Share

第926話

Author: 夜月 アヤメ
「きゃっ!」

侑子は再び悲鳴を上げ、床に倒れ込んだ。

修が思わず彼女に駆け寄ろうとしたその瞬間、後ろで銃を構えていた男が警告の声を上げる。

「動くな!」

西也は銃を修の額に向け、冷たい声で命じる。

「跪け!」

しかし―

「バカが」

銃声のような衝撃音が響いた。

修は電光石火の勢いで西也の顔面に拳を叩き込み、彼の手から銃を奪い取ると、そのまま背後から拘束。

奪った銃を西也の首元、大動脈に押し当てた。

室内にいた全員が一斉に銃を構え直し、修と侑子に狙いを定める。

「遠藤様を放せ!」

緊迫した空気の中、修は鋭く命じた。

「全員、銃を下ろせ。さもないと、お前らのボスの喉元を吹き飛ばす」

西也の顔が凍りつく。

まさか、修がこんな強硬な手に出るとは―

後ろにも銃、前にも銃―

それでも逃げきった。

―くそっ、油断した......

「遠藤」

修は耳元で低く囁いた。

「今すぐ状況を理解しろ。手下に銃を下ろさせろ。でなきゃ、ここで死ぬのはお前だ」

西也は拳を握りしめ、悔しさに歯を食いしばる。

「......銃を下ろせ」

部下たちは一瞬迷ったが―

今、ボスが相手の手にある以上、逆らうことはできなかった。

彼らはしぶしぶ、手にした銃をゆっくりと地面に置いた。

「修!」

侑子が震えながら修の元へ駆け寄り、その背中に隠れるようにしがみつく。

「もう銃は下ろした。今すぐ放せ!」

西也が怒鳴る。

「今放したら、お前が逆襲してくるだろう?」

修は冷静に続けた。

「彼たちを外に出せ」

「出て行かせたら俺が殺されるに決まってるだろ!俺をバカだと思ってるのか?」

「殺しはしない。だから出させろ」

ここで西也を殺してしまえば、自分もただでは済まない。

それに―若子がこのことを知ったら、きっと一生自分を憎むだろう。

その一瞬、修の心をよぎったのは「いっそ殺してしまおうか」という衝動だった。

たとえ一生恨まれたとしても、それでもいい。

心のどこかで、自分の存在を刻み込めるのなら。

たとえそれが「憎しみ」という形だったとしても―

だが結局、彼はそれを選べなかった。

若子と、そんな関係になってしまうのは、どうしても耐えられなかった。

修は
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1195話

    「見てよ、あいつら、毎回同じことしか言えないんだから。『頭がおかしい』だの、『だらしない』だの、『男漁りしてる』だのさ。登場人物と作者を一緒くたにするなんて、笑わせるよね」作者はそう言って声を立てて笑った。「私は独り身だし、男なんて興味ないわよ。ほとんどの時間は世界中を旅してて、そんな暇もないってのに。あの理屈でいくと、ホラー小説書いてる人は幽霊で、ミステリー作家は全員犯罪者なの?バカも休み休み言ってほしいよね」「ほんとですよね」若子も頷いた。「小説って結局、フィクションですから。どれだけ突飛でも、それはあくまで物語。作者は、見たり聞いたりしたことに想像を加えて物語を作ってるだけで、登場人物と同一視されるのはおかしいと思います。でも、そのコメントのほうが、その人の品性をよく表してますよね」「名言!」作者は思わずスマホを取り出し、指でメモを打ち込み始めた。「このセリフ、今度小説に使わせてもらうね。素晴らしい言葉だわ」若子は一瞬微笑んでから、少し表情を引き締めた。「実は、あなたの作品......ちょっと私の経験と似てるところがあって。今日はそのことで、お願いがあって来たんです。もちろん、もし無理ならそれでも構いません。強制するつもりはないので」作者は不思議そうに首を傾げた。「お願いって、どんなこと?」若子は一度視線を落とし、静かに続けた。「ちょっと説明が難しくて......この数日、あなたの本を一生懸命読んで、まずはちゃんと理解したいと思ったんです。そしてあなたと話せる共通の話題を作りたかった。でも、やっぱりごまかせない。ちゃんと正直に話したくて」「正直に話すってことは......」作者の表情が少し変わる。「つまり、本当は私のファンじゃなかったってこと?この小説を読んだのも、何か頼みごとがあったから?」彼女はむしろ興味深そうに顔を近づけた。物書きにとって好奇心は命。どんな細かい出来事も逃さず、掘り下げてこそ、良い物語が生まれる。目の前の展開に、彼女の中の作家魂が刺激されたようだった。「うん、実はね―」若子はできるだけ簡潔に、これまでの経緯を説明した。話しているうちに、声が震えはじめ、ついには涙がこぼれた。作者はじっと黙って聞いていた。やがて、ぽつりと口を開く。「やっぱり......ネットで人

