Share

第345話

Author: かおる
「おまえ......意味わかんない!」

翔太は妙に後ろめたさを覚え、吐き捨てるようにそう言うと、逃げるように走り去った。

……

やがて勇は、清子の手によって外に出された。

迎えに来たのは清子ひとりだけだった。

彼女の顔色は暗く沈んでいた。

雅臣が勇を救うことを拒んだため、彼女はあの人物に頼らざるを得なかったのだ。

本当は連絡など取りたくなかった。

あの人物は、清子にとって恐怖そのものだった。

どこか精神を病んでいるのではないかとすら思うことがある。

手のひらに握りしめた片方のイヤリングを見つめると、不安で胸が締め付けられる。

もし――もしその人が、本当に探している相手が自分ではないと知ったら。

自分は生きながら地獄を見ることになるだろう。

その人の手段は、あまりに恐ろしい。

まさに虎の尾を踏んでいるようなもの。

一刻も早く雅臣と結婚しなければ。

もしあの狂人が、もう一方のイヤリングの持ち主を見つけ、自分の嘘に気づいたら――すべてが終わりだ。

だがこの広い世の中で、人ひとり探すことがどれほど難しいか。

本当に簡単に見つかるのなら、自分のところへ話が来るはずもなかった。

思い悩む彼女の耳に、勇の弾んだ声が飛び込んできた。

「清子!

雅臣は俺を助けるつもりはないって言ってただろ?

どうして気が変わったんだ?」

清子は我に返り、顔を曇らせた。

「違うわ。

雅臣じゃない」

「雅臣じゃない?」

勇は目を見開く。

「じゃあ、航平が俺を救ったのか?」

確かに航平の弁護士からも、しばらくは外に出ず、身を隠したほうがいいと伝えられていた。

だが、あんな場所で避難などしたくはなかった。

勇は雅臣にも航平にも何度も伝言を送ったが、二人とも助け出す気配は見せなかった。

しばらくは中に閉じ込められたままだと思っていたのに、こうして釈放されたのだ。

清子の目がわずかに揺れる。

「昔の先輩に頼んで、どうにかしてもらったの」

「清子の先輩?」

勇は頭をかいた。

「こんな大事なときに俺を出してくれるなんて、すごい人だな。

今度ぜひ紹介してくれ。

直接礼を言いたい」

清子は曖昧に答える。

「もうM国に戻ったから、また今度ね」

そして、本題を切り出した。

「勇、今回の件で、星は一気に名を上げたわ。

もういくつも音楽交流
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (3)
goodnovel comment avatar
アオao
新たなクズ家族の存在が発覚したし、この辺りで一番格下のゴミカス勇にはご退場いただきたい( ˘ω˘ ) もう流石に胃もたれしてきたわ……
goodnovel comment avatar
あおと
早く勇退場してくれないかなー… 退場方法が派手だとなお嬉しいけども
goodnovel comment avatar
しょう
浅知恵を使わず、大人しくしてればいいものを…… ほんとにバカだな。マジで落ちる所まで落ちてくれ
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第345話

    「おまえ......意味わかんない!」翔太は妙に後ろめたさを覚え、吐き捨てるようにそう言うと、逃げるように走り去った。……やがて勇は、清子の手によって外に出された。迎えに来たのは清子ひとりだけだった。彼女の顔色は暗く沈んでいた。雅臣が勇を救うことを拒んだため、彼女はあの人物に頼らざるを得なかったのだ。本当は連絡など取りたくなかった。あの人物は、清子にとって恐怖そのものだった。どこか精神を病んでいるのではないかとすら思うことがある。手のひらに握りしめた片方のイヤリングを見つめると、不安で胸が締め付けられる。もし――もしその人が、本当に探している相手が自分ではないと知ったら。自分は生きながら地獄を見ることになるだろう。その人の手段は、あまりに恐ろしい。まさに虎の尾を踏んでいるようなもの。一刻も早く雅臣と結婚しなければ。もしあの狂人が、もう一方のイヤリングの持ち主を見つけ、自分の嘘に気づいたら――すべてが終わりだ。だがこの広い世の中で、人ひとり探すことがどれほど難しいか。本当に簡単に見つかるのなら、自分のところへ話が来るはずもなかった。思い悩む彼女の耳に、勇の弾んだ声が飛び込んできた。「清子!雅臣は俺を助けるつもりはないって言ってただろ?どうして気が変わったんだ?」清子は我に返り、顔を曇らせた。「違うわ。雅臣じゃない」「雅臣じゃない?」勇は目を見開く。「じゃあ、航平が俺を救ったのか?」確かに航平の弁護士からも、しばらくは外に出ず、身を隠したほうがいいと伝えられていた。だが、あんな場所で避難などしたくはなかった。勇は雅臣にも航平にも何度も伝言を送ったが、二人とも助け出す気配は見せなかった。しばらくは中に閉じ込められたままだと思っていたのに、こうして釈放されたのだ。清子の目がわずかに揺れる。「昔の先輩に頼んで、どうにかしてもらったの」「清子の先輩?」勇は頭をかいた。「こんな大事なときに俺を出してくれるなんて、すごい人だな。今度ぜひ紹介してくれ。直接礼を言いたい」清子は曖昧に答える。「もうM国に戻ったから、また今度ね」そして、本題を切り出した。「勇、今回の件で、星は一気に名を上げたわ。もういくつも音楽交流

