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夫と秘書の愛のカップ麺劇場

夫と秘書の愛のカップ麺劇場

By:  花畑のベイビーCompleted
Language: Japanese
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顧客との取引を終えて支店を通りかかった。 そのときふと、残業を頑張っている夫に夜食を届けようと思いついた。 エレベータのドアが開いた途端、カップ麺のにおいが押し寄せてきた。 夫の舟森硯也(ふなもり けんや)と、新入りの秘書が並んでひとつのデスクに腰を下ろしていた。 机の上には、2つ並んだカップ麺。 私はとやかく言わず、アシスタントに命じてカップ麺を2箱差し入れさせた。 「二人ともカップ麺が好物らしいわね。遠慮せずにもっともっと食べなさい。食べ終わるまで退勤しちゃ駄目よ」 人を無理強いさせるのは好きじゃない。 まともな男なんて、ほかにいくらでもいるのだから。

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Chapter 1

第1話

顧客との取引を終えて支店を通りかかった。

そのときふと、残業を頑張っている夫に夜食を届けようと思いついた。

エレベータのドアが開いた途端、カップ麺のにおいが押し寄せてきた。

夫の舟森硯也(ふなもり けんや)と、新入りの秘書が並んでひとつのデスクに腰を下ろしていた。

机の上には、2つ並んだカップ麺。

ハイヒールで地面を踏み鳴らした。カツカツと音がした。

私が2人に近づいたとき、夫の秘書の林珊奈(はやし さんな)が彼女の分のゆで卵の皮をむいて、硯也にあげているところだった。

「舟森支店長、残業お疲れ様です。どうぞお食べください」

硯也は断ることなく平らげた。

私を見た従業員たちは慌てて立ち上がり、次々に挨拶をした。

「奥様、こんばんは」

私はうなずき返し、デスクの上に置かれたカップ麺に視線を落とした。

私のアシスタントが機転を利かせて口を開いた。

「ここでは、オフィス内で匂いが強い食べ物は食べてはいけないという規定があります。窓を開けて空気を入れ替えてください」

これをきくと、林珊奈はすぐさま怪訝な表情を丸出しにした。

ほんのつかの間に強情な様子になり、顔を上げて私の方を見てきた。

「奥様、舟森支店長は会社のために身を削り、私たちと共に残業してくださっています。

奥様はなにも支店長のために作られないばかりか、会社の規定を盾にして支店長に食べさせようともしないのですか。

支店長はとてもお疲れです。妻として支店長のお体を気遣われるべきではないでしょうか」

私は彼女と目を合わせると、口角をあげて微笑みを浮かべた。

「それで――あなたが代わって、私の夫の面倒をみるってわけ?」

思惑を暴かれた林珊奈は一気に頬を赤らめた。

硯也の袖をつかみ、彼に助け舟を求めた。

残念なことに硯也は応じなかったが、彼女のそばにいた従業員が小声で諭した。

「薇香社長は会社全体をまとめられている。我々は1支店にすぎないんだから、薇香社長に迷惑をかけるなんてありえないんだよ。舟森支店長の立場を考えて、我々は奥様と呼ぶようにと言われている」

