスを突き破りそうな勢いで叫んだ。「青羽は俺をあんなに愛してた!俺のためにあんな……!」私は静かに、最後の一撃を落とした。「――アンタの『金』のためよ。本人がはっきりそう言ったの。それにね、アンタの持ってるものは全部私のおかげで、あの日あなたが着ていた服も、私が与えたものだって。遥生、アンタの『愛』なんて、最初から最後まで笑い話よ」そう言い捨てて、私は彼の崩れ落ちるような表情を見ることもせず、受話器を静かに置き、きっぱりと背を向けた。背後では、ガラスを叩きつける音と、絶望の咆哮が、かすかに響いた。その泣き声は――今度こそ、ほんの少しだけ本気に聞こえた。刑務所の門を出ると、外はちょうど柔らかな陽の光が降り注いでいた。深く息を吸い込む。胸の奥に長くこびりついていた重たい霞が、ようやく晴れた気がした。家に戻ると、ベビーシッターが息子にミルクをあげ終わったところで、彼は手足をばたつかせながら、ひとりでご機嫌に遊んでいた。私の姿を見ると、歯のない小さな口がぱあっと開き、月みたいに目を細めて、最高に無垢な笑顔を向けてくる。その瞬間、これまでの裏切りも、傷も、策略も、すべてが取るに足らないものになった。私はそっと近づき、この柔らかくあたたかな小さな体を、慎重に抱き上げた。ミルクの甘い匂いをまとった彼は、安心したよ
彼女が私を見つけてきた時、顔色は蝋のように黄ばみ、その目には投げやりな荒んだ凶気が宿っていた。「志水優衣!アンタよ!アンタが私の全部を壊したの!私の結婚式も、子どもも、未来も!」彼女は金切り声で責め立てた。私はゆっくりカップのコーヒーをかき混ぜ、顔を上げて彼女を見る。「私が壊した?他人の家庭に踏み込むことを選んだのはあなたでしょう。看護師としての職業倫理を裏切り、無実の赤ちゃんを傷つけたのは誰?」青羽は冷たく笑い、もうあの頃の「作り物の純粋さや恥じらい」など一切なく、むき出しの嫉妒と憎悪だけを浮かべていた。「そうよ!わざとよ、だから何!?私はずっと前からアンタのこと気づいてたの!あの時、アンタのスタジオに行った日からよ!」その言葉に、私は目を伏せて一つ笑った。――やっぱり。彼女は一歩詰め寄り、声を潜めたが、狂気は隠しきれなかった。「なんでよ?なんであの人は口では私を愛してるって言いながら、アンタと離婚することだけは渋るの?なんでアンタは偉そうに、金も仕事も全部持ってるの?なんで私は、下手に出て施しを待たなきゃいけないの?言っとくけどね、私が彼に近づいたのは金があったからよ!手術室の外で、あの服装見て『金持ってる』って思ったから慰めたの!私は上に行きたいの!アンタの全部を奪ってやるつもりだった!アンタの息子がいなくなったら、アンタの金も会社も、全部、私と私の息子のものになるはずだったのよ!」彼女の口からの「自白」を聞いて、彼女が子どもを失ったことでほんのわずかに残っていた同情心も、完全に消え去った。怯えたように目を見開く彼女の前で、私は静かに手に持った録音機を掲げた。「その『大きな野望』、警察に向けて語ってあげて」……刑務所にいる遥生は、何度も伝言を寄こし、必死に私との面会を求めてきた。本当は、もう彼に時間を使う気もなかった。それでも、少し考えた末――私は行くことにした。冷たい面会用ガラス越しに見えたのは、かつて意気揚々としていたはずの男が、今では囚人服を着て、無精ひげを生やし、目の下は落ち込み、ひと回り痩せ、ただただ老け込んだ姿だった。私を見るなり、彼は興奮したように受話器を掴んだ。「優衣!やっと来てくれた!俺はわかってた……まだ俺を思ってくれてるって……優衣、俺が悪かっ