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第344話

    そうは言っても、翔太の瞳には動揺が滲んでいた。思い返せば、自分がカップを渡したとき、母はすぐに受け取らなかった。結局、それを手にしたのは怜だった。かつての母なら、真っ先に受け取り、感激したように抱きしめてくれたはずなのに。怜が口を開く。「小林おばさんのヴァイオリンにもバッグにも、あの印がある。山田おじさんと話してるのを聞いたことがあるんだ。あれは彼女の専用のマークだって」「嘘だ!」翔太は怒りに顔を歪める。「清子おばさんがそんな人のはずない!」怜は問い返す。「じゃあ、小林おばさんはそんな人じゃないなら、星野おばさんがそうだっていうの?」怜にはわかっていた。星野おばさんが翔太を気にかけていることを。十月十日、自分の身体を痛めて産んだ息子を、無関心でいられるはずがない。だからこそ、彼女は翔太を中に入れた。星野おばさんの心に翔太がいると知っているから、怜もあえてカップを叩き壊した。本当に欲しいものなら壊さない。彼女は欲しくなかったのだ。――誰が他人に使われた贈り物なんて欲しがるだろうか。怜は続ける。「翔太くん、人間は欲張りすぎちゃいけない。星野おばさんと小林おばさん、どっちか一人しか選べないんだ」翔太の顔に一瞬迷いと戸惑いが浮かぶ。けれどすぐに怒りで塗りつぶされた。「この悪ガキ!人を離間させることしか考えてない!おまえの言うことなんか信じるもんか!」怜の唇に冷たい笑みが刻まれる。「じゃあ見てればいい。君のママは、きっと僕のものになるから」翔太の心はすでに乱れきっていたが、生来の誇り高さから、言葉では決して負けを認めなかった。「あんな恥ずかしいママ、欲しいならくれてやる!僕がいらないだけで、おまえに取られたわけじゃない。どうせ後で恥ずかしくなって、僕の清子おばさんを奪おうとするんだろ!」頭の中は混乱し、何を言っているのか自分でもわからなかった。清子おばさんと母のどちらかを選ばなければならないなんて、考えたこともなかった。それは、父と母のどちらかを選べと言われるのと同じだ。清子おばさんが好きだ。けれど母にもいてほしい。なぜ選ばないといけないのか。本当に祖母の言う通りなのだろうか。――母が清子おばさんを嫌うのは