薇香社長という呼び名を耳にした途端、林珊奈の威勢は瞬く間に半減した。

どの従業員も出勤初日はまず会社の基本を学ぶ。

――それなのに彼女はグループの社長の名前すら知らないなんて。

この時、やっと硯也が口を開いた。

「彼女はまだ新入りでわきまえを知らないんだ。僕が担当を割りあててしっかり教育させる。ここのところ会社が立て込んでいて、僕がちゃんと管理しきれていなかった」

言い終わると硯也は林珊奈に目配せした。

「早く薇香社長に謝りなさい」

林珊奈はまだなお不服そうだったが、頭をさげるほかなかった。

「私が悪かったです。薇香社長のことを存じておらず、言うべきではないことを言ってしまいました」

私は答えず、アシスタントの方を振り返った。

「皆さんお疲れ様です。頑張っているみなさんにご褒美の差し入れを持ってきました」

/

私が家に戻ってほどなく硯也も帰宅した。

まだ夕飯の支度できていなかったので、硯也は先に風呂に入って着替えてくると言った。

硯也がリビングに戻ってきたとき、私はすでに食べ始めていた。

そして彼の椅子の前には、一杯のインスタント麺がおかれていた。

「これが僕の夕飯?」

私は笑って頷いた。

「好きじゃなかったっけ?あなたのためにわざわざゆで卵も用意したよ」

彼は一瞬立ち止まったがすぐに理解した。そして苦笑いをした。

「さっきはただ腹が減っていて、適当に何か食べて仕事を終わらせようとしただけだ。薇香は自分の従業員にまで嫉妬するのか」

私は黙ったまま、彼が席に着いてカップ麺をすするのを見ていた。

「薇香、君が嫉妬したのは初めてだ。愉快だな。

そんなに怒らないでくれよ。ご飯にしよう。本当に腹が減った」

私は箸を置いて彼を見上げる。

――硯也との結婚を選んだのは、彼が私の家の運転手の息子だったからだ。
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ノンスケ
ノンスケ
たかが夜食のカップ麺で、社長に威張るってどうなの?そもそも栄養のことを考えるのなら、社長が持って行ったお弁当の方が、はるかに栄養バランスが良くて体に良かったんじゃないかと思う。夫の慢心がこんな女をのさばらせたんだよね。冷静な妻に拍手。
2026-04-21 21:29:31
3
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松坂 美枝
松坂 美枝
奥さんのおかげで成金になったのにそれも忘れて威張ってたら夫も会社もクビになった男の話 怒らせちゃいけない人を怒らせたらそらね
2026-04-21 09:47:57
4
0
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第1話
顧客との取引を終えて支店を通りかかった。そのときふと、残業を頑張っている夫に夜食を届けようと思いついた。エレベータのドアが開いた途端、カップ麺のにおいが押し寄せてきた。夫の舟森硯也(ふなもり けんや)と、新入りの秘書が並んでひとつのデスクに腰を下ろしていた。机の上には、2つ並んだカップ麺。ハイヒールで地面を踏み鳴らした。カツカツと音がした。私が2人に近づいたとき、夫の秘書の林珊奈(はやし さんな)が彼女の分のゆで卵の皮をむいて、硯也にあげているところだった。「舟森支店長、残業お疲れ様です。どうぞお食べください」硯也は断ることなく平らげた。私を見た従業員たちは慌てて立ち上がり、次々に挨拶をした。「奥様、こんばんは」私はうなずき返し、デスクの上に置かれたカップ麺に視線を落とした。私のアシスタントが機転を利かせて口を開いた。「ここでは、オフィス内で匂いが強い食べ物は食べてはいけないという規定があります。窓を開けて空気を入れ替えてください」これをきくと、林珊奈はすぐさま怪訝な表情を丸出しにした。ほんのつかの間に強情な様子になり、顔を上げて私の方を見てきた。「奥様、舟森支店長は会社のために身を削り、私たちと共に残業してくださっています。奥様はなにも支店長のために作られないばかりか、会社の規定を盾にして支店長に食べさせようともしないのですか。支店長はとてもお疲れです。妻として支店長のお体を気遣われるべきではないでしょうか」私は彼女と目を合わせると、口角をあげて微笑みを浮かべた。「それで――あなたが代わって、私の夫の面倒をみるってわけ?」