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第384話

Author: かおる
忠が言った。

「星は五年前に結婚して、子どもまで産んでいる。元夫はZ国でも名を馳せる神谷雅臣だ」

明日香と翔は、そろって呆然とした。

「影子が結婚していた?

しかも子どもまで?」

「元夫?

じゃあ、もう離婚したのか?」

忠は頷く。

「つい最近、離婚したばかりだ。

その理由は......どうやら雅臣が初恋の女と縁を切れなかったらしい。

父さんは孫がいると知って、たいそう喜んでいる。

今、星の息子に贈る初めての見舞いの品を用意しているところだ」

明日香は柳眉を寄せた。

「神谷家もZ国屈指の名門。

影子、あんな子がどうやって雅臣と結婚できたのかしら」

言葉にはしなかったが、考えは同じだった。

星の立場で、雅臣の妻になれるはずがない。

なにしろ、上流社会ほど家柄の釣り合いを重んじるのだから。

ましてや雅臣ほどの優秀な男であれば。

忠がふいに口を開いた。

「もし彼女が雲井家の娘であれば、雅臣との結婚は難しくもなかっただろう」

その言葉に、明日香と翔はすぐさま悟った。

翔が問いかける。

「つまり――彼女はずっと前から、雅臣に自分の本当の身分を明かしていたと?」

「そうでなければ雅臣が娶るはずがない。

たとえ子どもを身ごもったとしても、中絶させただろう」

「子どもを......?」

翔は言葉をのみ込み、視線を鋭くした。

「未婚のまま妊娠したということか?

そんな恥知らずな真似を......

前に彼女は濡れ衣を着せられたと言っていたが、今となっては、誠一を自ら誘惑したに違いない!」

「翔、もう過去のことは口にしないで」

明日香が穏やかに話を切り替える。

「未婚で身ごもったのなら、雅臣が彼女の正体を知った後、雲井家に逆らえずに結婚した可能性は高いわ」

忠も軽くうなずいた。

「確かに、その説が濃いだろう。

だが、たとえ無理に結ばれたとしても、両者の環境はまるで違う。

価値観も相容れず、長く続くはずもない」

「忠、訂正するわ」

明日香が反論する。

「影子と雅臣は、家柄も釣り合ってるし、本当にお似合いだわ」

忠は笑った。

「それは名門同士という意味だろう。

だが育った環境は根本的に異なる。

二人が歩調を合わせられるはずもない。

結局、婚姻は破綻した。

彼女もようやく家の良さに気づいただろう。

近々
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