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第14話

Auteur: ミズキ
雛乃は、最大の障害を取り除いて、これでもう安心して篠田家に入るそう信じていた。

しかし振り返った瞬間、彼女の視線は、冷たさと殺気に満ちた晃の眼差しにぶつかった。

彼は怒りの極みに達しており、握り締めた拳がギシギシと音を立てていた。

雛乃の顔色がサッと青ざめ、言い訳しようと口を開きかけた。

その前に、晃が怒りに燃えた瞳で、彼女のほうへ一歩ずつ詰め寄ってきた。

その瞳には、覆い尽くすほどの暗い影が映っていた。

端正な顔立ちが殺意に塗りつぶされ、まるで地獄から這い上がってきた修羅だった。

その姿を見るだけで、背筋が凍りつくような恐怖が襲ってくる。

「ひ、ひ」と名前を呼びかけた前に、晃の手が、雛乃の首を締め上げた。

晃はさらに力を込め、雛乃を螺旋階段の手すりに押しつけた。

彼女は半身が宙に浮いた状態になった。

たかが二階とはいえ、この体勢で落ちれば、どうなるか分からない。

雛乃の全身は震え、あまりの恐怖に声が出なくなり、涙がぽろぽろと止まらずこぼれ落ちた。

今回ばかりは、演技ではなかった。心の底から、怖かった。

晃の声は低く、そして凍るように冷たい。「君に優しくしてやったのは、吉岡家に紗江のことを追及されたくなかったからだ。なのに君は何度も紗江を陥れようとした?死にたいのか?」

その一言を口にしたとき、彼の黒い瞳が細まり、目尻に赤が滲む。

雛乃の裏切りにも怒っていた。だが、それ以上に自分自身への怒りが、彼の胸を焼いていた。

どうして、どうして、自分はあのとき、紗江のことを信じきれなかったのか。

あの時、紗江が向けた視線を思い出す。

絶望、嫌悪、それでもなお、かすかな希望を宿していた瞳。

晃はようやく気づいた。

あれは、自分を救った男、三年も共に過ごした男が、ここまで冷酷になると信じたくないというまなざしだったのだ。

執事に手を出させたという言葉が耳に入った瞬間、胸が裂けるような痛みに襲われた。

晃の手に、さらに力がこもる。

雛乃はもう息ができず、かすれた声でやっとのことで言葉を絞り出した。「ひ、晃、殺人は、罪になる。本当に私を殺す気?」

彼女は賭けた。晃は自分を殺せないと。

そして、紗江はそこまで重要な存在じゃないはずだと。

一瞬、晃の瞳に迷いが浮かぶ。

そのまま、彼は雛乃を手すりから引き戻し、勢いよく床に叩きつけた。
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