思惑を暴かれた林珊奈は一気に頬を赤らめた。硯也の袖をつかみ、彼に助け舟を求めた。残念なことに硯也は応じなかったが、彼女のそばにいた従業員が小声で諭した。「薇香社長は会社全体をまとめられている。我々は1支店にすぎないんだから、薇香社長に迷惑をかけるなんてありえないんだよ。舟森支店長の立場を考えて、我々は奥様と呼ぶようにと言われている」薇香社長という呼び名を耳にした途端、林珊奈の威勢は瞬く間に半減した。どの従業員も出勤初日はまず会社の基本を学ぶ。――それなのに彼女はグループの社長の名前すら知らないなんて。この時、やっと硯也が口を開いた。
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第2話
硯也は幼いころから私の父のそばにいた。私の家は身分や階級で人を差別することはない。硯也もまた、分別のある人だった。よく学び、健やかに育ち、歪んだ思想を抱くこともなく――。卒業と同時に、彼は私の家の会社で働き始めた。最下層からスタートしたのにも関わらず、自身の能力と幼いころから染みついた我が家の在り方を強みとして、硯也は見る間に昇進していった。家柄や地位が釣り合う相手と契約結婚をして、利害を一致させ、ビジネス上の提携を結ぶ――。それよりも、私は物分かりがよくて面倒をかけない男性を見つけたかった。だからこそ、舟森硯也は私にとって最もふさわしい人物だったのだ。「硯也、あなたは私のことをよく分かっているでしょう。私は家柄が釣り合う人との結婚を捨てて、あなたを選んだの。なんでかっていうと、私は人に無理させるのが嫌いだから。あなたなら道理をわきまえているから、その点は心配ないわ。私は小さなことに心を煩わせるのが嫌なの。汚いものだって見たくない。――私の言っている意味、わかるかしら」私は身を起こし、そのままになっているカップ麺に視線を落とした。「この一杯を食べきってから寝てね。あなたの好きなものなんだから、無駄にしないでよ」その晩、硯也はあのカップ麺を食べなかった。お手伝いさんの話によれば、彼は書斎で座ったまま、一晩を過ごしたらしい。カップ麺を食べなかったのは、私への反抗だ。寝なかったことは私への従順でもある。でもそれはただの様子見に過ぎなかったのだ。/翌朝、テーブルにはいつも通りの朝食が並んでいた。硯也は私よりも先にリビングにいて、階段を下りてきた私を見ると、私の椅子を代わりに引いてくれた。「昨晩のことを考えたよ」彼は私に牛乳を注ぐと、誠実な口調で言った。「僕の方が度を越していた。今後は気をつける」私は返事をせず、俯いておかゆをすすった。「昨日、硯也は何も食べなかったんだから、まずは食べなよ」硯也は本当につつましい人だ。カップ麺のことについて私はもう触れなかった。――そんなのしょせん、些細なことにすぎないのだから。硯也はそれから深夜まで残業することはなくなり、支店の業務からも徐々に手を引いて部下にやらせるようになっていった。私は時折彼の支店を訪れたが、私の目の前に醜いものがちらつくことは二
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第3話
硯也は口をつぐんだ。林珊奈は唇を嚙んでいる。彼女のまぶたは次第に赤みを帯びてきた。「奥様、私はただ舟森支店長のお爺様に敬意を示したかっただけです。それ以外の意図はありません……奥様が不快なら帰ります」彼女は身を翻して去ろうとしたが、足元で何かにつまずいた。硯也は思わず彼女の腕を掴む。そばにいた義祖母は状況を察した。彼女もまた、常に合理的であった。彼女はさっと口を開いた。「せっかく硯也が連れてきたお客様なんだから、残って軽く食事でも召し上がっていってください。この娘さんのために外廊下にテーブルを用意して」林珊奈の顔が青ざめた。外廊下は、ゲストの運転手たち用の宴席だった。彼女は硯也の方を見たが、彼からは何の反応も返ってこない。硯也はただ私の方を見て、こう言った。「僕の配慮が足りていなかった。今日の主役は僕ではないのだから、勝手に人を連れてくるのは良くなかった。――珊奈、先に帰ってくれ。君の気持ちには、僕がお爺様に代わって感謝する」林珊奈は結局去っていった。パーティーが終わり、家に向かう車の中は、ずっと沈黙が続いていた。まもなく到着するというときに、硯也はやっと口を開いた。