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第490話

Author: 楽しくお金を稼ごう
病院。英樹はベッドに座り、りんごの皮を剥いていた。

「それだけ?

俺が欲しいのは、彼女の顔を潰すことじゃないぞ。

彼女の命が欲しいんだ」

携帯の向こうで、澪は息をのんだ。

「よっぽど深い恨みでもあるのか?」英樹は重ねて尋ねた。

「あなたには関係ありません!命を奪ってくれるっていうなら、それでも構いません!

連絡を待ってください!」

メガネの奥の漆黒な瞳は、冷たく光っていた。手にしていたフルーツナイフがりんごを真っ二つに切り裂き、果肉は二つに割れて転がり落ちた。

親子揃って、男を見る目がない。

蓮司は最低な男だ。

要はもう少しマシかと思ったが、そうでもなかった。

その時、洋介が妻の安西翠(あんざい みどり)を連れて入ってきた。

「誰があなたをそんなに怒らせたの?」翠は、二つに割れたりんごを拾い上げてゴミ箱に捨てた。

「別に」

英樹は落ち着いた様子で言った。「お母さん、お父さんと二人揃って来るなんて、どうした?」

「首に火傷を負ったなんて聞いて、心配しないわけないでしょ」翠はため息をついた。「そういうことは、自分で手を下しちゃだめよ。

私があなたをどれだけ大事に思っているか、分からないの?」

英樹のメガネのレンズが日光を反射してきらりと光った。「分かっている。心配かけて、ごめん」

「蛍とはどうなの?」

「まあまあだな」英樹は答えた。

「それならいいわ。要がもうすぐ就任するから、この機会をしっかり掴みなさい」翠はまた長いため息をついた。「あなたの兄二人は本当に頼りにならないから。お父さんと私の老後は、あなたにかかっているのよ。

お父さんのものも、全部あなたのものになるの。分かっているわよね?

英樹」

英樹は頷き、一通り世間話をした後、二人を見送った。

彼の記憶の中にある翠の姿は、五歳以前のままで止まっている。

彼女は恵梨香を、鞭で何度も何度も打っていた。

だから、その後の翠の優しさは、彼にとって全て偽善にしか見えなかった。

彼は三十年間、じっと耐え、恵梨香が戻るのを待っていた。

なのに、届いたのは訃報だった。

自分にはもう、大切な人などいなかった。

そろそろ、木下家もろとも滅びる時だ。

……

要と昼食を済ませた天音は、大智と想花を学校へ送った後、車で病院へと急いだ。

その頃、蓮司は、夏美や会社の幹部数人と
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