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1194話

    「ありがとう」若子はタピオカを受け取りながら、小さなギフトボックスを手渡した。「これ、ささやかだけどプレゼントです。受け取ってください」「わ、プレゼントまで!」作者は両手で丁寧に受け取り、にっこり笑った。「ありがとう、優しいんだね。じゃあ、お昼は私がおごるよ!」ファンと直接会えることに、作者はとても嬉しそうだった。「いえ、ここは私がごちそうさせてください」若子は遠慮がちに言う。「だめだめ、それはこっちのセリフ。読んでくれて本当に嬉しいし、感謝の気持ちを込めて私がごちそうしたいな」「あなたの作品が素晴らしいから、読むのが止まらなくなったんです」「わぁ、それは嬉しい。じゃあ、ぜひ感想を聞かせて。どんなふうに感じた?」作者は誠実な表情で尋ねた。単なる中傷ではなく、本気で作品を読んだ人の意見なら、どんなものでも受け止めるつもりのようだった。若子は少し考え込んでから口を開いた。「正直、すごくドロドロしてて......読んでて何度もムカッとしました。でも、文章はすごく読みやすくて、ついページをめくっちゃう。説明とか言い回しも簡潔で、テンポが良くて。とにかく、引き込まれます。感情移入しやすいです」「ふふっ、やっぱりそう思う?私、あえて『ドロドロ系』に振り切ってるの。でも、現実のほうがよっぽどドロドロしてたりするんだよね」作者は肩をすくめながら笑った。若子もつられて微笑む。「そういえば、この前読んでたとき、『安奈』って名前の読者がずっとあなたを誹謗中傷してたんですけど、あれ、気づいてます?」「うん、もちろん。あの子はね、どうやら感情移入しすぎて、女主人公が男主人公を許さない展開にブチ切れたらしくて。最初はキャラ叩きだけだったのに、だんだん作者の私にまで攻撃してくるようになってね。下品な言葉ばかりで、下ネタまで混ぜてくるし、味方も引き連れて、まあしつこいのよ」そう言いながら、作者はどこかあっけらかんとしていた。その様子に、若子は首を傾げた。「......あそこまでひどいこと言われてたのに、全然気にしてないんですか?」「なんでそんなバカのことで怒らなきゃいけないの?」作者は肩をすくめながら言った。「あんなの、私の執筆にはなんの影響もないし、普通の読者はちゃんとしてるからね」「本当に割り切ってるんですね」若子は感