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第343話

    星がヴァイオリンに長けていると知ってからというもの、怜は毎日音楽室に足を運び、少しの時間でも練習するようになっていた。その日、ふいに小さな影が彼の前に立ちはだかった。「悪ガキ、昨日わざと僕のカップを壊したんだろ」音楽室には他に誰もいない。怜も、もはや取り繕うことはしなかった。彼はあっさりとうなずく。「そうだよ、わざとだ」翔太は鋭い眼差しを向ける。「そんなに芝居がうまくて、よく取り繕えること、ママは知ってるのか?ママが信じてる素直で賢い子が、ぜんぶおまえの演技だって知ったら、まだ好きでいられると思うのか」怜はヴァイオリンを置き、翔太を真っすぐに見据える。「なら、星野おばさんには一生知られなければいい」翔太の整った顔に冷笑が浮かんだ。「先生が教えてくれたんだ。人に知られたくなければ、自分がやらないことだって。おまえがやった悪事は、いずれ全部ばれる」怜はすっと立ち上がり、翔太の瞳を見返した。「悪事?僕は誰も傷つけたことなんてない。何を根拠に悪事だって言うんだ」翔太は怜を指差し、怒鳴る。「ママにあげるために一生懸命作った誕生日プレゼントを壊したんだぞ。それでも悪事じゃないのか!僕がどれだけ時間をかけたか知ってるのか!ママがどれだけ楽しみにしてたか知ってるのか!」怜は落ち着いた声で返す。「誕生日プレゼント?星野おばさんの誕生日はもう過ぎてる。渡すべきに渡さなかったものを、今さら渡しても意味はない」翔太は顔を真っ赤にして叫ぶ。「意味があるかないか、おまえに決められることじゃない!」怜の澄んだ瞳に、年齢に似つかわしくない冷ややかさが宿る。「翔太くん、君はちょっと頭を下げれば、星野おばさんは無条件で許してくれると思ってるんじゃないのか。でも星野おばさんが本当に欲しいのは、物じゃなくて、気持ちなんだよ。もし君が本当に星野おばさんを思ってるなら、ボタンひとつでも喜んで大切にしてくれたはずだ。なのに、誕生日に渡すはずだったカップを小林おばさんにあげた。それが意味するのは――小林おばさんのほうが、ママより大事だってことだ」怜は一拍置き、さらに言葉を続ける。「それに、星野おばさんは気づいてるよ。僕がわざと壊したって。でも何も言わなかっ

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第342話

    雲井家はM国の名門一族で、その背景と実力は計り知れない。現当主・雲井正道(くもい まさみち)――つまり星の実父には、三男一女がいる。そのうち次男と三男は双子の兄弟だった。正道は世間に向けて、妻が末娘の影子を産んだとき、難産で亡くなったと発表した。それ以来、再婚もせず、傍らに女の影すら置かなかった。人々は皆、正道を「情深く誠実な男」だと称えた。影斗自身もそう思っていた。彼は幾度も、女たちが正道に言い寄るのを目にしたが、そのたびに冷たく拒絶されていたのだ。雲井家の子どもたち三男一女とも、彼は顔を合わせたことがある。正道の教育の賜物か、容姿も教養も群を抜き、まさに人並み外れた才子才女と呼ぶにふさわしかった。そこまで思い返し、影斗は星を見つめた。星は雲井家の面差しをあまり受け継いでいない。一方で正道の三人の子どもたちは、皆どこかしら彼に似ており、血のつながりを一目で感じさせた。だからこそ、影子の身分を疑う者は誰もいなかった。星は母に似ているのだろう、と考えられていたのだ。影斗が尋ねる。「星ちゃん、おまえは雲井家に戻るつもりはないのか」「どうせ深い情なんてないわ。あの人たちは私を歓迎しなかった。だから私も戻る気はない」母は亡くなる前、孤独な娘を心配して身の上を打ち明け、雲井家に帰って父と兄の庇護を受けてほしいと願った。だが現実は、星が雲井家へ戻っても、そこは敵意と猜疑に満ちた場所だった。三人の兄たちは影子を宝物のように守り抜き、星が妹をいじめて地位を奪うのではと疑いの目を向けてきた。雲井家を出たあの日から、星は再び「星野星」として生きることを選んだ。誰の影にもならずに。ただし、学歴の問題だけは厄介だった。在学中に用いていたのは「雲井影子」という名。身分を整理しようとすれば、大きな手間がかかるだろう。影斗はその懸念を見抜いたように言った。「名前を変えること自体は難しくない。雲井家が協力して正式な証明を出してくれれば済む話だ」だが――星が口にするまで、彼も「雲井影子」の存在など聞いたことがなかった。養女や私生児といった噂すら耳にしたことがない。つまり雲井家は、それほどこの存在を秘してきたかということだ。考えてみれば当然かもしれない。正道は長年