親友は私を見つめて、どこか不安げな目をした。「優衣、これを提出したら、遥生の刑期は短くならないよ。……本当にいいの?将来、子どもの身辺調査に影響が出る可能性だってある」私は封筒を受け取り、そのずっしりした重みを感じた。窓の外の明るい陽射しを見つめ、深く息を吸って、ゆっくり吐いた。自分の声は、はっきりしていた。「いいよ。うちの子には、私が残す。一生困らないだけの財産と、誰も一生かけても手にできない信託基金がある。そんなのに、落ちぶれた父親の『父性』とか『背景』なんて、必要ない」親友は黙って頷き、それ以上何も言わなかった。その日の午後、遥生のすべての犯罪証拠が、きっちり揃えられ公安へ提出された。……一方その頃、青羽は搬送が遅れたせいで、子どもを守れなかった。飛行機の中で、遥生は疲れ切った顔で陰鬱に沈み、頭の中では式場の混乱と、帰国したら待ち受けている修羅場が延々と再生されていた。彼は知らなかった。彼らの便名が、すでに「熱心」なネット民に特定されていることを。飛行機がゆっくり着陸し、ドアが開き、遥生は弱った青羽を支え、後ろには疲れ果てた親戚たちがぞろぞろと続いた。到着ロビーに出た瞬間、無数のスマホカメラが銃口みたいに一斉に向けられた。メディアの記者はマイクを突き出し必死に押し寄せ、それ以上に、「クズ男と略奪女の現場」を見物しようとする一般人が群がった。「神蔵さん、結婚式配信の件、何か説明は?」「久野さん、あなた医療従事者ですよね。乳児虐待は事実なんですか?」「元妻の志水さんに、一言ありますか?」「クズ男と略奪女は帰れ!」怒号、罵声、フラッシュの嵐で、遥生と青羽は一歩も前に進めなかった。そのとき、制服姿の警察官数名が人混みを割って進み、まっすぐ遥生の前へ来て、逮捕状を掲げた。「神蔵遥生さん。あなたは家庭内虐待、業務上横領、資金流用、脱税の疑いで、これより逮捕します。捜査に協力してください」冷たい手錠が「カチッ」と音を立てて、遥生の手首を締めた。青羽は連れて行かれる遥生を見て、膝から崩れ落ちた。遥生の母は悲鳴のような叫び声をあげ、駆け寄ろうとしたが、警察に制止された。親戚たちは一斉に距離をとり、巻き込まれまいと必死で後ずさった。この光景もまた、無数のカメラに撮られ、すぐ
写真には、遥生と青羽が、生後二ヶ月の私の息子を人間の練習道具みたいに扱っていた様子が、はっきり映っていた。遥生は顔面蒼白になり、もう命乞いの言葉すら出てこなかった。遥生の母は信じられないというように目を見開いた。青羽の妊娠で息子の肩を持ってはいたけど、やっと授かった孫だけは、本気で可愛がっていた。彼女は勢いよく遥生のほうへ顔を向け、声を尖らせた。「遥生!これ……これ本当なの?!あんた、どうして……どうして自分の息子にこんなことできるのよ!」全身震えるほど怒っているのに、自分の息子を殴ることはできない。その瞬間、視線が青羽に向いた途端、怒りと八つ当たりの矛先が一気に定まった。彼女は震えている青羽に向かって突進し、そのまま平手打ちを叩きこんだ。「アンタでしょ!アンタみたいなクズが言い出したんでしょ!うちの孫を練習台にしろって?!黒い心したろくでなしが、ぶっ殺すよ!」「きゃっ!」青羽は不意を突かれ、大きくよろめきながら悲鳴をあげた。そこでようやく遥生も恐慌状態から我に返り、青羽が殴られるのを見て咄嗟に母の前へ飛び込んだ。だけど遥生の母は半分狂ったみたいで、息子を挟んだまま、それでも青羽に掴みかかろうとした。一瞬で、三人はぐちゃぐちゃに揉み合う状態になった。遥生は青羽を必死に庇い、遥生の母は怒鳴りながら殴りかかり、押し合いになるたび、乾ききっていない赤いペンキが彼らの服や肌に擦りつけられ、そのうち本物の血まで混じって、どこがペンキでどこが血なのか分からなくなった。そしてこの一部始終が、教会の隅に仕掛けておいた高画質カメラから、国内の配信プラットフォームへリアルタイムで流れていた。……混乱は、青羽が突然気を失って倒れたことでいったん終わりを迎えた。現場はまた大騒ぎになった。救急車のサイレンがだんだん近づいてくる。ところが、遥生がカードで前金を払おうとすると、画面には「凍結」「無効」の表示ばかりが出続けた。彼名義の口座はすべて、結婚式の前に、私が弁護士の親友に頼んで財産保全を申し立て、完全に凍結してあった。「どうしてだよ?!なんでだよ!」遥生は汗だくになって電話で銀行に怒鳴り散らしたが、返ってきたのは冷たい定型文の回答だけだった。周りの親戚たちは顔を見合わせ、仕方なく、嫌々ながら