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1193話

    さすがに長編だけあって、若子は一晩では読み切れなかった。明け方の三時を回っていたが、ようやく数十万字分を読み終えたところだった。もともと読むのは早い方だ。文章も簡潔で読みやすく、余計な描写も少なかったからテンポよく進められた。それでも、全体の半分にも届かない。彼女は一旦しおりを挟んで、最後のページを開いてみた。すると、最終章にも安奈のコメントがあった。またしても、作者への罵倒の嵐。物語の内容ではなく、作者そのものを攻撃している。どうやら何人かの読者を引き込んで、徒党を組んでいるようだった。普通の読者はストーリーに対して感想を述べるものだ。でも、安奈だけは一貫して作者をターゲットにしていた。そのコメントを読み終えた若子は、ようやく安奈という人間の輪郭が見えてきた気がした。ふわっと大きなあくびが漏れる。もう限界だった。瞼が重くて、スマホを落としそうになる。ちょうどその時、隣の部屋から暁の泣き声が聞こえてきた。若子は急いで布団をめくり、ベッドから降りた。廊下に出ると、すでに千景が子どもをあやしている声が聞こえた。泣き声はすぐに収まり、どうやらうまく落ち着かせたらしい。若子は夜通し面倒をかけるのは悪いと思い、そっと扉をノックした。「冴島さん、入ってもいい?」「いいよ、どうぞ」中に入ると、千景は暁を抱かずにベッドの端に座っていた。「読み終わったのか?」「ううん、まだ途中。思ったより長くて、今日中には無理だった......子ども、私が連れていくね。もう寝て」「いや、ここに置いといて。君ももう寝た方がいいよ」「でも、また泣いちゃったらあなたが困るでしょ」「大丈夫だって。今、こんなにおとなしいし。さあ、戻って寝て」若子はもう一度あくびをしながら、目をこすった。「じゃあ......少しだけ寝るね。もしまた泣いたら、起こして」「うん」千景は短く頷いた。若子は疲れきった体を引きずるようにして部屋に戻ると、布団に横たわった途端に眠りに落ちた。夜が更けるにつれ、彼女は夢を見た。それは―まるで読んだ小説の一幕のようだった。夢の中で、修が小説の中の主人公と重なり、雅子のために彼女と離婚する場面が描かれた。まさに、小説と同じ展開だった。その夢はひどく重たく、切なくて、目が覚めたときに

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1192話

    探偵はそのあともいくつかの可能性について話を続けた。若子は黙って聞き終えると、ハッと気づいたように目を見開いた。「なるほどね、それは確かに斬新な切り口かも。ただ、実際に使えるかどうかは別だけど」「うまくいくかどうかはやってみないと分かりません。まずは作者に連絡して、協力してもらえるか確認する必要があります」「分かった。その本のタイトルを教えて。まず私が一度読んでみる」夕食のとき、若子はご飯をつつきながら、どこか言い出しづらそうに口を開きかけては閉じていた。千景はそれに気づき、優しく声をかける。「どうした?何か言いたいことある?」少し黙って考えたあと、若子は口を開いた。「うん、ちょっと言いにくいことなんだけど......」千景は箸を置き、真剣な表情に変わる。「何でも言っていいよ。もし俺に出て行ってほしいって話なら、すぐにでも―」「ちがうの!」若子は慌てて否定した。「そうじゃなくて......今日は、暁をあなたの部屋に預けてもいいかなって」「......え?」千景は一瞬、目を瞬かせた。「もし嫌だったら、いいの。食べよ、冷めちゃうし」彼がこのところずっと子どもの世話をしてくれていたこともあり、若子はこれ以上頼むのは図々しいのでは、と気が引けていた。だが、千景はふっと優しく笑った。「そんなの全然平気だよ。むしろ、毎晩預かっても構わない。君はもっと休むべきだし、夜は赤ん坊がよく起きて泣くだろ?それじゃ眠れない。任せて」若子の目がぱっと明るくなる。「ありがとう。でも、実は赤ちゃんの泣き声が気になるからじゃなくて......ちょっとやりたいことがあるの」千景は少し首を傾げた。「やりたいことって、今夜どこか行くのか?」「ううん、そうじゃなくて......笑わないでね。小説を読むつもりなの」千景はぽかんとした顔で問い返す。「小説、読むの?」けれどすぐに笑みを浮かべた。「いいじゃない、全然普通だろ。そんなの笑わないよ。俺も暇なときは読むし」「読みたいってわけじゃないの。ただ、ちょっと必要があって......」「ん?どうした?」「......なんでもない」若子は言葉を濁した。「読み終わったら話すよ。だから、それまで暁のこと、お願いね。多分、今夜は徹夜になるかも」「わ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1191話