「今日はお爺様の誕生日だったのに……薇香は会場をあんなにも見苦しいものにしなきゃ気が済まなかったのか?」私は窓の外を眺めた。「硯也が見苦しいって思ったのは、彼女がお婆様に外廊下に追い出されたこと?それとも私が彼女に対してルール違反だと言ったこと?」硯也は深く息を吸って言葉を絞り出した。「薇香……こうやっていつも上から人を見下すのは、やめてくれないか」私は振り向き、彼の目を見据えた。「私はあなたが従業員に対してどれだけ親しみやすい態度で接したって別に構わない。でもルールはルールよ。破った人が悪い。あなたは立場を顧みずにオフィスで秘書と一緒にカップ麺を食べ、彼女が差し出したゆで卵を食べた。彼女との節度を失った――これが一つ目。そしてさっき、あなたは招待されていない部下をお爺様の誕生日パーティーに連れてきて、公衆の面前で私の顔に泥を塗った。これが二つ目。硯也、あなたはもう2つもルールを破った。三度目はないわ。私を失望させないで」――今回の警告で、硯也も少しはおとなしくなるものだと思っていた。まさか2週間後に、こんなことになってアシスタント
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第4話
「私が目障りで許せないというのなら、辞職します。ただ――社長が従業員に見当違いな嫉妬を無闇にする場面に出くわすのは、初めてです」私は彼女には目を向けずに、硯也の方を見た。「あなたはどうなの。何か言いたいことはある?」硯也は険しい表情で私を見てきた。私が本気で今回の人事に踏み切ったことは、彼にとって予想外だったのだろう。「薇香、珊奈には確かな実力がある。この半月で2つのプロジェクトを成功させたんだ。僕は能力に基づいて辞令をだしたのであって、間違ったことはしていない。君が出した告示こそ、認められるものではない」数秒間、空気は静まり返った。林珊奈が空気を読んで口を開いた。「舟森支店長、もう結構です。奥様は私たちのことを誤解していらっしゃるだけです。私は辞めても構いません。どうか私のために奥様と争わないでください」硯也は彼女を遮った。「君が辞める必要はない。個人の好き嫌いで、正当な人事に干渉することは誰であろうと許されない」私は彼をじっと見つめた。窓の外の太陽が真上から西に傾くほど長いこと見つめていた。やがて硯也の眼に宿っていた浅はかな意地が、次第に言葉では言い表せない焦りに変わっていった。私はようやく口を開いた。「林さん、あなたは不当な手段で他の従業員たちのプロジェクトの業績を奪った。辞職の必要はないわ、会社はすでにあなたを解雇しているから。それから硯也、あなたは林さんが不当に成果を横取りしたことを見過ごし、自分の立場を利用して彼女を過大に昇格させた。あなたを降格させ、他支店で研修を受けるように計らうから。何か不満はある?」彼らは会社全体を取り仕切っている私が、支店の内部事情まで把握しているとは思ってもいなかった。硯也の顔はこわばり、つい先ほどまでの威勢はもうなくなっていた。「薇香……僕たちは夫婦じゃないか。少しは僕の立場に配慮してくれないか?」彼の立場に配慮しなかった?違う。私はむしろ彼の立場を守りすぎてきたのだ。そのたびに彼をつけあがらせてきた。彼が支店長に着任したとき、私は彼の立場に配慮して、支店に来た際には従業員に自分のことを社長ではなく奥様と呼ばせた。硯也は自分の親戚を会社の各部門の管理職に割り当てた。私はそれを大目に見て、親戚同士のちょっとした好意とした。彼が秘
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第5話
離婚届はアシスタントによって、そっと硯也の前のデスクに置かれた。端まできちんと整ったその紙は、まるで一塊の岩のように硯也を直撃し、彼の身動きを取れなくさせた。硯也は太字で書かれた3文字を凝視した。指先はわずかに震えていた。青ざめていた彼の顔は次第に赤みを帯びていった。その目はパニック、悔しさ、そして侮辱されたことへの怒りで燃え盛っていた。「薇香……おかしくなったのか?」硯也はふいに顔を上げた。声は気づかれないほどの震えを帯びていたが、彼はあえてその声を張り上げた。威勢を張ることで、自分の動揺を覆い隠そうとしているようだった。「林珊奈1人のこと、今回のたった1度の人事決定で……薇香は僕と離婚するというのか?長年僕が君の家のためにどれほど尽くしてきたか忘れたのか?