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第2話

Author: ボーボーネコ
「だけど、忠告しておく。ほどほどにしておけ。俺だって毎回こんなふうにお前のかんしゃくに付き合うほど、辛抱強くはないんだ」

言い終えると、悟史は踵を返して立ち去り、玄関のドアが雷鳴のような音を立てて閉まった。

私はその場に黙って立ち尽くし、やがていつものように目を伏せてしゃがみ込み、ティッシュで床にこびりついた赤ワインの染みを少しずつ拭き取った。

一緒に過ごしてきた年月が長くなると、多くの人は何度か「別れ」という言葉を口にするものだろう。けれど私は悟史と十年間連れ添って、一度たりともその言葉を口にしたことがなかった。

恋を大切にし、悟史の気持ちを尊重してきた。どんなに生活が苦しくても、簡単に「やめる」とは言わなかった。

だが、もし私が本気で「離れる」と言うのなら――それはすでに、決意を固めた証拠だ。

床に散らばったガラスの破片を片付け終えると、ネットから離婚届の様式をダウンロードして印刷した。そして、自分の服を一枚ずつスーツケースに詰めていった。

すべてを終えると、外は白み始めている。

いつの間にか目を覚ました私と悟史の娘、沖井夕実(おきい ゆみ)は、私が大きなスーツケースを引いているのに気づき、不思議そうに首をかしげて見つめてきた。

「ママ、どこに行くの?」

私はしゃがんで、そっと夕実の頭を撫でた。「夕実、ママはね、外国へお仕事に行くの。一緒に来る?」

「ママが行くところなら、夕実も行く!」

夕実は勢いよく頷き、それからすぐに尋ねた。「じゃあ、パパは?」

私は苦笑しながら答えた。「パパはね、ママと夕実のことが好きじゃないから、一緒には来ないよ。これからは、たぶんパパとは一緒に住まないと思うの」

悟史の日記には、私についてこう書かれていた。

【子どもを産み育てる役割で、家事が得意】

彼にとって私は、ただの子を産むための道具に過ぎない。

本来なら夕実は父親の愛情を受けるべきなのに、長い年月にわたり彼は私たちに冷淡なままだ。

もしほんの少しでも私たち母娘のことを気にかけてくれていたら、私は離婚など考えもしなかった。

夕実は私の話を聞いて、小さな顔に驚きを浮かべた。彼女は俯き、小さくしぼんだ声で答えた。

「知ってるよ。ママ、パパといる時、全然楽しそうじゃなかったもん。でもね、ママ……パパがこの間言ってたの。夕実がクラスで花丸をいちばん多くもらってて、すごくえらいって。

それでね、ディズニーに連れて行ってくれるって言ったの。お姫さまのドレスもいっぱい買ってくれるって。

ママ、パパがこんな楽しいところに連れて行ってくれるって言ったのは、初めてなの。だから……パパとディズニーに行ってからでいい?それからママと一緒に行くから。ね?」

夕実の瞳の奥に宿る期待を見て、私は躊躇した。本当は、「パパはもう、その約束を忘れてるかもしれないよ」と言いたかった。

悟史は、外では言ったことを必ず守る男のように振る舞うくせに、私たち母娘に対しては、何度も平気で約束を破ってきた。

それでも私は夕実の願いを否定できなかった。

私が悟史に抱く期待はとうに消えているが、夕実はまだ父親と過ごす時間を求めている。

――悟史、これが夕実がくれる最後のチャンスだ。

これでも大切にできないのなら、私は夕実を連れてあなたの世界から永遠に去る。

もう二度と交わることはない。

私は昼食の支度を終えて料理をテーブルに並べた時、タイミングよくチャイムが鳴った。

「きっとパパが帰ってきたよ!」夕実は嬉しそうに走って玄関のドアを開けた。

数秒後、悟史の声が聞こえた。「夕実、『可奈子さん』って挨拶しなさい」

夕実は固まった。まさか自分のパパが誰かを連れてくるとは思っていなかったようだ。

「……可奈子さん」

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