    時が経つのは早いもので、あっという間に半月が過ぎた。若子は少し心に問題を抱えていたが、医師の治療に協力しつつ、薬は一切飲んでいなかった。もともと担当していた医者は薬を処方しようとしたが、若子はすぐに医者を変えた。重い精神疾患でもないのに、安易に薬を出す医者には疑問しかなかったのだ。副作用の強い薬を、とにかく処方するような医者なんて、庸医としか思えなかった。新しく担当になったのは女性の医者だった。彼女は薬を出す代わりに、丁寧なカウンセリングを行ってくれて、若子の状態は徐々に落ち着いていった。その医者は、若子の問題は一時的な落ち込みや不安であり、薬を必要とするほどのうつ病ではないと説明してくれた。自宅に戻ってからは、千景がそばにいてくれて、精神的な支えにもなった。若子の心は、日に日に癒されていった。「若子、おむつ替えたし、ミルクもあげたよ。洗濯も全部済ませたし、今夜は何食べたい?」「......」「どうした?ぼーっとして」千景がそう言って笑う。若子は思わず固まった。まさか、千景がここまで全部やってくれるとは思わなかったのだ。彼は今、完全に手持ち無沙汰になっている。「夕飯は私が作るよ。今日もいっぱい動いてくれたし」「いいよ、ゆっくりしてて。俺が作るから」千景は、彼女のために何かをするのが好きだった。少しでも長く眠ってもらえるなら、それだけで満足だった。きっと、それが本当に誰かを大切に思うってことなのだろう。気づけば、彼女を喜ばせようとする自分がいて、それが自然と嬉しくなってくる。「冴島さん、この数日、本当にありがとう。あなたがいてくれなかったら、きっと......」「俺がいなくても、君ならちゃんとやれてたよ。俺はちょっと手伝っただけ」千景の言葉に、若子は一瞬言葉を失った。彼の言葉は、どうしていつもこんなに温かいんだろう。「今夜はね、角煮作るよ。ちゃんと勉強してきたんだ」そう言いながら、千景はキッチンへと向かい、冷蔵庫から今日買ったばかりの豚肉を取り出す。若子はその姿を見て、それ以上何も言わず、ただ黙って微笑んだ。若子は部屋に戻り、暁の揺りかごのそばへと歩み寄った。そのとき、枕元のスマートフォンが小さく震えた。彼女はそれを手に取って通話を繋ぐ。「もしもし、調査の方はどう?」若

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1190話

    「文句言うのは私の自由でしょ!?現実がうまくいかないんだから、ネットぐらいで発散させてよ!」安奈は開き直ったように叫んだ。「だったら当然、あんたも叩かれるよ」侑子の声にはもう我慢の限界が滲んでいた。「私、そういうの興味ないの。あのばあさんのことで頭がいっぱいなのに、あんたはどうでもいい話ばっかり。少しは空気読みなさいよ。こんな状況で、よくもまあ平然としてられるね!」大事な問題が起きているっていうのに、安奈は空想の小説に執着している。そんなもの、作者の妄想で書かれた話だ。フィクションを現実とごっちゃにして、わざわざ作者まで叩くなんて、本当に救いようがない。バカはバカなりに、もっと状況ってものを見て動けよ。現実と物語の区別すらつかないのか。「類は友を呼ぶ」とはよく言ったもので、安奈のまわりには同じようなレベルの人間しかいない。どいつもこいつも、下品で思慮が浅くて、見る目のなさを堂々と晒している。見る側の品がなければ、どんな作品も品がなく見える。頭の中が汚れてるから、何を見ても汚く感じるんだ。文句を言いながらも、やめることができない。まるで依存症だ。侑子は心の底で願った。―今すぐ消えてくれればいいのに。こんなバカ、うっかり口を滑らせて全部ぶちまけかねない。今は安奈と一時的に手を組んでるけど、いずれ切り捨てるつもりだった。こんなくだらない人間に、これ以上時間を使う気なんてない。そんな侑子の苛立ちに気づいたのか、安奈がぽつりと言った。「でもさ、あのババアもう死んだんでしょ?」火葬まで済んでるってのに、何をそんなに必死になってるのか、安奈には理解できなかった。「そうよ、死んだ。でも、それで終わったと思ってんの?葬式での若子の顔、見てなかったの?あいつ、もう気づいてる。私たちを疑ってるのよ。なのにあんたは、葬式終わってすぐに男とバカ騒ぎして―もし私がかばってなかったら、今ごろあんた警察の中よ?あんたが偉そうに言ってる『節度』って、それのこと?あんたの私生活、めちゃくちゃじゃない。いい加減にして。無駄なことに時間使ってる場合じゃないでしょ」安奈が外で何をしようと、ネットで何を言おうと、それ自体は侑子にとってどうでもよかった。けれど、ああいうタイプは必ず自分に火の粉を浴びせてくる。そういう予感があった。―このままじゃ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status