どれだけ会社に寄り添って1歩ずつ今日まで歩んできたのか忘れたとでもいうのか?」私はそばのデスクに寄りかかり、両手を胸の前で組んでいた。表情は穏やかで、微動だにしなかった。無関心な視線を硯也へ向けており、それはどうでもいい見知らぬ他人を見るかのようだった。「硯也、あなたがしてきたことに対して会社が不当な扱いをしたことは1度もないわ。普通の従業員から支店長にまで昇格させた。あなた自身だけじゃなく、あなたの家族や親戚だって皆恩恵を受けている。だから、頑張り損なんてまったくしていないのよ」林珊奈は傍らに立ち尽くしていた。先ほど私に怒鳴りかかったときの自信は、もう消え失せていた。彼女の顔は青ざめ、目は赤くなっていた。それでも平静を保とうと努め、硯也の袖を引っ張った。彼女の声は嗚咽をはらみ、震えていた。「舟森支店長……全部私が悪かったんです。ここに居座って支店長の重荷になるべきではありませんでした。私はもう去ります。だから奥様と離婚なさらないでください……」――本当に笑える。その言い方じゃ、まるで硯也が私と離婚するみたいじゃない。硯也は苛立った不機嫌な口調で、彼女の手を乱暴に振り払った。言うまでもなく、林珊奈が見せたか弱さが彼の気を良くすることなどなかった。実のところ、彼が気にかけていたのは林珊奈が会社に残るかどうかではなかったのである。硯也は毎回私の許容ラインをうかがって、自分がすでに力を持っていることを実感していたに過ぎなかった。私の目の前
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第6話
「薇香、君は本当にここまで冷酷なのか?三年間も夫婦だったのに、少しの情も残っていないのか?」私はわずかに笑ったが、口調は冷たくて断固としたものだった。「あなたは、私を屈服させて私が譲歩するのをみたくて、自分のことをすごいと勘違いした行動をとった。私たちの間に情といえるものは何もないわ」言い終わるともう硯也を見ずにそのまま2階へ休みにいった。その日を境に硯也は家に帰ってきていない。たぶん、外で隠れて離婚について思い悩んでいるのだろう。もしくは、どうやってこの離婚騒動からどうやってより多くを手にするか家族と話し合っているのかもしれない。/ある日の午後三時過ぎ、家のドアベルが鳴った。お手伝いさんがドアを開けに行った。戻ってくると、やや困った表情をしていた。「お嬢様、舟森家の人たちがやって来ました。林珊奈さんもいます。お嬢様とお話したいと言っております」来るべき時がやっとやってきた。めんどくさがって問題を避けるより、一回できっぱりと話をつけて、一切の関係を完全に断ち切った方がいい。舟森家の人々はずかずかとリビングへ入ってきた。義祖父は車いすに座っており、重苦しい表情を浮かべていた。その目は不満に満ちている。義祖母は彼のそばにいて、あきらめつつも考えがあるというような複雑な表情をしていた。硯也は祖父母の間を歩いていた。やつれた顔をしていたが、その目は闘争心に満ちている。義祖父がまず口を開いた。口調がきつく、幾分傲慢に私を問いただしてきた。「薇香さん、一体何を考えているのですか?たった一人の秘書のことだけで、硯也と離婚するというのですか?ここ数年間、鬼龍院家のために硯也がどれだけ尽くしてきたかわかっていますか?薇香さんと硯也が離婚すれば、舟森家の評判はどうなるか分かっているのですか?」私はソファにもたれて、無表情のまま目を上げて義祖父の方をみた。そして落ち着いた口調で言った。「お爺様、私と硯也の離婚は一人の秘書のことだけで片付けられるほど単純なものではありません。硯也は節度を失い、私の限界線を無視した。そのたびに私を失望させてきたのです。このことを理解されていらっしゃいますか?」義祖父は眉をしかめたが、変わらずきつい口調で続けた。「それがなんだっていうんですか?孫にも落ち度はありますが、そんな
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第7話