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第341話

    「父は漁師の娘の企みを憎み、かつて抱いていた恩義も少しずつ消えていった。だけど、父と母がその女を巡って最も揉めていたとき、彼女は家に押しかけ、母に追い返された。電話をかけても、母は出なかった。まさかその矢先、彼女が事故で命を落とすなんて、誰が想像したか。突然の死は、父の中で美化された記憶を呼び覚ました。そして彼女の死を母のせいにし、彼女の娘を引き取り、母の名義で育てさせようとした。母に自分の子と同じように慈しむことを強要したの。母は当然反対したわ。逃げ出そうともしたが、父に見つかり、幽閉された。やがて母は表向き従順を装い、ついに機会を見つけてZ国へと逃れた。父から遠く離れるために。そのとき母は、新たな命を宿していることに気づいた。だけど、三人の子どもを連れて行くことはできず、母は私を残して去るしかなかった。その後、母は自らが不治の病に侵されていると知って、長くは生きられないと悟り、すべてを私に打ち明けてくれた」星はいまでも覚えている。母が涙をこぼしながら言った言葉を。「星、ごめんね。本来なら親の確執なんて、子どもに背負わせるべきじゃなかった。私のわがままさえなければ、あなたは裕福な家の令嬢として、何不自由なく育ったはず。父親のいない子だと、笑われることもなかったはずなのに......星の声は、静かな個室に淡く漂った。まるで他人事を語るように、感情をほとんど感じさせない。「高校の頃、私は一度雲井家に引き取られ、しばらく暮らしたことがある。けれど雲井家の人間とは合わず、とくに異母姉とは犬猿の仲だったわ。大学を卒業してからは二度と戻らず、家とは完全に縁を切ったの」影斗が納得したように声をもらす。「だから大学時代は、今の名を使っていなかったのか」「ええ。雲井家は私に偽の身分を与え、養女ということにして、過去をすべて消した。だからどれだけ調べても痕跡が出てこないの」「雲井家にとって私は存在すらも秘密にしたい人間なの。母と私の過去は、絶対に外には知られない」星は小さく息を吐いた。「だから星野星は星野星。雲井影子は雲井影子」影斗が目を細める。「雲井家での名は――雲井影子(くもい えいこ)?」「そうよ」星はかすかな呟きで答えた。

  • 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!   第340話

    「その数年間、母のもとには似たような情報が何度も届いたの。でも母は、ほとんど期待していなかった。ところが実際に駆けつけてみると、その男は本当に父だった」母は驚きと喜びでいっぱいになり、なぜ父が生きていながら三年間も音沙汰がなかったのか、考える暇さえなかった。影斗の剣眉がわずかに上がる。「まさか......記憶を失っていたのか?」星はうなずき、苦笑を浮かべた。「そう、陳腐でしょう。父は確かに記憶をなくしていて、しかも命を救ってくれた漁師の娘と結婚していたの。父は自分に妻も子もいると知らされたとき、ひどく拒絶した。彼にとって母と子どもたちは、まったくの他人だったから。記憶が白紙になったあの時期、そばで寄り添ってくれた漁師の娘こそが、本当の救いだったの」影斗が低く言う。「つまり彼は、雲井グループという巨大な事業も、自らの尊貴な身分も捨てて、命の恩人と共に生きようとしたわけだ」「そう。彼は母も、すべての過去も覚えていなかったし、家族への帰属心も何もなかった。最終的に、祖父が圧力をかけ、その漁師の娘をも人質のように利用して、ようやく父を家に連れ戻したの」影斗の表情がさらに鋭くなる。「当時、海で失踪したのなら、雲井家は大規模な捜索をしていたはずだな」「その通り」星は影斗を見やり、その洞察力に内心感心した。「母が最も怒ったのは――漁師の娘が父の正体を知りながら、雲井家に知らせず、三年間も隠し続けたこと」影斗は理解したようにうなずく。「雲井グループの当主には何度か会ったことがある。年を重ねた今でも品格と色気を失わない男だ。若いころなら、さぞや人目を引いたことだろう」「その漁師の娘は、父に恋をした。妻も子もいると知りながら、偽りの身の上をでっち上げて父を欺いた。三年もの間、夫婦として過ごし、命の恩人という負い目もあって、父は彼女を責めきれなかった。やがて父は雲井家へ戻ったが、漁師の娘も後を追ってきたの」そこまで語ると、星の瞳に冷ややかな嘲笑が浮かんだ。「夫婦であった以上たとえ短い間でも情は消えない――父はその言葉に縛られたのかもしれない。彼女に対して罪悪感を抱き、屋敷に住まわせた。父が母を救うために記憶を失った経緯を思えば、母も堪え忍んで許した。だが

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status