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第302話

Author: かおる
ところが――星は今回の競売に参加しなかった。

勇は途端にどうしていいかわからなくなり、隣の雅臣に小声で尋ねた。

「雅臣、星が入札してないんだ。

俺も値を入れずに、あいつを揺さぶってやろうか?」

雅臣は淡々と返す。

「幼稚だな」

「だって、星にひと泡吹かせてやりたいんだよ!

なあ雅臣、ちょっとくらい助言してくれよ!」

勇の頭では、星に敵うはずがない。

普段なら、雅臣はこんな子供じみた戯れに耳を貸すことはなかった。

だが彼はふと、先ほどの星の姿を思い出す。

まばゆいほど自信に満ち、堂々としたあの表情。

彼女は――自分を離れても、さほど困ってはいないように見えた。

むしろ影斗と並んでこれほど堂々とオークション会場に姿を見せ、まるで順風満帆のようではないか。

......ただ。

そう考えた瞬間、雅臣の唇にかすかな冷笑が浮かぶ。

もし本当に順調なら、わざわざ自分の前に現れて存在感を誇示する必要などないはずだ。

彼は唇を開き、静かに助言を与える。

「一度だけ入札してみろ。

高額である必要はない。

そのあと星が続けて入札するかどうかで、彼女が本当にお前を狙っているのかがわかる」

勇の目がぱっと輝いた。

――そうだ、なぜそれに気づかなかったんだ!

彼は雅臣の言葉通り、控えめに値を入れた。

額も大きくない。

たとえ星が動かなくても、すぐ他の誰かが上をいくだろうから、落札の心配はない。

すると――案の定、彼の入札直後に星が札を上げた。

やはり彼女は、自分を狙っている!

確信を得た瞬間、勇の目に愉快げな色が宿る。

だったら徹底的に、彼女を追い込んでやればいい。

今度は、勇も少しは学習したようだ。

以前のようにいきなり数億ずつ釣り上げたりはしない。

一度に上げる額は六千万以内。

やがて競売価格が本来の価値の倍を超えたところで、勇はきっぱりと入札をやめた。

結果、星が十二億で骨董品の花瓶を落札する。

勇は胸の奥で密かにほくそ笑む。

――どうせ後悔して泣き喚くに決まっている。

だが、彼の予想は裏切られた。

星は少しの未練も見せず、サービス係から花瓶を受け取ると、すっきりした顔でカードを切った。

彩香が恐る恐る受け取りながら言う。

「この花瓶......本当に十二億もするの?

すごく高いわね......」

星は落
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