だが、硯也が声をかけたビジネス界の長老たちは皆、私の成長を見守ってきたため、鬼龍院薇香の気質をよく理解していた。また、硯也が今までやってきたこと全てをわかっているため、誰も彼を助けようとはしなかった。さらには、自ら私に電話をかけてきて、私の決定を支持する立場を伝えてくる者もいた。こうして林珊奈は、さらに焦りと苛立ちを強めた。彼女は手段を選ばなくなり、常軌を逸した方法で私を屈服して譲歩させようと試みたのだった。/ある日の午後、私はちょうどグループの本社で幹部会議をしていた。そこにアシスタントが、突然ドアを叩いて入ってきた。慌てた表情で私のそばまで来ると、私の耳元で低い声でこう言った。「鬼龍院社長、林珊奈が記者陣を連れて、本社の下を塞いでいます。社長と舟森元支店長の結婚の裏事情を暴露すると言っています。社長が悪意で従業員をねじ伏せた復讐をするとも言っています」これを聞いて会議室にいた人は皆、次々に私の方を見てきた。めいめい異なる表情を浮かべていた。それでも依然として私は平然な顔つきで、まったく動揺していなかった。「そんな些末なこと、私が対応する必要あるかしら?」硯也も大急ぎで本社の下にやってきた。彼はドアの前を囲んでいる記者たちを見て、その中心にいる林珊奈を目にした。その瞬間、顔から血の気が引いた。大急ぎで前に出ると、彼女を引っ張って連れ去ろうとした。「珊奈、騒ぐな。早く一緒に逃げるぞ!」林珊奈は乱暴に硯也の手を振り払い、狂気じみた口調で言った。「ここまで来て、何か隠すことでもあるの?鬼龍院薇香は私たちを限界まで追い込んだ。なんで立ち上がって、彼女の本性を暴露しちゃだめなの?なんで自分たちのために道理を通しちゃだめなの?」硯也はとてつもなく怪訝な顔をしていた。彼は分かっていたのだ。——林珊奈がこんなことをすれば、彼だけではなく、舟森一家が破滅すると。一連の話が暴露されれば、それらのすべての証拠が拡散される。硯也は本当に地位も名誉も完全に失い、逆転のチャンスは二度となくなるのだ。「こんなことをしても、なにも良いことはないぞ!」林珊奈は笑った。涙が出るほど激しく笑った。「私はもうどうでもいい。もうこれ以上、何も良くなることなんてないんだから」私は本社最上階の大きな窓から、静かに窓の外の
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第8話
硯也の祖父は激しい怒りから病を患い、寝たきりになった。祖母の方は生計を立てるために、各地を駆けずり回るほかなくなった。かつて栄華を誇った舟森家は、今や東都の笑いものへと成り果てた。林珊奈は名誉棄損と業績偽装行為などの罪で相応の処罰を受け、1年あまりの懲役を言い渡された。釈放後、彼女はもう東都には行き場もなく、すごすごと東都から立ち去るほかなかった。それ以降、彼女についてなんの音沙汰もなかった。おそらく彼女もやっとわかったのだと思う。――決して超えてはいけない一線があり、その心中を推し量ることはできない人がいる。そして、一度間違った方向に行けば、二度と後戻りができない道があるということを。全てが片付いて、私はようやく心を休めることができた。グループの業務を着実に切り盛りしつつ、プライベートも存分に楽しんだ。硯也がいた支店の支店長ポジションには、優秀で品行端正なベテラン社員を選んで着任された。彼の手に渡ってから、支店の業績は以前のレベルまで回復した。さらには、他にも良い変化が私にあった。以前のように休日も一日中仕事に忙殺されることがなくなったのだ。ジムに行ったり、本を読んだり、旅行にいったりと自分の好きなことをする時間を作れるようになった。私は仲良しの友人グループと一緒にアフタヌーンティーに行ったり、映画をみたり、展覧会に行ったりもした。私の日々は平穏に心地よく過ぎていった。もう以前のような疲労や苛立ちもなくなった。お手伝いさんは私の変化をみて、心から安心していた。「お嬢様は今の方が前よりもずっと幸せそうです。前はいつも仕事が忙しくてご自身のために楽しまれるということがありませんでした。今はこのようになられて、本当に良かったです」私は笑ってうなずいた。手に持っていたジャスミン茶を一口飲んで、穏やかに話した。「そうよ、今の方が居心地がいいの」その日の夕方、私は普段着で家を出ると、家の周りの小道をゆっくりと散歩した。夕凪が優しく吹き、花の香りを運んでいた。やわらかで心地良かった。西日が道に降り注いでいて、私の体にも降りかかっていた。温かくて眩しかった。道の街灯が段々と灯っていき、その点と点が連なっていった。まるで1つの長い銀河のように、美しくて、ロマンチックだ。そのときちょうど
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