LOGIN尚も透の手は蓮花を強く引き寄せる。
「何故拒絶するんだよ !? お前は俺の妻で、俺の相手をするのは当然だろ ! 」
「ただの『所有物』でしょ !? わたしに愛なんか無いじゃない ! 」
「あるさ ! 」
「都合のいい人 ! その言葉……杏さんの前でも言えるの ? 」
ドッ !
強い振動が肩にかかり、蓮花がソファによろめいた。
「黙ってろ。……黙って言うことを聞け !! 」
そういい透は覆い被さると強引に蓮花のトップスに手を入れようとまさぐり始める。
「やめて !! やめてよ !! 」
パンッ ! !
乾いた音が響く。
透は叩かれた頬を摩ると、信じられないものを見るように目を見開き口をパクパクさせた。「蓮花…… ? おい、今のはわざとか ? ……たまたま手が当たったんだよな ? 」<
『レン、雨宮博士と連絡がついたよ』「リョウ ! もうダメ ! ここに来ては駄目 ! 」『レン ? 』「ASTER体がマンションに入り込みそうなのっ ! 」『無事なのか ? 』「夫がヘリを手配してるけど、お義母さんを連れに別棟へ向かったの ! 」『俺はもうすぐ側に……なんだ ? 人が積み上がってる…… ! 』「逃げて ! 」『……あぁ、好きにやらせてもらう』通話が切れる。燎のことだ。上手くASTER体を躱しながらマンションから離れてくれるだろう。今は命が優先だ。蓮花は寝室のクローゼット部屋から自分の使い込んだキャリケースを引っ張り出す。中から丸めたリュックを取り出すと、キャリケースには透に言われた物を適当にドサドサと積み上げ力づくで閉める。そしてリュックを手に今度は自分の持ち物を詰め始めたところで手は止まった。「こんな時に感傷に浸ってる場合じゃ……」そう思いながらも、手に馴染むリュックの布地を見詰める。小さい穴も、擦り切れそうなベルトも、世界を歩き、未知のものに面してきた思い出がそこには残っていた。「ここには……。この部屋には……わたしが持って逃げたい物なんて何も無い……」ポールハンガーに引っ掛けた白衣を手に、空っぽになった部屋を見渡す。銀行通帳や印鑑を取り出そうと金庫を開けた時、そばにあるファイルや書類が崩れる落ちた。「もう〜。家のものと仕事の物は分けておくんだったわね……」その中から、知ってはいるが実物を手にした事のない一枚の紙切れが手元にハラリと舞い込んできた。「離婚届── !!? なにこれ…… ! 」紙を顔の前まで近付け目を見張る。そ
尚も透の手は蓮花を強く引き寄せる。「何故拒絶するんだよ !? お前は俺の妻で、俺の相手をするのは当然だろ ! 」「ただの『所有物』でしょ !? わたしに愛なんか無いじゃない ! 」「あるさ ! 」「都合のいい人 ! その言葉……杏さんの前でも言えるの ? 」ドッ !強い振動が肩にかかり、蓮花がソファによろめいた。「黙ってろ。……黙って言うことを聞け !! 」そういい透は覆い被さると強引に蓮花のトップスに手を入れようとまさぐり始める。「やめて !! やめてよ !! 」パンッ ! !乾いた音が響く。透は叩かれた頬を摩ると、信じられないものを見るように目を見開き口をパクパクさせた。「蓮花…… ? おい、今のはわざとか ? ……たまたま手が当たったんだよな ? 」「おめでたい人。昨日のパーティでも、結婚記念日のプレゼントも、全てを蔑ろに扱って ! それで身体だけは求めるのっ !? わたしって何 !? 」蓮花も反射的に起き上がり廊下を駆ける。「違うっ ! 待て、蓮花 !! 」追ってくる透との距離はたかだか部屋一つ分。このパンデミックの最中、逃げる場所など無いというのに。更にこの廊下の先は寝室。自ら狩場に飛び込むようなものだ。思わず目に付いたのはトイレのドアだった。急いで入り、鍵をかけドアレバーを思い切り握って恐怖に耐える。「お前の美貌と桐生の財力 ! 俺にはどっちも必要なんだ ! だから妻として慎ましく美しいお前を選んだ ! 」打算だ。それでは杏への気持ちに誤解は無いということだ。「……もう構わないで…… ! 」蓮花は床にへたり込むとドアの外にいる透が離れるのを待った。「蓮花 ! 本当に愛している女性はお
蓮花が部屋へ戻ると、既に杏と茜はいなかった。「お義母さんは ? 」蓮花が窓辺に立つ透に訪ねると、しばらくの沈黙の後ようやく口を開いた。「母さんの部屋に行った」「そう。お構い出来なくて申し訳ないわね」蓮花が心にも無いことを呟くと、透が蓮花をダイニングテーブルへ手招きした。「少し話さないか ? 」妙に静かで冷静──しかしどこか緊迫感を感じる透の面持ち。だが蓮花もはっきりさせたいことは山積みだ。 大人しく従った。最初に透からでた話題は蓮花の斜め上の話題だった。「御影 燎とは知り合いなのか ? 」蓮花は目を丸くすると、首を振った。「まさか ! 」「じゃあなんでわざわざここへ会いに来る ? おかしいだろ」「あ……雨宮博士と今、連絡が取れないんですって。わたしはドレス選びにこないだショッピング中にお会いしたから、どこか行き先を知らないかって」「そんな嘘を信じられるか ! SHADOW FLARE GROUPのCEOが !? わざわざ自分の足で !? 一研究員を探すために、挙句研究所のフロントレディに会いに来た ! ? そんなわけないだろ ! 」「……」蓮花にはもう、自身が研究者だと言う話を打ち明ける気は全く残っていなかった。 パーティの前は揺れ動いていた隠し事も、今となっては透が自分にした仕打ちの方が余程の出来事だった。 仮に研究員、R.takigawaだと透が最初から知っていたら ? 透は杏を手放しただろうか ? 手放したとしても、それは女性としての立場ではなく、R.takigawaという所持品が欲しいだけなのだ。「あなたこそ。内緒にしてる事ってあるわよね ? 」「俺が ? 何も無いが ? 」「学生時代からずっと、杏さんが好きだった事よ」「あぁ、そんな青い時代もあったな。だが、今は今だろ ? 」「杏さんとは何も無いって言うの ? 」
「そうなります。外にいた変態した人間たち……まるでASTERになったように口から触手を出していました」燎は部下から受け取ったケースを開けると、ピンセットを手に取る。「動画ではピンセットを入れる穴が樹脂製の蓋とシリコンの穴枠でした。念の為、バイアル瓶に採取して……触手が出たりしないよう二重に……」神経質になる蓮花に燎は言われるがまま指示通りに従う。『08-08』のヘッドライト横の溝にいた小さな生命体は3cm程の大きさになり黒紫色をしていた。「旭飛で発見した時はこんな感じだったのか ? 」「大きさは30cm程で、アメフラシのような見た目でした。でも、色はもっと鮮やかな青紫だったんです。……何らかの条件で、鈴峯研究所の個体は黒っぽくなってしまっていましたが……これも同じですね」「鈴峯研究所の個体 ? 」「実は、雨宮博士が機転を利かせてくれて、発見時に採取を。わたしたちはASTER - 0と呼んでます。そちらもまだ生きていて、仮死状態の継続に成功しています。変色もありません。けれど、鈴峯研究所の個体は変色し、触手まで出した……」燎は小さな生命体を瓶に入れると更に分厚いケースに入れ金具をバチンと閉めた。「『11-11』の車も同じだ。フロントに動いてるのが何匹かいる」「ASTER - 1に似てます……」「旭飛研究所のASTER - 0はそのままなのに、鈴峯研究所のASTERだけが変化したのか……。君や雨宮博士の見解を聞きたい」「そうですね。実物を見ていないのであくまで仮説にも程遠いのですが、変色の原因は不明としか。酸欠によるチアノーゼかと思いましたが、雨宮博士はASTERが呼吸に必要なのは酸素とは限らないと言いまして、わたしも納得しました。あとは──外にいる変態した方々をASTER体と呼称しますね。
駐車場へ続く自動ドアのそばに、燎の部下が一人立っていた。「防護服です、どうぞ」蓮花にも手渡される。白衣をその部下に預け、白い防護服とマスク、ゴーグルを手早く装着していく。燎は手馴れた様子の蓮花を見下ろすと、ゴーグルの奥の鋭い瞳に強い意志を感じた。「ふ……」「なんです ? 」緊張の糸がプツリと切れる。蓮花は不思議そうに燎を見上げる。「いや、失礼かもしれないけれど。今の君の方が綺麗だ。ドレスよりもね」「失礼ですよ」そう怒って見せるが、蓮花は肩の力が抜けていくのが自分でも分かった。(──不思議な人)燎の発言は軽々しく出るような台詞が多い。しかし、先程の会話でも自分と透や茜の状況を見て合わせる賢さもある。「もしかして、褒めてます ? 」「ああ。ドレスを着るだけで価値が上がる女性を『素敵』だとは思わない性分でね」そう言い電源を切った自動ドアを指で開け放つ。目の前には、マンション住人のものではない見慣れない車が一台、乗り付けられていた。「……これ、御影社長の車ですか ? 」「リョウ、でいい。これからは対等でいこう。チームワークは大切だ」黒のランドクルーザーだ。「懐かしいっていうか……なんて言うか……。これ、今の型 ? 父がランクルとはランドローバーが好きだったの」「奇遇だね。急ごしらえにバンパーにスカートを付けた。もし轢いても踏み付けたら意味が無いからね」蓮花はバンパーに触れる。綺麗に拭い去られていて、何も痕跡がない物の凹みや傷はまだ無かった。「意味が無いって、どういう意味 ? 」「助かるものも助からなくなるだろう ? もし治療薬が出来ても、死因が『事故死』になる」蓮花は燎を振り返ると、本気で言っているのかとまじまじと顔を見つめた。「治療薬なんて、そんな
「社長! 」蓮花は慌てて立ち上がると、頭を下げた。「すみません、お忙しいところ……」「いいんだ。こちらのマダムは?綺麗な方だ」これでご機嫌が取れるなら苦労はしないのだが、茜はすぐに燎が自分とは格の違う人間だと嗅ぎ分ける。「あら、嬉しいわ。蓮花さんは息子のお嫁ちゃんですの」「それじゃあ、鈴峯社長のお母様ですか。お会いできて光栄です。素晴らしい成長を遂げていますね。目を見張るものがあります。見習わないと。丁度今、駐車場で鈴峯社長をお見かけしましたよ」「え!?」これには蓮花も顔色が変わった。まっすぐエントランスからエレベーターで自宅へ向かってくれればいいのだが──「やだ、蓮花さん〜」「蓮花……何をしてるんだ、そんな格好で」杏を連れた透がフリースペースへ登ってきた。「これは……その……」白衣を慌てて脱ぐと、隣にいた燎の手に押し込んだ。「お借りしたの! 一度着てみたくて ! 」蓮花の引き攣った笑みと何か言いたげな燎。たった今、蓮花を脅したばかりの茜も、これには緊張が走る。だが当然、その青年を見上げた透の顔色が豹変した。「あ……え…… ? まさか……貴方は……」たじろぐ透に杏が絡みつく。「何 ? このコスプレお兄さん誰〜 ? 」「ば、馬鹿…… ! 」透が杏の手を振りほどく間もなく、燎は杏に微笑むと会釈をした。「おはようございます。少し蓮花さんにお話を伺っていまして」「はは ! うちの妻に何を。聞くことなんか何も無いですよ、研究者じゃあるまいし」透の言葉に燎は微笑んだままだったが、確実に全てを理解し小さく頷いた。